翌日の早朝。
十六夜は後頭部に違和感を覚えて目を開けると―――例の金髪美少女が彼の顔を覗き込んでいた。
「……………」
「ん?ああ、起きたか。おはよう十六夜」
「……………輪廻か。この状況について説明を求めたいんだが」
「ん?ふふ、いや十六夜の寝顔が可愛くてついな。無料で寝顔を拝見するのは失礼と思っての膝枕だが………寝心地は良くなかったか?」
「いんや、悪くはなかった。だがメイドの格好をして、膝枕をするとか俺を誘ってるのか?」
「なんだ?こんな年端もいかぬ娘の体に欲情しているのか?美少女ならば誰でもいいという口か、節操が無い男だ」
「酷い言い草だな。生憎だが俺は未成熟なガキに手を出す気はねえよ。俺が手を出すとしたら強いて言うなら―――」
「黒ウサギか?」
「―――――ッ!!?」
十六夜は驚愕に目を見開き、勢いよく体を起こしゴチンッ!!ととても痛そうな音を響かせた。
「……………っ!!」
十六夜は輪廻の額とゴッツンコしたことで、痛そうに顔を歪める。
だがその時、十六夜の目に映った輪廻―――否、夢の姿に、どういうわけか『懐かしさ』を感じた。
十六夜は目をこすりながら輪廻を見ると、既にその『懐かしさ』はどこかへと消えていた。
………なんだ今の?
十六夜は痛む額を押さえながら先ほどの謎の感覚に眉を顰める。
一瞬、何かを思い出せそうな感じがしたのだが、それはすぐに泡となって消えていった。
もしかしたら輪廻なら何か知ってるのかもと十六夜は思い、彼女に訊ねた。
「………なあ、輪廻」
「なんだ?」
「西郷夢ってヤツを知ってるか?」
「ん?ああ、我輩の―――
「あん?」
輪廻が急に一人称を変え、まるで別人のような雰囲気を纏ったことに警戒する十六夜。
輪廻は微笑して小首を振る。
「そう警戒するな西郷―――ああ、いや、今は逆廻十六夜だったか」
「なっ………!?」
〝西郷〟と呼ばれて十六夜の警戒心が最大になる。
輪廻を鋭く睨みつけながら叫ぶ。
「テメェ………なんで俺の本当の姓を知ってやがる!」
「何故って、それは貴様の実妹が西郷夢だからだが?」
「は?あいつが、俺の実妹………?」
「そうだ。そして貴様から夢との記憶が失われているのは、余が原因だ。余が、夢を化身として利用しているせいなんだ」
「記憶の損失だと?それとあんたがどう関係してるってんだ?」
「詳しくは教えてやれんが………そうだな。この箱庭に於いて、余は〝消去〟された存在だからだ。ならばそんな存在しない余の化身となった夢も同じように箱庭から〝消去〟されるのは道理であろう?」
「ちょっと待て。輪廻は〝消去〟された存在なのか?ならどうしてあんたは箱庭に存在していられるんだ?」
「それは企業秘密というやつだ十六夜」
片目を閉じて口元に指を当てて悪戯っぽく笑う輪廻。
十六夜はその〝企業秘密〟とやらが気になったが、訊いても多分教えてくれないだろうと悟った。
十六夜は諦めたように笑い、すぐに真剣な顔つきで顎に手を当て考える。
「………輪廻は〝消去〟された存在で、夢ってヤツは〝消去〟された者の化身………つまり、俺の記憶から夢が存在ごと〝消去〟されてるってことか?」
「マーベラス、大正解。流石は十六夜だ」
「………なら、西郷夢は本当に俺の………?」
「ああ。貴様の実妹だ。そして貴様の実弟である西郷焔とやらの実妹でもあるな」
「そうか………」
十六夜は顔を伏せる。
夢が十六夜と焔の実妹と知らされて、実感が湧かないし何も思い出せない。
だが本当に彼女が妹ならば、〝消去〟された記憶の中にいるというのならば、取り戻したいと思った。
