国民的大物女優観察記録   作:これこん

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まだ三話しか投稿してないのにボロが出始めたことで主人公より作者の頭が馬鹿なのだと知られてしまった…

ちなみに私はぴちぴちのFカップTS白ギャルJKです。
大学についてのあやふやな知識はまだ入学してないからね、仕方ないね()


第四話

 

13

 

 

景のまるで憑依の様な演技は「メソッド演技」というらしい。先日番号を交換した柊さんから電話で聞いた。

過去の自分の感情を自在に蘇らせるという、俺には想像もできない様な世界の話だ。

 

シチューのCMの撮影を行なった日の後にも、景は柊さんと黒山さんの三人で撮影現場に向かったという。

役者としての、彼女の二度目の仕事である。

 

時代劇の撮影現場での、侍に斬られる少女を見殺しにするエキストラ。

演じる個人にスポットライトは当たらないが、彼ら無しでは撮影が成り立たない大切な存在である。

柊さんは撮影のため着物を着た景の写真を送ってくれた。本当に美人というのは何を着ても似合うのだから羨ましい。

ルイとレイの二人もその写真を見て喜んでいたのだとか。

 

柊さんから聞いた話によると、景は役に入り込むあまり殺される少女を見捨てることがどうしてもできずに主演俳優にドロップキックを食らわせたらしい。

そのせいで事務所同士の仲が悪くなったり、芸能界に悪評が広まったりしたら大変だと冷や汗が流れたが、柊さんとの会話中であったのであくまで平静を装う。

 

その後黒山さんのアドバイスやらがあって、自身の過去に戻る景は役者としてまた一つパワーアップしたのだとか。

自分を通して役を追求する、芸術家の本質。

柊さん曰く「不知の知」の喜び。

 

何はともあれ、成長したのなら良いことだ。

 

それともう一つ。

知って驚いたが、黒山さんはカンヌ、ベルリン、ヴェネツィアの世界三大映画祭の全てで入賞している実力者だった。ただの頭おかしいおっちゃんではないようだ。

インターネットの記事のみではとても信じられなかったが、海外の賞を受賞した際の映像に黒山さんと柊さんの両名はバッチリ映っていた。それを見れば信じる他ない。

やはり芸術家には変人が多いというが、彼もその例に漏れないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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景が人気漫画を原作とした映画「デスアイランド」のオーディションに参加する。こちらは柊さんから聞いたのではなく、景本人から聞いた。

俺も以前出版社の公式アプリで無料分を読んで気に入ったので単行本を買った。特に三巻からの展開がマジ面白い。

 

この映画はスターズが主催するらしく、出演する若手俳優二十四名のうち半数にあたる十二名がスターズに所属しており、残りをオーディションで決めるのだとか。

その都合により発表記者会見に出ていた百城の透明感というか、無邪気さというか、そういった「天使」としての姿は、彼女を見慣れている俺からしても綺麗だった。

思わず下宿のテレビで会見を見ながら一人拍手したくらいだ。

 

ただしその本性はとても天使とは言えないものだ、と百城のファンに言ってみたいがそんなことはしない。

彼女の築いてきたモノを崩してしまうし、彼女のファンからしてみれば身近に男がいるという事実だけで色々と想像して脳が破壊される人々もいるだろう。

最悪俺はブチ切れたファンに刺されて殺されるかも。

 

芸能人にとってそこら辺は本当に大事だ。透明感というか、処女性と言うべきか。特に百城のような売り方をしている女優には。

俺だってそれくらいは弁えている。

 

この欲求は、全校朝礼を行なっている最中の体育館でいきなり大声出したらどうなるのだろう、とつい考えてしまう現象と同じものだ。

誰もが一度は考えるが、結局はやらない。そんな様なもの。

 

因みに俺だって最近ファンとなった役者である「湯島茜」の友人を名乗る男が実はこの子はこういう人間なんですよ、と饒舌に喋り出したら複雑な心境になること間違いなし。

 

因みに湯島さんの出演作品は子役時代のモノから大体目を通した。

何というか、彼女からは母性を感じるのだ。くどくない関西弁なのも良い。

言っていて自分でもキモいと思うが事実なのでしょうがない。

 

百城の奴に今度湯島さんと共演する予定があるか聞いてみよう。アイツ色々な映画やドラマに出ているしもしかしたらあるかもしれない。

もし都合が合う様子だったら百城を経由してサインを貰うこととか出来るのだろうか?

