国民的大物女優観察記録   作:これこん

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まじで書く時間無くて遅くなりました。すまねぇ。
一日三十時間くらいになんねぇかな……
誤字報告本当にありがとうございます。


第七話

 

23

 

 

天使こと百城千世子が演じる「カレン」と、新人女優夜凪景が演じる「ケイコ」の両名が全ての元凶である黒幕に接近するという映画デスアイランドのクライマックスシーン。

台風が直撃している中で実行された、その撮影現場にて起こった予想外の出来事。

それは、撮影中の役者二人を襲った大雨による川の増水だった。

 

百城の足が水に取られ、斜面に流される既のところで夜凪が百城を庇う。

台本とは異なる形で、「ケイコ」は「カレン」の身代わりとなり最期を迎えた。

 

当然現場のスタッフや離れた地点から両名の撮影を観ていた他の役者らは肝を冷やす。

それは百城も例外ではなく、スタッフに対して夜凪を救出してくれと叫ぶ際の彼女の行動は紛れも無い本心からだった。

 

このシーンの最後。

ケイコによって命を救われたカレンが「ありがとう」と口にするシーン。それを言う百城の顔に仮面は無かった。夜凪の芝居が百城の仮面を壊したのだ。

 

結局、夜凪は事前に張り巡らされていた安全ネットのお陰で軽傷で済んだが、その日から高熱を出して寝込んでいる。

大雨に長時間打たれ、挙げ句の果てには全身に水を浴びたことが原因だった。或いは、この一ヶ月で溜まった疲労の影響もあるかもしれない。

 

彼女が水に流され、そして死を意識した瞬間。

彼女の頭にまず浮かんだのは、関わりのある人々の姿よりも、自身の顔に傷がついているかどうか。

芸能人にとって顔に目立つ傷が残ることは、運が悪ければ役者人生の終了を意味するかもしれない。それを彼女は心配した。

幸いにも、夜凪の顔に傷はない。

今までと変わらない、滑らかで白い肌がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

24

 

 

自身の出番が全て終了した夜凪だったが、体調不良のためクライマックスシーンの撮影から三日間が経過した現在でも自室のベッドから出られていない。

かと言って発熱した初日と比べればだいぶ楽になり、快方に向かっているという自覚は彼女自身にも存在する。

鉛のように重く感じられた身体は幾分か軽くなり、何より食欲が戻り始めていた。

 

夜凪はスタッフが部屋に持ってきてくれたパイナップルを咀嚼する。

甘酸っぱさが怠い身体に染み渡るのを感じながら、その美味しさに驚く。

スタジオ大黒天にいるであろうルイとレイにも食べさせたいと思うも、無理であるので一人で舌鼓を打つ。

 

そんな彼女が次に行ったのは、知り合いである青年とのチャット欄の確認だった。

青年との最後の連絡は三日前の朝。

つまり夜凪が撮影中の事故にあった日である。

朝食後の七時三十七分。

その時間に八分間電話をした形跡が残っていた。それから丸二日間、メッセージのやり取りは無い。

その間夜凪は高熱によって苦しんでおり、それによってメッセージを送る余裕が無く、そして青年側からも何かを送ってくるということは無かったからだ。

夜凪はその事実に微かな不満を感じていた。

 

撮影に来てからの一月弱毎日の様に電話をしていた相手から急に音沙汰が無くなったのに、向こうからの動きは何もない。

夜凪の身に何か起こったのかと、連絡の一つや二つ入れてくれればいいのに。

夜凪はそう思い頬を膨らませる。

 

実際には、青年はスタジオ大黒天にいるルイとレイから夜凪の発熱のことは聞いており、高熱で大変な彼女に返信の手間をかけさせるのは悪いと思っての行動だ。

夜凪は熱を出した当日の夜、湯島の助けを借りて何とか柊に「今体調を崩している」と伝えている。

青年はそれを知った。

だが未だに熱が引ききっておらずその影響で頭がよわよわになった夜凪にはそんな背景を考える余裕はない。

 

