国民的大物女優観察記録   作:これこん

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投稿するのが遅くなってしまった。
多分これからも投稿頻度はこれくらいです。


第六話

 

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撮影三日目の夜、時計の針は午後九時を指し示している。

今回のデスアイランドの撮影に参加している赤毛の少女、湯島茜は先程まで監督である手塚に宿泊しているホテルのラウンジへと呼び出されており、たった今彼女に割り当てられている自室へと戻ってきたところだった。

 

呼び出された理由は、当事者である彼女が一番よく分かっている。

今日の撮影において、殺人鬼と化したクラスメートから逃げるために崖下の川へと飛び込むシーンがあった。いや、本来ならば合成で済む筈で彼女が実際に飛び込む必要は無かったのだが。

 

そのシーンに参加していたのは四名の女優。

一人は他ならぬ湯島であり、その他には、つい昨夜湯島と関係を修復するに至った夜凪景、以前夜凪が受けたスターズのオーディションにおいてグランプリを受賞しスターズ所属となった若月千、そして夜凪と湯島と同じくオーディション組である木梨かんなである。

 

夜凪は監督からのカットがかからなかったため芝居に入り込んだまま役を続行し川に落下、夜凪がやったのだから、と湯島もそれに続く。更には若月も、夜凪が落ちたスターズの賞を自分は受け取ったのだという自負と対抗心によって飛び込んだ。

木梨は川に逃げることなくその場で斬り殺される役であったのでそれには含まれない。彼女は飛び込みについては怖がっており実行できる自信は無いようなので幸運と言うべきだろう。

 

その結果、この日の撮影は予定よりも三時間遅れて終了した。

 

監督をはじめとして「仕方ない」「良い画が撮れた」と言い特に気にしていない者もいるが、そうではない人間がいることも事実。

それは特に切羽詰まったスケジュールで動いているスターズ組に顕著だ。

例えば星アキラのように、この映画の撮影中も他の作品の予定が入っているため島をたびたび出入りしている役者もいる。彼らは現在業界で売り出し中の若手であり、故に多忙であった。

スケジュールの乱れは彼らの行動に大きな影響が生じる恐れがあった。

 

別に本当に飛び込む必要は無く、そのシーンだけ後撮りをしてCGと合成すれば済む話であるというのが一般論。それで万が一怪我をしたら撮影は中断となり予定されていた撮影期間内に終わらないかもしれない。そういう心配もある。

事実として今日の彼女たちの演技により現場の空気は多少ひりついてきていることも危惧されていた。

 

 

「はぁ」と湯島は自室のベッドに腰掛けながら溜息をついた。

まだ撮影二日目だというのに疲れを感じるのは、それなりに場数を踏んできた彼女でさえ滅多に経験しない大規模な撮影だからだろうか。

彼女の手には先程自販機で購入したお茶があった。

 

まさか自分があそこまで熱くなるとは。

湯島はふとそう思った。

 

彼女は役者というものを自分の天職だと思っている。

最初は自分の意思ではなく、親の言うことに従って入った芸能界。当時から子役ながらに整った容姿だった彼女は、現在熱狂的な人気を集めている百城千世子程ではないが、テレビからの仕事もそれなりに入っていた。

成長するにつれて子役というアドバンテージも無くなり徐々に仕事は少なくなっていったが、彼女は未だ役者の道に立っている。

 

それは子役になったばかりの昔とは違い、他ならぬ彼女の意思だ。

一度役者という職業の面白さを知ってしまった彼女には、その道を諦めるという選択肢は現在無い。

 

芝居に専念するため高校も中退し、本気で取り組んだ結果がデスアイランドの出演。

今では関係は修復されたが、そのオーディションでは夜凪と一悶着があった。が、それも彼女のオーディションに懸ける想いを考えれば当然のことである。

 

なかなか上手くいかない撮影に対して今のままではいけない、この一ヶ月で爪痕を残さなくては、と強く思う湯島であるが、それでも以前までの彼女ならわざわざ合成で済むシーンで川に飛び込むという行動に踏み切るかと問われれば、答えは恐らく否。

