今度は対戦について知りたいと、女学生に詰め寄るが…?
別の席に移ると、しばらくして彼女の注文したレアチーズケーキとアイスティー、そして注文され直して来たアイスコーヒーと、先ほどのお詫びの証にと、この店で一番高いというフルーツ盛り合わせのケーキも付けてくれた。女学生はかなり羨ましそうにこちらのケーキを見ている(ちなみに、このアイスコーヒーもケーキも、お代は結構とのことらしい)
『へへっ、まさに漁夫の利ってやつだな』
『…』
『いや、これも加速ってやつのお陰なのかもな。やっぱり力を正しいことに使うとそれ相応の御褒美が…―』
『…えいっ』
『…あーーー!!』
こいつ…自分の分のケーキを食べ終わったかと思いきや、いきなり俺のケーキにフォークを伸ばしてその上に飾ってある大きなメロンの切れ身を持っていって一口で食いやがった!!
俺まだ食べてないのに…あいつにはチーズケーキがあったのに…!
『うるさいわねぇ、直結してるんだからアンタの声が頭ん中に響くでしょ』
『お、お前…俺のメロン…メロンを……!』
『男が細かいことぐじぐじ言ってんじゃないの。そもそもそのケーキ自体もともと無かった物でしょうに』
『こ、これは俺が加速の力で手に入れた物だ!』
『ふん、そんなもの加速で得る物にしたら小さい小さい。この世界ではねぇ、もっと大きな物を手にすることができるんだから』
と、今度はアイスティーを飲みながら答える。
『そういやまだ話の途中だったな…今度は〝対戦″とやらのことについて教えてくれ!』
『口で直接教えてやってもいいけど…これも直接自分で体験した方が手っとり早いかしらね』
そう言って彼女は飲みほしたアイスティーのグラスをテーブルの上に置く。
『それに、もうすぐ門限だから早く帰らないといけないしね』
あ、そっか。そう言えばセント・アルタイル女学院は全寮制だったな。
門限は17:00っていったところか。
『わかった。じゃあ明日またこの場所で会えるか?』
明日はちょうど土曜日、学校は休みだから早くから会えるはずだ。
『えぇ、いいわよ。その時にならアンタも真のバーストリンカーの仲間入りを果たしているだろうし。その時が来たらアンタに言っておかなきゃいけないこともあるし』
なんだ…? 真のバーストリンカーの仲間入りって…? 〝対戦″とやらと何か関係があるのか?
そんなことを考えていると、俺のニューロリンカーから直結用のケーブルが抜かれ、彼女は帰り支度をする。
「じゃ、明日の13:00くらいにまたここで会いましょ」
「ま、待ってくれ!」
帰ろうとする彼女を慌てて呼びとめる。
俺は一つだけ、この場で彼女に聞いておかなきゃいけないことがある。
「君の名前は?」
そう…俺はまだ彼女の名前を知らない。
それと同様、彼女も俺の名前をまだ知らないはずだ。
「セント・アルタイル女学院2年生、〝御剣咲夜″よ」
「お、俺は遠藤一輝。明星中学校2年だ」
「ふ~ん…って、アンタまだ中学生だったの!?」
なにを今更…と思ったが、そう言えばあちらもこちらのことは何一つ知らなかったんだから知らないのも当然か。
「そ、そうだけど…」
「アンタねぇ…中学生のくせに高校生にそんな生意気な口きいていいわけ?」
「あ…」
そうか…そういえば向こうが高校生だっていうのは昨日見た時からわかっていたことじゃないか。それなのに今までタメ口だったのは…この御剣さんて人がよほど年齢が近しい人に感じられたからなんだろうな。
「すいません…以後気をつけます」
「ん、よろしい」
なんか今更敬語で会話するのも変な感じだが…まぁいいか。
「じゃ、また明日ね遠藤君。あ、そうそう」
今度こそ帰ろうとした御剣さんがまだ俺に何か言わなくてはいけないことがあるらしく、歩みを止める。
「ここの館内ネットを出たらグローバルネットには接続しない方がいいわよ。でもニューロリンカーはずっと付けたままでいなさい」
「それって…どれくらいの間です?」
「少なくとも明日私に会うまではね。じゃないと…痛い目を見るから」
「…?」
最後になにやら意味深な言葉を呟き、御剣咲夜は帰っていった。
そういえば、母親以外の女性とこんなに喋ったの…久しぶりだな。
―――――第3話:「Reddish;未赤」―――――
……その夜、俺はまたもあの時の夢を見た。
『…ごめんなさい』
あぁ…もう何度目だろうな…もうやめてくれ…。
もう…わかったから…。
『私、あなたのこと何とも思ってないから』
俺はもう忘れようとしているのに…そうやって何度も出てくるから……忘れられないじゃないか…。
『さよなら』
蘇る…蘇る……あの時の心の痛さ…。
二つに砕け、バラバラに飛び散ってしまいそうなほどに痛む俺の心…。
ああ…でもきっとあの頃じゃもう遅いってわかってたんだろうなぁ…なのに……なのに何故あの時、もっと早くに君に告白しなかったのかなぁ…。
『バイバイ…一輝君』
頼む…待ってくれ…!