そんな時。

ピロリン、と機械音がスマホから丁度鳴る。

『身体は平気か?』という短い一文。タイミングの良いことに、青年からだった。噂をすれば何とやらだ。

文脈を見るに、自身が体調を崩していたことをどうやら知っているらしい、と夜凪は理解した。

自分から連絡をしていないことで彼の頭の中から忘れられた訳ではないのだと知りほっとする。

夜凪にとって青年はレイとルイを除けば最も信頼している人間であるので、それに向ける感情は案外重い。

 

現在の時刻は午後五時を少し回ったところ。

青年は学校帰りなのか、毎日の様に入っているバイトや部活はまだ始まっていないのだろうか。

夜凪は色々と疑問を抱くが、とりあえず通話をしてみることにした。

大分体調は回復しているということを伝えて、メッセージのやり取り程度は問題ないということを伝えねばならないと考える。

 

何故か緊張する夜凪の心境に対して、数回のコールであっさりと青年は出た。

 

『もしもし』

「あ、えーと……こんにちは……?」

『二日間電話しなかったくらいで他人行儀になる必要はないぞ?』

 

開口一番、どこか余所余所しい話し方の夜凪が面白かったのか、返答には多少の笑い声が含まれていた。

 

『景が熱出したってレイから聞いたよ。もう大丈夫なのか?』

「結構良くなってきてるの。まだベッドから出られないけど」

『なら良かった。昨日も見舞いの電話でも入れようかと迷ったんだが、病人にわざわざ余計な体力を使わせるのもどうかと思ってな』

「ぜ、全然大丈夫よ!」

『そうか』

 

夜凪の胸にあった、青年に対する不満の類は既に消えている。

電話をして来なかった理由が自分の体調を心配してのことだったのだと知って一安心した。

寧ろ心配してくれたことに対する嬉しさの方が優っていた。

 

『前回の電話で台風による雨風が凄いと言っていたが……その中で撮影したのか?』

「うん、千世子ちゃんと二人で撮影したの」

『えぇ……大丈夫なのかそれ』

 

青年の驚きは尤もだ。

彼は三日前、つまり夜凪の最後の出演日に、夜凪からホテルの外の様子を映した動画を送られている。

水桶をひっくり返した様に轟々と地面を叩きつける雨、木の枝や幹を容易くしならせる程の強風。

そんな中で撮影を行うなど正気ではない。

新人である夜凪は兎も角、メディアに引っ張りだこの百城に万が一のことがあればタダでは済まされないだろう。

だが台風の中での撮影は他ならぬ百城の意向でもあった。

 

「それでね、私ちゃんと千世子ちゃんのことをカレンだと思ってお芝居出来たの! それに空から爆弾が降ってくるのもはっきり見えたわ!」

『爆弾……? そんなシーン原作にあったか? まぁ俺には詳しいことは分からないが、納得のいく芝居が出来たのなら良かったじゃないか』

 

青年は夜凪の発言を聞き一瞬ギョッとしたが、まさか本当に撮影で空から爆弾を落とす訳はないだろうと考え直す。

夜凪が言っているのは恐らく地面に設置された火薬か何かのことで、役に入り込んだお陰でそれらが本当に空から降ってきたように思えたのだと。

彼は数秒遅れて理解した。

数年に及ぶ付き合いのお陰で、青年は夜凪の発言を翻訳する技能が上達している。流石にルイとレイには及ばないが。

 

「千世子ちゃんを庇った時、本当に死ぬかと思ったわ」

『はは、そんな大袈裟な』

「山の斜面から水がばーって流れてきたのよ。千世子ちゃんがよろけちゃって、引っ張りあげたら私の方が流されちゃった」

『……』

「?……どうしたの?」

 

青年は既に一週間程前、電話にて不意に夜凪からケイコの最期に関するネタバレを喰らっているため、そのことを通話の話題に出すことは特に気に留めていない。

彼が気を取られたのは別の箇所だ。

斜面から水が流れてきて流された。そんな、夜凪が命の危険を感じる程に危険なシーンを演じたのかと彼は驚いている。

 

