国民的大物女優観察記録   作:これこん

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今更ですが主人公の固有名詞はありません。好きに当てはめてください。
別に良い感じの名前が思いつかなかったとか、そういう理由じゃありません。えぇ違いますとも。



第二話

 

5

 

 

現在俺は車に轢かれて入院中。

幸いにも命に別状はなく、後遺症も残らないらしい。マジで良かった。入院は一ヶ月弱くらいだろうという先生からの話を聞き、結構早く退院できることに驚いていた。

いや、一ヶ月入院は充分重い方だと思うが、何ヶ月も病院生活になるのを覚悟していたのでそれに比べれば軽い。

 

もし予想通り今学期の間はずっと入院せねばならない様な大怪我だった場合、出席日数足りなくて留年もあり得るので無理してでも通学するかもしれないが、そんなことにならない様なので良かった。

 

親父とかクラスの友達とか色々な人が取っ替え引っ替えで見舞いに来る。枕元には見舞いの品がどっさりと積み上がっている。

うめぇ棒三百本とかどうすれば良いのだろうか。

あとこっそりエロ本置いていったの本当に誰だ。探し出してとっ捕まえてやる。

看護師さんに言われるまで気がつかないで恥ずかしかったんだぞ。しかも内容はナースものというところに悪意がある。

 

あとは保険会社の人、女の子の家族、俺がぶつかってしまった車の運転手、親父などが集まって話し合いをしていたらしいが俺はあまり関わっていない。

正直運転手さんからしたらあんなの不可抗力だろう、仕方ないと思う。

俺も車を運転するようになったらああいう急な事故にも気を配らなければならないと改めて知り少し運転が怖くなった。

 

昼飯を食った俺は看護師さんに車椅子を押してもらい病院のカフェに向かう。スポ根の影響で松葉杖に憧れているフシがあるのは否定できないが、左手と両脚それぞれ折れたらしいのでそもそも松葉杖すら不可能。

この看護師さんには俺と同い年くらいの息子さんがいるらしく、その話題でよく話す。

 

この時間のカフェにはいつも話し相手となってくれる人がいるはずだ。

 

窓際の席にその人はいた。

夜凪さんという隣の病室で入院している人だ。詳しい病名は知らないが身体が弱っているのは俺でも分かる。よく百城くらいの歳の女の子が二人のちびっ子を連れて来ており、彼女らが子供らしい。

 

「あら、こんにちは」

 

近づいた俺に手を振りながらそう言った。

こんにちは、と挨拶した。夜凪さんの向かいの席に座る。

 

「あんな大怪我だったのにもう部屋から出られる。若いっていいわね」

 

いや、夜凪さんも十分若いですよ、と返す。ちなみにこれはお世辞でも何でもなく本当だ。

病気で痩せて頬は痩けているがなお美人で実年齢より若く見える。

 

「あら、お上手ね。褒めたって何も出ないわよ」

 

そう言う夜凪さんは微笑んでいる。やっぱり話し相手がいると楽しいのだろうか。俺が面白い話を出来ているとは思えないが。

やっぱりこういうのには慣れが必要だ。

 

それとこの年代の人ってどんな話題を振ればいいんだろうか、よく分からない。

そういえばこの前来ていた娘さんが「お母さんのカレーが食べたいわ」と言っていた。俺としてはポークなのかビーフなのかチキンなのか気になる。ちなみに俺は豚肉がいい。

 

それから適当な世間話をする。俺も病院生活で話し相手がいなくて退屈だったので夜凪さんの存在はありがたい。

 

一時間弱経ったところ、どうやら娘さんがお見舞いに来たらしい。名前は景ちゃんという。

俺も「やぁ」と声をかけるんだが、避けられている、というか嫌われている気がする。最初は何故なのかよく分からなかったが、最近は理由が何となくだが見えてきた。

 

