ふと目が覚めたアトランタは自身がお腹を空かしていることに気が付いた。とりあえず食堂へと赴く彼女だったが、そこには世にも恐ろしい体験が待ち構えていた。
 
 

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第1話

 

 「…いや、誰か起こせよ」

 

 むくりと体を起こしたアトランタが最初に発したのはそんな一言だった。

 

 おう、さっきまで一緒に酒盛りしていた同郷の奴らは一体全体どこ行きやがった?いや、あたしもあたしで酒瓶抱えながらソファーで眠りこけてから文句は言えないけどさ…それでもよりにもよって夜、それも真夜中過ぎにあたしをひとり置き去りにしてんじゃねえよ。

 

 誰もが一目で不機嫌と分かるような表情を浮かべながらギリギリと歯ぎしりをしているとそれに呼応してなのか唐突にアトランタの体の奥底から唸るような音が響く。

 

 「あーてか、お腹減ったかも…」

 

 部屋に散らばる空になったアルコール飲料の缶を眺めているとさっきまで共にバカ騒ぎしていたアメリカ艦たちのふざけた顔ばかりが浮かんできたのでアトランタは気分が悪くなったわけだが、それと同時に情けなく鳴り響いた自身の腹の音。お酒はガンガン飲んだけどさすがにそれだけじゃ物足りないよ…。

 

 「…食堂、なんかあるかな」

 

 ぐーぐーと鳴りやまぬ音に耳を傾けながら散乱していた空き缶はとりあえず一ヶ所に集めておいた。処分するのは明日でいいだろう。それよりもまず先にこの空腹感をどうにかせねば!

 

 「間宮か鳳翔、起きてるかなぁ…」 

 

 まだ夜は怖い。しかし昔に比べたらもうだいぶ苦手意識はなくなったと思う。どこかのレディ(笑)のようにひとりでトイレに行けないなんてこともない。正直、アメリカ艦の占拠するこの寮から食堂まで行くまでの間の暗闇が全然平気かと言われれば平気ではないけれど…。背に腹は代えられないのだ。そもそも飽食の国に産まれたあたしがひもじい思いしていいわけないだろォ?

 

 ★

 

 「やっぱ誰もいませんかそうですかっと」

 

 意外にすんなりと目的地にまでたどり着くことが出来たわけだが、時刻はとっくに夜中の零時を過ぎているのだ。案の定食堂は暗闇に包まれていて、間宮や鳳翔はおろかひとっこひとり誰もいない。

 

 「ん、邪魔するよ~」

 

 とりあえず調理場とカウンター席の一部の照明だけを点け、アトランタは冷蔵庫や棚の中などとにかく食べ物のありそうなところを探ってみた。ところが…

 

 「これ…インスタントラーメンってやつ?」

 

 見つかったのは袋ラーメンが一つだけ。アトランタはてっきり間宮か鳳翔が作ったものの余り物があると踏んでいたのでこの結果に少々不満ではあった。

 

 「まぁいいや、これで」

 

 しかしこれしかないなら仕方がない。間宮と鳳翔のせいでだいぶ舌が肥えてしまったけれどもうこの際お腹に入れば何でもよい。適当に鍋に水を入れ、火をかけたコンロにそれを乱暴に置いた。

 

 そして夜更けにこそこそとひとりでインスタントラーメンの調理をしていたアトランタは、あとはどんぶりにラーメンを移し替えるだけという時になって気が付いた。

 

 というより、最初は気のせいだと思っていた、そう思い込みたかったことをいやでも直視せざるを得ない状況になってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

さきほどからだれかのしせんをかんじる

 

 

 

 

 

 

 

 「………」

 

 心臓の鼓動が早くなるのをアトランタは感じていた。誰かが調理場にいる彼女をカウンター席の方から覗き込むようにして見ているようなのだ。

 

 「………」

 