明らかに夜凪の存在は大きく影響している。役者としての彼女に対する対抗心が湯島の心の中にはあった。

まだ共演して二日目であるが、湯島は夜凪という劇薬によって大きな変化が齎された最初の人間であるのかもしれない。

 

そして、昨夜の夜凪の友人だという青年との通話。あれも湯島の心には大きく響いた。

歳の近い男子からの「ファンです」という言葉はやはり嬉しいものだった。あの言葉によって撮影を頑張ろうという気持ちが強くなったのは言うまでもない。

 

そんな時コンコン、とドアをノックスする音が聞こえる。誰だろう、と湯島がドアの方に目線を向けた瞬間。

 

「こんな時間にごめんね、湯島さん。入ってもいいかな?」

 

透き通ったような音の高い声。

天使がドアの向こうにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

「いきなりごめんね。すぐ終わるからさ」

 

湯島がドアを開けた先にはそう言いながらにこりと笑う百城千世子がいた。

ヤバい、と湯島は思う。思わず背中を冷や汗が伝った。今日の撮影における勝手な行動について説教されるのだと彼女は思った。

正に「天使」と形容できる目の前の可憐な少女の微笑みがかえって緊張感を増幅させる。

加工場へ出荷される直前の家畜に対して生産者が優しくなる現象。それを彼女は思い出した。

 

百城の撮影に対するストイックさ、そして懸けている熱量。そういったものは同じ役者である湯島は話としてよく聞いていたし、まだ日は浅いが実際に共演してみてそれを身を以て感じた。

彼女は高いレベルで映画を完成させることに全力を注いでいて、それは初日の一度もNGを出さなかった彼女の見事な演技から見て取れる。

湯島が普通ならカットが出るであろう、台詞に詰まるというミスを百城にカバーしてもらったこともその内の一つだ。

 

百城の描く完成までのシナリオにヒビを入れた、というのは些か大袈裟な表現かもしれないが、夜凪をはじめとして、彼女の演技に負けないよう川に飛び込んだ湯島と若月の影響で三日目のスケジュールが乱れたことは事実。

そのことについて天使から注意ないし説教を受けるのだと、湯島は想像した。やってしまったのは他ならぬ自分なのだからそれは当然だと彼女は頭を下げた。

 

「いや、ほんまに今日はごめんなさい」

 

そして恐る恐るといった様子で湯島が顔を上げると、そこにはキョトンとした様子の百城の表情があった。

 

「あ、別にお説教しにきたわけじゃないよ?」

 

よく見れば百城の右手には二枚の色紙、左手には黒のマジックペン。それらを湯島に見せながら。

 

「あのね、サイン貰いに来たんだ」

 

そう言って天使は再び湯島へと柔らかな笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「私のお友達がね、湯島さんのファンなんだ」

 

湯島の部屋のベッドに腰掛けながら、百城はそう言った。

陶磁器のような色白の肌にはシミ一つなく、女でさえ見惚れてしまいそうな顔立ちの彼女はそれだけで画になるのだから凄いと湯島は心の中でそう思う。

湯島はデスクの上に置いてある二枚の色紙に対面している。どこにでも売っているシンプルな金縁の白い色紙。先程湯島が百城から手渡されたものだった。

 

「それで湯島さんのサインが欲しいって言ってたんだ。私の分も入れて二枚、お願いできるかな?」

 

無論湯島に断るという選択肢は無い。それに断る理由も特に無かった。

ただ、百城千世子に自分のサインを渡すという状況を想定していなかったためか、湯島は若干緊張している。

百城は湯島たち若手役者の間では正にトップといえる存在であり、まさかそんな彼女に自分のサインを渡すとは思ってもみなかった。

 

「湯島さんのファンだっていうその友達、今までの全部の作品観ているらしいんだ」

「そういうのを聞くと嬉しいなぁ。その人に『ありがとう』って伝えといてくれん?」

「うん分かったよ」

 