『随分ハードな台本なんだな』

「あ、それについてなんだけどね。私結局台本通りにお芝居することが出来なかったの!」

『……ん? さっき水に流されたって言っただろう?』

「それは本当は台本にはない展開なの」

『……つまり事故ということか? 斜面を流されたことも?』

「うん」

 

夜凪的には顔に傷が残っていないので、事故のことは特に何も気にしていない。

だが青年にとってはそうはいかなかった。

夜凪の話を纏める。

台風の中撮影を継続した結果事故が起こり、夜凪と百城の運が悪ければ最悪の事態もあり得た。字面としてみると大分リスキーである。

 

『……本当に頭は大丈夫か?』

「えっ!? い、いきなり酷くないかしら!?」

『あぁすまん、言い方が悪かった。俺が意図していたのは頭をぶつけていないかという意味だ』

「あ、そういうことなのね。ううん、別に平気よ」

『他の箇所は?』

「どこも大丈夫」

『本当に?』

「本当よ」

 

彼は百城から撮影現場のことを聞くことはしばしばあるが、「事故で死にかけた」などと言われたことは一度もない。

彼は声色や態度には出ていないが内心途轍もなく心配している。

映画撮影中の死亡事故というのは偶に聞く話であり、夜凪と百城がその当事者にならなかったことに安堵していた。

それはそれとして、もし撮影地が本土だったなら交通機関を乗り継いで現場に殴り込みに行ったかもしれない。彼はこういう場合案外短絡的である。だが流石に沖縄は距離が遠すぎた。

撮影日数の関係で撮影の続行は映画のクオリティの為には致し方なかったこと等を彼は知らないので、友人が危うかったと聞けばこう考えるのも仕方ないかもしれない。

 

「……あれ、もしかしてちょっと焦ってる?」

 

何と夜凪は青年の動揺を見破った。これも数年に渡る付き合いの賜物かもしれない。

青年としてもまさか電話越しで気付かれるとは予想していなかった。

 

「心配してくれてるの?」

『……まぁそういうことだ』

「………ふふ、そうなのね」

『おい、なんで笑う。なんか小っ恥ずかしいな』

 

青年が自分を心配している。

それだけのことなのに、夜凪は心のどこかが満たされる感覚を抱く。「嬉しい」とも「楽しい」とも違う、絶妙な感情。

彼女は今まで経験したことの無いものだった。

夜凪は布団に包まりながら電話を続ける。夜凪にとって時間はまだまだ残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

25

 

 

全ての撮影の終わった最終日。

未だ現場に残っている役者とスタッフによる打ち上げのバーベキューも終了し、手塚らが持ってきた花火を各々が楽しんでいる。

スターズ組は多忙故にクランクアップした者から東京へと帰って行ったので初日よりも人数は減っているが、それでも大規模な撮影が終了したことへの達成感を一人一人が抱いているためだろうか。会場であるビーチは活気に溢れていた。

 

そんなビーチにて。

天使こと百城千世子は共演者らの輪から離れる様に歩いていく。

共演した夜凪景との、デートという名の反省会も既に終了した。

花火に混ざりたい気持ちもあるが、花火と、これから彼女が行おうとしていることを心の天秤にかけてみて重かった方は花火ではなかった。

堤防の上に繋がる階段に誰もいないことを確認して腰掛ける。

彼女が座っている場所のお陰で目線が下にいた頃よりも高くなったので、階段脇の鉄格子の隙間からはビーチが一望できた。

 

百城はスマホを取り出し、とある人物へ電話をかける。

この曜日、そしてこの時間ならば恐らく何も予定が入っていないだろうということを彼女は把握していた。

 

『あーもしもし?』

 

百城の予想通り、彼女がコールをした相手は電話に出た。

彼女と最も親しくしている人間の内の一人である青年だった。

その口調は友人に向ける様な軽いものであり遠慮は感じられない。

 

「今、大丈夫?」

『別に問題ない。飯食ってたところだ』

「奇遇だね。私達も今までご飯食べてたんだ。この後私のインスタ見てみなよ、皆と撮影の打ち上げのバーベキューやってたの」

『夏らしくて良いじゃないか。羨ましい限りだ』

「じゃあ今年やる? これから私の予定が合えばだけど」

『別に無理して予定入れなくていいんだぞ?』

「……無理じゃないよ」

 

