モブとは呼ばせない   作:夜野みる

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6.ホープフル/ブロックフル

 

 3ヶ月後、多くのトレーニングと調整を超えて、ホープフルステークスの開催日がやってきた。

 天気は快晴、絶好のレース日和である。

 ゲート入りするセナイの姿を眺めていると、今まで封じ込めていた心配がどっと押し寄せてきた。

 

 作戦は本当に合っているか。

 スタートの練習もしてきたが、本番で出遅れはしないか。

 勝てるのか?

 

 そもそも、勝ち目はあるのか?

 

 そんな不安で頭の中がいっぱいになる。

 

「……大丈夫だよな」

 

 誰に言うでもなく呟いた言葉は、周りにいた観客の声援でかき消された。

 歓声が上がるたびに、心臓を鷲掴みにされる感覚を覚える。

 こんなレース場に来ているのだから、当然、出走者の知り合いも来ていることだろう。

 そんな人たちの前で、俺はセナイの晴れ舞台を汚してしまうのではないか。

 

「……」

 

 だめだ、考えるな。

 今は、あの娘の走りを見届けるんだ。

 

「……よし」

 

 ファンファーレが鳴り響き、いよいよ始まる。

 ゲートインが完了し、あとは合図を待つだけとなった。

 

『さあ各馬一斉にスタートしました! まず先頭に立ったのはトーセンジョーダン』

 

 ついに始まった。

 最初のコーナーに差し掛かる。

 後方についたセナイの後ろ姿をとらえようと、観客席から身を乗り出して目を凝らす。

 

「……」

 

 …………あれ? おかしいな。

 なんで、誰も追わないんだ。

 

「……うそだろ」

 

 先頭集団は早くも第2のコーナーを回っているというのに、後続は全く動いていなかった。

 

「どうなってるんだ?」

 

「おい、これどういうことだ!?」

 

「分からないけど、何かあったんじゃないかしら」

 

周りの客たちも困惑している様子だった。

 

「誰か説明してくれよ!」

「なんだ、故障でもしたんじゃねえの?」

「いや、それにしちゃ、あいつら全然スピード落ちないし」

 

 ざわつく会場の空気の中、ターフビジョンに映っているセナイの顔を見て、思わず息を飲む。

 

「……っ」

 

 苦しんでいる。

 一瞬映っただけだが、明らかに動揺しているとわかった。

 

「頑張れーっ」

「行けー」

「逃げ切れー」

 

 様々な声援が飛び交う中で、俺だけが動けずにいた。

 

「セナイ、どうしたんだ……?」

 

 答えが出ない疑問を頭に浮かべたまま、レースは淡々と進行していく。

 

『さあ、4コーナー手前、ここでセナイが仕掛けた!』

 

「え」

 

 4コーナーで外から一気に加速したセナイは、あっと言う間に大外を通って先団を追い抜いていく。

 

「すごい」

 

 その走りは、圧巻の一言に尽きた。

 

「すげぇ、マジですげー」

 

「いける、このままいけば勝てる!」

 

「がんばれ!」

 

 観客たちは興奮していた。

 しかし、俺は違う。

 

「……違う」

 

 そうだ、これは、この展開は……。

 

「……」

 

 嫌な予感が的中してしまった。

 

「セナイ」

 

 彼女がゴール板を過ぎてしばらくすると、スタンドから歓声が上がった。

 1着でゴールしたのは、ゴールドシップ。

 つまり、このレースはゴールドシップの勝利に終わったわけだ。

 

「……」

 

 正直、予想はしていた。

 1番人気が、順当に1着を取った。

 それだけなのだ。

 

 だが、セナイにとってこれが、初めてのG1レース。

 しかも、勝ちたい相手が1番人気で1着となれば、心中穏やかではないだろう。

 

「トレーナーさん」

 

 控え室に戻ると、セナイが待っていた。

 

「ごめんなさい、作戦通りに、走れなくて」

「どうして」

 