夜凪さんのお見舞いに父親の姿が見えないのだ。それだけならば長期の出張などのそういう理由もあり得るが、娘さんの言葉に度々出てくる「アイツ」という人物。

その度に娘さんの表情が険しくなることから、多分父親は家を出ていったかどうかしたのだろう。

俺も母さんがいなくなったので気持ちは分かる。

多分年上の男が母親と話しているだけで父親のことがチラつくのだろう。

 

そんな訳なので、俺は景ちゃんが見舞いに来たらそそくさと退出することにしている。大切な家族の時間に俺がいる理由なんて無いし。

席を外す際夜凪さんにお辞儀してから戻る。

 

「今日もわざわざありがとうね」

 

夜凪さんの言葉に俺はいえいえ、と返答しカフェを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

6

 

 

「うん。もう退院しても大丈夫だよ、お疲れ様でした。まぁこれからもリハビリで通ってもらうことにはなるけれども」

 

俺の担当の先生はモニターを見ながらそう言った。

ようやく入院生活が終わりを告げるのだ。ここまで長かった。

 

もう途中から暇すぎてメシと夜凪さん一家との会話以外に楽しみが無くなった。そのおかげでルイくんとレイちゃんと仲良くなれたのは良かったが。

 

というか彼ら兄弟なのに同じくらいの背だなと不思議だったが双子と聞いて納得。

俺の周りに双子ちゃんは今までいなかったので初めて話した。確率的には小中高に幾人かはいても不思議じゃないのだが、そういうこともあるだろう。

景ちゃんはまぁまぁ仲良くなった。なんと言うか、ルイレイ姉弟と比べてとっつきにくい感じがする。

 

下の子の二人は幼くて無邪気なので俺ともすぐ話してくれるようになったのだが、景ちゃんは色々多感な時期だ。

夜凪さんの具合は悪いし長女として色々と思うことがあるのだろう。俺は何もしてあげられないのが辛い。

幸いにもこの病院は高校からさほど遠くないので退院した後も夜凪さんの見舞いに来ると決めた。

 

何はともあれこれにて退院である。当分の間ギプスと松葉杖の生活は続くがしょうがない。

お世話になった先生や看護師さんに挨拶を済ませると、すでに受付では親父が会計を済ませていた。

駐車場に停めてあった車に乗り込み、帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「退院おめでとー」

 

数日後、俺は百城の家で「退院おめでとーの会」に参加していた。主催者は百城、参加者は俺一人だ。

百城の同級生の中にも俺と仲良い奴はそれなりにいるので、どうせならそいつらも誘えばいいじゃないかと提案したのだが「その必要はないよ」らしい。

 

いやまぁ俺は別に構わないのだが、こいつは二人しかいないのに部屋をモールとかで飾り付けて虚しくないのだろうか。

 

俺が部屋に来てからも「まだちょっと待ってて」と言い照明に何か変なカバーを被せたりカーテンをふりふりしたもので装飾しているが、とても笑顔。

テレビで見るこいつも綺麗ではあるがそれとは違う感じがする。なんて言えばいいのか分からない。

 

あと二時間くらいで片付けるだろうにこんなに準備してくれる。嬉しいのだが何か違和感がある。

もしかしてこういうパーティーが初めてなのだろうか?

美人だし友達多い奴だと思っていたが、かわいそうなので触れないことにする。

 

ともかくここまでやってくれて嬉しいのは確かだ。ありがとうと言った。

入院中のことがあり怒っていないか心配だが見た感じは問題ないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「もう、本当に心配したんだよ?」

 

いやそれに関しては本当に申し訳ないと思っている。俺としてもまさかあんな状況に遭遇するとは考えてもいなかった訳で。こうして五体満足で生きているんだから儲けものだ。

 

ところで、百城がクッキーを焼いてくれたらしい。

中学校にいる百城千世子ファンクラブに一枚十万くらいで売れそうだと脳裏を悪魔が過ぎる。

いや、そんなことは流石にしないが。

 

だがまぁこいつ程の美人にクッキーを焼いてもらう機会なんて殆どない訳だ。なので今日は出来るだけ多く食ってこうと思う。

病院食は味気ないものばかりだったから余計に美味しく感じる。

 