そんな終着点の無い会話をだらだらとする二人。

青年の方がどう思っているかは分からないが、百城はこの時間が好きだった。

百城は青年と話している時には天使としての仮面を被らなくても良く、ありのままの自身でいられるのだから。

 

女優という不特定多数の人間の目に触れる職業柄、ストレスや遣り場のない怒りなどが溜まることは珍しくない。

ましてや百城は未だ十七歳。

未だ発達中の、多感な少女の心。

そこに負の感情をただ積もらせているだけではいずれキャパを超え、精神的に限界を迎えてしまうだろう。

若くして彼女のその双肩には、数々の映画やドラマの成功という重荷が乗っている。

投入された資金だけでも莫大な金額に上り、更に数百万、数千万の視聴者からの期待が上乗せされるとなると、その負担は言うまでもない。

 

そんな彼女の精神安定に大きく貢献していたのが青年だった。

百城にとって、彼は自身のファン一号。

両親や近い親戚を除けば最も親しい存在である彼に百城は大きな信頼を寄せていた。

彼女が映画やドラマに出演すればまるで自分のことのように喜んでくれる。

愚痴や鬱憤をうんうんと何も言わず頷きながら聞き役に徹して、最後に労いの言葉をかけてくれる。

 

その本人がどう考えているかはさて置き、百城のメンタル面において彼が大きな影響を与えていたのは紛れも無い事実であった。

 

「私今回の撮影頑張ったから、ご褒美欲しいなー」

 

ぶっきらぼうにそう言う百城。

青年はそれを聞き、数秒考えた末に発言した。

 

『何か食いに行くか? 頭おかしい値段じゃなきゃ奢るぞ』

「うーんそれも良いけど、それじゃあいつもと変わらないよね」

『えぇ……?』

 

まさか却下されるとは予想しておらず、電話の向こう側で頭を抱える青年の姿が手に取るように分かり百城はつい笑ってしまう。

恐らく今は無駄に回転の速い脳をフル稼働させて百城が何をご褒美として欲しがっているのか考えていることも、彼女にはお見通しだった。

伊達に長い付き合いをやっていない。

 

「この間ね、ロケで北海道行ったんだけどそこで色々買ったんだ」

 

百城は不意に語り出した。

 

「私の家で食べようよ。ちょっと量が多くて食べきれないの」

『別に良いが……食い切れるだけにしておけとあれ程言ったのに』

「あはは、ごめんごめん」

『前も同じ様なこと言ってただろう。まぁ俺は美味いもん食えるから別に損してないけど』

 

百城の家に行く。

その言葉を会話中に聞いたら多くの日本人は驚愕するだろうが、青年にとってはなんて事はなかった。

友人の家で飯を食う。それくらいの感覚。

今までに何度も行われてきた行為であるので青年は特に重く考えてはおらず、百城も同様だったが、それはそれで何故か悔しい。

 

『それじゃあご褒美の方に話は戻るが、何が良い? 考えてみたが分からん』

「あ、もうそっちは別にいいや」

『……?』

「お土産一緒に食べるから」

『……いや、それだと俺がおいしい思いをするだけなのだが』

「いいんだよ。よく考えたら欲しいものなんて無かったし」

『……そうか』

「うん。来週の土曜日とか空いてる?」

『まぁ夜飯の時間帯なら』

 

あまり長いことビーチから居なくなるのも他の俳優やスタッフから不思議に思われてしまうかもしれないと考えて、百城はそろそろ電話を切り上げようと考える。

まだ電話をしていたい気持ちもあるが仕方ないと気持ちを切り替えた。そして仮面を再び被る準備も。

 

「そろそろ一旦切るね。続きはまた今度。空いてる時間にこっちからかけるね」

『おう、打ち上げ楽しめよ』

「うん分かった」

 

終了ボタンをタップして会話を切り、百城は集まって花火をやっている共演者の下へ帰って行く。

浜では誰かが打ち上げ花火を一度に全て点火したらしい。

耳をつんざく大きな音とカラフルな花火火薬の光が眼に映る。

彼女の足取りはどこか軽やかだ。

そんな彼女の姿に、たまたま近くに居た町田リカが気が付いた。

 

