1週間後、17人のウマ娘がトレセン学園のレースコースに集まった。
「お集まりいただきありがとうございます。モブトハヨバセナイのトレーナー、山田です」
ウマ娘とそのトレーナーたちに向けて一礼し、説明を始める。
退屈だがやらねばならない作業だ。
「今回のような模擬レースを今後も不定期に実施したいと思っています」
今日だけでなく、今後数回に渡って模擬的なレースを行う。
「回数を重ねて、多人数戦の経験値を皆さんで積みましょう」
目的は多人数戦の経験値を効率よくセナイに積ませること。
重要なのは回数だ。
「特にブロックやそこからの脱出技術は今後皆さんが参加するレースでも役立つかと思います」
ブロックやブロックから抜け出す技術をセナイに学ばせる。
はっきり言うなら他のウマ娘は俺にとってオマケ、なのだが。
ちらり、と端に居る4名に目を向ける。
ゴールドシップと多宝院トレーナー。
そしてハッピーミークと桐生院トレーナー。
怪物2名……いや4名。
特別、意識はすまいと思っても、やはり注目してしまう。
「……本日はよろしくお願いします」
気持ちを切り替えて、模擬レースの説明と挨拶を終える。
「それじゃあ、各自準備をしてスタート位置についてください」
そう指示すると、各々がウォーミングアップを始めた。
(さて、セナイは……)
セナイはきょろきょろと周囲を見回している。
あの子は人混みが苦手だから、知らない人がたくさんいると不安になるんだろうか?
そんなことを考えていると、視線に気付いたのかこちらにやってきた。
「トレーナーさん!」
「どうした?」
「えっと、ですね……」
もじもじと体を揺らしながら言葉を濁らせる。
言いづらいことでもあるのかな。
「私、勝ちたいんです」
「うん」
「なので、その……勝てるようになってくるので」
ぐっ、と拳を握って、決意を示すように。
「私のこと、見ていてください!」
「もちろん」
「……えへへ、頑張ります!!」
やる気十分といった様子だ。
「よし、行ってこい」
軽く背中を押し出してやる。
セナイはパタパタと小走りで自分の場所へと戻っていった。
「いい子ですね」
「そうでしょう」
いつの間にか、桐生院トレーナーが近くで見ていたらしい。
見られていたのは少々恥ずかしいが、セナイのモチベーションを保つのに必要な事だと割り切る。
「素直だし、勤勉で、根性もある。自慢の担当ですよ」
「おお……山田トレーナーは、モブトハヨバセナイさんのことをしっかり理解してるんですね」
それは当然……。
「わたし、ミークのことがよくわからなくて、水族館が好きだって最近知ったぐらいで」
当然……?
「少ない会話で多くが伝わる、お二人の信頼関係を見習いたいです」
……俺は、セナイの好きな場所を知ってるか?
いや知らない。
好物は肉だと思うが、それだって確かじゃない。
祝勝会を一緒にしたのに、どの部位が好きかも覚えちゃいない。
普段何を飲むかも知りはしない。
「桐生院トレーナーとハッピーミークも良いコンビに見えますよ」
「そうでしょうか……そうだったら嬉しいです」
ゲートではスタート役の多宝院トレーナーが、ウマ娘たちのゲートインを待っている。
何故か生きた鯛を釣り竿から垂らしながらゲートに入ろうとしたゴールドシップ。
多宝院は困り顔でもなく、むしろ微笑んでそれを取り上げた。
そして釣り糸と鯛を回転させながら元いた場所に戻る。
少しして全員が揃い、スタートが切られた。
俺の脳内では「二人の信頼関係」という桐生院の言葉が延々とリフレインする。
セナイの気に入ってる場所、苦手な場所、好物、苦手なもの。
少しは知っている/少ししか知らない。
それに……セナイの方は、どうだろう。
俺はあの子に、自分のことを話したことがない。
彼女に自分を知ってもらえている自信が、どうしても持てない。
その事に気づいてショックを受けている自分が、何よりショックだった。
俺はいつの間に、ここまで彼女に入れ込んでいたのだろう。
「どうも力が入りすぎる癖があるね、セナイ」
ゴール後に勢い余って転びかけて擦り傷ができていたので、絆創膏を貼ってやった。
「すみません……でも、ブロックの抜け方はちょっとわかってきましたよ!」
練習結果は……1日でどうこうなるものではないが、セナイには手応えがあったようだ。
「それならよかった。今日はもう遅いし、ゆっくり休んでくれ」
「はい、また明日もお願いします」
頭を下げて、寮に戻っていく。
その背を見送ろうとして、思わず声が出た。
「あっ、セナイ」
「はい?」
くるりと振り返るセナイ。
目と目が合うが、なんで声をかけたのか自分でもよくわからなかった。
ただ焦りがあった。
このままではダメなんじゃないか、という焦りが。
「もう暗くなってきてるから、寮まで送るよ」
とっさに出てきたのは、結局そんな言葉だった。
「えっ、いいんですか?」
「冬の夜道を1人で歩かせたら、俺が白い目で見られるよ」
学園から寮までは距離もないし、建物からの明かりだけでもそこそこ明るいのだが。
「そ、そっか……そうでありますよね。モブトハヨバセナイ、トレーナーに送っていただきます」
ピシっと敬礼のポーズをしたセナイの目が何故か泳いでいた。
1人で帰りたかったかな……うっとおしいと思われただろうか。
しかし名目はもう通っているので俺は冬用のコートを取り上げて部屋を出た。
横を歩くセナイを見て気づいたのだが、
「今日は薄着だね、セナイ」
「あ、まあすぐそこなので……運動着のまま来ちゃって」
「次はちゃんと着替えも用意するんだよ」
さっき取り上げて腕に持ったままだったコートを彼女に羽織らせる。
身体の重要度は俺よりセナイの方が高い。
自分は寒いが、担当するウマ娘の身体が冷えるよりマシだ。
「悪いが、嫌でも着ててくれ」
セナイには好成績を残してもらって、俺の評価を高めてもらわねばならないのだから。
そうだ。それが最大にして唯一の理由……のはずだ。
「いえ、嫌という、わけでは」
そう言いつつも、明らかに挙動不審だ。
うざがられたかな……いや、そういうわけでもなさそうだが、ではなんだろう。
「トレーナーは、その、夜は何をしてるんですか?」
肩から羽織ったコートを引き寄せるようにして、セナイは小さな声で言った。
挙動不審の理由はわからないが、足取りもしっかりしているし、大丈夫そうだ。
「大抵は仕事だけど……そういうことじゃないよな」
「はい、普段何をしてるのかなって」
「そうだな、昨日の夜は――」
他人にそういう話をすることはあまりなかった。
しかし、セナイから尋ねられると意外に言葉がスルスルと出てきた。
寮まで歩く間の、そう長くない時間。
けれど濃密にセナイと語り合えた気がした。