「……どう?美味しい?」

 

本当のガチのマジでめっちゃ美味い。語彙力が著しく低下したがとにかく美味いということは確かだ。

 

「たくさん作ったからもっといいよ」

 

そう言って百城はテーブルの上にドン! と山盛りを追加する。

……いや、でも流石にこんなに食えないから持ち帰るわ。一週間あれば食い切るだろう。

 

そんなこんなで菓子を食べながら適当に話をする。入院中の出来事や、芸能界の近況とか。

 

俺としては芸能界というものに対する警戒心というものは全く解けていない。

もし百城が枕営業なんて持ちかけられた日には事務所に突撃するかもしれない。

しかし、彼女の所属するスターズは大手芸能事務所でありそういった不祥事は調べてみても見当たらなかったのでとりあえずは大丈夫だと思っているが。

 

ていうか、こいつ学校の出席日数とか大丈夫なのだろうか。芸能の仕事が大変とはいえ中学校留年とかなったら流石に笑えない。

そうなる前に学校側と事務所で最低限だけは出席させてくれるように調節するのだろうけども。

いや、そもそも中学って留年するのか? 身の回りでは聞いたことはないが。

 

あとは、とにかく百城を褒めた。

俺には演技はよく分からないので何がどう凄いかは言語化出来ないが、映画やドラマをいくつか見れば俺でも彼女がテレビに出られている理由が分かる気がする。他の俳優と比べて遜色なかった。

ただまぁ『役』ってよりは『百城千世子』がそこに居る、って感じだったけど。

巷では天使って言われているし、芸能界で頑張る姿には素直に尊敬する。

無理しすぎず親御さんに心配をかけないようにな。

 

「……うん。私頑張るよ。応援してね、あなたはファン一号なんだから」

 

彼女のファンになったことを明言した記憶は無いが、彼女が言うならそうなのだろう。

あ、もしかしてサイン貰った時か。あれらは俺の部屋の壁に飾られている。

 

俺は百城のファン一号だぞ、と将来更に有名になったら称号みたいになるのだろうか。それはそれで面白そうだ。

是非とも百城には夢に向かって頑張って欲しい。応援している。

 

「……それとね」

 

ん? どうした百城、真剣な顔になって。

どうした、そう聞こうとしたら、ぐいって近づいてくる。

なんか距離近くない?

 

「入院ね、私凄く不安だったんだよ。……もしかしたら死んじゃうかもしれないって」

 

お、おう。マジでそれはすまん。だからちょっと離れてくれない?

あ、なんかいい匂いする。

 

「あなたの目が覚めない日とか、ずっと泣いてた。もう会えないのは嫌だって思って」

 

涙目になる百城。おい、さっきまでの元気はどこ行ったよ。なんかお前が泣いてるとこっちまで調子狂うんだが。

いつもはケラケラ笑っているから余計に。

 

「私がどんなに心配だったかわかる? 多分分からないだろうね、ほら、あなたって馬鹿じゃん?」

 

は? いきなりディスられたんだが。

お前今俺のこと馬鹿って言ったか?

こちとらテスト学年一位なんだが?

通知表オール5なんだが?

 

抗議の目で百城を見てみると、こいつはクスリと笑った。

 

「……そういうところだよ。まー、おバカさんには私の言っている意味は分からないだろうけど」

 

そう言って笑う百城。涙は引っ込んだようでいつもの様子に戻った。

最近役者としてのスキルが上がったらしく、涙を流すのは自由自在らしい。羨ましい能力だ。

そういう技があるため、先程の百城の涙は本気なのか演技なのか俺には判別がつかん。

 

それと、百城の顔を改めて見てみると物凄い美人である。

今までも美人だったが女優を始めてから更に磨きがかかった気がする。芸能界特有のナニカがあるのだろうか。

 

あ、それとも男ができたのだろうか。恋を知ると美人になる、とはよく聞く話だ。

鬼のようにモテていたこいつであるが、終ぞ首を縦に降ることは無かったらしい。そんな百城を手に入れる男というのはどんな奴なんだろう。

 