クソッ…クソッ…!
こんな思いを…こんな思いをするくらいだったら…俺の砕けた心を…強くしたい…もう2度と壊れないように…強固な殻で包んで…。
もう…あんな苦しくて、悔しくて、痛い思いをしたくないから…!
だから…だから……!
―…ソレガ
【ソレガ、君ノ願イカ?】
………
……
…
「…!?」ハッ
また…あの夢か…。
しかし…いつもの夢とは何か違う。いやにリアルだったというか…いつもより長かったというか……まるで今の俺の意識がハッキリしていたまま、あの時にダイブしたかのような感覚だった。
「…11時か」
少し寝過ぎてしまったかなと思ったが、今日は土曜日だからいくらか寝ていても問題はない。家が静かなことを考えると、母親はパートに行っているようだ。
もそもそとベットから起き上がり、下の階に降りる。
「…なんじゃこりゃ?」
下の階に降りるとやはり母は留守にしており、テーブルの上にはメモが置いてあった。
『カレーにした翌朝もまたカレーばっかりじゃ飽きるでしょー? だから今日はちょっとアレンジしてみましたー♪ お昼にあっためて食べてね♪ by母』
…いや、アレンジもなにもこれ、どう見てもただのカレーうどんなんですが…。
確かに2食続けてのカレーには飽きてるとは言ったが…起きて早々にこんなボリュームのある物は…。
…とはいえ、食べずに残すわけにもいかないし、ここは大人しく、カレーうどんを食すことにした。
………
……
…
「…まさかまた遅れてるなんてことはないよな」
昨日、御剣咲夜に言われた通り、俺のニューロリンカーは首に装着したままだが、ネットへの接続は切ってある。
そして今、俺は昨日御剣さんと会ったあの喫茶店の前まで来ているのだが…果たして来ているんだろうな…? まさか昨日みたいに遅れてるんじゃないだろうな…? ニューロリンカーを切ってるからメールを送ることもできないし…。
まぁ店の前でそんなことを考えていても仕方ないし、入ってから考えるか。もし遅れて来ても、昨日みたいにお互い顔を知らないってわけじゃないんだからな。
チリンチリンッ
「いらっしゃいま…あ!」
「ど、どうも」
ドアを開けると、迎えてくれたのは昨日の店員だった。
「昨日は本当に申し訳ありませんでした…」
と、俺はまだ何も言ってないのにその店員はまたぺこぺこし始めた。
「い、いえいえ! 本当にもう気にしていませんから! それより、昨日の俺と一緒にいたあの娘、ここに来てますか?」
「お客様の彼女様ですか?」
いや、彼女ではないんだけど…。
「それでしたらあちらのお席に…―」
「おっそい!!」
店員が案内しようとした時、突然ずかずかと店の奥から御剣咲夜が俺の元にやって来た。
「アンタねぇ、この私をどれだけ待たせれば気が済むの!?」
「え、だってまだ時間には…―」
「女の子との待ち合わせに男は早く来るのは当たり前でしょ!? んとにグズなんだから…」
な、なんだこの言われようは…。
昨日は遅く来たと思ったら今日は早く来たり…全く女ってのはめんどくさい生き物だ…。
「ほら、さっさと来なさいよ」
「お、おう…」
しかしまぁ…触らぬ神に祟りなしとも言うし、ここは大人しくこいつに従うとするか。
俺は御剣咲夜の後に続き、昨日座った席に向かった。
「やれやれ、お客様も大変ですね♪」
………
……
…
『で、言われた通りニューロリンカーでネットには接続してないでしょうね?』
席につくと、昨日同様直結して周囲に聞かれぬように会話をする。
御剣さんは食べてる途中だったと思われるエビドリアを食べながら、俺に問いかける。
どうやら俺が来るまでのあいだ、ここで昼食をとってたみたいだ。
『えぇ、そう言われてましたから』
『ふ~ん、じゃあまだ体験してないのね』
体験…? もしかして、一昨日の夜から俺が最も気になっていた〝対戦″とやらのことだろうか? もしそうだとするなら、今日こそはその〝対戦″とやらの正体を聞き出さないと…!
『もしかしてそれって対戦のことですか!? 御剣さん、俺にもそれ教えて下さい!』
『…咲夜でいいわ』
『え…?』
注文したレモンティーを飲みながら、御剣咲夜は答えた。
『だから、私の呼び方は〝咲夜″でいいって言ってるの。名字で呼ばれるのあまり好きじゃないの。学校の後輩たちにも名前で呼ばせてるし』
『あ…はい、咲夜…さん。じゃあ俺も〝一輝君″で』
『だれがあんたなんかに〝君″付けするっていうのよ! キモいわねぇ! あんたなんか呼び捨てで十分よ!』
えぇ!? でも昨日別れるときは「遠藤君」って言ってたのに…。
『…って、それよりも早く対戦について…!』
『あーもうわかったわかった! はいはい、食べ終わったから教えてあげるわよ!』
食べ終わったエビグラタンの器にスプーンを放りだし、咲夜さんはようやく俺に対戦のことを教えてくれるそうだ。
『ただしここでじゃないわよ。この中野ブロードウェイの外に出て、グローバルネットに接続したらね』
『は、はい!』
『じゃ、行きましょ』
………
……
…
俺と咲夜さんは会計を済ませると、中野ブロードウェイの外に出る。
休日ということもあり、館内も外も結構な人で賑わっていた。
「これだけ人がいれば、どっか近くにいるかもね」
「それって…バーストリンカーのことですか?」
俺は渋谷のハチ公前や、スカイツリー内で対戦を募集しているというレスのことを思い出した。対戦相手がいない場合はああやって募集するのだろうけど、これだけ人がいればもちろんその必要もないってことか…?