そんな会話をする二人。

平均気温、湿度ともに一年を通して高い沖縄県の夜は本州に比べて蒸し暑く、それはこのホテルにおいても例外ではない。

そのため湯島はクーラーをつけているのだが、そのせいだろうか。何だか冷房が効きすぎているようで、少し寒いように感じる。ぶるり、と彼女は身体を震わせた。

目の前の天使のニコニコ顔が何だか気になるのは、緊張している自分の気のせいだろうと、湯島は考えないようにした。

 

湯島は子役時代から芸能界に在籍している人間であり、デビューしてからもうかなりになる。

故にサインを書くことは今までにも多くあったが、やはりファンがいるというのは嬉しいことだ。

 

昨夜も夜凪の友人だという青年にせっかくだから、と彼女の厚意からサインを書いたばかりであるので手の動きに迷いはない。目の前の二枚に対してのペン入れはスムーズに終了した。昨日書いたものは夜凪経由で青年の手に渡ることとなっている。

 

百城の言う友人と、昨晩ビデオ通話をした青年が同一人物であるということを知っている人間は当然この部屋にはいない。

 

「わっ、凄い上手。やっぱり湯島さんサイン書くの慣れてたりするの?」

「実は昨日も夜凪ちゃんのお友達にサイン書いたばかりなんよ。だからそのお陰もあるかもしれんね」

「へぇ夜凪さんの」

「私より一コ上の男の子でな、電話越しに『めっちゃファンです』って言ってくれたんよ。あれは嬉しかったなぁ」

 

「応援に応えるためにも頑張らないかん」と昨夜のことを思い出しながら言い笑う湯島。そんな湯島の言葉に百城は何か引っかかったようだが口には出さなかった。

それから和やかに五分ほど会話をして、百城は部屋を後にする。

彼女はこれから監督である手塚の下へ向かう予定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

21

 

 

夕飯も食い終わり、シャワーも浴びて、勉強もひと段落ついたので床に寝転がりながらスマホをいじることにした。

「デスアイランド」「撮影」とキーワードを入力して検索してみるとたくさんの候補が出てくる。それらを覗いてみると殆どに百城千世子の名前が出てくるのは流石としか言いようがない。あとアキラ君もかなりの頻度で登場する。

 

当然といえば当然なのだが、景のことを詳しく書いている人はいないようだ。いたとしても、出演者一覧に出てくる程度のもの。

主演にドロップキックをかました時代劇はボツになったらしいので、景としては今回は二度目の映像メディア出演であるので当然なのだろうが。

件のシチューCMを調べてみたところ「この役者の演技良いな」という反響はそれなりに見つけることができたが、知名度を一気に押し上げるまでには至っていないようだ。

 

そんなことを考えながら適当にネットサーフィンをしていると、百城から電話がかかってきた。最近百城の着信音だけ変えたのですぐにあいつだと分かるのだ。

 

『この間頼まれた湯島さんのサイン貰えたよ。今度会った時渡すね』

 

その報告を聞き、俺は百城にありがとうと言った。

実は数日前に湯島さんと電話して、湯島さんの厚意により景経由でサインを貰えることになって、何なら成り行きでラインまで交換したことは言わなくても良いだろう。

旅行先で買ってきたお土産を友人に渡したら「実はこれもう持ってるんだよね」と言われた時の何ともいえないあの感情をせっかく話をつけてくれた百城に味わわせるのは気が引ける。

世の中には黙っておいた方が円滑な人間関係を続けられることもあるのだ。

 

『どういたしまして』

 

お礼に今度飯でも奢ってやろう。ただあまり金ないから高いのはNGで。悲しくなる事実だが、百城と俺の社会的なヒエラルキーは十段階くらい違うのだ。

「月収いくら?」と野暮なことは聞いたことがないが、もしかしたらポルポル君が買えるのではないだろうか。女優恐るべしである。

あと、百城は話を聞く度に全国を飛び回っているようなので健康面を心配してしまう。環境が変わると体調を崩してしまう人も多いから。

その辺りに関して、百城は平気なのだろうか。

 

