六話「クッキングはは」
「はぁ…」
バーリント大通りにある喫茶店…ロイドの妻のヨル・フォージャーが一服していた。名物である超肉厚ハム入りサンドが有名なのだが、今回は小さめのカップに入れられたコーヒーのみを注文してため息をついた。
街道には沢山の人間が出歩いているのが分かり、勤めに行く会社人や遅刻しそうなのか全速力で走る学生…辺りを見渡せば色々な人達がこの日常を生きているのが見て取れる。
しかし彼女は、とある悩みを抱えていた。
自分の現状に置かれている家庭生活での役割だ。
今の環境では自分は買い出しで夫の手伝い等しか分担されていない。後の家事仕事は全て器用な彼が請負っている。無論他の事を投げやりにしている訳ではなく、あくまで「出来ない」という事から彼に任せているだけ。
たまには自分もやろうと手を差し伸べたりするが、何かに怯えているような表情でいつも丁寧に断られる為、雑に拒否されるよりも複雑な感情を抱いていた。
何故ここまで頼られないのか…それは、単純に「危ないからである」
過去の事例を挙げるとすれば、みじん切りを頼まれたのだが細かくしすぎて粉末状になってしまって上手くいかなかったり、何故かキッチンが殺人現場のような荒れた状態になって大叱責を喰らってしまうなど絶望的な料理スキルがないと知った彼女だったが、ここ最近で自分の力不足に改めてやばい察した彼女は「まるでダメな嫁」状態を脱却する事を決意していた
「やっぱり、なんとかしなくては…!」
「ここ最近でもロイドさんは仕事の激務化が続いてるようで、そのせいか「タロウ…タロウ…」と妙に呟き続ける事もありましたし…」
二つの重大任務を抱えて暮らすロイドは夢の中でもタロウと縁を結ばれる程過労死寸前の状態にまで陥っている為、それに加えて家事をやらせるのは流石に不味い。
料理はまだしも、洗濯やお掃除くらいは身につけておかなくてはと何か方法はないかと喫茶達を出て解決策を練る
「あ〜ぁ…もう本当にどうすればいいのでしょうかぁ〜」
「(ロイドさんに教えて頂きたいのですが、なんと不幸にも出張という事で暫く会えませんし…)」
彼女には伝えていなかったのだが、ロイドはオペレーション〈桃〉の捜査の為に隣国の西国へと短期出張へと出向いていた。
つまり、彼女が知る「料理が上手い人」が誰一人としていなかった。
彼がいない今、自分の力を補完するには絶好のチャンスだろう。しかしどうしたものか…と行き当たりばったりの様子が続くヨルはトボトボと暗い顔つきを浮かべている中で風で吹き飛んでいた一枚のチラシに覆いかぶさってしまう
「な、なんでしょう…」
「…えーと、「タロウ天下一料理教室」…」
「参加費…無料!!?」
その文字にギョッとしたヨルはこのチラシ奇跡的な出会いを感じ、思わず天に向けてガッツポーズを繰り出した。
「(これです!この教室に行ってお料理を学べば…!)」
「(待って下さいロイドさん!!私、必ずできる女性になります!)」
これは何かの縁があるに違いない。そう確信した後にチラシに書かれた番号に電話する事に。今からでも遅くないヨルの花嫁修行が始まったのだった。
ヨル・フォージャー、職業は市役所職員で平均的な家庭を持つ女性…近所付き合いもそこそこあり周囲から「少し不思議だが良いママさん」と評されている。
ただこの顔も表の顔で、実際の職業は…
殺し屋である
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「こ、ここですか…」
連絡を済ませ、早速この教室の場所へと足を運ぶ。幸いにも家から近いというのもあり、この好条件な料理教室にますます興味が湧く。
その場所というのは一見真新しいマンションの三階にあるとある部屋…そこで夕方の5時から夜の10時までやっているという、短期休暇中のヨルにとってはこの期間中にある程度覚えていきたい所だった。
階段を登ってすぐ入り口に「タロウ天下一料理教室!!〜これでもお前とも縁が出来たな!」などと軽快なポップと斬新なサブタイトルが載っかった小さい立て看板がヨルの視線に入る。