伏せていた顔を上げて輪廻を見る。
今の彼女の容姿は、夢そのものであり、年齢は八、九歳あたりだろう。
こんな幼い少女を化身にする輪廻も輪廻だが、夢に至ってはその覚悟は計り知れないものだったのだろう。
何故なら、輪廻の化身になるということは―――大好きな
「……………っ、」
十六夜はやるせない気持ちになる。
記憶から〝消去〟されていたとしても、夢を赤の他人扱いしたことに罪悪感を覚えた。
夢は実兄の十六夜に赤の他人扱いされ、胸が張り裂けそうなほどの想いをしたに違いない。
泣きながら走り去った彼女のあの背を、十六夜は見たのだ。
彼女を酷く傷付けてしまったのは間違いないのだから。
十六夜は暫し無言でいたが、スッと真剣な表情で輪廻に言う。
「輪廻………夢に会わせてくれないか?」
「ああ、いいぞ。ふふ、まさか十六夜が夢に会いたいと言うとは思わなんだ。さて―――起きろ夢」
途端、輪廻の気配が消え失せ、眠っていた夢が起きた。
「ふぇ?………っ!い、十六夜さん」
「おう、夢。こっち来な」
「へ?あ、はい―――きゃっ!」
夢が十六夜に歩み寄ろうとし、彼に腕を掴まれるとそのまま引き寄せ抱きしめられた。
驚く夢はあたふたとした様子で十六夜に言う。
「い、いい十六夜さん!?こ、こここれは一体!?」
「おいおい他人行儀はやめろって。あんたが俺に言ったんだろ?〝お兄ちゃん〟って」
「………!十六夜お兄ちゃん、記憶が戻って!?」
「いや、悪いな。記憶に関しちゃ全くだ。だが、輪廻の話が本当ならあんたは本物なんだろ?なあ、我が妹よ」
「うんうん!十六夜お兄ちゃん!十六夜お兄ちゃんッ!!」
嬉しそうに興奮して抱きしめ返す夢。
十六夜は苦笑いを浮かべながらもポン、と夢の頭に手を置いて言う。
「今は何も思い出せないが、絶対に取り戻すから―――それまで待っててくれるか?我が妹よ」
「うんうん!ずっと待ってる!ずっと、ずぅっと待ってるからッ!!」
涙を流しながら十六夜を抱きしめる夢。
十六夜はやれやれと苦笑しながら夢の頭を優しく撫でて―――
『―――そうね。夢ちゃんのこと、ちゃんと思い出してあげないと許さないわよ―――十六夜君』
「………ッ!!?」
ハッとして顔を上げ、周囲に視線を向ける十六夜。
だが今ここにいるのは夢と十六夜だけで、第三者の姿どころか気配などありはしない。
それでも十六夜にはこの声を聞き間違えるなどありえなかった。
………ハッ、幽霊になっても俺に付きまとう気かあのクソババア。
などといつもなら悪態をつく十六夜なのだが、今回ばかりは違った。
「………そうだな。夢のこと思い出してやらないとな―――金糸雀」
フッと笑う十六夜は、亡き金糸雀に向けて呟いていた。
夢は満足したように輪廻と交代して、
「―――いつまで余を抱きしめてる気だ十六夜?」
「おっと、悪いな。夢は寝たのか?」
「寝てはいないが〝表〟に出てるのは余だ」
「そうかい」
十六夜は輪廻を離し、軽く伸びをする。
しばらく無言で輪廻を見つめたのち、十六夜は彼女に訊いた。
「なあ、輪廻」
「なんだ?」
「夢を思い出す方法………なんかないか?」
「ふむ、そうだな」
輪廻は少し考えたのち、微笑してこう言った。
「余の
「輪廻の霊格、だと?あんたは『ウロボロス』じゃないのか!?」
「いや、余は本物の『ウロボロス』で違いない」
「なら、」
「だが貴様の知っている『ウロボロス』ではない。それらの殆んどは、箱庭の―――いや、コレを言うのはルール違反か」
「………俺の知ってる『ウロボロス』ではないってことは、あんたの