 

……しかし、先日のあの会見で出演するのは百城ではなくウルトラ仮面ことアキラ君の予定だったはずなのだが、会場に現れたのは百城の方だった。

 

前日にアキラ君と電話した時は「明日のデスアイランドの記者会見に出るからもし予定が合えば見てくれよ」と言っていたので「頑張れ、応援してる」と返事した。

こういうのを見ると、芸能界というのはやはり大変な世界だと改めて思う。

直前まで関係者にはアキラ君が出ると予告していたので、恐らく直前で交代したのだろう。

 

大人の事情というやつなのだろうが、アキラ君にはこれを糧に更に頑張ってもらいたい。

 

とりあえず百城にはお疲れ様という言葉と、客席から登場するパフォーマンスの際にパンツの写真撮られてるかもしれないから気をつけろよという二つの内容を送ったのだが、後になって「これセクハラじゃねぇか」と心配になってきた。

昨今のハラスメントに敏感になっている世の中的にはアウトな気がする。

 

メッセージを消去するか迷ったがその頃には既読がついていた。

とりあえずそんな意味は無いのだと、単なる心配なのだと自分に言い聞かせて堂々とすることにした。

 

『これセクハラだよ?』

 

まぁそうなる。

とりあえずスターズに訴えられたら勝てないので電話でめっちゃ謝った。

年上の威厳など無いに等しい。いや、元々無いが。

おそらく百城は今の段階で俺の生涯年収くらいは稼いでいるのだろう。

彼女は完全に社会的に格上だ。

 

『じゃあ今度遊んだら許してあげる』

 

とのことだったので当然了承した。

行き場所は動物園でも遊園地でも、俺が決めて良いらしい。

 

それならば、前回は遊園地に行ったので今回は動物園が良い。と言っても、前回は四ヶ月ほど前だが。

彼女はとても忙しいのだ。食事を一緒に摂ったり、数時間街をぶらぶらする程度ならば今まででも可能だった。だが、百城が丸々一日のオフをもらい、尚且つ俺の予定も同様に一日中空いている日は滅多にない。

別に数時間で良いじゃないかと言われればそれまでなのだが、俺はせっかく料金を払って利用する施設は一日中滞在していたい人間である。隅から隅まで園内をゆっくり楽しみたいのだ。

 

果たしてこの約束もいつ果たせるやら。

ただし、並立されている昆虫園には絶対に行かないが。俺は昆虫、というより虫全般が嫌いなのだ。

 

フォルムとかそういう問題ではなく、虫の持つ全ての要素。もはや俺にとって遺伝子に刻まれた拒絶反応に近い。

原因はトラウマなどではない。

母親の子宮から出てきて、成長して自我を持った頃から変わらない性質だ。

 

そんな俺なので、昆虫が好きで家で飼育までしている百城はある意味尊敬している。

別に虫好きになりたい訳じゃないが。

 

そんなやり取りが昨夜あった。

 

大学の授業も終わり、今日はバイトも無いので何をするか決めあぐねているとスマホに着信が入る。

スターズのアキラ君からだった。

 

『急にメッセージごめんね。もし大丈夫なら今日いつもの場所で七時から会えるかい?』

 

何だかおっさんが不倫相手に送るような文章みたいなのが気になったが特に気にしない。

彼は今を時めくイケメン俳優なのだから。

俺は「問題ない」と返信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15

 

 

都内の某スポーツジム。

スタッフは全員がスターズをはじめとした芸能界の関係者で、それ故にプライバシー保護などが頑丈らしい。アキラ君がそう言っていた。

 

実際過去に何度かテレビで見るような有名人を目撃したことがあり、中には握手をしてくれた俳優さんもいた。

何というか、やっぱり本物はオーラが違うのだ。

 

本来ならば俺みたいなのが利用出来る筈はないのだが、アキラ君の紹介によりたまに利用している。

オーナーのご厚意により割引はしてもらっているが利用料はきちんと払ってる。

 

アキラ君とは数年前ランニング中に偶然出会い仲良くなった。

 

まだ高校生の頃百城の奴が「撮影見に来てよ」と言っていたのでギャラリーとして現地に向かい、百城の撮影が終わった後、人が少なくて丁度良さそうな河川敷の土手があったので走っていた。