ちなみ何で俺が今までの百城の交際事情を知っているのかといえば、俺がこいつをストーキングしていた訳ではなく、百城が俺に言ってきたからだ。

何で俺に言ったのかは今でも不明だが、おそらく彼女なりに何かの意図があるのだろう。

 

「ん、どうしたの?」

 

まじまじと百城の顔を見ていたのがバレたらしい。まぁそりゃあバレるか。

別に隠すことでもないので「美人だと思っていた」と正直に伝える。

 

「へぇ。つまり私に見惚れた訳だ」

 

まぁそういうことになる。

だからといって恥ずかしいから言わないけどな。

 

俺はクッキーを数枚口に放り込み、お茶で流し込んだ。甘くて美味い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

それから数週間後、校長先生から呼び出しをくらった。

何かやらかしたかと自分に問うたが答えは出ず。

とりあえず謝罪のパターンとして一七種類ほど用意して校長室に行ったのだが、とんだ無駄であった。

 

何でも、この間の事故について県警から人命救助の賞状を貰うらしい。

それだけならば良かったが、新聞やテレビのニュースにも載るらしい。俺は断ったが、校長先生はぜひ出てほしいとのこと。

周りには校長以外にも教頭や学年主任など、主だった人たちがたくさん。

 

そこまで頼まれたら断るわけにもいかず、了承する。

校長先生の話も分かる。

広告費というものは大変高価なのだ。看板作ったり、ポスター作ったり、チームのスポンサーになってユニフォームに名前を入れたり。

最後のは言わずもがな、ちょっと宣伝するだけでも大金が必要だ。

 

だが、生徒が何らかの形でメディアに乗り多くの人の目に触れれば、数十万円、数百万円分の宣伝効果が生まれる。

 

それが例えば部活に力を入れている学校ならば夏の甲子園だったり、冬のサッカー選手権、ラグビーの花園などだ。

反対に学力の高い進学校ならば東大京大、早慶MARCHに何人受かったとか。

 

あとは今回の俺みたいにボランティア的な活動がメディアで紹介されることもある。

 

だからそういった活動に力を入れる学校がある。

生徒の自主性や社会的な能力の向上など学校教育としての側面がある一方、こうした旨味があるのだ。

 

今回の俺の形で言えば、新聞にテレビ、更にはネットニュースにも載るというのだからそりゃあもう本来ならば地道に大金をかけてやらなければならない宣伝効果を生み出しているという訳だ。

 

うえ、そう考えると急に吐き気に襲われる。吐きそう。

 

形は違えど芸能人も宣伝という意味では本質は同じ。企業の広告やテレビ出演を主として、メディアを通じて大量の金が動く。

だからこそ好感度や知名度が重要なワケで。故にスキャンダルや炎上が多くの損失を生み出すこともある。

 

そう考えるとそんな世界にいる百城すげぇな。マジで尊敬する。今度メシ奢ってやろう。

 

それと、俺が車に轢かれた直後の画像がネットに上げられていたらしく、そちらも大分広まったらしい。

追加で轢かれる一部始終を捉えた映像も。改めて思う、ネットって恐ろしいな。

 

通行人のキャー! という絶叫やドン! という生々しい衝突音は結構ショッキング。

よく生きてたぞ、俺。

 

こんな動画があるんだ、と先生からスマホで見せて貰ったためにちょっと重くなってしまった部屋の空気を軽くするため写真を見ながら、サイバイマンにボコされたヤムチャみたいになってて面白いですね、と笑ったら頭を心配された。

失礼な、俺は正常だ。

 

というか本当にそういうコラ画像があったんだが。作った奴頭イかれてんのか、高校生の写真でこんなの作んな○すぞ。

自分で言うのは良いが他人にやられると無性に腹が立つ。

 

と、まぁこんな具合で俺はインタビューを受けることに。

せっかくテレビに出れるんだからおめかししなきゃねということで、サッカー部が誇るイケメンモテ男の須藤に眉毛剃りとか校則に触れない範囲の化粧もしてもらった。

インタビューとか怠いわー、と思っていたが、結構ノリノリな自分がいることに驚いた。

 