『んー、まぁぼちぼちやってる感じかな。別に元気だよ』

 

まぁ声色も普通であるし、本当に問題は無いのだろう。もしかしたら演技で隠している可能性も無くは無いのだろうが、電話越しでは分からない。

「今の顔色チェックしたいから写真送って」と伝えるのは何だかキモい気がするから言いたくない。

 

そういえば。デスアイランドの撮影は一ヶ月に及ぶらしいが、この時期は台風とか大丈夫なのだろうか。天気予報を見る限り今は向こうも平気らしいが、これからの天気がどうなるか分からないので心配だ。

せめて撮影時期を少しずらしたりすれば良いのに、とこの間話をした時ふと疑問を抱いたのだが、もしかしたらスターズ組は忙しいので予定がつかないのかもしれない。

 

『そうだよ。私たちのスケジュールとの兼ね合いでね、こんな時期になっちゃったんだ』

 

俺の疑問に対する百城の返答を聞き、やはりそうだったのかと俺は納得する。

 

『だから出来るだけ撮影を巻けるように頑張ってるよ。イレギュラーはいつ起こるか分からないからね』

 

おぉカッコいい。何と言うか、凄くプロっぽくて良い。

これが大物女優の貫禄かと一人感動する。

師匠キャラの「俺についてこい」と同じような力強さが先程の百城の発言からは感じられる。現場のスタッフさんとか大助かりだろう。

 

『あはは、だって私はプロの役者だよ?』

 

そりゃそうだ。今電話をしている彼女はプロ中のプロである。朝起きてから夜寝るまで芝居のことを四六時中考えているような人種だ。俺も百城につられて笑った。

それにしても、百城はデスアイランドにおける主要キャラを演じており、であるが故にセリフ量や収録場面も多くその他にも色々と多忙なことが想像できるので、いつ電話をかけて良いのか迷ってしまう。

彼女は「いつでも良いよ」と言ってはいるが、その言葉通りにしていては迷惑をかけてしまうというのは想像に難くない。芝居に熱心な百城のことであるので、多分この会話が終わった後も自身の台本や明日の共演者のチェックはするだろうし。

 

今回みたいに向こう側の都合の良いタイミングで電話をかけてくれるのがこちらとしても有難いのだ。

その点メッセージを送るだけなら百城の邪魔にならないので楽である。

 

『んー、次電話できるのはちょっと後かも。色々忙しいから』

 

やはり百城は忙しいらしい。次に電話する時に喋る話題でも探しながらこの数日は過ごすとするか。でも別に面白いことなんてそうそう起こらないのが現実だ。

食パン咥えた美少女と曲がり角でぶつかるイベントとか起きたりしないだろうか。もし現実に起きたらそれだけで一時間くらい語れそうだ。

人生経験の濃さでは百城に敵わない。彼女みたいに大衆から人気のある人生というものに憧れが無い訳ではないが、まぁ無理だと分かっているので嫉妬もクソも無い。むしろ尊敬している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

22

 

 

景が撮影に行って二週間以上が経過した。

その間レイとルイもスタジオの二人と仲良くやっているようだし、景の不在によって特に問題が起きているわけではない。あの二人は他の子供達より精神的に大人びているのだ。これくらいで元気がなくなるタマではない。

 

毎日の掃除を徹底されてスタジオの空気が良くなった、と柊さんは言っていた。レイとルイに従って掃除に取り組む大黒天の二人を想像したらつい笑ってしまったのは仕方ない。

柊さんは掃除をしているイメージができるが、黒山さんの方はさっぱりだ。

 

景から連絡は毎日大体二回来る。

朝食の時間に電話をかけてきて今日はどんな撮影をする予定だとか、そんな話を五分くらいするのが一回目。次が夕飯の済んで少し経った二十一時くらいで、現場でどんなことがあっただとか夕飯にこんなのが出たのだとかそういう内容。

