モブとは呼ばせない   作:夜野みる

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17.儚い時間

 

 TSクライマックス、第2戦。

 前回と同じく快晴の空の下、芝、3000m。

 会場は湧きに湧いている。

 

『さあ、まもなくスタートです。天王山となる第2戦を制するのは果たしてどのウマ娘か』

 

 結果次第では、負けの決まった状態で最終戦を迎えることになる。

 その意味で、最重要とも言えるこの2戦目。

 

 もしも作戦が読まれていたら。

 どこかでミスがあれば。

 その時は、地獄に叩き落される。

 

『各ウマ娘、一斉にスタート』

 

 序盤。

 エイシンフラッシュは、2度目の差しは通じないと見てか先行策を取った。

 トーセンジョーダンも同じく先行策と見える。

 

 それならそれでいい。

 作戦のハードルが少しだけ下がる。

 

『モブトハヨバセナイ、後方集団のアタマを走っていますね』

『いつもの追い込みというより、差しに近い位置取りです。作戦変更ということでしょう』

 

 その通り、1戦目から作戦変更だ。

 ただし、差しに切り替えた……だけなんてものではない。

 

『1・2コーナー回って、少しスローなペースでしょうか』

『そうですね、どのウマ娘も1戦目を受けて抑えているのかも知れません』

 

 セナイが内にスペースを作りながらコーナーを曲がる。

 するとそこをめがけて複数のウマ娘が入り込もうとする。

 しかし、競り合いになってもつれ、結局誰も内に入れない。

 

『折り返し、中団と後方集団の差が開いてますね』

『競り合いが多く、どのウマ娘も抜け出せないように見えます』

 

 上手く行っている……今のところは。

 跳ねる心臓を押さえつけるように胸を抑えた。

 

「……なーんかやってんな、セナイちゃん」

 

 最初に気づいたのは、ゴールドシップ。

 前に出ようとすれば他のウマ娘にブロックされる。

 内のスペースに飛び込もうとすれば複数人ともつれる。

 そして外から回ろうとすれば外側に他者が居る。

 

 レースではよくあることだが、スタートから半分をすぎるまでずっとこの状態だ。

 そして直感か、思考か、その両方か。

 これを仕掛けているのがセナイであると彼女は看破した。

 

 残り1000m。

 

「はぁーっ、はぁーっ……」

 

 セナイの心臓は運動負荷と緊張で跳ね回っている。

 無理もない。

 自分の後方に位置するウマ娘7人、全員の動向を読みながら操っているのだから。

 

 ここまで上手く行っているのが出来過ぎだと言える。

 後方に付けてのレースを、模擬のものを含めればそれこそ何十戦と。

 ブロックの仕方を学び、抜け出し方を学んだ。

 

 そして今、ブロックをしたくなるタイミングを知り、抜け出したくなるタイミングを知った。

 抜け出す時の動き方、その傾向、癖、スピードも。

 その上で、トレーナーが集め、編纂した対抗バ17人のデータを1年以上かけて叩き込んだ。

 

 2度目があろうはずもない。

 レースが終われば嫌でも判明する、たった1人を標的とした作戦。

 

「ゴールドシップさん」

 

 振り返らず、しかしシミュレートした彼女の位置を脳裏で捉えながら。

 

「この1戦。あなたには、地獄に落ちてもらいます」

 

 セナイは後ろの集団に見せつけるようにして、派手なステップを刻んだ。

 

 

「すげえな、すげえよセナイちゃん」

 

 ゴールドシップがぼやくように口を動かした。

 

「ここまでやられたら、負けちまう。完璧なムーブだ」

 

 そして、稲妻のように豪快なステップを踏む。

 

「お相手がゴルシちゃんでさえなければなぁーっ!」

 

『まもなく第4コーナー、外にはゴールドシップ』

 

 速い……!

 上手く行っていたように思えたが、意図を理解した途端にすり抜けられてしまった。

 

『若干膨らみ気味でしょうか。しかしペースを上げています』

 

 一方で先頭集団の中。

 エイシンフラッシュとトーセンジョーダン。

 ふたりは競り合うというより、互いのスペースを保って走っている。

 

 消耗しないための消極的な、暗黙の協力か。

 レース展開を見ながら周りに合わせる、これも作戦と言えるだろう。

 

『さあ最後の直線、先頭はエイシンフラッシュ、続いてトーセンジョーダン』

 

 レースが動く。

 散々振り回して消耗させた筈のゴールドシップが、外から回り込んで直線一気に仕掛けた。

 

