国民的大物女優観察記録   作:これこん

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頭良いけど馬鹿な主人公を書きたかった。
「そういえば本当なら今頃舞台公演あったんだなー」とふと思い、原作読み返したら書きたくなったです。
何話か出来てるけど、短編にするか連載にするか悩み中。


第一話

 

1

 

 

モテたい。

 

俺は同じベンチの左隣に座っているおじさんの方を向いてそう言った。

モテたい、男ならば誰でもそう考える…と思う。思うというのは、周りの同級生達の中にはそんなことを言っている人があんまりいないからだ。

誰が誰を好きだとか、バレンタインにチョコを貰っただとか、相合傘をしているのを見ただとか。そういう話はよくされているが、「俺は女の子にモテたい」と表立って言っている人は殆どいない。

恥ずかしいからなのか、それともまだ思っていないのか。本当のところはよく分からない。

だが少なくとも、俺の通っている小学校ではそうだ。

 

しかし、漫画やアニメを見てみると「モテたい」と発言しているキャラは結構いるし、歳上の従兄弟のお兄ちゃん達も言っていた。一昨日見たバラエティ番組でも芸人さんは「学生時代は女の子のことばかり考えていました」と言っていた。

だから、俺もそう思った。

男ってそう考えるのが普通なのだと。実のところ、言っている自分でもどんな感覚なのかはあまりよく分かっていない。ふわっとしたイメージがあるのみだ。

 

 

「そうか……君もついに男というものが何なのか『理解って』きたね」

 

腕を組みながらこちらに笑いかける人は『ゲームの神』を自称する、最近仲良くなったおじさんだ。俺も上画面が映らなくなったDSを修理してもらった。割れ厨をこの世から撲滅するのが夢らしい。

俺たちが学校へと登校する朝七時半ごろから公園のベンチに座り、そのまま午後六時過ぎまでずっとスーツ姿でノートパソコンを打っている。

以前結婚指輪を落としてしまっていた時に探すのを手伝い、その時仲良くなった。

 

何でも務めていた会社の社長が突然夜逃げしたらしく、そのまま無職に。二人目を妊娠したばかりの奥さんになかなか言い出すこともできず、ここ一ヶ月ほど出勤している態で過ごしているらしい。

ちなみに彼は再就職せずにマイチューブという動画配信サイトで一発当てるつもりなのだとか。「これからはマイチューブの時代だ。ビッグウェーブに乗るしかない」とは彼の言葉である。

 

おじさんもモテたいと思ったことはあるのだろうか。 

 

「ああ勿論だとも。男だからね。君は何故そう思ったんだい?」

 

へぇ、やっぱり男ならみんな思うことなのか。おじさんは真面目で優しそうな顔をしているが、体格が良い。なんというか、肩幅が広くてがっちりしているのだ。

今はけっこう太っていて何だか可愛いが、もしかして昔はバリバリのスポーツマンでモテたりしていたのだろうか。そんな想像が膨らむ。

 

なぜそう思ったか。そう聞かれると返答に困る。

本当に何となくそう思っただけなのだが、強いて言うならば母さんが最近よく見ているドラマの「バラ恋」の主演の俳優さんだろうか。

 

「ああ…彼イケメンだもんね。ありゃモテる」

  

バラ恋。略さずに言うと『バラの咲く日に君と恋する』。

最近深夜にやっている恋愛ドラマだ。詳しい数字は知らないが奥様方の熱烈な支持で視聴率が凄いらしい。

うちの母親も例に漏れず、毎週火曜日になるとポテチとコーラを側に置いて見入っている。

昨日俺も一緒に見たのだが、画面の向こうの男に頬を赤らめながら号泣していた母さんになんて言えば良いのか分からなくなった。

 

ちなみに内容は略奪不倫モノである。自分の奥さんが不倫ドラマを見て頬を赤らめているなど、父さんの精神ダメージは凄そうだ。

家族に隠しているが最近血尿が出たのを俺は知っている。

昨日の放送ではネオンがキラキラ光る大きなお風呂のある部屋で主人公と女のひとが抱き合っていたが、俺は純粋な小学三年生なので何が行われていたかは勿論分からない。

母さんに聞いてみたら「パパに聞きな」と言われ、父さんに聞いてみたら「お母さんに聞きなさい」と言われた。

 