 

別にそんなに細かく電話しなくても差し支えはないのだろうが、俺からは特に言ったりしない。

多分、俺という第三者に一日の出来事を話すことで色々と振り返っているのだろう。

 

俺も野球やってた時は「野球ノート」といって、練習や試合の内容とそれによって得られた結果、そしてそこから次にどう繋げていくかということを記入して監督に提出していた。

自分で自分のことを客観視するということは簡単そうに見えて案外難しく、故に大切なのだ。

 

多分景も役者としてやっていくにあたり、俺に対するこまめな連絡もそんな意図があるのだろう。

ただ、それにしては芝居の関係ない世間話みたいな会話の占める割合が多い気がするのだが、多分気のせいだ。

 

そんな俺は今スタジオ大黒天で朝飯を食っている。昨日はバイト帰りにそのままスタジオに寄ってそのまま一泊した。

トースターでこんがりと焼いた食パンを咀嚼しているとスマホが鳴る。見てみると、相手は景だった。

 

「誰?」と正面に座っているレイに尋ねられたので、景からだと答えて席を立つ。そのまま隣の部屋に移動してから画面を操作して会話を開始する。

 

『千世子ちゃんと友達になるにはどうしたらいいと思う?』

 

急だな。俺はそう言った。

景が俺に電話をかけてきたのはこれを聞くのが目的なのだろう。ただ、普通の人ならワンクッション置いてから本題を口にするところを景は開口一番に言った。

これでは質問の前後関係が分からないから返答に困ることがある。

芸能人としてなら天然ぽくてキャラ立ちとしては良いと思うが、日常生活では相手を困らせてしまうことがあるかもしれない。

 

『あ……あの、私ねクライマックスのシーンで友達として千世子ちゃんを庇って死ぬ役なの。だけど私千世子ちゃんと友達じゃないから演じられないかもしれないと思って……』

 

成る程、事情は把握した。景の言う千世子ちゃんは同じ現場にいる百城のことだろう。

景の演じる「ケイコ」は作中において百城演じる「カレン」と友人関係であり、故に景は百城と友達になる必要がある、と。

そして最期はカレンのために死ぬらしい。そうやって死ぬのか……。

 

何だか特大のネタバレをされたが聞かなかったことにする。

景演じるケイコはこの映画のオリジナルキャラであり、どんな形で原作に関わるか楽しみにしていたのだがまぁ仕方ない。これは予防線を張っていなかった俺が悪いのだ。

 

『あっ……ご、ごめんなさい……』

 

いや、俺は何も聞いていない。ケイコがどんな最期を迎えるかも全く知らない。だから景が謝る理由もない。そういうことだ。

 

『わ、わかったわ』

 

顔は俺に見えていないが、恐らく向こうで景はこくこくと頷いているのだろう。長い付き合いの俺には分かる。

 

『もしあなたが殺されそうになったら身を挺して守ると思うわ。これって友達だから当然よね?』

 

え、何だか重くない? そう思ったが口にはしない。

よく考えてみれば俺だって、夜凪家の面々に危機が迫ったら腕の一本や二本は捨てるつもりで助けるだろうし、多分お互い様なのだろう。

 

『やっぱりそうよね!』

 

「あぁそうだとも」と俺は返した。

それにしても、百城の奴と景はまだ仲良くなっていないのか。あいつは人当たりもいいし別に普通に話しかければ問題はないと思うのだが、やはり最初は誰だって緊張するものなので仕方ないのかもしれない。

 

『だから私も千世子ちゃんと友達になりたいの。だからその、アドバイスとか…あるかしら?』

 

俺から言えることは、兎に角フレンドリーに接しろということだろうか。頑張って百城との距離を詰めるんだ。大体の人間はそうすれば仲良くなれる。

だがまぁ行きすぎて引かれてしまっては元も子もないので、そこら辺りは塩梅を見て判断しろとしか言いようがないが。

 