十六夜の言葉に首肯する輪廻。
つまり、十六夜はこの箱庭で輪廻の霊格を一から洗い出さねばならないということだ。
これは参ったな、と十六夜は苦笑を零すも、夢の為に成し遂げてみせるさと意気込んだ。
そんな十六夜に、輪廻は期待するのだった。
それから輪廻は約束通り十六夜を目的の場所へと送り出し、しばらくしてから入口で待機していた輪廻の下へ大風呂敷を抱えた十六夜が帰還する。
輪廻はその中身を見るまでもなく―――
十六夜と共に白夜叉の下へと帰還する輪廻。
白夜叉は、十六夜の脇に抱えた大風呂敷を見つめ驚いていた。
「あの二体を小僧一人で倒すとは、どこまでもデタラメなやつだのおんし」
「そこそこ面白くはあったが、輪廻と戦う方が断然面白いな」
「………ふむ。これは十六夜を楽しませられる逸材は、〝ペルセウス〟にはいなさそうだな」
ヤハハと笑う十六夜に、白夜叉と輪廻はやれやれと苦笑する。
その後、十六夜は〝ペルセウス〟との決闘をする為の戦利品を持って〝ノーネーム〟へと帰って行った。
*
それから五日が経ち、〝ペルセウス〟と〝ノーネーム〟がギフトゲームをすることが決まった。
決めてはやはり、十六夜が〝ペルセウス〟への挑戦権を獲得していたことだろう。
海魔とグライアイを打倒されたとあれば、〝ペルセウス〟は〝ノーネーム〟との決闘を応じずにはいられないのだから。
白夜叉の私室には、白夜叉と女性店員が集まっており、一つのモニターを眺めていた。
そのモニターには、作戦会議をする〝ノーネーム〟が映し出されている。
ギフトゲーム―――〝FAIRYTALE in PERSEUS〟。
ホスト側のゲームマスター・ルイオス=ペルセウスを打倒するというシンプルなものだが、彼に辿り着くことこそが難しいものだった。
何故なら、ルイオスがいる最上階まで『姿を見られてはいけない』というルールがあるからだ。
姿を見られたものは挑戦資格を失い、ルイオスに挑むことは出来なくなるが、ゲームの続行は可能というもの。
だがこのルールはプレイヤー人数の少ない〝ノーネーム〟には厳しく、綿密な作戦が必要となる。
プレイヤー側のゲームマスター・ジン=ラッセルの姿が見られただけで〝ノーネーム〟の敗北が決定してしまうのだから。
それだけじゃない、ルイオスには『元・魔王』という切り札がある。
アレを相手に出来るものはおそらく、十六夜だけであり、彼をジンと共に最上階に向かわせることが出来ねば、〝ノーネーム〟に勝ち目はないだろう。
幸い、ルイオスは相手が〝ノーネーム〟だから大したことないと高を括っている為、上手くその隙を突けば勝ち目は十分にある。
白夜叉はそう確信していた、何せ十六夜は輪廻の〝疑似世界〟を破壊するギフトを持っていたのだから。
「最強種を倒せるほどのギフトを―――〝
モニターに映る十六夜を見つめながら白夜叉は呟く。
〝疑似創星図〟は本来、神群の代表者か龍種にしか振るえない代物なのだ。
それを人類の十六夜が振るえるのはまずありえない話だ。
彼が〝疑似創星図〟を振るえるその謎を紐解くにはまず―――輪廻の化身『西郷夢』を知らねばならない。
「………〝西業〟の〝夢〟か。とてつもなくおぞましい名前だの。まるで彼の大魔王―――〝
東西南北に仕切られた箱庭の世界の一地方を、西側を支配した〝
〝
もしも永劫輪廻の正体が〝閉鎖世界〟ならば、由々しき事態である。
「いいや、ありえん。奴は金糸雀達が倒したはずだ、生きているなどあってはならん!あっては、ならんのだ………ッ!!」
白夜叉は血が滲むほど拳を強く握り締める。