 

「人生の先輩として。君に僕がモテる方法を教えてあげよう。ズバリ、勉強とスポーツを頑張るんだ。あと面白いことを言う」

 

 

突拍子もない答えが返ってこないことは予想していたが、やはり普通だった。

担任の先生も同じことを言っていた。

 

「あ、『なんか普通だな』って思ってるでしょ。まぁそうなんだけどね」

 

 

そう言うと、おじさんはスーツの懐から煙草と金属製のライターを取り出すと、片手でくるくると器用にライターを操り煙草に火をつけようとする。洋画でよくやってる煙草の付け方だ。

が、目の前に小学生がいることに気が付き、火をつけることなく全てしまう。

多分、小学生にカッコいい煙草の吸い方を見せようと思ったのだろう。副流煙に対するこういった意識からして、おじさんは常識人である。言動が時々イタイが。

 

 

「小学校中学校では運動できる奴がモテる。高校に入ればそれプラス勉強のできる奴がモテる。社会人になってからは金。そして全期間を通してイケメンは変わらずモテる。この世の真理さ」

 

 

おじさんは笑いながら懐から煙草のお菓子を取り出した。一本をおじさんが咥え、もう一本は俺にくれた。

甘くて、ココアの味がする。

一箱三十円ちょっとのお菓子なのに、少しだけ大人になった気分だ。

 

「まぁ頑張りなさいな」

 

そう言うと、おじさんはグッドのポーズを俺に向ける。眼鏡が日光を浴びてキラリと光る。俺も親指を立てておじさんに向けた。

 

 

早速スポーツを始めようと思ったが何をやればいいのか迷った俺は、家にあった「タッチ」や「H2」を読んで面白そうだと思ったから野球を始めた。それらを読んで抱いた感想は、あだち充先生は素晴らしいということだ。先生最高!

 

女子人気ならサッカーかと思ったが、世間はサッカーワールドカップ南アフリカ大会でサッカー人気が過熱している。前回のドイツ大会ではグループステージ敗退となったが、今回は念願の決勝リーグ進出を果たしたのだ。

メディアも大会の情報を連日報道し、世間は正にサムライブルー一色だ。

 

これらが意味すること。それはつまりライバルの増加だ。画面の向こうの代表に憧れた子供がわんさかサッカースクールに通い始める。野球ならWBCとかあるけどサッカーほどじゃない。(失礼)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2

 

 

小学校低学年ではなくなる頃、親父の友達だという人が家に来た。彼の娘を連れて。

その友人一家は結構近くに住んではいたのだが小学校の校区が違う為会うのは初めてだった。中学校に入れば一緒の学校らしい。

自分よりも二コ下の女の子だとは聞いていたので、一緒にゲームでもするかーと気楽に考えていたのだが、その考えは一瞬にして崩れ去った。

 

子供ながらに一目見て分かった、彼女とは住んでる世界が違うのだと。

子供ながらにしてとんでもなく美人だった。これ漫画だと一目惚れする展開だー、と頭の中でそんな呑気なことを考える余裕はあったが。

名前は百城千世子。名前まで何となく美人っぽい。

 

俺がその子を見て思わず固まった時、彼女からは口には出していないものの「やっぱりな」という雰囲気を感じられた。それが何だか気に入らなかった。

出会った男みんなから好印象を抱かれる、目の前の少女にとって今までの人生でそれが普通だったのだろう。

 

多分こいつは惚れられた男を働き蟻みたいな奴隷にする奴だろう、と当時の俺は初対面の人間に対してかなり失礼なことを考えていた。

古代ローマかエジプト辺りの貴族が召使いに左右から大きな団扇を扇がせているアレのシーンのイメージがぴったし合う。そしてベッドに寝そべりながら果物を咀嚼しているのだろう。正式名称は知らん。

 

俺はそんな暴君の魅了に対抗するべく、「友達の家に行く約束をしていた」と言いさっさと家を出て行ってしまった。その時ポカンとしていた少女の顔を見て「してやった」と根拠の無い達成感に包まれたのは言うまでもない。

今思えばとんでもないクソガキである。

恥ずかしいことに、後から思い出してみれば多分何の効果もなかっただろう。

向こう側からしてみればただ変な奴がいた、それだけの話である。反省はしている。

 