『とにかく頑張ってみるわ』

 

何だろう、積極的に友人を作ろうと努力している景を見ると涙腺にくる。

今までは生活費を稼ぐためのバイト漬けの日々で、高校の友人と遊んでいるところなど見たことがなかった。

景がもっと自由な時間をとれるようにと、俺のバイト代の何割かを渡すことをかつて提案してみたものの、それは悪いと断られたため結局俺は殆ど力になることはできなかったが。

 

金銭問題という一家の一大事に毎日追われる生活をしているものだから、当然外部の人間との関係は希薄になるし、彼女はそれを受け入れていた。

そんな景が自分から友人関係を構築しようとしているのだ。感動しないわけが無い。

 

『あっ』

 

景が思い出したようにそう呟いた。

どうしたのだろう、何か言い忘れたことでもあるのだろうか。

 

『その……この映画公開されたら一緒に見に行かない?』

 

ふむ、確かに今までレイとルイを連れて四人で映画を観に行くことは無かった。今回のデスアイランドは景も出演するのだし、あの二人も喜ぶだろう。

確か公開は来年だった筈なのでまだまだ先の話だが。

 

そういえば百城とアキラ君の二人からも一緒に観に行かないかと言われていたが、まぁ三回観れば良い話である。

地雷映画だったら途中から嫌になりそうだが、毎回それぞれの役者に注目して視聴すれば飽きは来ないだろう。あとは細かい小ネタみたいなのを探したり。俺は案外そういうのは好きだ。

デスアイランドの手塚監督は今までにも原作有りの実写映画を何本か手がけており、故に原作ファンが喜びそうなポイントを把握しているだろうから、もしかしたら見つかるかもしれない。

それに湯島さんが出演しているので多分問題ない。寧ろこれでお釣りが来るのではないだろうか。

 

『そ、そうじゃなくて』

 

ん? そういうことじゃないとは、どういうことだろう。

 

『二人で行かない……?』

 

二人で。その言葉の真意を何度も噛み砕き、反芻を繰り返して脳内にしまい込む。

危ない危ない。思わずドキッとしてしまったが、幸いそれを表に出すことは無かった。あくまで冷静に、いつも通りだ。これでオーケー。

 

これで動揺しているようではダメだ。落ち着いて考えれば理解できる筈なのだから。

景の言葉はそういう意味ではなく、「(レイとルイがいるとどうしても賑やかになってしまいゆっくりと自分の演技を振り返ることができないから)二人の方が良い」という意味の方だろう。経験を積んだ俺には分かる。何の経験かと聞かれたら答えられないかもしれないが。

 

全く驚かせやがって。

勿論了承する。断る理由は無い。

 

『た、楽しみにしてるわ!』

 

俺も楽しみにしていると返答する。

 

『だから私撮影頑張るわ。だから、その、応援していてね』

 

それからは適当にレイとルイについてだったり、スタジオ大黒天の二人に関する話を五分ほどして電話は終了した。

 

何やらドアの向こう側でレイとルイと柊さんが俺たちの会話に聞き耳を立てているのに途中から気がついたが、どうするべきか迷って結局触れないことにした。

何故気がついたのかといえば、「ちょっと押さないでよルイ」というレイの声だったり、「しーっ。気づかれちゃうよ」といった柊さんの声がバッチリ俺まで聞こえていたからだ。普通に声は大きかった。それでバレないつもりなのだろうか。

もしかしたら柊さんは天然ちゃんなのかもしれない。それはそれで可愛いので別に良いと思う。

 

 




ちょっと最後の辺りが文章が分かりにくかったらしいので削って無かったことにします。
削除する前に見た人は忘れてください。

多分デスアイランド編はあと一話か二話くらい。

あと、感想と評価ありがとうございます。

ちなみにまだ百城ちゃんに景ちゃんのことを言うのを忘れてたりする。

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