「千世子ちゃん、嬉しそうだね」

「そう見える?」

 

そう言って誰でも見惚れる様な微笑みを浮かべる彼女の顔には、既に仮面が戻っている。

同じ事務所で長く親交のある彼女が相手といえど、百城が仮面を外すということはない。

この辺りの切り替えの速さは流石と言ったところ。

 

そんな時。

曇りのない星空に流れ星がきらりと光る。

 

「私はもっともっとずっと一生! お芝居を続ける!!」

 

ビーチに声が響く。

それは夜凪の声だった。

 

台風の中でのクライマックスの撮影、その際の夜凪の迫真の演技はカメラの前ではびくともしなかった百城の仮面を一時ではあるが崩すまでに至っている。

それは百城にとって初めての経験。

彼女が夜凪に向ける感情は、撮影が始まった一月前のそれとは明らかに異なっていた。

 

「あはは、夜凪さん元気いいな」

 

そう言って笑う百城。

流れ星に自身の夢や願望をお願いする者がいたり、流れ星を見つけてははしゃいだり。

彼女の目線の先には、そんな共演者達の姿がある。

 

それから暫くした後、夜凪の周囲にいた俳優達は集まり彼女のTシャツに各々のサインを書き始める。

胸元に「無地」と書かれた、他の部分は真っ白のTシャツ。

撮影中夜凪が特に関わった共演者たちのサインで白シャツは空白を埋められていく。

 

「つーか夜凪こういうのどこで買ってんの? 罰ゲーム?」

 

そう発言したのは、共演者の内の一人である堂上竜吾だ。

撮影二日目にゲロをかけられた彼。

一時は撮影スケジュールを乱した夜凪と険悪な雰囲気になっていたが、今では既に解消されている。

これは夜凪に対する煽りとか、そういう悪意のある発言ではなく本心からそう思っての言葉だ。

スターズに所属し、であるからこそ芸能人らしく服装にもそれなりに気を遣う彼にとって、夜凪の服のセンスは理解できなかった。

何が目的で胸元に無地と書かれたシャツを着ているのか。

ネタ目的と言われれば納得できるが、この一ヶ月間夜凪が着ている服はどれも似たり寄ったりだった。

中央にでかでかと「アサガヤ」と書かれていたり、ゲロを吐くアニメ調のカエルの絵がプリントされていたり。

ある意味では、平然と着ている服のチョイスを嘲笑されるよりも罰ゲームだと思われる方がキツいかもしれない。

 

「罰ゲームじゃないわ! 友達と一緒に買いに行ったのよ!」

「流石にネタじゃねえの?」

「ふざけて選んでなんかないもの、『景は美人だからシンプルな方が似合う』って言ってくれたのよ!?」

「え……そいつのセンス終わってね?」

「お、終わってなんかないわ!」

 

ダサいダサくない論争を、周囲の人間も巻き込んで繰り広げる夜凪たち。

わいわいがやがや、色々と言っているが詰まるところ夜凪の友人のセンスは終わっていた。これは紛れも無い事実である。

高校に入るまでタンスに入っていた服はジャージかスポーツウェアで、数少ない私服も百城に選んで貰っていた上下の一式だけという有様。

彼の小学生以来の行動原理は「モテたい」の一言に尽きていたのにもかかわらず服装を特に重視しないという、聞いた人間が思わず首をひねるような夜凪の友人である青年のムーブ。

こういう細かい所からも、彼の頭の残念さが窺える。

 

ちなみに夜凪も青年と似たような美的感覚の持ち主であったため、特に疑うことなく服を購入して現在まで着ている。

近くで見ていたレイとルイは「納得しているならいいか」と特に指摘はしていなかった。

青年は幼い頃からセンスの塊と言っていい百城を間近で見てきて、更に高校に入ってからはファッションに精通している周囲の同級生や、星アキラと接することで流石に自身のファッションセンスがおかしいことに気がついてはいる。