その後仲良い連中を集めて河川敷でサッカーやって、夕焼けが出て来た頃に帰って来たのだが、百城父娘はまだ家にいた。

何だか恥ずかしくなって部屋に逃げたら娘さんは強引に入り込んで来た。

「仲良くしましょ」と言われどんどん向こうのペースに持っていかれそうになったので、俺は流れを変えようと試みる。

 

クリスマスプレゼントで買ってもらったマリオカートでの勝負を持ちかけた。負けた方は勝った方の言うことを聞く、というよくあるやつだ。

結果はボロ負けだった。

コースどりが上手すぎる、恐るべき未来の大女優。ちなみに俺に下された勝者の命令はもう一レースやること。再び負けたのは言うまでもない。

 

そんなこんなで気がつけばいつの間にか仲良くなっていた。

親娘が帰宅する際「俺は働き蟻にはならない」と百城に言ったのだが案の定「何言ってんだコイツ」という目で見られた。ちなみに俺もそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

3

 

 

三階フロアの隅っこにポツンとある生徒会室、ここが私のお気に入りの場所。

生徒会のメンバーと担当の先生方以外には殆ど縁の無いこの教室には、過去の文化祭の出し物で使われた段ボール製のセットやカツラ、果てには何年も前に賞味期限の切れたカップラーメンなど、様々なものでごちゃごちゃとしている。

定期的に使われるのは週に一回の生徒会の集まりのみで、一週間のうち殆どは使われていない。

私は生徒会の役員ではないので当然入室する機会も無い……筈だったのだが、今私はその教室の入口に立っている。

 

ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込み回す。この鍵は、職員室から借りたものではない。以前大掃除の時に生徒会室のロッカーの中から出てきた、昔に誰かが作ったままにしていた合鍵だという。

それを手に入れた。私はこういう交渉は上手なのだ。

 

私は錆び始めているパイプ椅子に座り、鞄から小説を取り出して読み始める。待ち人はそろそろ来る筈なのだが、今日は少し遅い。

いつもなら十二時半に部活が終わって、着替えたら五十分くらいには来る筈なのだがまだ来ていない。

何かあったのか、と気になるがじっとしておく。

あの人は毎週この部屋で勉強する。だから私もここにいるのだ。特に他意はない。

 

今見ているのは彼から貰ったもの。よくある推理モノだ。私が読んでいる部分はもう事件が解決した後の後日談で、後数ページで読み終わる。

文章も読みやすかったしテンポも良かった。ただ、オチが弱い。

殺人事件の犯人は被害者の奥さんで、殺した理由が浮気されたからという、ちょっと拍子抜けするような最後だった。正直、読まなくても良かったなというレベルだ。

彼も「あまり面白くなかった」と言っていた。そしてようやく、最後まで辿り着く。

内容はともかくとして読み終わった時のこの達成感が好きだ。

 

背伸びをしていると、廊下を歩く足音が聞こえる。

ようやく来たらしい。時計を見てみれば十分も遅刻している。

 

入って来たのは、制服姿の男子生徒。

水道で身体を洗って来たのだろう、短く切り揃えられた髪はまだ濡れていた。

 

「遅いよ」そう言おうとしたのだが、何やら彼の口元が緩んでいた。

さては何かあったな、とアタリをつける。

 

「何か良いことでもあったの? 嬉しそうじゃん」

「別に何も」

「……ふーん」

 

私に指摘されて口元を締める彼。

大方、女子と遊ぶ約束でも取り付けたのだろう。

 

彼は私の二つ上の学年で、この中学校における生徒会長だった。

昔から知っている私から言わせてもらうと、そんなことをやるガラでは無いはずなのだが本人曰く「生徒会長はモテる」からだそうだ。

そんな動機で良いのか、とツッコミたくもなるが仕事ぶりでは先生たちから一目置かれている。勉強も部活も結果を出しているため信頼は厚いらしい。

 

 

去年の定期試験は常に学年一位、マラソン大会でも一位。ついでに生徒会長で野球部キャプテン。

……本当に誰だこれ?