「なんだがドキドキします…」
「こんな所に、料理教室があるんでしょうか…?」
こういった物の経験があまりない彼女にとっては未知の領域であるも、少し息を整えてからいざ扉を開ける…
「ゴクリ…」
「ど、どうも…お邪魔しま…」
「あんたか!俺に連絡したのは!」
「へぇえ!?」
今の不安が吹き飛ばされるようなド派手な登場をしたタロウ。両サイドには大勢の主婦達がヨルの来訪を祝うかのように拍手を行っている。まるでとある島の大王が帰ってきたかのような盛大な様子に未だかつてない衝撃を喰らう。
普通の料理教室はこういうものなのだろうか…
「これであんたと縁が出来た!ようこそ俺の教室へ!!」
「は、はぁ…」
「さて、先程の電話であんたの事情は大方理解している!」
「だが、改めて俺の耳からここに来た理由を聞こう!」
「…わ、私は…」
怒涛の勢いで攻められるヨルはゴクリと唾を呑みながらも、力強い一言を口にする
「わ、私は!普通の料理ができるようになりたいです!!」
「面白い!」
「早速準備だ!」
「(も、もうなんですかぁ!!?)」
ろくに手続きもせずに早速本題に取り掛かる料理長のタロウ。それに加えて迅速な動きで舞台の片付けを済ます生徒達。早すぎる行動力に一人浮立つヨル。もはや棒立ちするしかなかったが…もう勝負は既に、始まっている。
「あの束の間を聞くようで申し訳ありませんが、私なんかがこんな所にいてよろしいのでしょうか?」
料理教室は元々そつなくこなすママ達が高みやテッペンを取るために訪れる場所…(因みにほとんどがヨルの偏見と妄想)
そんな中で小さいヒヨコ同然の彼女が今更基本的な物を教えて欲しいなどと、ここに向かうまで徐々に不安が大きなっていったヨルは心配そうな目でタロウにそう問いかけた
しかしそんな杞憂を晴らす言葉をタロウは難なく口にした
「ああ、勿論だ。ここは幸せを作る料理を嗜み、そしてさらなる上を目指す場所…」
「時にはライバルとして、時には仲間として、互いに切磋琢磨をしながら自分を変える場所だ!」
ビシッ!とタロウはヨルに向けて力強く指を指す
「誰が来ても問題ない!わかったら早速取り掛かるぞ!」
「…!は、はい!」
おそらく同じ年代の人間のはずかもしれないが、何故ここまで彼が大きく見えるのだろうかロイドのような冷静なタイプと違って、彼は熱血漢で情の深い人間なのだろうと先程の一言で印象が大きく変わった。
そう、これが料理教室…これがタロウの天下一料理教室なのだ!!!
「(なんだか、イケる気がしてきました!)」
なんとしてでも、成果を挙げてみせる。にっちもさっちも分からないヨルの、過酷な修行がこれより始まった!
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「まずは包丁の持ち方だぁ!」
「こうですか!?」
「違う!逆さ持ちはやってはいけない!こうだ!」
「で…出来ません〜…」
基本的な所からし教わり始めたヨルだったが何度やっても包丁の持ち方で苦戦を強いる。
どうやら長年の癖が染み付いているらしく、ナイフとなればその持ち方になってしまうらしい…
「まぁいい、それで試しに人参を切ってみろ!」
「はい…」
絶対に良くないのだがOKを出してしまうタロウ、その次には包丁による様々な切り方に移った。最初にみじん切りを教えるタロウ。手本としてタロウは手早い動きで人参を切っていく
「さぁ、試しにやってみろ」
「怪我しない程度にな!」
「わかりました…!」
はぁ〜…!と気をためるように全集中を行う
そのまま斬撃波が出そうなオーラが現れ、目を見開いたヨルは目にも堪らぬスピードで人参を細切れにする。
「はぁーーっ!!」
「…」
「成る程、みじん切りにしては少し細かく切りすぎだ。これじゃあ粉同然だぞ」
「す、すみません…力入れすぎちゃいました…」
次はいちょう切りに移る二人だが…
「出来ました!」
「まぁ、確かにいちょうのような形をしている…」