 振り返ることはしなかった、最初は間宮か鳳翔だと考えたからだ。調理場を無断で使用している罪悪感もあったので、あちらから声を掛けてくるのを待っていた節もあった。しかしいつまで経っても声を掛けられないことがアトランタに不安を募らせるのと同時にその誰かが間宮や鳳翔、それ以外の鎮守府の誰かではないことを表していた。

 

 少なくともあたしの知り合いなら声を掛けるはずだ、こんな夜更けに食堂で何をしているのか、と…。少なくともあたしの知り合いなら…。

 

 「………ッ」

 

 途端に怖くなった。少しは慣れたと思っていた夜の闇が、暗闇からじっとこちらを見ている得体の知れない何かがどうしようもなく怖くなった。

 

 「ううっ!」

 

 今すぐにこの場から逃げ出したい。しかし逃げ出すにもカウンター席は避けては通れない。鉢合わせになるのは必須。嫌な汗が全身からふきだし、後ろを振り返ることも出来ぬまま時間だけが過ぎていく。

 

 気が付くと、おいしそうに湯気を立たせていたラーメンもすっかり冷めてしまっているようだった。

 

 「…んだよ」

 

 ところがここにきて鍋の中で伸びに伸びてしまったラーメンを見たアトランタは恐怖や不安とは別の感情を抱く。

 

 「ラーメン、冷めちゃったじゃんか」

 

 怒り。空腹だったことも相まって怒りは急激にアトランタの中で増長していった。そして最終的にそれは彼女を振り向かせ、ずっと自分を直視し続ける誰かを怒鳴りつけてやろうと奮い立たせるほどのものに至った。

 

 「おい、てめぇ!さっきからチラチラ見てくんじゃねぇーよ!!!」

 

 怒りに身を任せ、振り向きざまに怒鳴り声をあげるアトランタ。ここにきてようやく彼女は得体のしれないものと対面することになる…のだが。

 

 「………」

 

 振り向いてみれば、対峙してみれば本当に拍子抜けだった。アトランタの視線の先にいたのは彼女の顔見知り、駆逐艦の暁だったのだから。

 

 「…はぁ」

 

 気の抜けた息が思わずアトランタから漏れた。得体の知れない恐ろしい存在は蓋を開けてみれば暁だったのだから。相変わらず暁はカウンター席にちょこんと座ってアトランタをじっと見つめているが、彼女がそれを気にすることはない。

 

 「暁、脅かさないでよね?」

 

 不安や恐怖感から解放され、アトランタはなんだか今までの出来事が急に馬鹿らしくなった。暁に話しかける片手間に伸びきってしまったラーメンを鍋からどんぶりへと移し替え、それを手に彼女のもとへと近づいていく。

 

 「てかあたしも人のこと言えないけどさ、暁はこんな時間に何やってたわけ?」

 

 暁の隣に腰を掛け、ラーメンを啜る。味はお世辞にもおいしいとは言えないが別にまずいというわけでもない。アトランタはようやくご飯にありつけたと勢いよく麺を啜りながら暁の返答を待った。

 

 「………」

 

 しかしいくら待てども隣に座る暁からの返答はない。食事に集中していたアトランタもさすがに箸を止め、どんぶりに落としていた視線を隣に向ける。

 

 「何とか言いなよ。もしかしてあたしが怒ったから拗ね…」

 

 アトランタは思わず閉口した。というより隣にいる暁に目を遣ってようやく気が付いたのだが、彼女はまっすぐ前を向いていてこちらを少しでも見ようとする様子がないのだ。

 

 「………」

 

 暁はアトランタが隣に座って尚、調理場の方をじっと静かに見つめて続けていた。それはつまり彼女が視線どころか体の向きでさえピクリともさせず、微動だにしていないことを意味していた。

 

 「…調理場になんかあるわけ?」

 

 声を掛けてみるがもちろん反応はない。青白い蛍光灯に照らされた調理場を暁は静かに見つめるだけで、アトランタもそちらを横目で見るが特におかしなところはないように思えた。