〝人類最終試練〟を倒さねば、箱庭に未来はない。
金糸雀達が建ち上げた大連盟―――〝 〟が、〝閉鎖世界〟を倒し、〝絶対悪〟魔王アジ=ダカーハを倒すまでには至らずとも封印する偉業を成し遂げてみせた。
タイムリミットの機能を果たす〝
だがもし、〝閉鎖世界〟が箱庭に存在し続けているというのなら、再び〝退廃の風〟が動き出す恐れがある。
箱庭の危機の再来、なんとしても防がねばならない事態だ。
輪廻が〝閉鎖世界〟であるならば、旧き友として引導を渡してやらねばならない。
輪廻の力は未知数で果たして勝てるかどうか分からないが、推定二桁が相手であるならば、二桁ナンバーの白夜叉以外に相手どれるものなどいやしないのだから。
「―――白夜叉様?先ほど恐ろしい大魔王の名が聞こえた気がしたのですが」
「え?あ、ああいや!おんしが気にすることではない!それよりもゲームの方はどうなっておる?」
「………?ええと、たった今作戦を決め終わってこれから突入しようとしているところですね」
「そうか。ふふ、果たして童達は〝ペルセウス〟を相手にどこまでやれるか、見物だの」
白夜叉は同伴者の女性店員の存在をすっかり忘れていたらしい。
危うくとんでも情報を彼女の耳に入れてしまうところだった。
いや既に耳に入れてしまっているかもしれないが、取り敢えずてきとうに誤魔化すことには成功したであろう。
ふう、危ない危ないと白夜叉が冷や汗を掻きながらモニターに視線を向けていると、
「―――ん?もう始まってしまったか」
「む?おお、輪廻ちゃんか。うむ、始まっておるぞ―――って、その子らは?」
白夜叉は今し方帰還した輪廻の後ろにいる、フードを目深に被った幼い少女達を見つめて問い質す。
輪廻は微笑を浮かべると、後ろの少女達に話しかけた。
「もうフードはとってもよいぞ―――ラミアとその娘」
「はい、輪廻様」
「その娘という呼び方に異議を唱えたいのだわ!」
ポニーテールの金髪と紅い瞳が特徴的な美少女―――ラミアと。
ラミアの娘と呼ばれたツインテールの金髪美少女が納得がいかないような顔で輪廻を睨みつけていた。
輪廻は困ったように小首を振り返す。
「どっちもラミアでは紛らわしいからな。二世ちゃんがいいか?」
「誰の二世ですか誰のッ!」
「確かにそうだな。ではやはり今ここで娘の新たな名前を決めねばならんようだラミアよ」
「そ、そうですね。レイミアというのはどうでしょう?」
「ん?レティミアと言ったか?」
「言ってません!それにその名前だとまるで私と姉上の娘みたいじゃないですかっ!!」
赤面して怒るラミア。
そんな彼女の顔をラミア二世がジーッと見つめて一言。
「その割にはお顔に〝それも悪くない〟と書いてありますよお母様?」
「―――ッ!!?ラ、ラミアッ!!そこに直りなさい!お仕置きの時間です………!」
「きゃー!お母様が顔を真っ赤にして怒ってる!全力で逃げるのだわ!」
「白夜様の私室で走り回るな二世ちゃん」
むんずっ、とラミア二世は輪廻に首根っこを掴まれてそのままラミアに向けて投擲される。
きゃー!という悲鳴と共にラミア二世は縦に三回転半ほどして―――ラミアの腕の中に収まった。
ラミア二世はひいっ!と引き攣った声でゆっくりと振り返ると、とてもいい顔で微笑むラミアの姿があった。
冷や汗ダラダラ逃げようにも逃げられずラミア二世は、ラミアのお仕置きという名の〝くすぐりの刑〟が執行され、愛らしい悲鳴が響き渡った。
*
「お見苦しいものをお見せしてすみません、白夜王様」
「う、うむ。美少女同士の戯れ合いなら大いに結構!存分にやってよいぞつかこの私も混ぜろ!」