「しかしあまりにも再現しすぎている!」
「す、すみませぇん!」
本物同然のクオリティを作るヨル。これでは切っているというか製作していると言った方が正しい。
「…まぁ、とりあえず次に行こう」
お次はカレーのルウ作りに移る。カレーは子供にとって不変的な人気を誇る定番メニュー。人によっては毎日食べる人間がいたって不思議ではないので覚えて困る事はまずない。ロイドの調理風景をチラッと見たことがある彼女はカレーのルウは煮込んだりする程度の事した分かっていない
「ルウというのは、何がポイントが…?」
「ああ、コクとまろやかさを出す為にはちみちを入れるんだ」
「は、はちみつ…ッッッ!?」
意外すぎる隠し味に驚愕する。何故甘い物を入れるのか、料理経験ミジンコ以下のヨルは全くもって意味が分からない
それともこれは彼が考えたジョークなのだろうか
「ご冗談を…はちみつなんか入れたらおかしくなっちゃいますよ」
「…(こいつホントに経験ないのか)」
クスクスと笑うヨルに対して、彼女の深刻な知識不足とこの問題の根底にある料理センスが欠乏しているというのを改めて察するタロウ。だが、こういった人間であるほど、彼は叩きがいがある
「まぁ…ハチミツのほかに何か合いそうなな物を好きに入れてもいい。とりあえず自分でやってみるんだ」
「はい」
と、実践的な練習としてヨル一人でやらせてみることになった
カレーの作りかたははっきりいって超簡単である。具材やルウを適当に入れて煮込むだけなのだから
だが、隠し味という料理するにあたってセンスが問われるこの部分に彼女は自分が知る合いそうな食べ物を思い浮かべる
「合いそうなもの…合いそうなもの…」
「えーと…確か甘いものを入れたらコクとまろやかな味になるといったのでぇ…」
「あ、これにしましょう」
メロン一切れ分を出して入れようとする。早速失敗である
「隠し味なので…隠せる場所に入れておきましょう…えい」
全てを間違っていくヨル…もう何も滅茶苦茶で進む中、タロウが再びヨルの元へやってくる
「どうだ」
「順調です!」
「そうか、ルウが緑色になっているが大丈夫か?」
「はい!」
「(所でカレーってこんな色でしたっけ?まぁ、パンチがあっていいでしょう)」
奇天烈な物を作り上げているが、お構いなしに調理を進める。
カレーとは程遠い何かを盛り付けて、自信満々にその出来上がりをタロウに報告した
「出来ました!」
「どうですか!?私的には上手く出来た方だと思います!」
「どれ」
最大の難問、味見に取り掛かるタロウ。はっきり言ってしまえばその味は目に見えて想像がつくが彼は物は試しと口に入れる事にした。それが例え緑色に変色しようとも、はやり食べてみなくては分からないのだ
「ど、どうですか…」
緊張が走る雰囲気の中で、タロウはひとつ間を置いて彼女に告げた
「3点だ!」
「…」
「ガーン…ッ!?」
当然である
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「さてと」
「あんたの事は大体理解した」
「絶望的にスキルが欠乏している事がな」
「うぐぅ…」
遠回しに言わずダイレクトな批評を受けるヨル。少し小慣れた小学生ならなんとか作れるカレーですらこの有様なので、脳みそを取っ替えない限り変わる事は望めないだろう。
しかしそんな厄介者でも、面白いと評価するタロウ。逆境という物こそ彼が好む唯一の物なのだ
「こうなれば、俺も少し本気を出そう」
「そ、それはどういった意味で…?」
「あんたを叩き直す猛特訓を行う!」
彼の目は本気である
「せめて最低限のスキルが身につくまでな!」
「お、お手柔らかにぃ…!」
「容赦はせん、覚悟するんだ!」
「ひえー!?」
完全に火がついたタロウから逃げれるのは不可能、そんな地獄の猛特訓にヨルなす術もなく無慈悲にこき下ろされるのだった
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アーニャが通うイーデン校は、いつもと変わりのない日常を今日も迎えていた。しかし、昼間近にも関わらずアーニャはとある用紙とにらめっこであった
