クリスマス。
セナイがフルーツケーキを自作してくれた。
去年食べたものよりも美味しく感じる。
俺からは贈答用のコーヒー豆を送った。
どちらからともなく、今飲んでみようということになり、2人分のコーヒーを淹れた。
「まさか、有馬記念に出られるなんて思いませんでした」
「しておくもんだな、登録申請」
特別登録された中からファン投票の上位10人が出られるという中。
セナイは10位という人気で出走が決まった。
去年は箸にも棒にもかからなかったが。
ゴールドシップの言った通り、観客は見ている、ということか。
「有馬で結果を残せれば、TSクライマックスにも選出されやすくなる。今年最後に最大の勝負だぞ」
「えへへ、わたし今絶好調でありますので、やってやりますよ」
セナイは本当にコンディションを保ちやすい娘だ。
もちろん俺も普段から、彼女の体調、やる気には気を使っている。
しかし、他のウマ娘では、こうも毎回、大レースの時に絶好調を保つことはできなかっただろう。
「それも君の武器だ。有馬記念はもちろん、TSクライマックスにもその調子で行こう」
「はいっ!」
聖なる夜は、俺達に参戦チケットを届けてくれた。
投票してくれたファンのためにも、この有馬記念、無駄にはできない。
有馬記念、終幕。
勝利の栄冠に輝いたのは、
『エイシンフラッシュ! 黄金の不沈艦を、閃光の末脚が沈めた!』
激しい競り合いの後、一時終わったかと思われたエイシンフラッシュ。
だが、最終直線をまさに閃光のような末脚で差し切り、1着。
中盤から終盤の競り合いで消耗したゴールドシップはなんと8着に終わる。
『2着に食らいついたのはモブトハヨバセナイ! 粘り強い走りを見せてくれました』
「あー……やるじゃねえか、フラッシュ。効いたぜ、あのパンチはよ」
「殴っていたら失格なのですが」
「謙遜すんな、ボクシングってのは地面を蹴る格闘技だってこと、思い知らされたぜ」
エイシンフラッシュとゴールドシップは、冬なのに脳が溶けそうな話をしている。
それを尻目に、俺はセナイとともに控え室へ戻った。
「くぅー、もうちょっと、もうちょっとな感じはしたのに……!」
「ああ、けど経験は積めたし、データも取れた」
貴重なデータだ。
特に直接戦って得たデータは、観戦、録画映像だけよりも遥かに有用である。
「後でレースの感想を聞かせてくれ。最後の詰めだ。あとは……」
「あとは選出されるか、でありますね」
そう、ここにも関門がある。
芝の長距離、18人の選出枠に、セナイが選ばれるかどうかだ。
2人で会場を出ようとすると、乙名史記者の姿を見つけた。
「あっ、山田トレーナー」
「乙名史さん、お疲れ様です」
「おふたりこそ、素晴らしいレースでした。少々お時間よろしいですか?」
いくつかの質問に無難な答えを返してから、こちらの本題を切り出す。
「TSクライマックスの出走枠、発表は大晦日だと聞いていますが、もう決まっているんですか?」
「いえ、まだ決定はしていません。有馬が今日ですから」
実際は何人か内定しているのかもしれないが、ひとまず安心だ。
セナイが今日残した2着という結果は、プラスにこそ働いてもマイナスにはならないだろう。
「今日の結果も、もちろん選考内容に影響します。発表の日をお待ち下さい」
「ええ、わかりました」
まだ決まりきってないと聞けただけで十分だ。
「選ばれたときのために、これからも全力を尽くします」
「担当ウマ娘のために選ばれると信じて全力で邁進すると! 素晴らしいです!」
あ、乙名史記者のアレが始まった。
「追加の質問ですが――」
直接見るのはこれが初めてだが。
トレーナー間では噂の的になっている。
矢継ぎ早に質問を繰り出しては、普通の答えにもいちいち大感激するという、あの……!
