第ニ話「おたすけアーニャ」
「むり」
新芽が咲く頃には既に新学期が始まり多くの新入生達が新しい日常に馴染んだ中で、勉強と運動に頭を悩ます子が一人いた。
ばたりと寝転ぶアーニャは鉛筆を放り投げてほぼ自暴放棄状態となりつつあった。その理由は、机に置かれた教科書の有様を見れば直ぐに分かる事だった
「べんきょう、きらい…」
ちらりとカレンダーを見ると今日は火曜日だと改めて知る。最近になってから、カレンダーを見る回数が多くなってきているような気がしてならない。
「たろうこないかなー…」
来たら教えてもらおうとアーニャのモチベーションはゼロになってゴロゴロしている頃に、早速玄関からピンポンと音が鳴り渡った。
「来た!」
そこからの動きは早く、鳴ってから数秒で玄関へと駆け寄った
「今日はやけに早い、何か企んでいるな?」
「ううん、勉強教えてほしい」
「やはりか」
はぁ、と小さいため息をつくタロウ。何故か自分はアーニャの手助け係になっているような気がして、今日はダメだと念押しに却下された。前回はまだしも、毎週そんな事をやっていれば本来の仕事を疎かにする。責任感の強いタロウはそこまで考えながら彼女の要求を切り捨てたのだが当然社会経験の少ないアーニャはただタロウがイジワルをしているようにしか思えなかった
「たろうのあほ…」
「好きにいえ…だいたい勉強など、わざわざ人に手を貸す事もないだろう」
「アーニャにだってどうしてもわからない物だって一つや二つ…」
うだうだと喋り続けるアーニャに、それならばとタロウはとある提案をする。
「いいか、お供よ…この世というのは学勉は運動だけでは取るに足らん…」
「この世で最も大切なのは、人徳だ」
「じんとく?」
「要するに人にしかない良さの事だ。誰か敬い、誰かを気遣う…」
「人が集う学校では一番求められる素質だろう」
色々と訳があってアーニャは皇帝の学徒「インペリアル・スカラー」と呼ばれる特待生になるために勉強や運動、さらにはボランティアなどの優秀な成績を収めることでステラと呼ばれる褒賞を貰える星を8つ獲得し、特待生になる必要がある。(現にアーニャはペナルティを喰らっているが…)
そして、今回のタロウの提案はその社会奉仕活動を着目したのだ。
勉強や運動などに比べれば、たしかに単純で面倒臭くもないのかもしれないが…
「お前の成すべき事は…人助けだ!」
「な、なんだって〜〜〜っ」
そんな古臭い反応をするアーニャはタロウから街の「お助けヒーロー」として奉仕活動をする事になったのだった
「まずは其の一、街の清掃をせよ!」
タロウから下された最初の命令、その言葉の通り、街の清掃である。
草むしりやゴミ拾い…できる範囲にてアーニャはやる事を決心した。学校のない日、とある公園へと訪れるも夏の時期ではないにも関わらず中々の炎天下でアーニャのモチベーションもやや下がる
「あち…」
「(でも、勉強と比べれば…やっぱりこっちの方が楽かもしれない…)」
「よし…やるぞー!」
フンス、と風通しのよい格好でボーボーの草を除去していく。
比較的多い茂っているが、この抜いたりちぎったりする作業が以外にも楽しく感じてしまい黙々と作業していく。
と、一時間を過ぎた所で…
「こんな所にボンドマンキーホルダーが…!」
するとアーニャが大好きなスパイアニメである『SPYWARS』のキャラクターキーホルダーが落ちていた。
通常なら持っていく事もあったのかもしれない、そんな時にタロウからの助言が脳内に響く。
『落ちているものはとらずに交番に届けるんだ!』
「…」
「ぐー…」
偉く長考した結果、泣く泣く交番に届ける事を決断した。
「落とし物…」
「ありがとう、必ず落とし物主に届けるからね」
感謝の言葉を投げかけられたアーニャはその瞬間よく分からない感情に包まれた。これが、人助けという物なのだろう。誰からかに自分の存在を認められたかのような、深い感動すら覚える
「(これが…人助け!)」
「(悪くない)」
お礼として少々のお菓子を貰うことが叶ったアーニャは休憩の時間を設けて先程いた公園のベンチで腰掛けた。お菓子を食べながら辺りを見回していると、見覚えのある人物が通りかかる
「たろう!」
「こんな所にいたのか」
公園へと訪れたタロウは、周辺を見渡す。彼女がここで何をしたかは一目瞭然…感心感心、と口角を上げ
「ほぉ…草むしりか」
「落とし物もこうばんにとどけた!」
「でかしたぞ、流石俺のお供だ」
「しかし…結構綺麗になっているじゃないか」