そして有名な美人のアナウンサーにインタビューを受けたことでは内心テンション上がりつつ、カメラに向かって「自分のしたことは大したことではない。当然のことをしたまでだ。女の子が無事で良かった」的なことをキメ顔で言ってやった。

これで好感度上がるかな、と割と最低な気持ちはあったことを認める。とんだペテン師だ。

 

クラスメイトからは映りは好評だった。今度百城にも感想を聞いてみるか。

 

それと以前ふと好奇心から百城のアンチスレを覗いてしまいネットの恐ろしさを知った俺は、ウェブ上でのインタビューに対する反応を見るのが怖かったのでそちらの方は封印している。

人間知らない方が良いことも世の中にはあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

それから数ヶ月後夜凪さんが亡くなった。

泣き止まない景ちゃんたちを慰めながら死後の整理とか手伝っていたのだが、ある時夜凪父が現れたのだ。

 

景ちゃんの彼に抱く憎しみは充分理解しており、二人の会話を眺めていたもののどう考えても父娘の仲直りという事態には発展しないだろうと予想。

よくアニメや漫画作品に登場する「実は娘のことを考えていたが不器用だった父」なんてモンじゃない。

 

とりあえず遺体の前で面倒なことになる前に二人を引き離したのだが、景ちゃんたちの心配を微塵もしてなさそうな彼にカチンと来てぶん殴ってしまった。

 

流石にどんな理由であれ人様の父親を殴ったというのはまずいだろうということで、その後景ちゃんに謝った。

もしこの行動のせいで生活資金的な問題が生じてしまうのなら、殴った責任をとって自分も協力するとも。

土下座までしたのはやりすぎだっただろうか。

 

 

 

それから暫くして景ちゃんと喧嘩した。喧嘩と言うよりは彼女が俺を拒絶したと言う方が正しいか。

 

まだ中学生だし、母親の死去という事実は精神的に辛いのだろう。

だから出来る限りのフォローをしようと決めていたのだが、彼女は気持ちが溢れてしまったらしい。

 

確か「お母さんがいなくなった気持ちなんてあなたには分からないでしょ! 同情なんて要らないわ」的なことを言われたので俺もこの前母親いなくなったから分かるよ、と言ったのだが、景ちゃんにはそれが予想外の返答だったようで互いに沈黙する気まずい雰囲気になった。

どうやらどデカイカウンターを食らわせてしまったららしい。

 

この気まずい状況をどうするかと悩み、とりあえず腰を据えて話し始める。

 

そうしたら俺も何だかお袋のこと思い出して泣いちゃって、それを見た景ちゃんも泣いて、心配そうに部屋の外から除き見ていたルイくんとレイちゃんも泣き始めた。

 

とりあえず俺は心を落ち着かせるために腕立てを始めた。

心のさざ波を抑えるには何か別のことに集中するのが良い。

 

女子中学生の家で泣きながら腕立てする高校生、というよく分からない状況が生まれたが結局泣き止むことが出来たので結果オーライだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7

 

 

「すまん、遅くなった」

 

待ち合わせの時間になっても、いつもは必ず十分前行動をするあの人が来ないから、ルイとレイも心配し始めた時。

背後から聞き慣れた声がかけられる。

 

今日は友達? もしくは先輩? 