私にマリオカートで負けたことで半泣きになっていた彼とあまりにも違う。あの時写真を撮っておけば良かったと今では思う。

あと最近彼のクラスの女子が「ドイツ語ってカッコいいよねー」と言っていたのを小耳に挟んだ彼の部屋には「ドイツ語入門」と書かれた参考書があった。日本の中学生はまず英語からやろうよと私は言いたい。今年高校受験でしょ。

それとドイツ語やったってモテないと思う。そういう風潮があったのは戦前の陸軍だよ。

 

まぁともかく、そんな圧倒的な成績を残した彼は同級生にはもちろん下級生にも「何だか凄いのがいるらしい」と言った具合で有名だ。

 

当然第三者から見ればほぼ完璧な文武両道で尚且つ顔立ちも凡の域を超えないながらも整っているとなると、やはり憧れを持つ子もいる。そんな子達に心の中は煩悩まみれですよと教えたい衝動に駆られるが我慢する。

私から彼に対する見方と周囲からの彼に対する見方の差異を比べてみるのは案外楽しいのだ。

 

例えば、普段の彼は物静かで知性的な表情を常にしている……が、これは本来の彼ではない。

「冷静沈着な頭脳キャラはカッコいい」と考える彼は、学校ではそういう人物を演じている。が、ふとした拍子にその蓋は外れてしまう。それもかなり頻繁に。

 

例えば合唱コンクールで彼のクラスが金賞を取った時、人目を憚らずに一番初めに喜びを表したのは彼である。

はたまた、野球の大会で試合に勝った時は普段見せないような笑顔でチームメイトとハイタッチするし、好きな漫画について話すときには饒舌になる。

彼は生徒会長としての仮面が外れていることに気がつくとすぐに表情を戻すのだが、その頃にはもう遅い。

学校生活で彼とあまり関わらない生徒たちが、マラソン大会で一着になったことに嬉しさを爆発させたことによる彼のガッツポーズを思わず二度見していた時は面白かった。

 

彼にはそういう詰めの甘さがある。

が、それも彼の密かな人気の理由である訳で。

 

いつもの文武両道な生徒会長である彼から一転して、どこにでもいる普通の中学生になることの落差に「グッとくる」らしい。この間彼のクラスメートが話しているのを偶然立ち聞きした。

 

多分、彼に騙された哀れな女子生徒の内の一人が一緒に遊びに行くのだろう。

それについては私があれこれ口を出すことでもない。

 

 

「ところでさ、来週の日曜日博物館で昆虫展やってるんだ。予定なかったら行こうよ」

「無理だ」

 

 

一応決定は彼に委ねているものの、その日に彼の予定がないことは知っている。それに彼は私の提案を断ったことはほとんどない。なんだかんだ知り合いには甘いのだ。あと彼は虫嫌いを隠そうとしているが隠せていない。

どんな服を着て行こうか。最近は少し涼しくなってきたこともあり、あんまり軽装だと冷えるからと彼に怒られそうだ。

でもなぁ、かといって厚着だと動き辛いし。……何か丁度良いものはあったっけ、今日帰ったら探してみよう。

 

「ねぇ、どんな服がいいと思う?」

「俺の話聞いてなかったのか?その日無理だぞ」

「え」

 

……驚いた。提案を断られたのは今までで三回である。

一回目は初めて私の家で遊ぼうと誘った時。

二回目は水着を選んでと頼んだ時。

そして三回目が今日だ。

 

 

「その日俺隣町の遊園地に行くから無理」

「……友達と?何人で?」

「同じクラスの子と二人」

「……二人で。その友達って女の子?」

「……そ……いや違う」

 

 

あ、ちょっと表情が動いた。

 

へぇ、そういうことか。

私はいくら勝手を知っている仲とはいえ、学校で噂が立ったりしないように会う回数をセーブしているというのにその内の一回を名前も知らない人に盗られたのだ。

別に彼とは付き合っている訳じゃないが。

 

目の前の彼とは知り合ってもう六年ほど経つ。

父親同士の仲が良いことから度々小学校も学年も違うといえどもそれなりに遊び、お泊まり会をしたこともあった。

今はもう互いに中学生同士であり今までのような交流はできなくなってしまったが、それでも彼にとって大体のクラスメートよりも仲が良いのは私であるはずだ。

 