 

運良く当選した東京マラソンをひと月後に控えていた俺は練習として三時間ほどそれなりのペースで走っていたのだが、ある時マスクとフードで顔を隠した男が抜き去る。

季節外れのその格好に一瞬不審者かとビビったがただのランナーらしい。

 

が、俺を抜く際にチラリと横顔が見えた。超イケメンだった。

しかも汗だくなのにフルーティないい匂いがした。

百城の影響を受け人の横顔を気にする癖がついてしまった俺の目は誤魔化せない。

 

イケメンには顔で勝てないにしても体力では負けたくないので俺はスピードを上げて彼を抜く。決して嫉妬からではない。

 

そのまま距離を空けようとしたら、謎のイケメンも焦ったようにスピードを上げた。俺も追いつかれないように更にスピードを上げる。

そこからは名前も素顔も知らない彼との、ただの争いではなく男の意地と意地のぶつかり合いだった。

 

身体能力の限界に挑戦した一時間だった。俺の背後三メートルほどの位置を彼は終始キープし続けた。

どちらが「もうやめよう」と言ったわけでもなく、夕日が落ちて暗くなる頃俺たちは十数キロのコースを一周してスタート位置に戻ってきた瞬間足を止めた。

 

その場に座り込みながら「中々やるな」「そっちこそ」という感じのやり取りをした気がするが、俺も体力は限界だったので憶えていない。

 

途中から彼はマスクもフードも上着も外して走っており、そこで彼が俳優の星アキラだと気がついた。

彼は人気芸能人だったが別にそれによってどうしたということも無く、向こうもその方が気持ち的にも楽なようで、その後二人で銭湯に行って飯食って連絡先を交換した。

 

芸能人がその日に初めて会った人間に連絡先を渡して良いのかと尋ねたら、向こうは百城経由で既に俺のことを知っていた模様。

百城から聞いていた話と、そして実際に会ってみて、俺ならば信頼に足るそうだ。

 

一体アキラ君に俺のことをどのように語っていたのかは知らないが、とりあえず彼の俺に対する印象を良くしてくれていた百城には感謝のメッセージを送った。

 

それとどうやら、アキラ君は百城が撮影していた翌日から現場入りする予定だったらしく、あの日は現地に前乗りして身体を動かしていたらしい。

そういうのを後日彼から聞いた。

 

そんな出来事があり俺とアキラ君はそれからも定期的に連絡を取り合ったり会ったりする仲になった。

俺の自意識過剰でなければ友達と言えるだろうか。

 

「やあ。急に呼び出してすまない」

 

トレーニングルームに入ると、そこには汗を若干かいているアキラ君がいる。

既にトレーニングを始めていたらしい。俺はスポーツウェアでここに来ているのですぐに始められる。

 

ところで、運動した後は速やかにタンパク質と糖質を摂取することが大切だ。リカバリープロテインは持って来ているが、それだけでは物足りない。

今は午後六時半。

特に時間は決まっていないもののトレーニングが終わるのは八時くらいだとして、その頃には互いに空腹だろうと予想される。

そこで、この後一緒に飯とかどうだろうか。

値段が高くなくていい感じの飯屋を見つけたのだ。個室であるのでアキラ君が使用しても問題ない。

 

もちろんアキラ君の都合が合えば、だが。

 

「いいね、楽しみだよ」

 

そう言ってニコリと笑うアキラ君。やっぱりエグいほどのイケメンだ。

俺が女だったら惚れてるわこんなん。

そうと決まれば早速動き始める前に店舗へ電話予約をした。

 

そこからは個人で気になる部位を鍛えたり、互いにフォームを確認し合ったりして気がつけば百分ほど経っていた。

筋トレというものに出会ってからというもの、送り込まれた血液により筋肉がパンプする感覚がクセになる。

このためならばどんなキツイメニューだってこなせるだろう。

 

アキラ君に至っては筋トレ、というかスポーツ全般が得意であることはメディアで広く広く知らされ、そっち方面の仕事もちょくちょく来るらしい。

実際にテレビではたまに見る。

これらの結果は彼の努力の賜物だ。

 

十八歳の爽やかな好青年である「星アキラ」としてのイメージは崩さぬようにゴツくなり過ぎず、それでいて色気のある男らしさは感じられるくらいの筋肉。

 

