TSクライマックス、第2戦。
前回と同じく快晴の空の下、芝、3000m。
会場は湧きに湧いている。
『さあ、まもなくスタートです。天王山となる第2戦を制するのは果たしてどのウマ娘か』
結果次第では、負けの決まった状態で最終戦を迎えることになる。
その意味で、最重要とも言えるこの2戦目。
もしも作戦が読まれていたら。
どこかでミスがあれば。
その時は、地獄に叩き落される。
『各ウマ娘、一斉にスタート』
序盤。
エイシンフラッシュは、2度目の差しは通じないと見てか先行策を取った。
トーセンジョーダンも同じく先行策と見える。
それならそれでいい。
作戦のハードルが少しだけ下がる。
『モブトハヨバセナイ、後方集団のアタマを走っていますね』
『いつもの追い込みというより、差しに近い位置取りです。作戦変更ということでしょう』
その通り、1戦目から作戦変更だ。
ただし、差しに切り替えた……だけなんてものではない。
『1・2コーナー回って、少しスローなペースでしょうか』
『そうですね、どのウマ娘も1戦目を受けて抑えているのかも知れません』
セナイが内にスペースを作りながらコーナーを曲がる。
するとそこをめがけて複数のウマ娘が入り込もうとする。
しかし、競り合いになってもつれ、結局誰も内に入れない。
『折り返し、中団と後方集団の差が開いてますね』
『競り合いが多く、どのウマ娘も抜け出せないように見えます』
上手く行っている……今のところは。
跳ねる心臓を押さえつけるように胸を抑えた。
「……なーんかやってんな、セナイちゃん」
最初に気づいたのは、ゴールドシップ。
前に出ようとすれば他のウマ娘にブロックされる。
内のスペースに飛び込もうとすれば複数人ともつれる。
そして外から回ろうとすれば外側に他者が居る。
レースではよくあることだが、スタートから半分をすぎるまでずっとこの状態だ。
そして直感か、思考か、その両方か。
これを仕掛けているのがセナイであると彼女は看破した。
残り1000m。
「はぁーっ、はぁーっ……」
セナイの心臓は運動負荷と緊張で跳ね回っている。
無理もない。
自分の後方に位置するウマ娘7人、全員の動向を読みながら操っているのだから。
ここまで上手く行っているのが出来過ぎだと言える。
後方に付けてのレースを、模擬のものを含めればそれこそ何十戦と。
ブロックの仕方を学び、抜け出し方を学んだ。
そして今、ブロックをしたくなるタイミングを知り、抜け出したくなるタイミングを知った。
抜け出す時の動き方、その傾向、癖、スピードも。
その上で、トレーナーが集め、編纂した対抗バ17人のデータを1年以上かけて叩き込んだ。
2度目があろうはずもない。
レースが終われば嫌でも判明する、たった1人を標的とした作戦。
「ゴールドシップさん」
振り返らず、しかしシミュレートした彼女の位置を脳裏で捉えながら。
「この1戦。あなたには、地獄に落ちてもらいます」
セナイは後ろの集団に見せつけるようにして、派手なステップを刻んだ。
「すげえな、すげえよセナイちゃん」
ゴールドシップがぼやくように口を動かした。
「ここまでやられたら、負けちまう。完璧なムーブだ」
そして、稲妻のように豪快なステップを踏む。
「お相手がゴルシちゃんでさえなければなぁーっ!」
『まもなく第4コーナー、外にはゴールドシップ』
速い……!