「んぇ?」
アーニャの素っ頓狂な返事が飛ぶ。たしかにやっていた最中だが、全体的にまだまだ雑草やら何やら残っていたと思っていたが…タロウの言う通り機械で丸ごと刈り取ったかのように草が一つもなくなっていた。
「(あれ?アーニャこんなにやったっけ?)」
「(…まいっか)」
「さて」
タロウは自販機で買ったジュースを持ち
「今日は休日だ、俺も人助けに付き合ってやろう」
「いや、いい」
珍しく乗り気なタロウだったが、彼の言葉を遮るように却下を下すアーニャ。
「今日はアーニャ一人で頑張る…」
「ほぉ…いいんだな?」
「全てはアーニャにお任せ」
余程自信があるのかアーニャはそう胸を張って宣言した。今まではタロウなしでは解決出来なかった物もあったが、ましてやインペリアル・スカラーへと上り詰めるために自分が努力を積んでおかなくてはならない。そんな自分への課題をタロウに委ねるのは自分にとって甘えになってしまうからだと、アーニャはプライドを持って挑むつもりなのだ
「(それに…アーニャ、すごい力持ったのかも?)」
先程いつの間にか草むしりを終えられたのは、自分にとんでもないパワーがあったのかもしれないと夢を膨らませる。そんな訳ないのだが訳の分からない事が起きた事でアーニャにとって妙な自信がついた所で、タロウは今回の件は見守ってやろうと彼女を信じる事に
「なるほど、いいだろう…」
「その決意を胸に、頑張るといい」
「おす」
ビシッと敬礼するアーニャだったが、それでもタロウは一抹の不安が胸にあった。
「(本当にコイツ、大丈夫なのか…)」
「其の二、些細な気遣いを率先せよ!」
続いてアーニャお助けプロジェクト(自称)の作戦内容は、近隣の細かい手助けである。
人の目の見えない所でのボランティアは決して悪いことでないが、とはいえ形のついた実績を残すにはこういった事も欠かさずやらなくてはならない。街を散策するアーニャは、横断歩道でゆっくり歩く老人の姿を捕らえた。
「じじ、あのままじゃ危ない…」
「これはお助けの出番…!」
そう言いながらアーニャは歩道まで駆け寄り
ご老人の隣に寄り添う
「じじ、大丈夫?」
「おぉ…これはこれは、いい子じゃいい子じゃ…ありがたいのぉ」
しっかり先導するアーニャだったが、車道にて大きなトラックが二人に向かって走行していく。どうやら青信号に切り替わるの所だったのだが、まだアーニャらは渡り切れてない為衝突の危険性があった
「だ…だめぇーっ!」
タイヤの擦れる音が辺り一帯に響き渡り、老人の前に立つアーニャの寸前までトラックは間一髪の所で停止した。よほど「制止力が強かった」のかトラックに後ろに傾いた
「(し、しぬ…)」
「おぉ、お嬢ちゃん…大丈夫だったか?」
「うん…」
「凄いぞ!君が止めたのか!?」
ゼェゼェと大量の冷や汗をかくアーニャだったが、その光景は超能力を使って止めたかのような光景だった為、あたりにいた住民の称賛と驚きの声で包まれていた。
「まるでヒーローみたいだったわ!」
「全くだ!」
「…?」
「(もしかしてアーニャ…ヒーローみたいになってる?)」
この一日で街のちょっとしたヒーローとして皆から讃えられたのだが、その様子を影から見守る者がいた事にアーニャはまだ知りもしなかった…
「…」
この間の件からアーニャは人助けを着々と進める。あれから起こる目に見えない謎の力によって次々と人々を助けていき、その様子が新聞に載ったり、警察署や消防署まで表彰を貰うなど、彼女の名が広く知り渡る事になった。やがてアーニャが通うイーデン校にも彼女の功績は決して見逃すことはなく、それを相応の対価…星を次々と一つ…また一つと獲得していく。そんな最高の状況につれ、アーニャの態度も激変していった…
「貴方…」
そこへ、アーニャに話しかける1人の女の子…名はベッキー・ブラックベル。
東国オスタニアの大手軍事企業、ブラックベルの娘である。
「ん?」
彼女はアーニャの異常な光景に問いかけようとしていた。
「ちょっと…様子おかしくない?」
明らかにおかしい箇所がある事に指摘するベッキーはアーニャの高らかにそびえ立つ鼻を見た。例えれば、キノピオの高い鼻のように…とんがっているのがよく分かる。
「いや?別に?」
「…絶対おかしいと思うけど」
「あのー…」
気がつけば後ろには大量の行列が出来ていた。この街一帯でもほぼ何でも屋のように要望を幅広く承るアーニャに困りごとや手伝って欲しい事があると、沢山の生徒が彼女に依頼を頼みに来ている。