先月のウルトラ仮面は舞台がプールであり、そのため水着姿のアキラ君の腹筋が映ったのだがその日は朝から奥様方の黄色い悲鳴が聞こえてきたらしい。

 

 

シャワーを浴びて、着替えてジムを出た頃には八時半を回っている。

そのまま徒歩で飯屋へ。

当然アキラ君はマスクと帽子で変装している。もし彼が街中で身バレしたら大変なことになるだろう。

 

席につきアキラ君は変装を解く。

店員が来た時だけカツラと帽子を被れるように近くに置いている。

適当に料理を注文してそれらを食べつつ、他愛もないことを駄弁る。

最初はいつものアキラ君だったが、次第に心の内側に隠していた本音が出てきた。

 

 

「……やっぱり、結構心に来るんだよね。……慣れているつもりだったんだけどな」

 

やはり昨日の記者会見のことを彼は悔しがっているのだろう。

幼い頃から芸能界に身を置く彼は今までに数々の仕事を獲得してきたが、そのルックスは評価されても演技力としてはそうでもない。

 

元大物芸能人で現在は所属事務所の社長という母親をもつ彼は「ゴリ押し俳優」などと批判されることも珍しくない。

 

そんな周囲からの評価を見返すために様々な努力を継続している彼だが、成果は今一つ。

いや、素人である俺から見ればウルトラ仮面といい、充分成果として表れていると思うのだがアキラ君に言わせれば「まだ全く」らしい。

 

「百城君の方が僕より人気がある。数字として結果が出る。……本当に彼女は凄いよ、一瞬で会場を魅了したんだ」

 

俺と一コしか歳は違わないが、彼が身を置く環境は俺とは一線を画す。

役者は毎日が闘いなのだ。

容姿も才能も併せ持った新人が日々絶え間なく参入し、それらとの競争に負けることは即ち自分の価値がなくなること。

きっと俺には想像もできないような葛藤や苦悩が彼にはあるのだろうが、そんな中でも腐らないアキラ君を俺は人として尊敬している。

 

だがそんな健気な彼とはいえ、たまに心が疲れている日もある。彼はまだ十八歳なのだ。

今日のアキラ君はいつにも増してトレーニングを一心不乱に行っていたし色々と積もるモノを晴らしたかったのだろう。

そんな日に俺も呼ばれるということは、多少なりとも信頼されているということで良いのだろうか。

 

まぁ、とりあえず飲めよということで彼のコップにコーラを注ぐ。

映画などではこういう場合にビールを飲むのだろうが、俺たちは互いに未成年だ。

何より人気若手俳優が未成年飲酒など決してしてはいけない。

彼は子供たちに夢と希望を与えるウルトラ仮面だ。

 

「……ありがとう」

 

ともかくパーッとやって楽になっちまおう。

俺が彼に対して出来るのはこれくらいだ。

役者という職業に対する専門的な知識やスキルがあるわけでもなく、彼と同じ景色を見ているわけでもない。

俺はたまにこうやって友人として彼と接するしかない。

 

デスアイランドの映画が公開されたら初日に観に行くよとアキラ君に言う。

 

「ふふ、じゃあ頑張らないとだ。ちなみに目当ては百城君と僕のどっちなんだい?」

 

おい、それは卑怯だぞ。もちろん両方だ両方。満遍なく見るさ。

そういえば景も出演するかもしれないのか。ただしオーディションに受かればだが。

 

……ん?

確かこの前ルイが「家にウルトラ仮面が来た」と言っていたな。一度落選したスターズの最終審査の時だ。

となると、アキラ君は景のことを知っているのか。

色々あってすっかり忘れていた。

 

景はつい最近役者になったばかりであり、出演経験もシチューのCMと時代劇のエキストラの二つのみ。

しかも後者の方はカットされ放送されないと柊さんからは聞いた。ドロップキックの方だ。

 

世間一般からの知名度は無く、芸能界に親しい知り合いがいるわけでもない。

 

もし景がデスアイランドのオーディションを突破したら。

景は少々変わっており最初は周りと馴染めないかもしれない。

そんな時アキラ君という共通の知り合いの一人でもいれば、随分気持ち的に楽だろう。そう考えた。

 

なぁアキラ君。

夜凪景って知ってる?