「アーニャちゃん、どうしたの?」
お昼時でいまだ残っているアーニャに話しかけるベッキーは彼女を心配する。そんなアーニャが苦戦しているのには理由がある
「…これ」
「ああ、家庭科の宿題ね…」
アーニャが見せたのは明日提出するとある宿題である。それは家庭科で自分の考えた弁当を作るという単純なものであるが、まだ歳の小さいアーニャにとっては弁当を作ると言う経験をした事がない。
しかしここで変に落としてしまうと厄介で、どうすればいいか考えていた。現在ロイドは短期出張中で頼みの綱がいない状態である。同然母親のヨルに関して論外であるので、他に誰か教えてもらう人がいなかったのだ。
「ベッキー、作って」
「ダメ!ちゃんと自分で作らないと…まぁ、あんまりやった事がないのは仕方ないけど」
「なぬぅ」
「誰か教えてくれる人、いないの?」
その質問にアーニャは静かに頷く
「あー…じゃあ、どうしようか悩むわねぇ」
「あー…おほんっ」
あからさまにアピールするかのような咳払いをする者が二人の後ろにいた。
その存在に気づいて振り向く二人は思わず彼の名前を呼ぶ
「あんた!」
「じなん」
「なんだ…まぁ、一般庶民がどうやら困っていると聞いているが…」
「一体どこから聞いたのよ」
「そんな事はどうだっていい!…まぁ、俺もそこそこ出来る方だから教えてやって構わんが…?」
「いい」
彼なりの気遣いを精一杯表現したが、それを容赦なく一蹴するアーニャ。
「な、何故だ!?」
「なんか、からし入れてアーニャを落とし入れようとしそうだからきゃっか」
「はぁ!?」
まぁ、想像はつくのだがこの時のダミアンは本当に善意でアーニャの弁当作りに手を貸そうとしていた。そのせいか口をパクパクしながら言葉を失っていた
「そんなことしねぇって!」
「…」
「(クソォ…結構正直に伝えたはずだが、やはり言い方に棘があったのか?とはいえ食い下がる訳にいかないし、何よりこいつはあん時俺が好きだって事を知ってるはずだよな?きっとそうだよな?少なくとも嫌ってはいない筈だが…クソォ!どうすりゃいいんだぁ!?)」
頭の中は走り回る図か予想できる程動揺しているのが目に見えるアーニャ。彼の心の言葉を読むと、今までの仕返しと言わんばかりにダミアンを弄ぶ
「どうしよっかな〜」
小狡い表情を浮かべるアーニャだったが、そんな事をしている内に問題の弁当をどうすればいいのか忘れていた。自分でなんとかするのかいいのだろうか、やっぱり彼に教えて貰った方がいいのだろうか。
「あら?今どきお弁当すらも作れないのぉ〜?」
「だれだ?」
いかにも裕福に育てられたような体型とパンチのある顔つきが特徴の女の子がアーニャの前に現れた。
「そうよ、何よいきなり」
「あたしはキャサリン・ミスキャット、噂のアーニャちゃんを一目みようと来たわけだけどぉ…」
ズカズカと、舐め回すようにアーニャを見るキャサリン。
「(なんか腹たつこいつ)」
このときのアーニャはこの時点で彼女と仲良くなるのは難しそうだった。
フン、と鼻息を鳴らして心底苛立つ表情を浮かべ
「ま、極めて庶民って感じねぇ〜」
「みてよ、この豪華なネイルと美しさメイク術!」
「ダミアン様も凄いでしょ〜?」
「あ、ああ…」
かなりの個性の塊がやって来た事であのダミアンでさえも言葉が見つからない様子だった。どうやら、これでもダミアンにアピールしようとしているらしいがこれっぽっちも刺さることなく不発に終わっている。
そのを知らずにキャサリンは再びアーニャの方へ向き最後にこう言い捨てた
「アンタの弁当、楽しみにしてやるよ!せいぜい頑張るんだねぇ!庶民のアーニャちゅわぁ〜ん!!」
ズカズカと「どきなさいよぉ!」と周りを一喝しながら台風の如く過ぎ去っていった。
「あのブスなんなんだ?」
「さぁ、分からない…でも嫌なやつって事は分かったわね」
「…」
「(なんだか、めちゃくちゃ腹立ってきた…!)」