彼の立場上二つ学年が違う女子生徒と付き合っているなんていう噂が流れてしまったら色々と不都合があるのは間違いない。

それでも彼ならばあの手この手で何とかするだろうし、それよりも面白そうという好奇心が強くなりわざと噂を立たせてみようかと試してみたくなったこともあったが我慢した。

まぁしょうがない、今回はその子に譲ってあげよう。こういう日も時にはある。

 

「……なぁ百城、俺の友達の話なんだけどな」

 

突然真剣な顔で話が振られる。彼の言う「友達の話」は大体本人のことについてである。

本当に気づかれていないと思っているのだろうか。真面目な顔をしているからそうなのだろうけど。

 

「女子と遊びに行くことになったんだが、服がジャージかスポーツブランドのシャツしかないらしいんだ」

 

知ってる。私と遊びに行く時はいつもジャージだ。

 

「で、俺も一緒に買いに行くことになったんだが、俺もよく分からない。百城こういうの詳しいだろ?アドバイス欲しいなー、ということだ」

 

へぇ私と一緒の時は気にするそぶりなんて無かったのに今回は違うんだ。

別に悔しくなんかないが。

 

「いいよ。でもその人の体格とかによって変わるよ。私その人知らないんだけど。身長とかどれくらいなの?」

「身長体重は……そうだな、俺と同じくらいだ」

「髪型は?」

「髪型も……俺と同じ感じだ」

「すごい偶然だね」

「そうだな。俺でも驚いてる」

 

え、何これ面白い。本当にバレていないと思っているのだろうか。

所々抜けていると思っていたが想像以上だ。真剣な表情なのが更に面白い。

 

「しょうがないな、教えてあげる」

「すまん、本当に助かる」

「今度ジュースね」

「おう」

「んー。あと丁度食べたいお菓子があるんだけど」

「……いいよ」

「あとはね……」

「いや、俺の小遣い無くなるんだけど。勘弁してくれ」

 

これくらいで勘弁してあげようか。

ところで、どうやったら彼は私と遊ぶ時にちゃんとした格好をする様になってくれるんだろう。こちらは色々と考えてオシャレをしているというのに不公平ではないだろうか。

 

 

 

 

「それと……これもその友人の疑問なんだが。どのくらい良い雰囲気になったら手を握っても許されるのか教えて欲しい、と言っていたんだが……教えてくれないか?」

「……何か言った?」

「いや何もないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4

 

 

中学を卒業して俺は高校生になった。

ちなみに中学二年の夏に母親はスーパーに行ったっきり帰ってこなかった。親父の脳を破壊された嗚咽混じりの泣き声は未だに耳に残っている。

 

まぁだからと言って俺の生活が劇的に変わるということもなく、勉強と部活と遊びに追われる毎日だ。

 

そんなある日百城から「大事な話がある。家に来て欲しい」と言われたので何を伝えられるのか内心ビビりながら行ってみたら「女優になる」と告げられた。

 

女優。テレビ番組や映画に出るあの女優である。

 

液晶の向こう側にいる雲の上の存在、それが俺にとっての芸能人だった。それに百城がなるのだという。

やたらと私の横顔どう、と聞いたり、俺のを見たりしてきた彼女だが今度はついに芸能界である。

 

確かに昔から、芸能人に負けないくらい美人なやつだとは思っていたが、本当になるとは思ってもみなかった。

彼女の決意は固そうであったし、俺がとやかく言う筋はないので素直に頑張れと言った。

 

ただ、芸能界に入ると百城に言われて心配が無かった訳ではない。

新人女優=枕営業という、創作物でよくあるシーンから導き出された安易な方程式が俺の中には存在した。俺は業界のことについて何も知らないズブの素人なので真偽は分からない。

 

脳内で、「良いではないか〜」と言う頭にパンツを被った悪徳プロデューサーと「やめて!」と言う百城という犯罪的なワンシーンが再生される。

 

やべぇ、本当に心配になって来た。

とりあえず何かあったら相談しろよと百城には言い、家に帰ってインターネットで芸能界のそういう噂をソッコー調べた。

何回かページを跨いだらそういうシチュエーションの成人漫画にたどり着いたので余計心配になり電話をかけたら笑われた。解せぬ。

 

とりあえず次の日サインを貰っておいた。適当なシャツと帽子と色紙に書いてもらった。

 