俺はそう尋ねた。

 

その瞬間。

ぶぶっと、アキラ君はコーラを口から吹き出した。勢い良く顔にかかった。少し鼻にコーラが入り込む。炭酸の刺激でピリピリする。

いきなりどうしたのだろう、そんなに驚くことだろうか。

 

「す、すまない!」

 

いや、全然問題ない。

そう言って俺は顔を拭きながら笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16

 

 

最近我が家から何かと金が出ていく。

俺の大学進学や下宿の契約から始まり、上の妹が「制服が可愛いから」という理由で今年から私立高校に進学、更に来年には下の妹も高校に進む。

短期間に結構な額の金が出ていったし、これからも出ていく予定だ。

 

しかも何やら親父が再婚しそうな雰囲気だ。

俺は本人から何も言われていないが最近親しくしている女性がいるらしく、食事に行くこともあるらしい。妹からの情報である。

もしかしたら結婚式を行うかもしれないし、そうしたら更に金がかかるだろう。

 

だからと言って別に生活が困窮しているわけではないのだが、長男として、そして現在最も家計を圧迫している要因の張本人としてその辺りはかなり気にしてしまう。

親父は世間一般よりも多少高めの給料を貰っているとしてもだ。

 

現在はスーパーと弁当屋、そして最近新しくスタジオなどに機材を運ぶバイトを始めた。

大学に通い勉強しながらやるのは結構キツイが、無理ではない。最悪留年しないくらいの成績は取れるだろう。俺は結構要領が良いのだ。

 

しかも俺は凄いことに気がついてしまった。

俺はこれまで一日の睡眠時間を七時間は取っていたが、これを二時間ずつ減らせば月に六十時間も自由に使える時間が増えるのだ。

それだけの時間があれば勉強など大体のことはできる。俺ってもしかして天才なのではないだろうか。

 

そんなことがありつつ。

現在バイト終わりの俺は東京の街中を特に理由もなくぶらぶらしている。

さっさと家に帰ってシャワーを浴びて勉強した方が良いのだろうが、夜中の東京を当てもなく歩きたいという欲求には勝てなかった。

何となくカッコいいから。

 

帽子をいつもより目深に被って目線が隠れるようにして、道端の椅子に腰掛け道行く人々を観察すれば手っ取り早く秘密警察っぽい気分になれる。

流石に恥ずかしいからやらないが。

 

時計の針は夜の八時を回ろうとしている。

腹が減ったからこのまま牛丼でも食うかと思ったその時、ポツンと存在する小さな公園のベンチで見慣れた制服を見た。

白と水色のシンプルなセーラー服。

それを着ているのはこれまた見慣れた黒髪の少女。先日スタジオ大黒天の役者となった景だった。見間違いではない。

 

だが何だか様子がおかしい。ぼーっと前を向いている。

今日は確かデスアイランドの三次審査だったはずだが、また何かやらかしたのだろうか。

とりあえず声をかけてみることにした。

 

目の前に立っても気づいている様子は無し。声をかけながら肩を揺する。

ようやくビクリと反応して俺の方を向いた。

 

「……驚いたわ。いつからそこにいたの?」

 

いや、本当に気がついていなかったのか。景に今さっきからだと伝える。

というか家に帰らなくて良いのか?

ルイとレイは事務所であの二人と一緒だろうがやはり景がいないと寂しいだろう。

 

「……今日は、ちょっと一人でいたい」

 

やべぇめっちゃ落ち込んでいる。審査で何かあったなこりゃあ。

ずーん、という効果音が聞こえてきそうだ。

 

とりあえず話を聞こう。こういうのは第三者に話した方が楽になるんだ。別に俺は他人に話を流したりしないから安心してほしい。

 

しかも俺は知っている。

女性はこんな感じで精神的に参っている時が危ないんだ。

俺は散々同じ様なシチュエーションの成人漫画を読んで精神破壊された経験が何度もある。

 

景は美人だし、ここは都会。それも日本一の。

東京は娯楽の多い都市であり様々な人間が集まってくる。

故にそういう目的の男が近寄って来ても不思議じゃない。

 

別に俺は本人が幸せで納得しているなら口は挟まないが、ルイとレイの泣く顔は見たくないので夜凪家のためにもふしだらな目的で近づいて来る男は全員弾き返そう。

 

「……皆私と同じ様に今回のオーディションに懸ける気持ちがあったの。暴走する私を制御するために頑張ってくれたのに…」

 

