モブとは呼ばせない   作:夜野みる

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4.黄金の不沈艦・上

 

 わたしはモブトハヨバセナイ。

 中等部からトレセン学園に入学したウマ娘。

 小学生までは無敵だったのに、トレセンに来てからは負け続け。

 

 そんな、中央にはよく居るんだろうウマ娘の中のひとり。

 

 勝利の味を知っている。

 同じ競争に出た誰よりも勝ってみせる快感を知っている。

 だから、敗北の苦味も強かった。

 

「くっ……」

 

 16人中、9着。

 中央に来るまではこんな順位、取ったことがなかった。

 でも、ずっとそんな順位ばっかりで、いい加減、認めなきゃいけない。

 

(わたしは、弱い)

 

 モブトハヨバセナイ。

 地元ではしょっちゅう、なんなら今でもからかわれる名前。

 モブ子、モブ、モブ娘。

 からかわれるのが嫌で、名前通りに、そんなあだ名で呼ばせないようにと頑張って走り続けた。

 

 でも、その結果がこれなんだろうか。

 一着の娘の輝きが、浴びせられる称賛が羨ましくて、悔しくて、握った拳に力が入る。

 

「君、手を開きなさい」 

「えっ」

 

 驚いて、開いた手には爪痕がくっきりと刻まれ、そのひとつからは血が出ていた。

 

「あ」

「レースは全身運動。手のひらでも傷があると、走りに影響するよ」

 

 声をかけてくれたのは、穏やかな目をした人だった。

 彼はさっと傷の具合を見て、絆創膏を貼ってくれた。

 

「これでいい」

 

 穏やかな目はそのままに、彼はわたしと同じように歯噛みしていた。

 同情、というにはあまりに力のこもった食いしばり方だった。

 

「ありがとう、ございます」

 

 その後、彼――山田トレーナーはわたしをスカウトしてくれた。

 わたしなんかの、何が目に止まったのだろう。

 モブと呼ばれても仕方ない体たらくのわたしを、トレーナーは優しい声でセナイと呼んだ。

 

「わたしは、何をすれば良いのでありますか?」

「基礎からだね。身体を作っていくこと、フォームの調整、様々な作戦への理解」

 

 山田トレーナーは淡々と、ともすれば冷徹にも感じる調子で、わたしに足りないものを教えてくれる。

 スカウト翌日のミーティングでは、分厚いファイルが2冊も用意されていた。

 そして、計画的なトレーニングが始まった。

 

「外に膨らみすぎないためにはフォームを――」

 

 勉強。

 

「ちょっと負荷が強すぎるみたいだね。回数はそのまま、斤量を少し減らして――」

 

 筋トレ。

 

「タイムがブレているのは、フォームやペース配分が毎回違っているからだ。意識して一定のペースを――」

 

 レースコースの走り込み。

 覚えの悪いわたしにも、トレーナーはちゃんと順序立てて説明してくれる。

 今まで自分が惰性や感性だけで走っていたことを思い知らされた。

 同時に、確実に悪い部分が矯正されて、タイムが縮んで行くのは嬉しい。

 

 でも、ふと思う。 

 どうしてこんな人が、わたしを担当に選んでくれたんだろう……?

 

 

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 芝のコースを走り込み、勉強会を開き、筋トレを重ね……。

 その日はあっという間に訪れた。

 

「今度こそ、勝つ……!」

 

 セナイは燃えているが、俺はというと、内心やる気があまりなかった。

 トレーナーがレース当日にやる気を出したからといって、何が変わるわけでもないが。

 やる気を無くす事実が判明したのはつい1週間前。

 

「おー、やる気出てんな! 面白いレースにしよーぜ」

 

 ゴールドシップが出走する。

 トレーナーがついたのか、と驚くと同時に、勝ち目がかなり薄くなったことを俺は認めた。

 

「……貴方のように勝てれば面白いでしょうね」

 

 か細い声で相手に聞こえないように、セナイがそう呟いた。

 

「ん、なんて言った? アタシがおもしれーって? その通り!」

 

