モブとは呼ばせない   作:夜野みる

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8.日本ダービー

 

 年が明けて、1月。

 セナイはG3京成杯に挑戦するも、僅差の2着。

 2月、OP戦、すみれステークス1着。

 

 4月、G1皐月賞、4着。勝ちウマはゴールドシップだった。

 そして5月――日本ダービーの幕が開ける。

 

「モブトハヨバセナイ、今度こそG1勝てるかな」

「うーん、モブだしキツイんじゃね。それよりゴールドシップでしょ!」

「重賞で勝つには地力不足だよな、まさにモブって感じ」

「後方から抜け出てぶっ刺すの俺は好きだけど、相手がゴールドシップじゃなあ」

 

 観客席からはそんな声も聞こえる。

 セナイはOP戦で一勝をもぎ取ったが、世間からは十分な活躍とは思われていないようだ。

 無理もない。

 担当でなければ俺でもそう思う。

 

 しかし、セナイにも勝ち目はある。

 その最大の要因は距離延長。

 今までの2000mから400mも伸びる。

 

「今年はそれに向けた練習をしてきた」

 

 それに、彼女をスカウトした時から考えていたのだ。

 いい脚を長く使っていけるのに結果が伴わないのは、距離が足りないのではないか、と。

 これまでのレースを見てきて、その考えは確信に変わった。

 

 セナイはスロースターターのステイヤーだ。

 2000mですら短すぎる。

 もっと長い距離で戦うべきなのだ。

 

「ダービーなら溜めた脚を出し切れるはず……」

 

 皐月賞のレース展開を思い返すと、先頭はゴールドシップ。

 そこから少し離れてセナイがいた。

 最後の直線に入ると、ゴール前は混戦となる。

 

 その中でセナイは内から一気に伸びてきた。

 黄金の不沈艦に、懸命に喰らいついた。

 しかし、届かなかった。

 

 レース後、ゴールドシップを睨みつけるセナイの悔しさを、無念を。

 そして尽きない戦意を、俺が無駄にするわけにはいかない。

 いかに効率よく、ストレスを少なく強くなってもらうか。

 

 それだけを考えて来た。

 

 そして今日、日本ダービー。

 

『虎視眈々と上位を狙っています。3番人気はトーセンジョーダン』

 

 上位人気の紹介が流れる。

 

『この評価は少し不満か、2番人気はこの娘、エイシンフラッシュ』

 

 どちらも強敵だ。勿論彼女たちも仮想敵として想定してある。

 

『スタンドに押しかけたファンの期待を一身に背負って、皐月賞ウマ娘ゴールドシップ、1番人気です』

 

 だが、最大最強の仮想敵は、ゴールドシップ。

 セナイも俺も、意見は一致していた。

 

 紹介が終わってファンファーレが鳴り、スタートが切られる。

 

『各ウマ娘綺麗なスタートを切りました、ゴールドシップ含め出遅れはなし』

 

 レース展開は、序盤セナイは後方集団の一部として固まった。

 

「抜けさせてもらうであります!」

 

 巧みなステップと位置取りで、セナイはブロックを抜けて前方の視界を確保する。

 いいぞ……!

 

「ふっ、腕を上げたな、セナイちゃん」

 

 ゴールドシップは、セナイの外側後方に、一定距離を保って付いてきている。

 まさか、セナイをマークしているのか?

 あのゴールドシップと、多宝院トレーナーが……。

 

「今度こそ負けませんっ!」

 

『先行争いはトーセンジョーダン、エイシンフラッシュ』

 

 あの2人は先行策か。

 早めに競り合って潰し合ってくれるなら良い展開だ。

 

『さあ1コーナー回って2コーナー、熾烈な位置取り争いから抜け出すのはどのウマか!』

 

 後方ではセナイとゴールドシップが呼吸とペースを整え仕掛けるタイミングを待ち構えている。

 ならば先頭集団はどうか。

 

『向う正面に入ってトーセンジョーダン先頭を行く、エイシンフラッシュがそれを追う』

 

 さあ、ここからだ。

 

『残り1000mを通過』

 

 セナイは溜まっていた脚を慎重に、少しづつ開放していく。

 

『大ケヤキを超え、4コーナーへ』 

 

 ゴールドシップがその横に並び駆ける。

 1人、また1人と抜かしながら。

 

『さあいよいよ直線だ』

 

 直線に入り、内からぐんぐんと追い上げていくセナイ。

 やや外に回って行くゴールドシップ。

 

『400を切ってモブトハヨバセナイ抜け出した』

 

「そのまま行け!」

 

 ホープフルステークスや皐月賞では存在しなかった400m。

 セナイなら走りきれる。

 

『エイシンフラッシュ、躱して振り切る!』

 

 なに……?

 

『最後のコーナー、エイシンフラッシュが先陣を切った!』

 

 空気が、変わった。

 エイシンフラッシュだけではない。

 

『外を回って行ったのはゴールドシップ』

 

 トーセンジョーダン、そしてゴールドシップも。

 いつの間にか、周囲に纏う空気を変化させている……かのようだった。

 

『残り200、ゴールドシップが抜け出す!』

 

 領域(ゾーン)と、そう呼ばれるものがウマ娘にはある。

 という話だけは聞いていた。

 見たことはない、耳にしたことがあるだけだ。

 

『トーセンジョーダン食らいついて横並び!』

 

 ただの与太話だと思っていた。

 

『ここでエイシンフラッシュの末脚が伸びる!』

 

 しかし、そうではない事を脳の奥底が理解してしまった。

 

「どうして……」

 

 3人の息を呑むデッドヒートに、セナイは1バ身後ろで取り残される。

 星よりも遠い、1バ身に。

 

『3者競り合いながらゴール! わずかにゴールドシップか』

 

「どうして、届かないのでありますか……!」

 

『1着ゴールドシップ、2着3着は判定を待ちます』

 

 日本ダービー、4着。

 

 それが、考えられる手をすべて打った上で、俺とセナイが残した結果だった。

 

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