景の目に涙がジワリと滲み、そして頬を伝った。

一次二次はそれぞれ書類と映像による審査だというのは柊さんから教えてもらっていた。三次審査は実際に会場で演技を行うのだという。

景の話からすると、恐らく数人のグループで審査を受けたのだろう。

そして、時代劇の撮影の際主演俳優にドロップキックをかました様な暴走を役に入り込むあまりしてしまった、という訳か。

 

うわぁ、確かにキツい。

ソロならともかく集団で審査を受けるとなると一人のミスが全員の落選に直結する。

 

「私だけ一人で好き勝手やって、審査をめちゃくちゃにしちゃって……」

 

俺もチームスポーツをやっていたから一人のミスが全体をぶっ壊す怖さは十分知っている。

自分のミスでチームの雰囲気や試合の流れが悪くなって、他のチームメイトは流れを元に戻そうと必死になるのだが自分だけ取り残されて泥沼にハマっていくあの感覚。

 

何というか、脳ミソがふわふわして手足が錆びたように動かなくなるのだ。

出来ることならもう経験したくはない。

自分が当事者になるのは勿論のこと。他校の選手がその泥沼にハマっているのを見るのでさえ精神上よろしくない。

 

気持ち分かるよ。いや本当に。

 

しかも、失敗しても大体は許される学生の部活と違い、役者にとってオーディションというものは一つ一つが自身の運命を左右する重大なものだろう。文字通り参加者は人生を懸けて挑んでいるはず。

それでやっちまったのか。

 

「茜ちゃんは、高校やめてバイトしながら今回のオーディションに懸けていたのに……」

 

うわ、まさか同じグループだった子の背景まで聞かされたのか。

やべぇ吐きそう。俺だったら狂ってそうだ。そして俺まで涙出てきたんだけどどうすんだこれ。

俺は結構涙脆いんだ。

既に二十回以上視聴したドラマ版の仁でも今なお泣ける。

しかも俺の身に降りかかった事例を更に濃くしたようなのを語られて、心が痛まない訳ない。

 

「私、このままじゃ駄目なの。どうしたらいいのかしら」

 

とりあえずやっちまったモンは仕方ない。

切り替えてすぐ次…に行けたら苦労はしねぇんだよなぁ。

うん、とりあえず今はとにかく泣いて全部洗い流しちまおう。それが良い。俺は深く考えるのをやめた。

 

俺の胸に飛び込んでわんわん泣く景。

急に接近してきたことに驚いたが、事情が事情なので今日くらいは別に良いだろう。いつもなら無理やり引き剥がしていた。

何だか良い匂いがするが何も考えない。無我の境地に己を持っていく。気を抜けば俺のマグナムが起立しちまう。

 

そのまま五分ほど経っただろうか。ようやく景は顔を上げる。目は泣き腫らして真っ赤だ。

 

「……その、ごめんなさい」

 

別に問題ないと景に答える。

俺はバックからハンカチの入ったチャック付きポリ袋を取り出すとその中の一枚を景に手渡す。

俺は毎日こういうこともあろうかとハンカチやテッシュ、更には消毒液や絆創膏は常に持ち歩いている。

備えあれば憂いなしという言葉がある。今までに何度も活躍した。

 

ルイとレイに懐かれているのも、彼らが公園などで転んだ際速やかに手当てをした経験があったからだろう。

そして今日はこうやって景の役に立った。

 

一時期「主人から命令される前に完璧な仕事をこなす執事」みたいな存在に憧れていた時期があり、百城で練習していた。

おかげで危機察知というか、空気を読むというか、そういった能力は養われたと思う。

あの百城をして「このままだとダメ人間になりそうだからもうやらないで」と言わしめたのは結構自信になった。

 

実際今回のは高校生である彼女にとっては重すぎた経験だ。芸能界に頼れる大人が柊さんと黒山さんしかいない現状であるので、前から付き合いのある俺を頼ってくれて全然構わない。

だが今回の一件は役者としての良い経験にはなったのではないだろうか。いや、むしろそう信じたい。

そう信じなければやっていけない。

 

それにこういうのは、黒山さんに聞いた方が良いだろう。

凄い監督らしいし、あの人なら景にアドバイスをくれるのではないだろうか。

 

「……うん、ありがとう」

 