だがそれなのに夜凪に選んだ服は特に問題がないと思っていた。うーん、この。

 

「あ、茜ちゃんはどう思ってるの!?」

「あー……正直に言うと、ちょっとアレやね」

「茜ちゃんまでそんな!? ……あれ、でもちょっとオシャレになってきた?」

「うそ……ほんまに?」

 

夜凪の目には自身の着ているTシャツが前衛芸術か何かに近いものとして見えているらしい。やはり夜凪のセンスは独特だった。

彼女は少し離れたところにいる百城を見つけると、彼女の方を向いた。

 

「ねぇ私千世子ちゃんにも書いてほしい!」

 

手をメガホンの形にしてそう言った夜凪。

それを聞いた百城はトコトコと歩いて近づいていく。そして一言。

 

「高いよ?」

「え…い、いくら?」

 

彼女としてはちょっとした天使ジョークの筈だったのだが、夜凪は百城の言葉にビビった。今彼女はいくらまでなら出せるか本気で考えている。

現在大人気の若手女優。

そんな彼女だからこそ服にサインを書いて貰うためだったらいくらでも出すという人間は数え切れないほどいるだろうし、その事実が彼女の「高いよ?」という返答に対して本当かもしれないと考えさせる。

彼女のサインはオークションサイトなどでかなりの高値で取引されているという事実もある。

これは別に夜凪に限った話ではなく、湯島にとってもネタなのか本気なのか微妙な判定だった。

確かに殺し屋から「殺すぞ」とジョークを言われたら本気で受け止める人は多いだろう。

 

「もー冗談だよ冗談。お金なんていらないよ」

 

百城はマジックペンを受け取ると、夜凪のシャツの胸元にある無地の字の真ん中に大きく「ちよこ」と平仮名で書いた。「こ」の部分が天使の羽の様になっている。

サインまで天使仕様なところにも、彼女の意識の高さが現れていた。

 

「ありがとう千世子ちゃん!」

「どういたしまして」

 

夜凪は自身のシャツに書かれた百城のサインを見て嬉しそうにしている。

まるで憧れのスポーツ選手にサインを貰った子供の様に目を輝かせていた。

夜凪にとってそのサインは百城と友達になった何よりの証拠。かけがえのない宝物であり、東京にいる友人にこれを早く自慢したいと思っている。

「あ、そうだわ」と夜凪が一言。何かを思い出したように口を開いた。

 

「千世子ちゃん、写真撮ってくれない?」

「いいよ」

 

そう言って夜凪は百城にスマホを渡す。

海を背景にして両手でピースをして、シャッターは切られる。

ポーズを変えつつその後も数枚撮影して百城は夜凪にスマホを返した。

 

「誰かに送るの?」

「うん。千世子ちゃんにもサインを貰ったって自慢するわ」

「へぇ、お友達?」

「そうよ。私ちゃんと友達いるのよ、嘘じゃないわ!」

 

ちゃんと友人がいることをやたら強調する夜凪。

百城は「別に存在を疑ったりしてないよ」と夜凪に返答しつつ脳を働かせる。

夜凪の友人。

百城は撮影が開始されてまだ間もない頃を思い出す。

百城が湯島茜に、友人である青年が欲しがっていた彼女のサインを貰いに行った際のことだ。

湯島は夜凪の友人にもサインを書いたと言っていた。歳は湯島よりも一つ上だと言っていたので、その情報が正しければ十九歳の男子。その年齢は百城の友人と同じだ。

それだけならば単なる偶然なのだろうが、もっと深追いしろと百城の中の勘が囁いた。

 

「ねぇ夜凪さん。そのお友達ってどんな人?」

「どんな……あ、優しいわ! あと茜ちゃんを大好きなの。だよね茜ちゃん!」

 

夜凪は湯島の方を向いてそう言った。彼女の言葉選びに湯島はつい笑う。

青年が湯島に向ける感情はラブではなくライクの方である。ただし特大であるという注釈はつくが。

 

「あはは、その言い方だと誤解を招くで夜凪ちゃん」

「あっごめんなさい。その人茜ちゃんの大ファンなのよ」

「湯島さんの出てた作品全部観るくらいでしょ?」

「え……なんで分かるの?」

「この間湯島さんから聞いたんだ。私の友達も湯島さんのファンなの」

 

