モブとは呼ばせない   作:夜野みる

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7.知っていく、知らなかったこと

 

 1週間後、17人のウマ娘がトレセン学園のレースコースに集まった。

 

「お集まりいただきありがとうございます。モブトハヨバセナイのトレーナー、山田です」

 

 ウマ娘とそのトレーナーたちに向けて一礼し、説明を始める。

 退屈だがやらねばならない作業だ。

 

「今回のような模擬レースを今後も不定期に実施したいと思っています」

 

 今日だけでなく、今後数回に渡って模擬的なレースを行う。

 

「回数を重ねて、多人数戦の経験値を皆さんで積みましょう」

 

 目的は多人数戦の経験値を効率よくセナイに積ませること。

 重要なのは回数だ。

 

「特にブロックやそこからの脱出技術は今後皆さんが参加するレースでも役立つかと思います」

 

 ブロックやブロックから抜け出す技術をセナイに学ばせる。

 はっきり言うなら他のウマ娘は俺にとってオマケ、なのだが。

 ちらり、と端に居る4名に目を向ける。

 

 ゴールドシップと多宝院トレーナー。

 そしてハッピーミークと桐生院トレーナー。

 怪物2名……いや4名。

 

 特別、意識はすまいと思っても、やはり注目してしまう。

 

「……本日はよろしくお願いします」

 

 気持ちを切り替えて、模擬レースの説明と挨拶を終える。

 

「それじゃあ、各自準備をしてスタート位置についてください」

 

 そう指示すると、各々がウォーミングアップを始めた。

 

(さて、セナイは……)

 

 セナイはきょろきょろと周囲を見回している。

 

 あの子は人混みが苦手だから、知らない人がたくさんいると不安になるんだろうか?

 そんなことを考えていると、視線に気付いたのかこちらにやってきた。

 

「トレーナーさん!」

 

「どうした?」

 

「えっと、ですね……」

 

 もじもじと体を揺らしながら言葉を濁らせる。

 

 言いづらいことでもあるのかな。

 

「私、勝ちたいんです」

「うん」

「なので、その……勝てるようになってくるので」

 

 ぐっ、と拳を握って、決意を示すように。

 

「私のこと、見ていてください!」

 

「もちろん」

 

「……えへへ、頑張ります!!」

 

 やる気十分といった様子だ。

 

「よし、行ってこい」

 

 軽く背中を押し出してやる。

 セナイはパタパタと小走りで自分の場所へと戻っていった。

 

「いい子ですね」

「そうでしょう」

 

 いつの間にか、桐生院トレーナーが近くで見ていたらしい。

 見られていたのは少々恥ずかしいが、セナイのモチベーションを保つのに必要な事だと割り切る。

 

「素直だし、勤勉で、根性もある。自慢の担当ですよ」

「おお……山田トレーナーは、モブトハヨバセナイさんのことをしっかり理解してるんですね」

 

 それは当然……。

 

「わたし、ミークのことがよくわからなくて、水族館が好きだって最近知ったぐらいで」

 

 当然……?

 

「少ない会話で多くが伝わる、お二人の信頼関係を見習いたいです」

 

 ……俺は、セナイの好きな場所を知ってるか?

 いや知らない。

 

 好物は肉だと思うが、それだって確かじゃない。

 祝勝会を一緒にしたのに、どの部位が好きかも覚えちゃいない。

 普段何を飲むかも知りはしない。

 

「桐生院トレーナーとハッピーミークも良いコンビに見えますよ」

「そうでしょうか……そうだったら嬉しいです」 

 

 ゲートではスタート役の多宝院トレーナーが、ウマ娘たちのゲートインを待っている。

 何故か生きた鯛を釣り竿から垂らしながらゲートに入ろうとしたゴールドシップ。

 多宝院は困り顔でもなく、むしろ微笑んでそれを取り上げた。

 そして釣り糸と鯛を回転させながら元いた場所に戻る。

 

 少しして全員が揃い、スタートが切られた。

 

 俺の脳内では「二人の信頼関係」という桐生院の言葉が延々とリフレインする。

 セナイの気に入ってる場所、苦手な場所、好物、苦手なもの。

 少しは知っている/少ししか知らない。

 

 それに……セナイの方は、どうだろう。

 俺はあの子に、自分のことを話したことがない。

 彼女に自分を知ってもらえている自信が、どうしても持てない。

 

 その事に気づいてショックを受けている自分が、何よりショックだった。

 俺はいつの間に、ここまで彼女に入れ込んでいたのだろう。

 

 

 

「どうも力が入りすぎる癖があるね、セナイ」

 

 ゴール後に勢い余って転びかけて擦り傷ができていたので、絆創膏を貼ってやった。

 

「すみません……でも、ブロックの抜け方はちょっとわかってきましたよ!」

 

 練習結果は……1日でどうこうなるものではないが、セナイには手応えがあったようだ。

 

「それならよかった。今日はもう遅いし、ゆっくり休んでくれ」

「はい、また明日もお願いします」

 

 頭を下げて、寮に戻っていく。

 

 その背を見送ろうとして、思わず声が出た。

 

「あっ、セナイ」

 

「はい?」

 

 くるりと振り返るセナイ。

 目と目が合うが、なんで声をかけたのか自分でもよくわからなかった。

 ただ焦りがあった。

 このままではダメなんじゃないか、という焦りが。

 

「もう暗くなってきてるから、寮まで送るよ」

 

 とっさに出てきたのは、結局そんな言葉だった。

 

「えっ、いいんですか?」 

 

「冬の夜道を1人で歩かせたら、俺が白い目で見られるよ」

 

 学園から寮までは距離もないし、建物からの明かりだけでもそこそこ明るいのだが。

 

「そ、そっか……そうでありますよね。モブトハヨバセナイ、トレーナーに送っていただきます」

 

 ピシっと敬礼のポーズをしたセナイの目が何故か泳いでいた。

 1人で帰りたかったかな……うっとおしいと思われただろうか。

 しかし名目はもう通っているので俺は冬用のコートを取り上げて部屋を出た。

 

 横を歩くセナイを見て気づいたのだが、

 

「今日は薄着だね、セナイ」

「あ、まあすぐそこなので……運動着のまま来ちゃって」

「次はちゃんと着替えも用意するんだよ」

 

 さっき取り上げて腕に持ったままだったコートを彼女に羽織らせる。

 身体の重要度は俺よりセナイの方が高い。

 自分は寒いが、担当するウマ娘の身体が冷えるよりマシだ。

 

「悪いが、嫌でも着ててくれ」

 

 セナイには好成績を残してもらって、俺の評価を高めてもらわねばならないのだから。

 そうだ。それが最大にして唯一の理由……のはずだ。

 

「いえ、嫌という、わけでは」

 

 そう言いつつも、明らかに挙動不審だ。

 うざがられたかな……いや、そういうわけでもなさそうだが、ではなんだろう。

 

「トレーナーは、その、夜は何をしてるんですか?」

 

 肩から羽織ったコートを引き寄せるようにして、セナイは小さな声で言った。

 挙動不審の理由はわからないが、足取りもしっかりしているし、大丈夫そうだ。

 

「大抵は仕事だけど……そういうことじゃないよな」

「はい、普段何をしてるのかなって」

「そうだな、昨日の夜は――」

 

 他人にそういう話をすることはあまりなかった。

 しかし、セナイから尋ねられると意外に言葉がスルスルと出てきた。

 

 寮まで歩く間の、そう長くない時間。

 けれど濃密にセナイと語り合えた気がした。

 

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