関係性はよく分からないけれど私たちはお世話になっている人とご飯に行く約束をしていた。

 

ルイが描いた絵が市で金賞を貰って、そのお祝いに最近CMでやっててルイが食べたいと言っていたチーズハンバーグをレストランに食べに行こうと、彼が提案してくれたのだ。

 

通っている高校も住んでる街も違うけれど彼は私よりも二つ年上の高校三年生で、数年前から私たちは付き合いがある。

 

私が中学生の頃、お母さんが入院した時に怪我で隣の病室にいた人で、話が合ったらしくお母さんと仲良くなっていた。

それを当時の私はアイツの影がチラついて避けてしまっていたけれど当の本人は全く気にしていないらしい。

 

自分が退院した後もお母さんのお見舞いにずっと来てくれて、お母さんが死んでしまった時は葬式や遺品整理も手伝ってくれた。

お母さんの葬式の時いきなり現れたアイツを彼が殴ったのは痛快だった。

 

最初は物腰静かな印象だったけれど、次第に彼の態度も変わって来てレイとルイの前で笑うことが多くなっている。

私たちに関わっても得なんて無いのに色々と世話をしてくれ、尚且つ勉強も部活も両立しているのが彼だ。

そんな彼を見て私は自分が嫌になりキツく当たってしまったことがあった。

 

ある時「もう来ないで」と言ってしまった。

本心ではなかった。感謝していた。でも言葉は止まらなかった。

大分声が響いたらしくルイとレイも心配そうに見ていた。

 

色々あり、彼も私たちもみんな泣き出してしまったのだが、そんな時彼は急に腕立てを始めたのだ。

 

彼曰く「泣き止むには身体を動かすのが良い」らしい。

ポカンとする私たちを置き去りにして泣きながら黙々とそれを行う彼を見て大笑いした。そんなことがあった。

 

なんだか変な人だと思っていたが、もしかして彼は頭がおかしいんじゃないだろうか。そう思った瞬間だ。

 

 

 

 

「おにーちゃん遅刻だ!」

「悪いな、色々と立て込んでて」

 

学校帰りにそのまま向かってきたのだろう、彼は学ランとリュックサックのままだった。

今年受験だし最近は色々と忙しそうにしていて家に来る回数も減っている。

ルイとレイはそれを残念がっていたので今日久しぶりに会えて嬉しそうだ。

 

「今日何食べても良いって本当!?」

「あぁ好きなものを食え。金は十分持って来た」

「じゃあピザとかお寿司も良いの?」

「もちろん」

 

そう言いながらポケットを叩く彼。あの膨らみは財布だろう。

特に最近の彼は色々とルイとレイに色々なモノを買ってくれている。

この間会った時レイは新しい服を買って貰っていたし、流石に悪いと思って断ったのだがそれは却下された。

 

ずっと我慢していたのだからこれくらい許されるだろうと彼は言っていた。

それに彼曰く、夏休み中にマグロ漁船に乗り込んで纏まったお金が手に入ったらしい。

 

証拠として、二メートル位の吊るされたマグロを背景に日焼けした漁師さんと写っている写真を見せてもらった。

やっぱり都会の高校生ってすごいのね。短期間でお金を稼げるなら来年私もやってみようかしら?

体力には自信あるし。

 

 

「景。腹は空かせてきたか?」

「えぇ、でも私の分は自分で払うわ。これだけは譲れない」

「いつものお礼だって言ってんのに……お前俺がメシ代払おうとしても受け取らないじゃん」

「それとこれは話が別よ。第一その分はレイとルイに買って貰ったもので済んでるわ」

「……そう」

「そうよ」

 

 

ルイを肩車してレイと左手で繋ぐ彼。二人と学校での出来事を語りながら歩いていく。

電車で駅を一つ越えて、降りたところから十分ほどで目的地に到着した。

そこは家族向けからおつまみまで色々な食べ物があるご飯屋さんで、私たちは初めて入る。

畳の和室に案内された。

へぇ中ってこうなっているのね。知らなかったわ。

 

「レイ、ルイ。何食う?」

「ハンバーグ! あ、あとピザ!」

「これ結構量がありそうだぞ。いけるか?」

「大丈夫! ……だと思う」

「まぁ無理なら俺が食うよ。レイは?」

「わたしパスタが良いです」

 

彼はうどんを頼んだ。何だか普通ね。彼のことだからもっとゲテモノを頼むと思っていたのに。

平然とした顔で「入口の水槽にいたタコ一匹丸ごと揚げてもらえることできますか? 一目惚れしました」とか聞きそうだわ。

私たちの前だからって我慢してるのかしら、きっとそうよ。

 