「はい?」
「オーナー、悪ふざけはそこまでにしてください。ギフトゲームが始まってます」
暴走手前の白夜叉を冷静な声で制す女性店員。
白夜叉は思い出したように手を叩いた。
「おっと、そうだったの。それとラミアと言ったか?今の私は白夜王ではない、白夜叉と呼べ」
「は、はい!白夜叉様」
「うむ。ところでさっきから気になっておったのだが、おんしの姉上とやらは」
「レティシアだな。ラミア=ドラクレアとその二世ちゃん。彼女達は紛れもないレティシアの実妹と姪だ」
「なんと!?この娘達がレティシアが取り戻したかった妹とその娘だったか!む?だがレティシアの話では〝妹は封印されている〟って言ってたような」
「それは輪廻様がお母様を救ってくれたからなのだわ!」
白夜叉の言葉を遮るように胸を張って言うラミア二世。
輪廻は小首を振って苦笑いする。
「救ったという表現は違うような気がするがな。我輩はラミアにかけられた詩人共の呪いごと、霊格を封じただけに過ぎん。お前の母はレティシアよりも弱くなってる」
「それなら問題ありません。お母様もレティシア伯母様も、この私が守ってみせますから。輪廻様は大船に乗ったつもりでいるといいのだわ」
「ほう、それは頼もしい限りだ。ラミアは良い娘を持ったな」
「ふふ、そうですね。たまに調子に乗りすぎて空回りするところもありますが、それも含めて可愛い私の自慢の娘です」
「お、おおお、お母様!?」
顔を真っ赤にしてあたふたするラミア二世。
ドジっ子の面を明かしてからかいつつ、褒め倒されて恥ずかしいことこの上ないようだ。
そんな彼女を微笑ましげに見つめるラミアと、微笑する輪廻。
冷徹な女性店員でさえも、母娘とはいいものですねと眺めていた。
しかし白夜叉だけは、輪廻の力に驚嘆していた。
なんてことだ、輪廻は第四の最強種と呼ばれる『詩人』の力にも干渉出来るというのか。
ラミアの容姿が幼いのは、霊格も封じられて〝純血の吸血姫〟としての力しか残ってないのが原因だろう。
そして輪廻がレティシアに過保護だった理由も分かった。
ラミアとその娘の為に、レティシアを守っていたのだろう。
それでも分からないのは、何故輪廻は〝箱庭の騎士〟に肩入れしているかだ。
関係を見るに、〝ウロボロス〟に無理矢理従わされている感じは全くない。
ならば輪廻が個人的に〝箱庭の騎士〟の娘達を救い、保護しているのやもしれん。
〝永劫龍〟、〝西業〟、〝箱庭の騎士〟………うむ、さっぱり分からん!これらに繋がりがあるとは思えん。
〝箱庭の騎士〟は遥か未来から召喚された系統樹の守護者。
一方、輪廻は白夜叉の知る限りではかなり古い龍種のはずだ。
遥か未来と旧い過去では、どう考えても繋がりは見えてこない。
だがもし、輪廻は古い龍種ではなく〝最新〟の龍種ならば、繋がりがないとは限らなくもないが―――
「え、何ですかこれは!?」
「なにって、一つじゃ不十分だろうから我輩が色々な場所から観戦出来るようにしてやっただけだが?」
「た、確かに様々な視点から映し出されたものですね」
「輪廻様の目は二つしかないのに、二十四カ所の視点から同時視聴………まさか二十四頭龍!?」
「我輩は〝多頭龍〟ではないんだがな。二十四個の頭がある龍種とか聞いたことないが」
ラミア二世の発言に、輪廻が苦笑と共に返す。
それもそうね、と納得するラミア二世。
そんな話を耳にしながら、白夜叉はハッと何かに気が付く。
〝二十四カ所〟………輪廻の〝疑似世界〟で見た例の〝塔〟と同じ数だと………?
