夏が来るたびに思い出す思い出はありますか?
父が亡くなった。
その連絡を受けたのは、盆休みの三日前の事だった。
連絡をくれた母は憑き物が落ちたかのような声で、そのことを告げてきたのだ。
お盆休みと一緒に数日有休を取った俺は、数日分の着替えを鞄に詰め、数十年ぶりとなる古里に足を踏み入れることになった。
父の故郷であり、俺にとっての古里は一言で言うならThe 田舎とも呼べる場所で、遊べる場所は自然の中にしかなく唯一の駄菓子屋が子供にとってのオアシスだった。都会から夏の間だけ遊びに来ていた俺には友達もおらず、游ぶ公園もゲーセンもない祖父の家は最初はただの苦痛でしかなかった。
だが子供と言うものははたくましいもので、田舎のガキ大将や都会から来たことを馬鹿にする子供が居ないのなら探検し放題ではないか。幸いにも両親はその点においては寛容であったため、そう考え始めたら逸る好奇心を抑えることは出来ず、適当に拾った木の棒を片手に藪や山の中を歩いて回り、泥だらけになって帰ってきていたものだ。
中学生になった辺りからか足は遠のくようになり、祖父母とは正月に電話をするだけになっていたが、最後に祖父の声を聞いたのはいつだったか。と思いに耽っている俺の耳に目的の駅に到着するアナウンスが流れてくる。幼い頃は永く感じた新幹線での移動も、片手間に仕事を行うためか短くなったように感じる。
駅のホームは幼い頃よりは綺麗になってはいたが、あいも変わらず人は疎らでやる気のない駅員が構内アナウンスを行っていた。軽食をつまむには多様な店が並ぶ通路を抜け、タクシー乗り場でタクシーに乗り込み祖父の家へと向かう。
記憶にはない、再開発が進んだ街を出ると一面田んぼの田舎が姿を見せ始め、記憶のとおりにある古里が顔を覗かせてくる中、かつての面影を求めて記憶を掘り起こしていた。
ボクがその子と出会ったのは小学二年生の頃、8歳になったばかりの時だ。父の夏休みにはいつも父と母と一緒に新幹線で祖父の家に行っていた。近所にはない土産屋や、ご当地グルメを食べたりとはしゃいで回り、到着するのはいつも夜になってからだった。はしゃいでいたからか、着いてからも空腹にはなってなかったが、祖父が「坊はこっちのほうがいいだろ」と用意していたすき焼きを見て涎を垂らしたのは仕方のない事だと思う。
次の日の朝、朝食を済ませたボクは母に出掛ける事を告げて山の中に入っていった。去年来たときに見つけた廃屋を改造し、秘密基地にしていたのを覚えていたからだ。一年ぶりに来た秘密基地はあいも変わらずボロボロで、去年使用していたマット等は座れない程に汚れてた。
「これは洗わないとダメだぞ」
そう一人ごちるが、家に持って帰るには微妙な距離だった為か洗える場所がないかを懸命に思い出そうと唸る。そのうちに近くに川が流れているのを思い出し、タオルとマット、水を入れる容器を持って川へ向かった。
川に着いたボクは服を脱ぎ、洗う前に遊んじゃえと泳ぎ始める。夏の川は冷たく透き通っており、身体を蝕んでいた暑さを忘れさせてくれた。一時泳いでから川岸のほうを見ると一人の女の子がしゃがんでこちらを見ていた。黒髪で麦わら帽子を被り、透き通る程に白い肌と白いワンピースを着てしゃがんでいた為か、スカートの中が見えそうになっていた。ボクは思わず顔を逸して聞いた。
「だれ?ここの子?」
スカートの中が見えないように移動しながら、その子を改めて見る。歳は同じ頃だろうか、触れたら折れそうな程に細い腕と、思わず赤らめてしまうほどに整った顔立ちをしていたが、目を引いたのは、吸い込まれると錯覚するほどに蒼い瞳だった。
「ううん、あっちの子」
そう彼女が指さした方向はこの田舎の中では栄えており、後に新幹線が通ることになる街がある方向だった。
「街の子なんだ」
「ううん、もっとあっち」
そう言いながら指し示している指は遠くの方を主張している。なるほど、ボクと同じく親と一緒に祖父母の家に遊びに来ている子なんだなと理解したが、都会の子にしては無防備な程に見え隠れしてるのを見ないように努めていた。
「ここには泳ぎに?」
川から上がり、持っていたタオルで体を拭き、下着とズボンを履いて尋ねる。
「眺めてたの。泳いでる子がいたからカッパさんかなって」
「カッパ?」
「昔はいたんだって。でも泳いで来たのはあなただった。がっかり」
こちらに顔を向けず、落胆した声色でそう言われた。落胆されたのは癪ではあったが、同時に興味が湧き始めていた。
「なら探してみる?カッパ」
「いい。今日は帰る」
立ち上がり、軽く伸びをしたあと川を下り始めようとする彼女に思わず叫ぶ。
「明日!明日ならどうかな?」
振り返ったその顔はきょとんとした表情で満ちていたが、少しして満面の笑みを浮かべていた。
「うん、また明日ね」
そう言って彼女は川を下って行き、ボクも当初の目的であったマットを洗い始めるも、しばらくして彼女の名前を聞いていなかった事を思い出すのだった。