当の本人はあれだけ挑発されておいて黙っていられる訳でもなく闘争心がふつふつと湧き上がっていた。
とにかくあのキャサリンとかいう奴を返り討ちにしてやろう、と意気込むも肝心の問題を思い出したアーニャは思考を重ねるも、とある答えに辿り着いた
「よし」
「たろうに教えてもらおう」
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「と言う訳なんだけど、どうする?」
「な、何ですって…!?」
帰宅して、その事をヨルに報告するアーニャ。まるで某ホラー漫画のような衝撃的表情を浮かべる彼女だったが、今の状況を考えればそれも仕方ない事だった。
「と言うわけで…」
必要程度の説明を申した所で、タロウの元へと向かうアーニャ。たしかに自分が今のところ頼りない存在である事は否定出来ない。なんでもそつなくこなすロイドが不在の今、いるのは未経験と家事オール1のへっぽこ主婦…だが、ここで引き下がる訳にはいかない。それでも母としてのプライドが、彼女にはあったのだ
「ま、待って下さい!」
「その…私にお任せください!」
「で、ですので…!まだ!もう少しお待ちを…!」
なんとかアーニャを引き留めてから、急いでタロウに電話をしようとする。
本当に頼る人間、ただ一人…タロウしかいない
「す、すみません…お時間よろしいでしょうか?」
「なんだ」
「本当に、一生のお願いです…今すぐ私にお弁当の作り方を教えて下さい…!!」
「弁当だと?」
ヨルは事の事情を説明した。
「成る程な…その子供になんとか教えてあげたいが、自分にはその知識がないと」
「はい…」
「ならこれならどうだ?あんたと俺の通話をこの続けた状態で、俺が指示を与えよう」
「それを元にやっていけば、まぁ…恐らくだがそれなりの弁当は出来上がる筈だ」
「そ、そういうことでしたら…!」
「あくまで助言だけだ、調理器具の使い方はあんたに任せるが…いいな?」
「はい、絶対成功させます!」
「…よし、それなら携帯をポケットに隠しておけ」
そんな作戦を受けた彼女はワイヤレスイヤホンをしてからアーニャの元へと戻る
「お待たせいたしました、ではやりましょう」
その佇まいだけなら、一流の主婦と言わざるおえない
「なにを?」
「美味しい美味しいお弁当のつくりに…!」
「(タロウさんの助言を元に…!)」
「…」
「(なるほど、そういう事か)」
何故彼女があそこまで自信満々なのか、その理由が分かったアーニャはヨルの作戦がなんとなく分かり始めた。てっきり彼の元へ向かおうとしたが、これは実質的にタロウに教えてもらうのと一緒のような物なので彼女はそんなヨルへの指導をなんなく受けた
そんな事をいざ知らず、ヨルは自分のプライドをかけた大勝負に臨もうとしていた
「一緒に頑張りましよう!」
面目とプライドを賭けたヨルと、その裏側を全て見通しているアーニャ。二人の共同作業がこれにて幕を上げる!
「さぁて、皆さ〜ん!持ってきましたか〜?」
「はーい!」
当日!決戦の日である家庭の授業に差し掛かっていたアーニャ含めたクラスメイトはそれぞれの弁当を持ってきた。殆どは親の協力の元作ってきたと思われるが、とある一人の少女は違った。
「あ、アーニャちゃん…大丈夫?目…」
「大丈夫」
限界まで徹夜したのか目の周りが隈だらけになっていたアーニャ。あれからというものの、ヨル指導の元で作った弁当の完成まで様々な苦労があった。
時折爆発しそうな事が多々あったが激闘の末にやっとこさの思いで完成した弁当を取り出した。これならきっと褒めてくれるであろう…そう信じて教卓の方へと目を向ける
「今回はこの一時限目の為に、とある方をお呼びしました」
「どうぞー」
家庭担当の教師が扉の方へと手を向けると、そこにはエプロンを来た男が堂々と歩みを進めていく。
「今日限りでお前達の評価をする者だ。名前はタロウ、よろしく」
ザワザワと生徒達が視線をタロウに向けている中で、一人だけ(正確には二人)その男を知っている者がいた。
「(な、なぜたろうー!?)