白夜叉はモニターの数を気にしたことはなかったが、まさかそんな意味が隠されていたとは思いもしなんだ。
「………あ、姉上だ!………え?あの姉上が、白いドレスを着てる!?」
「あらまあ、とてもお似合いだわ伯母様」
「うむ。我輩が着せた衣装だな。黒も勿論似合うが、白も良かろう?」
「超グッジョブッ!!!」
「あのお母様?鼻から紅い液体が出ているのだけれど、大丈夫ですか?」
「え!?こ、これは………ジャムです!そうこれは朝食べたイチゴジャムですっ!!」
「ラミアよ、それは無理がある言い訳だ。素直に〝姉上好き好き超大好き愛してる結婚してッ!!!〟と心の声を」
「叫びませんっ!!結婚もしてますし娘もいますもんっ!!輪廻様まで私をからかうんですか!?」
「うむ」
輪廻に即答され、ラミアはガクリと項垂れる。
何を馬鹿なことをやっているんだこやつらは、と白夜叉がやれやれと小首を振り―――ふと、一つのモニターに目が留まった。
それは〝フォレス・ガロ〟戦でも用意されていた、白夜叉専用と言っても過言ではない、黒ウサギのスカートの中身が見えそうで見えないローアングルのとてもお馬鹿なモニターだ。
やはり持つべきは良き友だと、白夜叉は二度三度頷いた。
「………輪廻ちゃん」
「なんだ?」
「超グッジョブ!」
「うむ」
短く言葉を交わした二人のうち白夜叉はそのモニターを食い入るように見つめ、フホホフホホ!と鼻の下を伸ばしながら怪しい笑い声を上げた。
そんな白夜叉を見たラミアとラミア二世は目を丸くする。
「………白夜叉様は、ああいう方なんですか?」
「か、完全にエロ親父じゃない。アレはないわ」
「………オーナー」
白夜叉の性格を知ったラミア母娘はドン引きする。
痛い頭を抱える女性店員。
輪廻だけは、喜んでもらえて何よりだ、という風に微笑していた。
彼女にとって、白夜叉の喜びこそが自分の喜びなのかもしれない。
肝心のギフトゲームの方は、結果だけを言うならば〝ノーネーム〟が勝利を収めた。
飛鳥は失格覚悟で〝囮と露払い役〟を請け負い、目視できる騎士達を相手取った。
失格者の飛鳥を騎士達が相手する必要はないのだが、彼女は白亜の宮殿を破壊しようとする為、彼らは無視できずにいるのだ。
飛鳥は〝ノーネーム〟から持ち出した〝水樹〟を以て騎士達と交戦する。
戦いは飛鳥が優勢、騎士達は別の意味でも焦っており冷静さを欠く。
それもあるが、〝水樹〟の生み出す圧倒的な水量と、それを自在に操る飛鳥の力にしてやられているのもあった。
要するに、〝ノーネーム〟の実力を見誤り、苦戦している状況なのだ。
一方、飛鳥は〝ギフトを支配するギフト〟として才能を開花させることを選んだ。
今はまだ〝水樹〟しか『支配』することしか出来ないが、これからは様々な奇跡を『支配』してみせると意気込む。
しかし飛鳥は知らない、彼女の〝威光〟は対象を『支配』するのではなく―――〝与える側〟のギフトであるということを。
耀は優れた五感で『見えない敵』に奇襲を仕掛け、〝不可視の兜〟を奪取することに成功する。
最初はジンにその〝不可視の兜〟を渡したが、作戦を変更し耀を囮にして騎士達を誘き出し〝不可視の兜〟を被った十六夜がそいつらを叩くというもの。