上手く行っていたように思えたが、意図を理解した途端にすり抜けられてしまった。
『若干膨らみ気味でしょうか。しかしペースを上げています』
一方で先頭集団の中。
エイシンフラッシュとトーセンジョーダン。
ふたりは競り合うというより、互いのスペースを保って走っている。
消耗しないための消極的な、暗黙の協力か。
レース展開を見ながら周りに合わせる、これも作戦と言えるだろう。
『さあ最後の直線、先頭はエイシンフラッシュ、続いてトーセンジョーダン』
レースが動く。
散々振り回して消耗させた筈のゴールドシップが、外から回り込んで直線一気に仕掛けた。
「くっ……」
先頭を行くからこそ、苦しげなエイシンフラッシュ。
「きっつー! でも、行くっきゃない!」
抜き去る心積もりのトーセンジョーダン。
そして……。
『内ラチから上がってくるモブトハヨバセナイ!』
ゴールドシップが抜け出た時点で、後方を操る必要はなくなった。
用意していた脚を、用意していた通りに、解き放つ時が来たのだ。
「まだ、終わらないであります!」
残り200。
トーセンジョーダンを抜き、エイシンフラッシュと並ぶ。
だが、ゴールドシップがその横を突き抜けていった。
「おっ……?」
異変は、そこで起きた。
『先頭に立ったゴールドシップ……どうした』
わずかに、だが確実に。
1秒にも満たない時間。
黄金の不沈艦が、揺らいだ。
「「「――今っ」」」
その隙を、見逃さない。
見逃せるわけがない。
先頭をうかがえる3人が、一斉にラストスパートをかけた。
残り100。
エイシンフラッシュを抜き去り、セナイが先頭に立つ。
ゴールドシップは揺らいだ上体を戻し、失速を取り戻しつつある。
「あー、トレーナーの言う通り、ちょい抑えめにしといてよかったわ」
『トーセンジョーダンだ、トーセンジョーダンが次々と躱していく!』
「覚悟しろし」
セナイとトーセンジョーダンが並び駆ける。
「あ、あぁぁぁーっ!」
最後の一拍まで、セナイは心臓から全身の動きを振り絞る。
ゴールドシップは速度を取り戻しきれていない。
『決着! TSクライマックス2戦目』
目を、閉じた。
1分、判定を待つ時間があった。
その間、目を閉じていた。
『判定出ました、トーセンジョーダンが勝利をもぎ取った!』
掲示板に、見たくないものが見えるのを予期していたからだ。
トーセンジョーダン1着。
この結果は率直に言えばショックだった。
「ただ、希望は繋がった」
セナイはクビ差の2着、前走と合わせて14ポイント。
最終戦を勝てば24ポイント……優勝に手が届く。
「わたし、よく見えてなかったのでありますが……」
肩で息をしながら、セナイは言葉を吐き出す。
「うん?」
「ゴールド、シップさん、は……?」
彼女が気にするのも当然と言える。
今回の作戦でもっとも重要なところだ。
2戦目最大の目的は、ゴールドシップの着順を落とすことだったのだから。
「5着。中盤まで抑え込めたのが効いたな」
終盤の失速後、立て直したあとも普段の切れ味はなかった。
最高の結果ではないが、仕方ない。
「あそこまでやって、掲示板外さないとか……」
「十分だよ、これでポイントはほぼ横並びだ」
獲得ポイント0になる9着以下まで落とすのが理想だったが、それは贅沢というものだろう。
「あとは、最終戦で勝つぞ」
そう、最終的に、ポイント合算でトップに立てば良い。
安定して上位に食い込める強さをもって『最強』とする。
TSクライマックスは、そういう勝負の舞台だ。
「残り、1戦」
「ああ」
「最後の、1戦で、ありますね」
そうなる。
トレーナーとウマ娘の契約期間は原則3年。
もし十分な結果が残せなければ、契約解除もありえる。
最初の3年間が最も重要と言われる理由だ。
「……」
「……」
この愛しく儚い時間を、噛みしめる。
泣こうが笑おうが、次が最後の1戦。
もし負ければ――その公算の方がずっと高いが――重賞未勝利で契約が終わることになる。
契約の継続は、おそらく許されないだろう。
「勝ちます」
「えっ」
力強い宣言に、一瞬目を丸くする。
「勝ちますから、どうか見ていてください、最後まで」
あらゆる結果を予想し、覚悟した青い瞳が、決意を露わに見つめてきた。
応える言葉なんてひとつしかない。
「ああ。見ているよ、最後まで」
どんな結果になろうとも、泣いても笑っても喚いても。
必ず終わりは来る。
だから、せめて見届けよう。
モブトハヨバセナイという名の、運命の終わりを。