その後、彼女は何度も感極まってから、質問が終わると走り去っていった。
「……帰るか」
「帰りましょう」
嵐のような勢いだった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
最優秀ウマ娘は今年も当然のようにゴールドシップが選ばれた。
年間通して当たり前のようにG1をいくつも取っていくのだから当然とも言える。
今更僻むこともない。
最後の最後、まだゴールドシップに勝つ機会は残されているのだから。
いや……。
残されているかどうかは、今から決まる。
今日、乙名史記者がトレセン学園に来訪するという。
出走が決まったウマ娘のトレーナーに、直接伝えるのだともっぱらの噂だ。
ただ、噂は噂であって、推測にすぎない。
「山田トレーナー、お伝えしなければならないことがあります」
だから乙名史記者がトレーナー室にやってきた時も、心臓は期待と不安で跳ね上がった。
「良い知らせですか、それとも悪い知らせ?」
こう聞きたくなる気持ちがわかった。
良いことか悪いことかを事前に聞いて、少しでも衝撃をやわらげたいのだ。
「…………」
乙名史記者は、俺の質問に対して無言になった。
彼女は言いにくそうな表情を浮かべている。
…………うそだろ、まさか。
「TSクライマックス、モブトハヨバセナイさんは……」
「セナイは……?」
乙名史記者は一転、にっこり笑った。
「芝、長距離部門に出走が決定しました!」
「そっ……うですか」
どっと肩の力が抜けた。
なんて溜め方をするんだこの記者は。
「心臓に悪いですよ、なんですか今の間は」
「理事長から、山田トレーナーには是非こうやって伝えてやってくれと」
ははは。
困ったちびっ子理事長だなあ!
「率直に、今のお気持ちは如何ですか?」
「まあ、それは……嬉しいですが」
あなたと理事長の耳元で大声を出したくなるぐらいには、怯えさせられたというのが本音だ。
「では、モブトハヨバセナイさんの調子は如何でしょう」
「絶好調ですよ。大レースの前ほど、彼女は調子を保つのが上手いので」
「素晴らしいです! 大レース前には二人三脚で調子を保っていると!」
ああ、まただよ。
そこからの質問に、諦めの境地で普通の答えを返す俺。
何を言っても感激する彼女。
「早速記事に……する前に。山田トレーナー」
「なんでしょう」
「モブトハヨバセナイさんは、とても安定した強さを持っていますね」
その質問の時には、嵐のような勢いが止まり、どこか落ち着いた様子だった。
「大崩れは年々減りましたね。彼女の努力の賜物です」
「そして山田トレーナーの献身の結果でもある」
「ええまあ、彼女の力になれてたら嬉しいですね」
面映ゆくなり、頬を掻く。
「ご存知の通り、TSクライマックスシリーズは『安定した強さ』を最強の定義としています」
知っている。
そして、当然意識している。
「重賞で上位入着を繰り返すモブトハヨバセナイさんに、ピッタリのシリーズとも言えますが、勝算のほどは」
「勝算はあります」
迷いなく答える。
「勝つために、あらゆる準備を尽くしてきましたから」
「なんと素晴らしいお覚悟」
この時だけは、いつもの大騒ぎの熱量を内に秘めて。
乙名史記者は微笑んだ。
「本番を楽しみにしています」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
TSクライマックス、第1戦。
快晴の空の下、芝、3000m。
会場は巨大な歓声に包まれている。
『いよいよ幕を開けますTSクライマックス、芝、長距離の第1戦』
TSクライマックスは3戦の着順に応じたポイントの合計で勝者が決まる。
1回限りの勝利ではなく、3戦ともに上位に入れる安定した強さこそが求められるのだ。
これがモブトハヨバセナイと俺の、3年間の総決算。
『上位人気のウマ娘を見ていきましょう。これ以上ない仕上がり、3番人気トーセンジョーダン』
泣いても笑っても、この3戦で、俺たちの戦いは区切りとなる。
『秋の天皇賞、有馬記念を制した実力派、2番人気はエイシンフラッシュ』
形になどこだわらない。
とにかく勝ちたかった。
『シリーズの主役はこのウマ娘を置いて他に居ない。世代最強ウマ娘、ゴールドシップ1番人気です』
モブなんかじゃない。
『さあ、まもなくスタートです。緒戦を制するのは果たしてどのウマ娘か』
俺にとって、彼女こそ最強のウマ娘だ。
いや……最強にしてやりたい、ウマ娘なのだ。
「見せつけてやろう、セナイ」
「見せつけてやります、トレーナー」
ゲートと関係者席。
離れた場所で、思考と言の葉が同期する。
「「――もう、モブとは呼ばせない!」」
勝利と敗北が交差するクライマックス。
最初の1戦、その火蓋が切って落とされた。