最初の方はそれで上手くいったのだが、『本物のハデスの兜』を被ったルイオスの側近の男に耀は奇襲され負傷する。
耀を抱き上げて引こうとした十六夜にも『不可視の騎士』の攻撃をもらいあわや兜が取れるところだった。
十六夜は手当たり次第吹き飛ばそうかと考えるが、耀が作戦を思いついたらしくそれに乗ることにする。
回廊端の隅に移動した十六夜はそこで耀を下ろし、『不可視の騎士』を待ち構える。
耀は〝
そう、〝ハデスの兜〟は『透明』になるものであり、『透過』ではない。
イルカの『音波』が姿の見えない〝何か〟に当たって反響する『音波』を耀が感じ取ったならば、そこに『不可視の騎士』がいるということになるのだ。
耀の作戦は見事成功し、十六夜の一撃で『不可視の騎士』を打ち倒す。
真正面から敗れた側近の男は、ルイオスへの挑戦資格があることを認めたのだった。
十六夜は最上階にてルイオスに戦いを挑んだ。
ルイオスは初っ端から切り札である『元・魔王』を、〝星霊〟アルゴールを召喚し、見せしめに〝ゴーゴンの威光〟で最上階にいる十六夜達以外を石に変えてしまった。
世界に〝石化〟を与える星霊のギフトの力を垣間見た瞬間だった。
しかしこの程度怯むほど十六夜は弱くはない、彼は既に今の自分では決して勝てない頂きに挑んでいたからだ。
永劫輪廻―――十六夜が勝ちたい最終目標であり、決して越えられない壁でもある最強種〝純血の龍種〟の一角にして『元・魔王』。
かつての〝ノーネーム〟が魔王だった頃の彼女に勝利したのならば、倒せない敵ではないということだ。
それに彼女の〝疑似世界〟を砕く力を十六夜は手にしている、勝ち目がゼロというわけでもない。
そして誓った、彼女の正体を暴き―――〝
こんなところで負けるわけにはいかないと、十六夜は己を奮い立たせ星霊アルゴールに突撃する。
星霊アルゴールの一撃を真正面から受け止めた十六夜は、そのまま力比べへと持ち込む。
僅かに拮抗していたが、十六夜は星霊アルゴールを持ち上げ勢いよく地面に叩きつける。
驚くルイオスの奇襲を、十六夜は上空へ蹴りで弾き飛ばし吹き飛ばす。
跳躍して追いついた十六夜に、負けじと反撃しようするルイオスだったがあっさり受け止められ、そのまま星霊アルゴールに向けて投げ飛ばした。
ルイオスは宮殿の悪魔化を許可し、星霊アルゴールは宮殿の外壁や柱を蛇蠍に変えて十六夜を呑み込むが、彼の山河を打ち砕く拳によって闘技場ごと粉砕する。
その一撃を目の当たりしたルイオスは、最後の手段を取り、星霊アルゴールに〝ゴーゴンの威光〟を使わせた。
しかし〝ゴーゴンの威光〟も、輪廻が握り潰して見せたように、十六夜は踏み潰した。
これにはルイオス達だけでなく、白夜叉の私室から観戦していた女性店員やラミア母娘も吃驚仰天していた。
だがこれは仕方がないことだった、何せ十六夜には『物的な干渉』を起こす恩恵以外通用しないのだから。
ルイオスは戦意喪失するが、十六夜の〝お前達の全てを奪って徹底的に貶めてやる〟発言に〝ペルセウス〟の騎士としての血が目覚める。
敗北覚悟で最後の最後でいい顔つきになったルイオスと星霊アルゴールに、満足した十六夜はこれを打ち倒し〝ノーネーム〟の勝利が決定したのだった。
次回で一巻分完結
〝天動説〟と〝閉鎖世界〟
再会の姉妹
傍観者達の宴