 

 

 

そんなやり取りから数ヶ月経ち、短期間で百城はテレビ番組や出演が増えている。事務所やテレビ局の裏でどんなやり取りがあるかは知らないが、順調に芸能人生をスタートしたと言っていいだろう。

学校も別々になり、更には百城の仕事の関係もあるので家が近くといえど滅多に会わなくなった。メッセージは変わらないが。

 

 

そんなある日、仲の良いメンバーで部活後のカラオケからの帰り道。

小さな女の子が車道に飛び出した。左右が見えていなかったのだろう。

クラクションを勢いよく鳴らす運転手、あっと叫ぶ通行人。

 

たまたまその女の子の近くにいた俺は助けるべく走った。身体が勝手に動くとはマジの話だ。

女の子を胸に抱きかかえて、そのまま車にドーンと衝突。

死んだと思われたのだろうか、道路に倒れる俺にスマホを向けて写真をパシャパシャと撮る通行人。いや、先ず救急車呼んでくれよと思う。

と思っていたらその内の一人が呼んでくれているらしい。

 

身体痛いしぼんやりするし最悪。このまま転生でもするのだろうか。

岬くんみたいだと思いながら俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら知らない天井だった。

頭がぐるぐるして気持ち悪い。

「知らない天井だ……」と呟く。俺の中で病院で目が覚めたら言いたい台詞第一位を無性に言いたくなったのだ。

シンジ君もこんな気持ちだったのだろうか。

 

と、まぁこんな具合にはっきりとしないけれども思考が出来ているってことは、とりあえず生きているのだろう。

 

起き上がろうとしたが痛くて動けない。酸素マスクもつけられていた。

というかそもそも身体に力が全く入らないのだ。これもしかしてやばい感じなのか?

半身不随とかなってたらどうしようなどと考えていたら、ドアが開いた。百城がいた。あ、目があった。

 

「……っ」

 

大股で近づいてくる百城。心配してくれていたのか泣きそうな顔をしている。しかし美人である。そう考えるとやっぱり凄い。

 

「……よかった」

 

ベッドの上から覗き込む様に俺を見る百城。

今の彼女にはいつもの様にまるで自分が手綱を握っているような余裕は見えなかった。まぁ本当に握られているのだが。

……というか今更だが二コ下の女子に手玉に取られているってやべぇな、男として。

 

ふと心の中に悪戯心が芽生える。

百城がこんなに焦っている姿なんぞこれから見られるか分からない。多分今だけ立場が逆転している。

 

ドラマとかでよくある展開、それは事故による記憶喪失だ。

彼女の目を覗き込む。そして酸素マスク越しに言う。誰ですか、と。なんかマスクでくぐもっていい感じになった。

 

 

「───……嘘。嫌だ……いや……」

 

 

あ、やばい。これはマズイ。やりすぎたか。百城がぼろっぼろ泣き出した。俺の服に涙で染みを作っていく。

嘘! 嘘だから!

マジでごめんなさい反省します。やりすぎました。

 

「……本当?」

 

勿論覚えているさ、名前は百城千世子。女優をやっている一四歳だ。

ごめんなさい、魔が差したんです。とにかく謝った。これはもう俺が百パーセント悪い。

 

「……ゆるさないよ?」

 

 

あぁ、なんて馬鹿なことを俺はしたのだろうか。たった一回の好奇心が俺たちの友情を引き裂くなんて。

心配してくれるお前の気持ちを理解していればこんなことにはならなかった。本当にすまない。

最悪だ、百城を心配させただけでなく更には失望もさせてしまった。年下の女の子をだ。

 

 

「……許さないよ、心臓飛び出るくらい驚いたんだからね。けど、私の言うこと三つ聞いたら許してあげる」

 

 

え、それだけで良いのか?

甘くない?俺だったら百個とか吹っかけるかもしれない。あ、でも「命令を千個にする」とかやりそう。

とにかく、悪いのは俺だからな、何でもするぞ。ケーキ食いにいくのか、それとも映画見にいくのか。

 

 

「今はまだ良いや。考えておく。それまで許さないからね」

 

百城はそう言って笑った。

俺は綺麗だと思った。というかぶっちゃけ見惚れた。だがまぁそのことは口には出さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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