「兄貴!?なんでここにいんだ!?」
「俺は料理教室もやっているからな」
「たろう配達員じゃなかったの?」
「掛け持ちだ」
仕事で掛け持ちは聞いたことがない(というか会社ではOKなのかどうか分からないが)ものの、そんな化物すぎるバイタリティに圧倒されたアーニャを差し終えて謎の質問タイムが始まった。子供ながらに好奇心旺盛だ
「ねーねー!タロウ先生彼女いるー?」
「いない」
「パンツは何色だー!?」
「お、おい!お前ら!」
クスクスとイタズラな質問が飛び交う一方で、タロウは後ろを向いて自分のパンツを確認した
「桃色だ」
「言うの!?」
彼に嘘など無縁、なんでも洗いざらい話してしまうのだ
「さて、質問タイムはここまでだ…ここからはお前達の弁当を評価してやる!」
「さぁ、俺の方にだせ!」
初めて教壇に立ったとは思えない指示っぷりで一斉に立ち上がる生徒たち。アーニャもタロウの元に出す為準備している途中に横からキャサリンがヌッ、とあらわれる
「へぇ〜、作ってきたんだ?」
「当たり前」
「…ふんっ!」
何しに来たんだあのヤロー、と意味不明な絡みをされるアーニャはキャサリンの後ろ姿をメンチ切って返す。
そんな若干の険悪ムードを醸し出した二人だったが、皆が作った弁当をタロウが早速味見に入ろうとしていた。
この学科では、どれだけ出来たかで評点が大きく変動する為あまり手を抜ける学科ではない。よりによってタロウが採点するとなれば尚更そうである
次々と生徒たちの自作弁当を評価していく。そんなに食べて大丈夫なのかどうか心配になるが、少なくともこの量を食べても平然といられるくらい大食いな事は既に実証済みだ
「今の所だが、お前のが一番いいぞ」
「ま、同然よぉ〜〜?」
指名されたのはキャサリンだった。正直なタロウをそう言わしめたのだから、相当よかったのだろう。やたら気分が上がるキャサリンはアーニャの方へと向き、殴りたくなるような調子に乗った表情を浮かべた
「(帰りに池にでもオチロ…)」
ちょっとした呪いをかけた所で、次はアーニャの作った弁当に手を出した
「先生ェ〜、その子の弁当はまず食べれるどうか怪しいと思いま〜す」
キャサリンの嫌がらせを含めた言葉をタロウに投げ掛ける。少しでも彼女の評価を下げたいのだろうか、アーニャにとっては迷惑もいい所でこれにはベッキーも怒り心頭である
「(何よマジでアイツ…!?)」
そんな事ははお構いなしにタロウはアーニャの弁当を開ける。
到底キレイとは言えない、少しとっ散らかっているおかず達を見たタロウはあれだけ指示を出したのにも関わらず、何故このような有様になるのかいつ考えても意味不明だった。
正直言ってあの日は三つ程のアドバイスを適当に入れて後は任せていたのだが、おそらくあまり伝わっていなかったのであろう…
そこでタロウはもしや、とあることに気づいた
「これはキャラ弁か」
「ちちとははのかお…」
「成る程な、家族のキャラ弁という事か」
どちらかと言えば再現度あまりにも低めであり、何の具材を使っているのかも分からない
しかし一通り食べてみるタロウは顔つき一つも変えずアーニャの弁当を食べ終える。
言い忘れていたが、彼の審査は前代未聞の完食スタイルである。それが真摯に向き合う秘訣なのかもしれない
「…うむ」
特に何も言わずにアーニャのターンはこれで終わった。一体何を考えているのか、分からないが自分ならその心情を読むことが出来る。しかし今は聞きたくないという思い強かったのかアーニャはタロウの心を読む事はしなかった。
全て食べ終えたタロウは点数をつけ始める。
それは彼の気持ちを正直に表したもので、皆も緊張の始まった雰囲気を飲み込んでいた
クラスメイト分の点数をつけ終えたタロウは黒板に大きく貼り付けた
「はっきり言おう、どれもなかなか悪くなかった…その中で総合的には一位ではないが、一番良かったのは…」
「お前だ」
ビシ、と指名したのはなんとアーニャだった。確かに表を見ればアーニャは八位くらいの位置だったが、なのにも関わらず好評だったキャサリンを上回る順位だ
「ちょっと!どうしてよ!?」