年齢、性別、好きな女優。

これ位の共通点を持った人間ならば、探せば何処にでも居るだろう。だが百城はそうは思わない。

百城は更に質問を続ける。

ニコニコとして夜凪との距離を詰める百城を見て、この場にいる他の俳優たちは何かを感じ取った。

少しずつ、ジリジリと百城と夜凪から離れる。

何が彼らにそうさせるのかは彼ら自身にも分からない。百城は何時もと同じく天使の様であるというのに。

この時丁度すぐ近くを通りかかった星アキラも只ならぬモノを感じて足を止めた。

 

但し夜凪は百城の様子に何も気付いていないようだ。

夜凪は百城からの質問に嬉々として答える。彼女は自身の友人のことを百城に紹介したかった。

 

「ええと……そうだ! この前千世子ちゃんがテレビに出ている時、千世子ちゃんのこと褒めてたわ」

「どんな感じで?」

「『こいつの努力は凄い』って弟たちに言ってたわ。でもいくら褒めたって千世子ちゃんに対してこいつ呼ばわりは失礼だと思わない? いつもは他の人にこいつ呼ばわりなんてしない人なのに不思議だわ。注意したらちゃんと呼び方直ったけど」

「……他には何かない?」

「あ、千世子ちゃんがケーキ屋さんに行く番組が先月あったでしょ? その時千世子ちゃんが『生クリームが大好き』ってコメントした時笑ってたわ。何が面白かったのか私には分からないけど……」

「ふーん、そっか」

「他にも色々あるのよ例えば────」

 

止まることなく夜凪の口から語られる、百城が関係する夜凪の友人のエピソード。その漏れなくが、何故か百城のことを知っているかのような雰囲気を感じられる発言をしていた。

直接は言っておらず、百城にはそう感じられるというだけであるが。

 

バラバラだったピースが、うまい具合に噛み合いながらはまっていく。そうして百城の頭の中には一つの考えが完成した。未だ周縁部の不確定要素は多いが、中心となる情報部分が集まりすぎた。

とは言え、青年は自身が百城千世子の知り合いだと周囲にバラしたことは今まで一度たりともない。それがたとえ夜凪家の友人だったとしても同様だ。

百城が不利益を被ることを青年は望んでいない。

しかし、時々夜凪家でリラックスしているとポロリと百城に関する発言をしてしまうことがあった。

彼の性質として、詰めがすこぶる甘いことが挙げられる。これは彼の幼少期から続く悪癖だ。

それによって今まで重大なミスは起こしていないと考えている彼であるが、別にそんなことはない。単に彼が気がついていないだけだ。

そのミスは主に百城関連だったりする。

その結果が例えばそう、今この瞬間。

 

 

「ねぇ夜凪さん。その人とお話ししてみたいんだけど、良いかな?」

 

 

百城の姿を、湯島らの集団に混ざって見ていた星アキラは何故か背筋が震える感覚を覚える。

彼の頭の中には、遠慮の要らない数少ない友人である青年の姿が浮かぶ。

星の頭の中での彼は白い歯を見せながら微笑み、グッドポーズをしていた。

何故か分からないが、彼は唐突に青年のことを思い出したのだ。

 

「多分大丈夫よ! あ、でも急に千世子ちゃんが電話に出てきて驚かないかしら……?」

「多分、平気じゃないかな?」

 

夜凪はスマホの電源ボタンを押し、開くためにパスワードを打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次でデスアイランド終わり。
多分次も一週間くらい後です。
何か質問とか要望とかあれば活動報告の方でお願いしますね。

ちなみに千世子ちゃんは原作より景ちゃんに対する感情は重めです。
昔からの友達もモテるために仮面被っていてその結果色々な人から認められてる→なら私も遠慮なく仮面作っていいよね→原作より分厚い仮面出来たけどそれを景ちゃんにぶっ壊される→その結果原作より大きな景ちゃんに向ける感情の出来上がり

何も問題ないですね



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