「くっ……」

 

 先頭を行くからこそ、苦しげなエイシンフラッシュ。

 

「きっつー! でも、行くっきゃない!」

 

 抜き去る心積もりのトーセンジョーダン。

 そして……。

 

『内ラチから上がってくるモブトハヨバセナイ!』

 

 ゴールドシップが抜け出た時点で、後方を操る必要はなくなった。

 用意していた脚を、用意していた通りに、解き放つ時が来たのだ。

 

「まだ、終わらないであります!」

 

 残り200。

 トーセンジョーダンを抜き、エイシンフラッシュと並ぶ。

 だが、ゴールドシップがその横を突き抜けていった。

 

「おっ……?」

 

 異変は、そこで起きた。

 

『先頭に立ったゴールドシップ……どうした』

 

 わずかに、だが確実に。

 1秒にも満たない時間。

 黄金の不沈艦が、揺らいだ。

 

「「「――今っ」」」

 

 その隙を、見逃さない。

 見逃せるわけがない。

 先頭をうかがえる3人が、一斉にラストスパートをかけた。

 

 残り100。

 エイシンフラッシュを抜き去り、セナイが先頭に立つ。

 ゴールドシップは揺らいだ上体を戻し、失速を取り戻しつつある。

 

「あー、トレーナーの言う通り、ちょい抑えめにしといてよかったわ」

 

『トーセンジョーダンだ、トーセンジョーダンが次々と躱していく!』

 

「覚悟しろし」

 

 セナイとトーセンジョーダンが並び駆ける。

 

「あ、あぁぁぁーっ!」

 

 最後の一拍まで、セナイは心臓から全身の動きを振り絞る。

 ゴールドシップは速度を取り戻しきれていない。

 

『決着! TSクライマックス2戦目』

 

 目を、閉じた。

 1分、判定を待つ時間があった。

 その間、目を閉じていた。

 

『判定出ました、トーセンジョーダンが勝利をもぎ取った!』

 

 掲示板に、見たくないものが見えるのを予期していたからだ。

 

 

 

 トーセンジョーダン1着。

 この結果は率直に言えばショックだった。

 

「ただ、希望は繋がった」

 

 セナイはクビ差の2着、前走と合わせて14ポイント。

 最終戦を勝てば24ポイント……優勝に手が届く。

 

「わたし、よく見えてなかったのでありますが……」

 

 肩で息をしながら、セナイは言葉を吐き出す。

 

「うん?」

「ゴールド、シップさん、は……?」

 

 彼女が気にするのも当然と言える。 

 今回の作戦でもっとも重要なところだ。

 2戦目最大の目的は、ゴールドシップの着順を落とすことだったのだから。

 

「5着。中盤まで抑え込めたのが効いたな」

 

 終盤の失速後、立て直したあとも普段の切れ味はなかった。

 最高の結果ではないが、仕方ない。

 

「あそこまでやって、掲示板外さないとか……」

「十分だよ、これでポイントはほぼ横並びだ」

 

 獲得ポイント0になる9着以下まで落とすのが理想だったが、それは贅沢というものだろう。

 

「あとは、最終戦で勝つぞ」

 

 そう、最終的に、ポイント合算でトップに立てば良い。

 安定して上位に食い込める強さをもって『最強』とする。

 TSクライマックスは、そういう勝負の舞台だ。

 

「残り、1戦」

「ああ」

「最後の、1戦で、ありますね」

 

 そうなる。

 トレーナーとウマ娘の契約期間は原則3年。

 もし十分な結果が残せなければ、契約解除もありえる。

 最初の3年間が最も重要と言われる理由だ。

 

「……」

「……」

 

 この愛しく儚い時間を、噛みしめる。

 泣こうが笑おうが、次が最後の1戦。

 もし負ければ――その公算の方がずっと高いが――重賞未勝利で契約が終わることになる。

 

 契約の継続は、おそらく許されないだろう。 

 

「勝ちます」

「えっ」

 

 力強い宣言に、一瞬目を丸くする。

 

「勝ちますから、どうか見ていてください、最後まで」

 

 あらゆる結果を予想し、覚悟した青い瞳が、決意を露わに見つめてきた。

 応える言葉なんてひとつしかない。

 

「ああ。見ているよ、最後まで」

 

 どんな結果になろうとも、泣いても笑っても喚いても。

 必ず終わりは来る。

 だから、せめて見届けよう。

 

 モブトハヨバセナイという名の、運命の終わりを。

 

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