勿論、アーニャもタダ働きをするにはいかないので一袋分のピーナッツを報酬として色々なお手伝いをしていた。
「ほうほう…犬の散歩か、いいだろう」
学生という身分をすっかり忘れ去っているアーニャの異変さに友達のベッキーも苦言を申する
「ねぇ…もうやめた方が」
「お断り〜、アーニャ忙しいからここでおいとまさせてもらう」
「あ、ちょっと!」
完全に変わってしまった。すっかり有名人になり有頂天になってしまったアーニャを止める者は、ついに一人しかいなくなった。
「おや…?」
とある街中、放課後で家路に沿って歩いていたアーニャはとある光景を目にする。どうやら袋を落としたのか、散らばった中身を男が拾っていた。
「…兄、大丈夫?」
誰も手伝う様子もなかったので何でも屋のアーニャが手助けをしに一緒に拾い始める
「ああ…ありがとうね」
「それほとでも…」
男はそう感謝し、「せっかくだから中に入ってよ」と目の前の喫茶店に指を差しそう言う。喫茶店「ドンブラ」…何を隠そうこの店のマスターであるらしく、これはいい見返りが返ってくるであろうとアーニャはワクワクしながら入店していった
「いらっしゃい」
「どうも」
「はい…オレンジジュース」
「やった!」
トン、可愛らしいストローを添えてマスターはアーニャに渡す。
「おいしい」
「…それはよかった」
「それにしても…こんな所で会うとはね」
「ちびっ子ヒーローさんに…」
「アーニャの事知ってるの?」
「うん、君は新聞にも載ってるから…何やら秘密のパワーを持つ不思議な少女だって…」
「褒めても何も出てこない」
満更でも表情を浮かべるアーニャ。ここまでくれば街中でサインを求められるかもしれない…サインの練習やアイデアも作って置かなければならないかもしれないなどと、アーニャがそう考えていると
「しかし…あんまり無茶な事しない方がいいよ」
「え?」
「たしかに、君は凄い人物かもしれない…」
「ただあんまり鼻を高くしていると…」
ピンっ、とアーニャの鼻を軽く弾く
「その内痛い目、見るかもしれないよ」
「大丈夫!」
「アーニャ、強いから!」
そう言いながら、マスターの忠告をあまり胸にとどめず去っていった。そんな彼女を届けたマスターは手元にあった新聞を開き、とある見出しを目に通す。
「ちびっ子ヒーロー、またもや功績残す」
「ちびっ子、ヒーローねぇ…」
カラリ、とすっかり飲み干したオレンジジュースの氷が溶け落ちる音が店に響いた
「ふんふふ〜ん」
街ゆく人の視線が自分に向かれている事を感じながら、アーニャは上機嫌に鼻歌を歌う。
そんな中、いつも通っていた秘密の近道で、アーニャと同じ年ぐらいの数人の男子生徒が彼女の前に立ちはだかる
「お前らだれ?」
「おめーがアーニャか?」
「そうだけど…ムゴっ!?」
羽交締めにされたアーニャは目動きが出来なくなりそれと共に自分の意識も段々と薄れていった…
何分経ったのかわからない中で、アーニャが次に目を覚ましたのはとある廃れた工場の中だった。
「ど、どこ?」
「このヤロー!俺たち事忘れたのかぁ〜!?」
「あー…」
確か以前に誰かからかの頼み事でこいつらに奪われたおもちゃを取り返して欲しいとボコボコにした三人衆だった。
「覚えてろー!」と悪役のテンプレ台詞を吐き捨てていたが、まさかに本当に覚えてやってきたとは…
「クソが…いいパンチしやがってよぉ…」
「そうだぞぉ!!兄貴を殴ったせいでよぉ!あれから一日くらい泣き止まなかったんだぞぉ!?」
「言うんじゃねぇ!!」
死んでも言われたくない事を暴露される兄貴と呼ばれる体格のいいガキ大将は縛っているあーを前に歩みよる
「何するの…?」
段々と事の状況を察するアーニャは下から血の気が引いているのが分かる。
「は…決まってン だろ。にいちゃん!コイツだよ!」
そう呼ぶと、ゾロゾロと高校生くらいの男子が姿を現した。まだまだ小柄なアーニャにとって男子高校生はもはや大人同然…みるみると涙が溢れるアーニャは恐怖でいっぱいだった
「コイツがアーニャって奴?」
「へー、結構可愛いじゃん」
「え!?お前もしかしてそーゆー趣味?」
「さぁて、手始めにやっちまうか!」
そう下品な笑いが飛び交う中、アーニャはこうからどうなるのか分からないでいた。痛い目に遭う、とあの時マスターが言った言葉を思い出す
「うぅ…ごめんなさい」
「おい」
「…んだお前」
そこには堂々と立つ男が現れた。それは、アーニャにとって、よく知る男…
