モブとは呼ばせない   作:夜野みる

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15.もう、モブとは呼ばせない

 

 クリスマス。 

 セナイがフルーツケーキを自作してくれた。

 去年食べたものよりも美味しく感じる。

 

 俺からは贈答用のコーヒー豆を送った。

 どちらからともなく、今飲んでみようということになり、2人分のコーヒーを淹れた。

 

「まさか、有馬記念に出られるなんて思いませんでした」

「しておくもんだな、登録申請」

 

 特別登録された中からファン投票の上位10人が出られるという中。

 セナイは10位という人気で出走が決まった。

 去年は箸にも棒にもかからなかったが。

 ゴールドシップの言った通り、観客は見ている、ということか。

 

「有馬で結果を残せれば、TSクライマックスにも選出されやすくなる。今年最後に最大の勝負だぞ」

「えへへ、わたし今絶好調でありますので、やってやりますよ」

 

 セナイは本当にコンディションを保ちやすい娘だ。

 もちろん俺も普段から、彼女の体調、やる気には気を使っている。

 しかし、他のウマ娘では、こうも毎回、大レースの時に絶好調を保つことはできなかっただろう。

 

「それも君の武器だ。有馬記念はもちろん、TSクライマックスにもその調子で行こう」

「はいっ!」

 

 聖なる夜は、俺達に参戦チケットを届けてくれた。

 投票してくれたファンのためにも、この有馬記念、無駄にはできない。

 

 

 有馬記念、終幕。

 勝利の栄冠に輝いたのは、

 

『エイシンフラッシュ! 黄金の不沈艦を、閃光の末脚が沈めた!』

 

 激しい競り合いの後、一時終わったかと思われたエイシンフラッシュ。

 だが、最終直線をまさに閃光のような末脚で差し切り、1着。

 中盤から終盤の競り合いで消耗したゴールドシップはなんと8着に終わる。

 

『2着に食らいついたのはモブトハヨバセナイ! 粘り強い走りを見せてくれました』

 

「あー……やるじゃねえか、フラッシュ。効いたぜ、あのパンチはよ」

「殴っていたら失格なのですが」

「謙遜すんな、ボクシングってのは地面を蹴る格闘技だってこと、思い知らされたぜ」

 

 エイシンフラッシュとゴールドシップは、冬なのに脳が溶けそうな話をしている。

 それを尻目に、俺はセナイとともに控え室へ戻った。

 

「くぅー、もうちょっと、もうちょっとな感じはしたのに……!」

「ああ、けど経験は積めたし、データも取れた」

 

 貴重なデータだ。

 特に直接戦って得たデータは、観戦、録画映像だけよりも遥かに有用である。

 

「後でレースの感想を聞かせてくれ。最後の詰めだ。あとは……」

「あとは選出されるか、でありますね」

 

 そう、ここにも関門がある。

 芝の長距離、18人の選出枠に、セナイが選ばれるかどうかだ。

 2人で会場を出ようとすると、乙名史記者の姿を見つけた。

 

「あっ、山田トレーナー」

「乙名史さん、お疲れ様です」

「おふたりこそ、素晴らしいレースでした。少々お時間よろしいですか?」

 

 いくつかの質問に無難な答えを返してから、こちらの本題を切り出す。

 

「TSクライマックスの出走枠、発表は大晦日だと聞いていますが、もう決まっているんですか?」

「いえ、まだ決定はしていません。有馬が今日ですから」

 

 実際は何人か内定しているのかもしれないが、ひとまず安心だ。

 セナイが今日残した2着という結果は、プラスにこそ働いてもマイナスにはならないだろう。

 

「今日の結果も、もちろん選考内容に影響します。発表の日をお待ち下さい」

「ええ、わかりました」

 

 まだ決まりきってないと聞けただけで十分だ。

 

「選ばれたときのために、これからも全力を尽くします」

「担当ウマ娘のために選ばれると信じて全力で邁進すると! 素晴らしいです!」

 

 あ、乙名史記者のアレが始まった。

 

「追加の質問ですが――」

 

 直接見るのはこれが初めてだが。

 トレーナー間では噂の的になっている。

 矢継ぎ早に質問を繰り出しては、普通の答えにもいちいち大感激するという、あの……!

