さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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元気な怪文書。


その時ボクは、" ███████(キミ)"という舞台の観客だった

…結局、キミと戦ったのはあの阪神ジュニアステークス…、いや今は阪神ジュベナイルフィリーズというのだったか、だけだった。

ボクたちは共に栗東に所属していたウマだった。

今では西高東低なんて言われているけどあの頃は反対で、自分の適正なんて分からずただひたすらの万能感を持っていた幼稚なボクの前に突如として現れたのがキミだった。

 

『────圧勝、ゴールイン!』

 

その日、ボクの中にあった万能感はグチャグチャに叩き壊された。

わけの分からないハイペースに引きずられ、ボク含め出走していた全員がゴールのあと肩で息をして、仕舞いには地面に転がる者もいたというのに先頭でゴールをくぐり抜けたキミはそれが当然とでもいうようにヒラヒラと観客に手を振っていた。

 

"関西の秘密兵器───クラシックの台風の目となりうるか!"

 

雑誌にもそんな煽り文がつけられたほど、その当時からキミの実力は一線を画していて、今度こそキミに勝ってやると思っていた。

キミこそがクラシックの主役になるのだと思っていた。

けれど、

 

『ミスターシービー、19年ぶりの3冠か、大地が弾んでミスターシービーだ、逃げる逃げる、史上に残る、これが3冠の脚だ! 拍手が湧く、ミスターシービーだ、19年ぶりに3冠、19年ぶりに3冠、ミスターシービー!』

 

そこにキミはいなかった。

舞台の上にすら上がってこなかった。

不幸に遭ったのだと、聞いてはいた。

そんなキミのいなかった皐月賞でボクは最下位に沈んで、短距離に路線変更して。

負けたことに言い訳はしないけれど、ほんの少しばかりあの日最下位に沈んだのは本当なら先頭を走っていたはずのキミがいなかったからだ、なんて。

 

それで次の年、キミが毎日王冠で復帰したてとはいえ三冠馬となったミスターシービーに影を踏ませなかったと聞いた時は自分のことのように嬉しかった。

やっぱりキミは凄いやつなのだと喜んだ。

同じ年の秋、ボクはマイルチャンピオンシップを獲った。

それからいつしか一個下の『皇帝』と謳われた七冠バ様になぞらえて『マイルの皇帝』なんて呼ばれるようになったけど、それでも僕が勝ちたいのはキミだった。

あの冬の日、遠い遠い先にあったキミの背が瞼から離れなくて。

どうしようもなくキミに勝ちたかった。

けどボクたちの道は交わらなかった。

 

引退したボクと、走り続けるキミ。

普通なら諦めるところでも立ち上がって走り続ける姿を知るたびにやっぱりもう一度戦ってみたかったと思った。

そして、あのジャパンカップ。

先頭で走り抜けてくるキミ。

13番人気で誰もキミに期待してなかったのに、キミだけが最終直線に入ってきた瞬間、観客の誰も彼もがキミを応援していた。

『行け!行け!!』と。

かく云うボクもそうであったけれど。

そうして前人未到の場所に立ち入ったキミを見てボクは自分のことのように観客席で咽び泣いた。嬉しかった。

 

それからキミは日本の期待を背負って海外に飛んで、あのころ獲れなかった三冠の無念を晴らすように勝って勝って勝ちまくった。

本当にキミは凄かった。凄かったんだよ。

でも、

 

「ウソ、だろ…」

 

キミは帰らなかった。

無敵の弾丸のくせに、帰ってこなかった。

誰もキミに勝てるやつがいないからって、天国に行くやつがあるか。

それほどまでにこの世界はキミにとって下らなかった?

誰もがキミの死を嘆いたんだよ?

ボクだってそうだ。

たった一度しかキミと戦ったことがないのに死ぬほど落ち込んだ。

だってボクの自慢は『マイルの皇帝』と呼ばれたことよりも、たった一度であれキミと戦うことができたことだったのだから。

まぁ、そんなこと、キミは知る由もないんだろうけど。

────ねぇ、シルバーバレット?




『マイルの皇帝』:
たった一度だけキミと戦った。
それが誇りだった。
もう一度キミと戦いたかった。
ボクにとってはシルバーバレット、キミこそが三冠バだった。
キミこそが三冠バになるのだと思っていた。
ボク以外もそうだ。
西の連中はみんな、キミが三冠バになると思っていた。
それほどまでにキミの才覚は一線を画していた。


嗚呼、嗚呼、もう一度、もう一度だけでいい。
『…キミと、走りたかったなぁ』
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