 わざとか素なのか、聞き間違いで愉快そうにしているゴールドシップ。

 俺は見かねて間に入るようにセナイに声をかけた。

 

「あまり気負わず、作戦通りに走ろう」

 

 当たり前のことだが、その当たり前のことを言う役がトレーナーというものだ。

 

「トレーナー……わかりました、作戦通りに!」

 

 2着とは言わない、3着でも、なんなら5着でもいいから取ってくれ。

 内心だけで祈ってセナイを見送り……ふと、

 

「……」

 

 ゴールドシップのトレーナーと目が合った。

 

「どうも……多宝院トレーナー」

 

 なんと言えばいいかわからずそう言って、俺は小さく会釈した。

 

「どうも、山田トレーナー。同期対決ですね」

 

 うっすらと彼女――多宝院は微笑んだ……と思う。

 強者の余裕と達観が混じった、底知れないオーラ。

 彼女がゴールドシップの担当になったと聞いて、正直仰天したものだ。

 

 中央トレーナー試験の主席合格者2名、桐生院と多宝院。

 本当に、勝てる気がしない。

 

「ゴールドシップの仕上がりはどうです?」

「中々。スピードは300を超えたので」

 

 以前話した時、なんでもないことのように多宝院は言っていた。

 「ウマ娘の能力が、数字として見える」と。

 

「モブトハヨバセナイは、絶好調ですか」

「…………」

 

 さらには好不調まで、一目見ればわかる、とも。

 そしてどちらも事実なのだろう、と思う。

 信じざるを得ない雰囲気というのを多宝院トレーナーは持っている。

 

 それに、セナイが絶好調というのは当たっている。

 そうなるように、休養とトレーニングの比率を調整しながら、今日を迎えたのだから。

 

 多宝院は無口ではないが、多弁な方でもない。

 何より担当のレースがもうすぐ始まる。

 

「……」

「……」

 

 自然、黙ってスタートの時を迎えることとなった。

 

 

『各ウマ娘一斉にスタートしました! ゴールドシップ少し出遅れたか』

 

 出遅れはどんな名ウマ娘でも起こる、と言うが。

 それがこのタイミングだったことを三女神に感謝しそうになる。

 引き換え、セナイはいいスタートで先頭になった。

 

 すぐに順位は後方になっていくが、それは作戦通りだ、問題ない。

 

『4番7番が先頭争い、ゴールドシップ最後方から少しづつ差を詰める』

 

 セナイの資質は追い込みタイプだ。

 前半に脚をため、後半で一気にまくる。

 どこからペースを上げていくか、どこまで脚を温存するか。

 

『コーナー回って先頭は7番、少し掛かっているかもしれません』

 

 仕掛けるのは残り400mから、とは伝えているが、レースは水物。

 400からと決めて毎回400から行けるようなら苦労はない。

 実際には競争相手との競り合いもあるため、仕掛けどころの決定はセナイの判断に委ねている。

 

『さあここからスパートをかけるか。レースが動きます』

 

 中団で控えていた娘たちが全体でひとつの生き物かのように加速していく。

 

「面白くなってきたぜ!」

 

 さらに後方から、中団に並びかけてくるゴールドシップ。

 もう仕掛けるのか?

 

『ゴールドシップ、徐々に加速していく』

 

 まだだ。まだ残り800以上ある、脚をためるんだ。

 セナイは幸いノーマーク。他のウマ娘たちは明らかにゴールドシップを警戒している。

 膨らみすぎず、外から回り込むようなコースを取ってセナイは着実に走っている。

 ここまでは作戦通りだが……。

 

「どけどけどけーい!」

 

『さあ第4コーナー、内から出てくるのはゴールドシップ』

 

 とんでもない加速だ。

 いつまでギアが上がり続けるのだろう。

 

『残り400、最終コーナーを曲がって先陣を切ったのはゴールドシップ!』

 

 遂に先頭に躍り出られたが、あんなスピードで残り400は走れまい。

 出遅れが響いたのだ。

 

「今であります!」

 

 セナイは作戦通りにギアを上げる。

 溜め込んだものを吐き出すように、一気の加速で次々と抜かしていく。

 

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