「ま、これも聞くより実際にやってみた方が早いわね」
俺と咲夜さんはブロードウェイ周辺をブラブラしながら辺りを見回す。
「ここらでいいかしらね」
着いたのはコンビニの目の前。中央の中野通りから少し離れてビルの陰になっているため、あまり人はいない。
「じゃあ、まずはアンタのニューロリンカーを起動してグローバルネットに接続しなさい。おそらくそのまま一度ブレイン・バーストが発動すると思うけど、私も後から行くからちゃんと待ってなさい」
「は、はぁ…」
ブレイン・バーストが起動する…? 起動コマンドを言わないのに?
不審に思いつつも俺はニューロリンカーを起動し、グローバルネットへの接続コマンドを開く。
【グローバルネットに接続しますか?】
≪YES/NO≫
「あ、そうそう」
〝YES″のコマンドを押そうとした時、咲夜さんが呼びとめる。
「たとえ自分がどんな姿になっていようとも、それはあなたの運命だと思って受け入れなさい」
…どういう意味だ? と、問いただそうとしたが、押そうとした途中でそんなことを急に言われたために、俺は〝YES″のコマンドを押してしまった。
そして、次の瞬間。
ピキィッ
「なっ…!?」
なんだ…何が起こった!?
加速…? いや、それにしちゃ世界が青く染まってないし、時間だって止まっているような感覚はない。
それに…こ、これは…!
「なんだよ…これ……」
辺りを見回してみると、そこは先ほどまで賑わっていた中野の町並みの面影はなく、ビルは寂れて鉄骨がむき出し、色あせて白茶けた建物がいくつもいくつも並んだ、なんとも殺風景な外観になっていた。
「一体、なにがどうなって…って、なんじゃこりゃあ!?」
ふと目の前のコンビニを見てみると、そこにはかろうじてショーウィンドウのガラスが残っており、そこに今の俺の姿が映し出された。
まず顔だが、口にあたる部分はまるで変身ヒーローのような四角いマスク状になっており、眼は緑色で鋭い目つき、頭からはV字状の刺々しい角のようなものが側頭部と後頭部にそれぞれ2本、合計4本ほど生えている。
次に体の方を見てみると、全体的にはスラリとしたフォルムとなっているが、手首から拳にかけての部分が異様に硬く、そして他の四肢に比べると少し太くなっている。
…で、俺が一番気になったのはこの姿の色だ。
「なんかこの色…錆びた鉄みたいな色でめちゃめちゃかっこわりぃ…」
そう、パッと見るとこの体色は全体的に茶色い体色で地味な感じに見える。目を近づけてよーく見るとわずかに赤みがかった茶色であるということがわかるが。
「風化ステージか。確か属性は壊れやすい、ホコリっぽい、時折突風が吹く、だったかしらね。ま、初心者にはちょうどいいわね」
背後から声が聞こえ、俺は後ろを振り向く。
そこには…地味な茶色の体色な自分とは裏腹に、鮮やかな藍色の甲冑をまとった女騎士が立っていた。甲冑に覆われていない頭部は、口も鼻も見当たらないが薄い水色の二つの瞳が輝き、後頭部からは板状の濃い群上色の髪が何本も何本も生え、それらが合いまってとても鮮やかな色合いを演出していた。
「へー、それがアンタのデュエルアバターかぁ」
「その声…咲夜さん!?」
「そうよ。ま、この加速世界では〝ブルーティッシュ・カリバーン″って名乗ってるけどね」
「ブルーティッシュ…カリバーン…?」
「アンタの名前は、どれどれ…」
そう言って咲夜さん…もとい、ブルーティッシュ・カリバーンは俺の頭の上を見ながらつぶやく。
「ふーん、〝レディッシュ・ハート″っていうのね。色的に見ると、完全な遠距離型っていうよりも中~近距離攻撃を得意とする属性っぽいわね」
「レディッシュ・ハート…」
それが…今この姿の俺の名前…。
というわけで主人公のデュエルアバター初公開となりました。
レディュシュ・ハートのイメージとしては超速変形ジャイロゼッターのライバードをイメージしていただければ幸いです。
ちなみに“レディュシュ”という言葉の意味は“赤みがかった”という意味です。
次回は主人公らの初対戦となります!お楽しみに!