 今回の作戦は、ゴールドシップより先に仕掛けることだった。

 しかし、セナイは4コーナー手前まで後続から抜け出せなかった。

 俺の目からは見えなかったが、仕掛けが遅れた理由があるはずだ。

 

「みんな、仕掛けさせてくれなくて。ブロック、上手くて……」

 

 ああ、そうか。

 作戦通りいかないことなんて、レースではいくらでもある。

 バ群に揉まれてる内に仕掛けどころを逃すなんて、その典型例だ。

 

「それだけ、周りのレベルが高かったんだ」

「でも、わたし、わたしがもっと上手く走れてれば」

 

 セナイは悔し涙を浮かべるが、俺は平静に結果を受け止められた。

 

「トレーナーの指示通りに、走れてれば……」

「そんな事はない。君は作戦通り走ろうとしたんじゃないか」

 

 作戦通り懸命に走ろうとしたウマ娘と、作戦を立てたトレーナー。

 問題があったとすれば、作戦を立てた方だろう。

 

「俺の作戦が甘かった。ごめん、セナイ」

 

 

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「そんなことっ……!」

 

 ホープフルステークス4着。

 それがわたしの着順だった。

 この結果は、わたしに足りないものがあったせいで、トレーナーのせいじゃないのに。

 

「そんなこと、言わないでください」

 

 作戦が甘かったなんて、言わせてしまった。

 わたしなんかには勿体ないぐらい凄いトレーナーに。

 自分で自分が許せなくなりそう。

 

「……」

「……」

 

 それ以上なんと言えばいいかわからなくて、トレーナーと、少し無言で見つめ合った。

 目の前の人は、いま何を考えてるだろう。

 失望されているだろうか、それとも、呆れている?

 

「……セナイ」

 

「はい」

 

「今回は残念だったけど、次はきっと勝とう」

 

「……はいっ!」

 

 優しい言葉をかけてくれたことが嬉しくて、つい大きな声で返事してしまう。

 本当はこんなんじゃ、ダメなのに。

 

 

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『最優秀ジュニアウマ娘はゴールドシップと発表されました』

 

 昨日にはトレーナー間の噂になっていた情報をスマホが垂れ流す。

 

『専属担当である多宝院トレーナーにインタビューを――』

 

 ニュースチャンネルをフリックして消し、眼の前の課題に向き合おうと決める。

 

「4着、ホープフルステークスで4着か」

 

 馬群を抜け出すパワーの不足はトレーニングと本格化による成長を待つしかない。

 今回の問題はそれよりも……。

 

「……むう」

 

 セナイのレース映像を見ながら、俺は悩んでいた。

 TSクライマックスシリーズは始まったばかりだ。

 今のうちに作戦の見直しをしておきたいのだが。

 

「逃げや先行に変える……わけにはいかないな」

 

 これまでのトレーニング、レース、どれを見ても脚質を逃げ・先行に変えるのは無理がある。

 後方からの猛烈な追い込みは、セナイの肉体に染み付いた大きな武器だ。

 無理やり変形させようとすれば、その武器が壊れてしまう。

 

 ブロックされて仕掛けが遅れたホープフルステークスと、完璧なペースで全員抜き去った未勝利戦との違い。

 

「出走人数と、レベルだよな」

 

 未勝利戦は9人だった。

 対してホープフルステークスは18人。

 一般的に少人数のほうが走りやすいとされる。

 

 前を塞がれても抜け道が多いからだ。

 これだけの多人数は練習では集めづらく、セナイもほぼ初経験だったろう。

 

「18か、それに近い多人数での練習を……」

 

 そうだ、そうやって経験を積むしかない。

 足りないのは多人数戦の経験値、となれば近い条件で練習させるべきだ。

 

 人数集めは学園側に頼んで募集を出してもらうしかないか。

 同期や先輩のトレーナーと連絡が取れないわけではないが、それだけで18人は揃わないだろう。

 スマホをいじり、まずは交友のある先輩に連絡。

 次に同期の比較的親しみやすかったトレーナーに。

 

 その後かなり迷った挙げ句、同期の中でも飛び抜けた2人にメッセージを送った。

 

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