 

 その後、彼女は何度も感極まってから、質問が終わると走り去っていった。

 

「……帰るか」

「帰りましょう」

 

 嵐のような勢いだった。

 

 

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 最優秀ウマ娘は今年も当然のようにゴールドシップが選ばれた。

 年間通して当たり前のようにG1をいくつも取っていくのだから当然とも言える。

 

 今更僻むこともない。

 最後の最後、まだゴールドシップに勝つ機会は残されているのだから。

 

 いや……。

 残されているかどうかは、今から決まる。

 今日、乙名史記者がトレセン学園に来訪するという。

 

 出走が決まったウマ娘のトレーナーに、直接伝えるのだともっぱらの噂だ。

 ただ、噂は噂であって、推測にすぎない。

 

「山田トレーナー、お伝えしなければならないことがあります」

 

 だから乙名史記者がトレーナー室にやってきた時も、心臓は期待と不安で跳ね上がった。

 

「良い知らせですか、それとも悪い知らせ?」

 

 こう聞きたくなる気持ちがわかった。

 良いことか悪いことかを事前に聞いて、少しでも衝撃をやわらげたいのだ。

 

「…………」

 

 乙名史記者は、俺の質問に対して無言になった。

 彼女は言いにくそうな表情を浮かべている。

 

 …………うそだろ、まさか。

 

「TSクライマックス、モブトハヨバセナイさんは……」

「セナイは……?」

 

 乙名史記者は一転、にっこり笑った。

 

「芝、長距離部門に出走が決定しました!」

「そっ……うですか」

 

 どっと肩の力が抜けた。

 なんて溜め方をするんだこの記者は。

 

「心臓に悪いですよ、なんですか今の間は」

「理事長から、山田トレーナーには是非こうやって伝えてやってくれと」

 

 ははは。

 困ったちびっ子理事長だなあ!

 

「率直に、今のお気持ちは如何ですか?」

「まあ、それは……嬉しいですが」

 

 あなたと理事長の耳元で大声を出したくなるぐらいには、怯えさせられたというのが本音だ。

 

「では、モブトハヨバセナイさんの調子は如何でしょう」

「絶好調ですよ。大レースの前ほど、彼女は調子を保つのが上手いので」

「素晴らしいです! 大レース前には二人三脚で調子を保っていると!」

 

 ああ、まただよ。

 そこからの質問に、諦めの境地で普通の答えを返す俺。

 何を言っても感激する彼女。

 

「早速記事に……する前に。山田トレーナー」

「なんでしょう」

「モブトハヨバセナイさんは、とても安定した強さを持っていますね」

 

 その質問の時には、嵐のような勢いが止まり、どこか落ち着いた様子だった。

 

「大崩れは年々減りましたね。彼女の努力の賜物です」

「そして山田トレーナーの献身の結果でもある」

「ええまあ、彼女の力になれてたら嬉しいですね」

 

 面映ゆくなり、頬を掻く。

 

「ご存知の通り、TSクライマックスシリーズは『安定した強さ』を最強の定義としています」

 

 知っている。

 そして、当然意識している。

 

「重賞で上位入着を繰り返すモブトハヨバセナイさんに、ピッタリのシリーズとも言えますが、勝算のほどは」 

「勝算はあります」

 

 迷いなく答える。

 

「勝つために、あらゆる準備を尽くしてきましたから」

「なんと素晴らしいお覚悟」

 

 この時だけは、いつもの大騒ぎの熱量を内に秘めて。

 乙名史記者は微笑んだ。

 

「本番を楽しみにしています」

 

 

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 TSクライマックス、第1戦。

 快晴の空の下、芝、3000m。

 会場は巨大な歓声に包まれている。

 

『いよいよ幕を開けますTSクライマックス、芝、長距離の第1戦』

 

 TSクライマックスは3戦の着順に応じたポイントの合計で勝者が決まる。

 1回限りの勝利ではなく、3戦ともに上位に入れる安定した強さこそが求められるのだ。

 これがモブトハヨバセナイと俺の、3年間の総決算。

 

『上位人気のウマ娘を見ていきましょう。これ以上ない仕上がり、3番人気トーセンジョーダン』

 

 泣いても笑っても、この3戦で、俺たちの戦いは区切りとなる。

 

『秋の天皇賞、有馬記念を制した実力派、2番人気はエイシンフラッシュ』

 

 形になどこだわらない。

 とにかく勝ちたかった。 

 

『シリーズの主役はこのウマ娘を置いて他に居ない。世代最強ウマ娘、ゴールドシップ1番人気です』

 

 モブなんかじゃない。

 

『さあ、まもなくスタートです。緒戦を制するのは果たしてどのウマ娘か』

 

 俺にとって、彼女こそ最強のウマ娘だ。

 いや……最強にしてやりたい、ウマ娘なのだ。

 

「見せつけてやろう、セナイ」

 

「見せつけてやります、トレーナー」

 

 ゲートと関係者席。

 離れた場所で、思考と言の葉が同期する。

 

「「――もう、モブとは呼ばせない!」」

 

 勝利と敗北が交差するクライマックス。

 最初の1戦、その火蓋が切って落とされた。

 

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