「たろうぉ〜〜!」
ぐしゃぐしゃな顔でタロウの名を呼ぶアーニャ。全く、情けない顔だ…とアーニャにまだ危害が加わっていない事を確認タロウは高校生に近寄る
「何なんだテメェはよぉ〜!?」
「正義のヒーロー気取りですかぁ?」
「そんなつもりはない、ソイツは俺の…お供だ」
「お供に危害を加えるお前らに、縁は感じられない」
「さぁ、大人しく返してもらうか」
「…なぁにぬかしてんだテメェはよぉ!!!」
タロウが殴られる、そんな光景を見たくないとアーニャを目を閉じてそのまま気を失ってしまう…それからどうなったかは分からなかったが、きっとタロウなら奴らをボコボコにしてくれるだろう。そう最後に思いながら、次に目を覚ましたのは一人だけ立っていたタロウの姿だった
「…たろう?」
「やっと目を覚ましたか、バカものめ」
すっかり夕方になり、オレンジ色の光が廃工場を差している。辺りには高校生達が倒れているものの、やり返した形跡がない…むしろバテて気絶しているのか白目を剥いていた
「たろう!凄い!みんなやっつけたん…だ…」
目を輝かすアーニャだったがタロウに近づいた事で、彼の姿が悲惨な事に気づく。顔をアザや血でまみれており、ワイシャツと所々破れている。しかし痛がる様子はなく、いつも通りの表情で佇んでいた。
「もしかして…避けなかったの…?」
「ああ」
「なんで、やり返さないの…?」
「人を傷つけるのは俺のすべきことではない」
タロウは一切動くことはなかった。殴れ、蹴られて、一方的にやられながらも倒れたりのけぞる事は一切なく巨大な樹木のように動き一つもしなかった。その代わり全力で動き回った高校生達はいずれ体力の限界を迎え、アーニャを拉致したちびっ子達もあまりのショッキングな光景に漏らして気絶していた。
それが、アーニャが起きるまでの出来事。
「うぅ…」
痛がる様子はないものの、彼を傷つける原因を作ってしまった。そんな深い罪悪感を覚えるアーニャは再び涙を浮かべる
「そんなに泣く事か…」
「うぐぅ…ごめんなさぁいぃ〜…」
「…早くに家に帰れ」
「お前の帰りを待っているんだ、歩く事くらいは出来るだろ?」
「…」
「動けなぁいぃ〜…」
まだあの時の恐怖が残っており、鼻水を垂らしながらもアーニャはタロウにそう言い放つ。
まったく…困ったお供だ…。彼はそう思いながらもアーニャをおぶって道なりを進んだ
「…」
「大人の言葉というのは、大切だ」
「現にお前はそれを無視し、実際にこうして天罰を食らったからな」
「見返りを求め、肝心な事を忘れて暴走した…」
「そういった事を学べと言った覚えはない」
「…ごめんなさい」
「もう謝るな…」
「今までお前を助けたのも…その為だからな」
「え?」
タロウが一体いつどこで助けてくれたのか…アーニャは最初検討もつかなかったが、もしやと目を見開いた
「まさか…あの時って」
「ああ、車を止めたり…あのチビ助達をボコボコにしたのも…色々含めて俺が手助けしてだけにすぎない」
「お前に超能力なんか存在しなかったってオチだ」
「タロウが全部…」
「いいか…この前も言った筈だ。お前は心を読む力があり、人の心に寄り添う事が出来る」
「武力や富など必要ない…お前の力でも人は救える。」
「そうなれは、俺の相応しいお供になるだろう」
「…」
「うん…分かった」
「もう、忘れない…」
ギュッ…とタロウをより強く抱きしめ、高い鼻がポロリと落ちて元の型に戻る
「ぜったいぜったい、忘れない…」
「…今度忘れたら、俺が成敗してやろう」
なんとも締まらない一言を呟くタロウだが、それでもタロウらしいセリフで今回の珍事件は幕を下ろしたのだった
「(あれ…?最後の方ってアレたろうが原因じゃあ…?)」
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あれから数日経ち、アーニャの前に頼み事を口にする者も少なくなった。理由は、彼女自信が幾度となく断り続けていたからだ。まぁいいか、お助けアーニャとしての存在が薄れていく中アーニャは勉強に慎んでいた。
「やっぱり、ちちの言う通り。勉強の方が大事」
もうあんなことはゴリゴリ…と、人助けは暫く忘れて元の生活に戻るアーニャ。やはり地道に頑張り続けて頑張って特待生になろうと意気込んでいった…
今回の教訓
「鼻を高くしない事」
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