さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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憧れは理解から最も遠い感情とか言っちゃいけない、分かってるね?


『憧れ』へ

"彼"は、俺にとっての『憧れ』だった。

もし馬を持つとしたらこんな馬がいい、という『憧れ』。

 

元気に走り回っているよりも寝込むことの方が多かったあのころ、俺は父によって"彼"と引き合わされた。

競走馬を見慣れた今なら分かるが"彼"は非常に線が細い華奢な馬だった。

だがあのころの俺にとって"彼"はとても大きい存在で、

 

「…っ、」

 

見つめられるだけでもびくりとしてしまった。

少し関わるとそんなことはないと分かったけれど、静かなときの"彼"は何だか、少し怖かった。

でも優しい目をした馬だった。

 

「…くすぐったいよ」

 

身長がぐんと伸びた俺に擦り寄る"彼"。

そこで撫でてやるとゆるりと眦を細められたことを今でも覚えている。

どうやら俺のスキンシップは"彼"にとって心地の良いものであったらしい。

父は"彼"にスキンシップを取ることをあまり許してもらえていなかったから。

 

 

…でも、俺が"彼"に関わったのはそれくらいしかない。

"彼"がいたころの俺は、まだ学生だったから、競馬場になんか連れて行ってもらえなかった。

その代わりテレビにかじりついて応援していたのだけど。

そして、

 

「…とうさん、だいじょうぶ……?」

 

"彼"は帰ってこなかった。

"彼"が帰ってこなかったことによる父の憔悴具合はそれはそれは凄まじいもので、その悲しみを忘れるように、いつ眠っているのかというほど仕事に打ち込んだ父はいつしか倒れ。

その結果体を壊した父はかつての俺の祖父のように御意見番という立場になり、長男であった俺が白銀家と会社を継いだ。

 

 

「ここも、久しぶりだなぁ…」

 

その牧場を訪れたのはただの気まぐれ。

久しぶりに近くに来たからと立ち寄ったそこはあのころよりもずっと綺麗になっていた。

 

「あれ?もしかして創くんかい?」

「あ、はい。お久しぶりです…」

 

顔馴染みであった牧場の人にも再会した。

挨拶だけでも、と思っていたが「ちょうどいいところに!」と引っ張られていった先で俺は、俺の『運命』と出会う。

 

「シルバフォーチュンだよ、覚えてる?」

「え、あ、いや…すみません」

「ははは!そうだよねぇ、創くんは…っ、"あの子"のことが、好きだったものね…」

「そう、ですね…」

 

昔のことを話そうと、ぱあっと明るくなった顔がすぐにハッとした。

そしてひどく沈痛な面持ちになる。

 

「…彼女は、シルバフォーチュンはね、創くん」

「はい」

「"あの子"の、妹なんだ」

 

そう言われてみると、確かに目の前の牝馬はどこか"彼"に似ていた。

体格は全然"彼"と似てないが。

そんなことをぼんやりと考えているともぞ…と動いた彼女が小さな影を前に押し出して、

 

「え?」

「フォーチュンが、ヤツドキを…!?」

 

シルバフォーチュンによって前に押し出された子馬はじっと、ただ俺を、…怒りに燃えた瞳で睨みつける。

その瞳に俺は、

 

「…あの」

「どうしたんだい?」

「アイツ、俺にください」

 

そういうわけで俺-白銀創(しろがねつくる)とヤツドキ-のちに"シルバーチャンプ"と名付ける彼との出会いは、そしてその旅路は、始まりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

……それは『憧れ』に届くまでの物語。




馬主(息子):
白銀創(しろがねつくる)
シルバーバレットに魅せられ、シルバーチャンプを所有することになる。
この人と白峰遥にとってはシルバーチャンプが『運命』な模様。

『憧れ』を超えていけ。

シルバーチャンプを引き取ったすぐに、父でありシルバーバレットの馬主であった白銀仁が死去している。その死の要因となったのはもちろん……。
だが、恨むことはなかったし、逆に彼の元へいけてよかったなと思っている。

ヤツドキ:
後のシルバーチャンプ。父:オグリキャップ。
周りからシルバーバレットの名前を出されすぎてやさぐれている姿。
でも素はいい子なので気性難だけどそこまでじゃない。

僕:
シルバーバレットという名のウッマ。
牧場の人にもその名を迂闊に出せないくらいの傷を遺している。
なお史実√の世界では資料館は作られず、白銀家にシルバーバレットに関するものが厳重に保管されているらしい。家宝並みの扱いをされているようである。
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