私はどれにしようかしら。どれも美味しそう。

だけど好きなものを全部食べたら太りそうだわ。

一日くらいで変わるとも思えないけど心配するのはしょうがないと思うの。それに全部頼んだらお金もかかってしまう。

 

なかなか煮え切らず彼の方をチラリと見る。

あ、目が合った。

私が迷っていることに気がついたのか、『関係ない、行け』と彼は言葉は発しなくともアイコンタクトで私に語りかけた気がした。

 

決めたわ。私、今日は我慢しない。

 

「焼き鳥、あとあさりの味噌汁。……あ、冷奴も食べたいわ」

「和風だな」

 

彼は水を飲みながらそう言った。

 

「そうだ。俺もプリンでも頼もうか」

「今日はやめて。またしょうゆとわさびかけるつもりでしょ」

「何故だ、たった数百円で高級食材を味わうことができるのに」

「見た目が悪いのよ、見た目が」

 

 

彼はプリンに醤油とわさびをいつもかけて食べている。

彼曰く「現代の錬金術」らしいがそれは大袈裟だろう。

 

たとえウニの味がするって言ってもプリンはプリンのまま食べたいわ。

あれには流石に彼に懐いているルイとレイも引いていた。

 

そんな間に料理が運ばれてきて、みんなで食べ始める。ルイとレイはとても嬉しそうだ。

 

「レイ、ソースがついてる」

 

レイのほっぺにソースがついているのを見つけた彼は、おしぼりで拭いてあげている。

こうして見ると兄妹みたい。

レイは照れているのか頬を赤くし、それに気がついたルイがレイを揶揄っている。

わいわいと本当に楽しそう。今日は来て良かったわ。

 

 

「おにーちゃん、ウルトラ仮面のモノマネやって!」

「一回だけな。『やぁルイ君、こんばんわ!』……これでどうだ?」

「本当にウルトラ仮面みたいだ! ねぇお願いもう一回だけ!」

「本当に最後だぞ。『下がっていてくれ、怪人たちは私が倒す!』」

「すげー!」

 

 

彼は色々と器用だ。料理はあまり上手でないけれど、大抵のことは頼まれたらやってしまう。

レイとルイへの接し方も上手で二人とも懐いていて、スマホにはたくさんの連絡先が入っている。私もああなったら学校に友達ができるのかしら。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

「───じゃあそろそろ帰るか」

「えぇ!? もっとお話したいわ!」

「そうは言ってもなレイ。そろそろ帰らないと、明日も学校だろ? 話すならまだ帰り道があるさ」

 

 

ご飯も食べ終わって、たくさん話もして落ち着いた頃彼がそう言った。もう時計を見れば八時半になる。

今日は特別だから九時までに寝るルールは無いとはいえこれ以上遅くなるのもまずい。

二人は嫌がっていたけど仕方ない。荷物をまとめて会計を済ませる。

 

電車に揺られながら家に帰る。

こんな時間まで遊ぶのなんていつぶりかしら?

ルイは疲れたみたいで寝てしまい彼におぶられていた。ふとレイが彼に対して口を開く。

 

 

「ねぇ、おにーちゃんはコレいるの?」

「……最近の小学生ってませてるのな」

「別にふつうよ」

 

レイは小指を立てている。本当にいつの間に覚えたのかしら。でも私も気になるわ。

変人だけど色々器用だしいても不思議じゃない。

面倒見もいいし、そのせいか彼のスマホには連絡先がたくさん入っていた。

 

「……レイの想像に任せる」

 

そう言った彼の声は何だか震えている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8

 

 

色々と濃い時間を過ごした高校生活も終わり、受験も無事成功して俺は大学生になった。

確か人生の体感時間の半分って十九歳位だったか、時の流れって早いんだと俺は知った。

 

んで、大学にて。

せっかくだから何かのサークルに入ろうと思ったが、どうしようかと決めあぐねていた時のこと。

美人の先輩から「キミ、一緒にテニスやらない?」と言われた。何でも歩きから俺の体幹を評価したのだとか。

 

