年が明けて、1月。
セナイはG3京成杯に挑戦するも、僅差の2着。
2月、OP戦、すみれステークス1着。
4月、G1皐月賞、4着。勝ちウマはゴールドシップだった。
そして5月――日本ダービーの幕が開ける。
「モブトハヨバセナイ、今度こそG1勝てるかな」
「うーん、モブだしキツイんじゃね。それよりゴールドシップでしょ!」
「重賞で勝つには地力不足だよな、まさにモブって感じ」
「後方から抜け出てぶっ刺すの俺は好きだけど、相手がゴールドシップじゃなあ」
観客席からはそんな声も聞こえる。
セナイはOP戦で一勝をもぎ取ったが、世間からは十分な活躍とは思われていないようだ。
無理もない。
担当でなければ俺でもそう思う。
しかし、セナイにも勝ち目はある。
その最大の要因は距離延長。
今までの2000mから400mも伸びる。
「今年はそれに向けた練習をしてきた」
それに、彼女をスカウトした時から考えていたのだ。
いい脚を長く使っていけるのに結果が伴わないのは、距離が足りないのではないか、と。
これまでのレースを見てきて、その考えは確信に変わった。
セナイはスロースターターのステイヤーだ。
2000mですら短すぎる。
もっと長い距離で戦うべきなのだ。
「ダービーなら溜めた脚を出し切れるはず……」
皐月賞のレース展開を思い返すと、先頭はゴールドシップ。
そこから少し離れてセナイがいた。
最後の直線に入ると、ゴール前は混戦となる。
その中でセナイは内から一気に伸びてきた。
黄金の不沈艦に、懸命に喰らいついた。
しかし、届かなかった。
レース後、ゴールドシップを睨みつけるセナイの悔しさを、無念を。
そして尽きない戦意を、俺が無駄にするわけにはいかない。
いかに効率よく、ストレスを少なく強くなってもらうか。
それだけを考えて来た。
そして今日、日本ダービー。
『虎視眈々と上位を狙っています。3番人気はトーセンジョーダン』
上位人気の紹介が流れる。
『この評価は少し不満か、2番人気はこの娘、エイシンフラッシュ』
どちらも強敵だ。勿論彼女たちも仮想敵として想定してある。
『スタンドに押しかけたファンの期待を一身に背負って、皐月賞ウマ娘ゴールドシップ、1番人気です』
だが、最大最強の仮想敵は、ゴールドシップ。
セナイも俺も、意見は一致していた。
紹介が終わってファンファーレが鳴り、スタートが切られる。
『各ウマ娘綺麗なスタートを切りました、ゴールドシップ含め出遅れはなし』
レース展開は、序盤セナイは後方集団の一部として固まった。
「抜けさせてもらうであります!」
巧みなステップと位置取りで、セナイはブロックを抜けて前方の視界を確保する。
いいぞ……!
「ふっ、腕を上げたな、セナイちゃん」
ゴールドシップは、セナイの外側後方に、一定距離を保って付いてきている。
まさか、セナイをマークしているのか?
あのゴールドシップと、多宝院トレーナーが……。
「今度こそ負けませんっ!」
『先行争いはトーセンジョーダン、エイシンフラッシュ』
あの2人は先行策か。
早めに競り合って潰し合ってくれるなら良い展開だ。
『さあ1コーナー回って2コーナー、熾烈な位置取り争いから抜け出すのはどのウマか!』
後方ではセナイとゴールドシップが呼吸とペースを整え仕掛けるタイミングを待ち構えている。
ならば先頭集団はどうか。
『向う正面に入ってトーセンジョーダン先頭を行く、エイシンフラッシュがそれを追う』
さあ、ここからだ。
『残り1000mを通過』
セナイは溜まっていた脚を慎重に、少しづつ開放していく。
『大ケヤキを超え、4コーナーへ』
ゴールドシップがその横に並び駆ける。
1人、また1人と抜かしながら。
『さあいよいよ直線だ』
直線に入り、内からぐんぐんと追い上げていくセナイ。
やや外に回って行くゴールドシップ。
『400を切ってモブトハヨバセナイ抜け出した』
「そのまま行け!」
ホープフルステークスや皐月賞では存在しなかった400m。
セナイなら走りきれる。
『エイシンフラッシュ、躱して振り切る!』
なに……?
『最後のコーナー、エイシンフラッシュが先陣を切った!』
空気が、変わった。
エイシンフラッシュだけではない。
『外を回って行ったのはゴールドシップ』
トーセンジョーダン、そしてゴールドシップも。
いつの間にか、周囲に纏う空気を変化させている……かのようだった。
『残り200、ゴールドシップが抜け出す!』
領域(ゾーン)と、そう呼ばれるものがウマ娘にはある。
という話だけは聞いていた。
見たことはない、耳にしたことがあるだけだ。
『トーセンジョーダン食らいついて横並び!』
ただの与太話だと思っていた。
『ここでエイシンフラッシュの末脚が伸びる!』
しかし、そうではない事を脳の奥底が理解してしまった。
「どうして……」
3人の息を呑むデッドヒートに、セナイは1バ身後ろで取り残される。
星よりも遠い、1バ身に。
『3者競り合いながらゴール! わずかにゴールドシップか』
「どうして、届かないのでありますか……!」
『1着ゴールドシップ、2着3着は判定を待ちます』
日本ダービー、4着。
それが、考えられる手をすべて打った上で、俺とセナイが残した結果だった。