流石におかしいと思ったキャサリンはタロウにそう尋ねた。
「いいか、弁当というのは何を使って上手く調理していたかだけではない!」
「大事な人にプレゼントする気持ちで作り、そして心をのせて相手に届ける…それが真の調理法だ!」
「あいつの弁当はそれを感じた…自分の両親をかたどったあの中身を見た時に、既にな」
タロウは真の料理作りとは何かを皆にそう説明していた。アーニャの弁当は特別味も良くないし見た目も言い訳ではない…だが、彼女の一生懸命さが弁当の中にとてもこもっているのをタロウは感じた。キャサリンに足りていなかったのはそれだったのだ
「ムギー!何それ!意味わかんないんだけどぉ!」
タロウの言葉を受け付けられなかったキャサリンは悔しさと怒りで教室から出て行ってしまう。
「み、ミスキャットさん!?」
「(…ブスざまぁ)」
「これで授業は終わりだ!俺の言葉が理解したのなら!今度からそうするといい!」
「と言う事だ。俺はここで失礼する」
「せ、先生!?まだ終わりじゃないんですけどぉ!?」
やる事は全て終えて伝えたい事も全て口にしたのでタロウも同じくして学校から去っていった。厳密にはまだ授業は続いているのだが
タロウが帰った事で他のクラスメイト達も突然の終わりに唖然としていた
「なんだぁ〜もう終わりかよ」
「なんだったんだ?あの先生…」
「兄貴もう帰ったのか。まぁ…あの人らしいけど」
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「そこにいるんだろ」
校舎の下駄箱前で、タロウがそう口にした。完璧な隠密である為殆どの人間が気づく事はないのだが彼はすでに見破っている。そしてそれは本当であり、バコンっと天井から忍者のようにヨルが現れた。その謎扉は何なのか気になる所だが…
「何故隠れている?」
「すみません…授業の様子が気になってしまい…」
心配のレベルが行きすぎているのだが、あの時見ていたヨルもタロウの対応に凄く感謝していた。
だが、彼は決して贔屓してアーニャにああ言った訳ではない。彼の口から出たのは全て真実で、出鱈目な事を口にしている訳ではないのだから…
「いや、味は信じられないくらい不味かったぞ。だからああは言ったがあの順位にした」
「が、がーん…!?」
「だが…」
背を向いて話していたタロウが、顔だけ振り向いてこう言った
「悪くなかったぞ」
「!」
「(初めて…)」
「(人に褒めて貰えた…!?)」
タロウが門へと歩く姿を見ながらも、ひょっとすれば人生で初めて褒められた事に驚きと喜びに浸っていたのだった。
「たろう、このまえはありがとう」
「俺は本当の事を言ったまでだ」
タロウがフォージャー家へと訪れるいつもの日、今日は配達員として姿を現したタロウはアーニャにそう感謝の言葉を受けた。
アーニャ自身も、あの件に関しては無駄に取り繕ったフォローではないのだろうと理解していた。タロウはそういう人間なのだから
「だがまだまだ修行不足だ…せっかくだ、今日も俺との特訓をしよう」
「らじゃ!がんばるます!」
「あら!タロウ先生、来てらっしゃったんですね」
アーニャの後ろに現れたのは現在掃除中のヨルで、どうやら少しの家事もなんとく覚えてきているらしい。束の間の成長を感じたタロウは「あんたもどうだ!」と誘いを投げかけた
「修行ですか?わかりました!」
「いくぞお供達!」
「おー!」
自然とお供認定されたヨルと、拳を高く突き上げるアーニャ。実に微笑ましい光景…
「あれ、いつのまにかヨルさんと仲良くなってる…」
それを見ていたのは短期出張を終えたロイド、コーヒー片手にプルプルと震わせながらタロウがフォージャー家への縁を着実に結んでいっていた。
アーニャだけではなく、ヨルにさえも手を出していた現状に彼の胃の痛みも激化していく
「(何故だ…何故君はいつもそうなんだドン・モモタロウォォ!!?)」
絶対に屈してはいけない、そんな意志を固めつつタロウに鬼の形相で睨みつけていたロイドだった…
お気に入りをするとタロウさんが縁を結んでくれるかも…?
じかーい、じかい「ヒーローとあばたろう」お楽しみに