もちろん男なら大学でテニスといえばテニサーを思い浮かべる。これは絶対だ。

そしてテニサー=ヤリサー=飲み会=お持ち帰りという図式が組み上がる。この間僅か0.2秒。

俺はソッコー了承した。仕方ない、男はこういう生き物なのだ。

 

だがすぐに後悔することになる。俺が誘われたのはテニスサークルじゃなくてテニス部だった。

新入部員の大体は高校までテニスやってるガチの人達だったのだ。

同期の中には県大会優勝とか、関東大会ベスト8とかが何名かいる。部室には「目指せ私大打倒!!」と書かれていた。

俺の場違い感は半端じゃない。

 

でもやりますと言った手前なので今更やっぱりいいですなんて言い出せない。俺はチキンなのだ。そのまま俺は入部届けを出した。

 

そのことを百城に電話で話したら笑われた。チクショウ、俺は割と本気で悔しがっている。

女の子とキャッキャウフフな大学生活を予想していたのにそれがスポ根に早変わりしたのだ。まぁやると決めたからにはやり切るが。

 

その後も適当に近況報告とかをしていたのだが、ある時急に百城の声がワントーン下がった気がした。

 

「───でもさ。どうしてテニスサークル入ろうと思ったの?」

 

どう答えようか。飲み会でお持ち帰りできるかもしれないと思っていた、なんて答えたら幻滅されてしまうかもしれない。

これまでの交流のせいでもう俺に尊厳なんて無いに等しいが。

 

困った果てに誘ってくれた先輩が可愛かったからと言う。

俺の脳内シミュレーションではこの返答を聞いた百城が『もうおっちょこちょいだなーあはは』と笑っている予想がされる。

それか『今度は気をつけないとダメだよ』と言うか。

完璧とまではいえないが問題ない返答、そう思っていたのだが。

 

『へぇ、その先輩ってどんな人?』

 

……なんか怒ってないか?

本人の手前そんなことも口に出せず、正直に答えてしまった。黒髪ロングで背高い人と。

 

『…その人と一緒にお酒飲んじゃ駄目だよ。あなたってお酒弱そうな顔してるから』

 

いや俺そもそも未成年だし飲めねぇよ。て言うかやっぱり百城怒ってるんだけど。何故だ。

やべぇ考えても思いつかない。

とりあえずごめんなさいと謝ろう。

 

『じゃあ今度一緒にご飯いこーよ。この間ロケでおいしいお店見つけたんだ』

 

百城がロケで行った店…何となく高級そうだ。よく分からないフルコースとか出てきそう。

でも百城に払わせる訳にはいかない。

彼女はよく「別に私が払うからいいよ」と言うのだが、それに対してはいつも通りNOと言わなければ。

彼女はもう既に並の大人の生涯年収程度は稼いでいると予想できるが、だからといって他人に奢ることに慣れてほしくない。

 

典型的な貧乏大学生である俺に金を出すことに慣れて、それが巡り巡って将来ヒモ男に貢ぐきっかけとなってしまったら俺は泣くだろう。

 

『あ。ちゃんとお洒落してきてね。楽しみにしてるから』

 

そう言うと百城は電話を切った。

そういえばあいつと遊びに行くのも久しぶりだ。それなりに楽しみにしている自分がいることに驚いている。

お洒落、ね。

 

ぎゃふんと驚かせてやろうか。俺は高校までとは違うのだ。この間古着屋で友達にオシャレな感じの服を選んで貰ったばかりである。

あいつの顎が外れるほど驚かせてやろう、そう思うのであった。

 

あと、百城に教えられた店の情報を調べたら別に高くなかった。学生でも全然余裕なレベルである。

案外大物女優は庶民的だな、と思ったのだが考えてみれば当たり前だ。ほんの数年前まで彼女も一般人だったのだから。

 

最近テレビの向こう側の百城しか見ていないので、どうしてもそういう感覚が薄れてしまう。

 

 

 

 

 

 

 


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