そろそろ帰るか。ルイとレイは心配しているだろうし。

ていうかシャツ汚ねぇな。景の鼻水とか涙でびちょびちょになっている。

……まぁ別にいいか。歩いているうちに乾くだろう。帰って洗濯機で洗えば済む問題だ。汚いけど。

 

「何だか恥ずかしいわ」

 

別に状況を考えれば仕方ないと思うが、やはり景も高校生なのだしああいったことは恥ずかしいと思うのだろう。

まぁさっきのことを他の誰に言う訳でもないし、俺と景の心の中で留めておけばこれ以上のことはない。

 

「ふ、二人の秘密ってことかしら?」

 

秘密…まぁそんなところだろう。何だか表現が大げさな気がしなくもないが口には出さない。

 

「わ、わかったわ」

 

そう言って頷く景。

 

その時、景のポケットから着信音が鳴る。この間のシチューのCMの給料で彼女はスマホに乗り換えたばかりだ。

このお金は受け取れない、と返却しようとしていたらしいが景は真面目すぎやしないだろうか。

 

「雪ちゃんから……多分向こうにいるレイかルイからだわ」

 

景はそういって画面をスワイプし、通話を開始する。

 

「もしもし」

『───おねーちゃん今まで何してたの!? もう遅いよ!?』

 

この声はレイだ。怒っているのと心配とが混ざっているようだ。

スピーカー設定なので俺にも声は聞こえる。

 

「ごめんね。色々あったの」

『事故とかしてない!? 何も連絡とかないから心配だったんだよ?』

「……うん。大丈夫。今から帰るわ」

「あとね、ルイが『寂しいからおにーちゃん呼ぼう』って言ってたんだけど、おにーちゃんには電話つながらなかったの」

 

その発言を聞きすぐさま俺もスマホを確認する。

……本当に着信が入っていた。ちょうど働いている時間だったから気がつかなかったようだ。

 

今日は大丈夫だったから良いものの、万が一緊急事態が起こった時にこれだとまずいな。

スマートウオッチでも買っていつでも着信に気がつけるようにするか? 検討しておこう。

 

 

「彼なら今ここにいるわ。話する?」

『え、おにーちゃんそこにいるの!? おねーちゃんもしかしてずっと一緒にいたの?』

「違うわ。さっき会ったのよ」

『と、とりあえず代わって!』

 

俺は景からスマホを受け取る。ルイにこんばんはと言った。

 

『おにーちゃん。おねーちゃんにへ、変なこととかしてない!?』

 

変なことって何だよ。

別にいつも通り話していただけだ。景に抱きつかれながら泣かれたのは初めてだが、これは別にレイに教える必要はないだろう。重要な情報ではない。

 

というかもしかして俺レイに警戒されてるのか?

懐かれていただけにちょっとショックだが、考えてみれば高校生の美人な姉と男が夜中に会っていたらそう思うのも仕方ない。

それに最近景と会う回数が多いしな。狙っていると思われているのかも。

確かにそれは心配だ。

 

その後いくらかレイと話し、ルイに代わった。ルイはいつも通りだった。

景にスマホを返す。

 

「それじゃあ、今から帰るから一旦切るわ。待っててね」

『うん、わかった』

 

十分ほど話して景は電話を切る。

そしてスマホをポケットにしまいベンチから立ち上がった。

 

「さて帰りましょ、もう遅いわ」

 

このまま直接下宿に帰っても良いのだが、今日は心配なのでスタジオ大黒天まで景を送っていくことにする。

こういう日は最後まで気をつけなければ、何が起こるか分からない。

それに話し相手がいた方が気も楽だろう。

 

「……してもらってばかりで何だかあなたに悪いわ」

 

俺は景のその返答を聞いて首を横に振る。

こういう時はお互い様なのだ。いつもみたいに後でカレーをご馳走してくれればそれで良い。

それで十分釣りは来る。景の料理は本当に旨いからな。

俺は何故かレシピ通りに作っても不味くなる。百城曰く「一種の才能」らしい。そんな才能欲しくなかった。

 

「そ、そうかしら……」

 

何だか照れているのか顔を赤くしている。こういう景はレアだな。この光景は記憶に収めておこう。

まぁ、何はともあれさっさと帰るか。もう直ぐ八時半になる。

俺たちは公園を出て、駅に向かった。

 

 

 

 

 

 




ストックが終ったんでまた書き留めます。週一くらいで出すのが目標。

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