 

 それよりもだ。まるで隣にいる暁は、あたしの知っている暁ではないみたい。まるで彼女に似せて精巧に作った人形のようだ。

 

 それを裏付けるように暁は今の今まで一言も言葉を発してはいない。息遣いでさえ聞こえてこない。

 

 「………」

 

 口に残っていたラーメンの味がもうしなくなっていた。おさまったはずの嫌な汗がまた体中からふき出してくる。

 

 「………」

 

 そうだ…。今更かもしれないが、確かによく考えてみればおかしい。夜中にトイレに行くのでさえ怖がる暁がなんでこんな時間にこんな場所にいるのだ。仮に寝ぼけて食堂に迷い込んだとしても、なんであたしに声も掛けず、それどころかあたしが声を掛けても無反応で一点だけを見つめているんだ。

 

 お酒を飲んで酔ってたからなのか、空腹に耐えきれなくて大胆になっていたからなのか、それとも怒りで何も見えなくなっていたからなのか、はたまた得体の知れないものが顔見知りだったことに安心しきってしまったのか…。

 

 正常な判断が出来ていなかったことは否めない。

 

 そしてこれだけは言える。

 

 今あたしの隣にいるのは暁じゃない何か別の存在ってこと

 

 「…ッ」

 

 もはや奮い立つほどの気力などアトランタにはすでに残っていなかった。それでもゆっくりと腰を上げ、決して暁から視線をそらすことなく食堂の出口へと後ずさりをしていく。

 

 「………」

 

 幸いなことに暁は相変わらず調理場を見ているだけでアトランタの方を一瞥することさえしない。これはしめたとばかりにアトランタは彼女に背を向けて出口へと一目散に駆け出した。

 

 あーチクショウ!なんだってあたしがこんな目に!もう金輪際、夜中にぶらつくのはよそう!アメリカ艦の奴ら、あとでぶっ飛ばす!あー、明日から暁とどうやって接したらいいんだよ!

 

 安心感からかアトランタの脳裏には様々な思いが浮かんでは消えを繰り返した。そしてもう少しで食堂から抜け出せる…その為の一歩を踏み出そうとした時

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っ」

 

 振り向いてはいけない。歩みを止めてはいけない。本能でそう感じていた。

 

 しかしアトランタは声のした方におそるおそる顔を向けてしまった。

 

 好奇心からか。それとも本当はすべて自分の勘違いで、振り向けばいたずらっぽく笑う暁が自分をからかうように見ているのではないか…そうだ、きっとそうに決まっている…。

 

 なんだ、それならまた暁の野郎を怒ってやらないと…。

 

 「暁、てめぇふざ……」

 

 アトランタが振り返った時、暁は未だに前を見続けていた。これは先ほどから一向に変わらない。しかし恐怖に震え、身動き出来なくなっていたアトランタはその目に焼き付けることになった。

 

 前を向き続けていた暁がゆっくりと首を動かし、少しずつ後ろを振り返ろうとしている。まるで錆びついた人形の首がギギギと鈍い音を立てて動くように少しずつ。一方で彼女の肩から下は依然として動きがない。首と頭だけが静止した体に逆行するようにこちらに向けられようとしていたのだ。

 

 そして暁の首が180度回転した時、アトランタと暁はようやく視線を交わすことになったのだが…

 

 「ねぇ」

 

 奇しくもありえない状態になった暁はアトランタに何事もなかったかのように語り掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、レディだよね?

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 のちにアトランタは語る。

 

 「暁はレディです」

 

 





 ???「うん、これはね。暁ちゃんの生霊が現れたんだよね、うん。あたしのこと馬鹿にしないでーって思いが強くなりすぎて出て来ちゃったんだね、うん。たぶんねあんまり害はないと思うけどね、うん。一応お祓いしてあげるからね、うん」

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