…逃げようとすればよかったのに。
「貴方が欲しい」
そう、シンボリルドルフに告げられたのは彼女がトゥインクルシリーズを引退し、ドリームトロフィーリーグに移行する…ほんの隙間の時期のある日だった。
「何か変なものでも食べたのかい?」
きょとりと僕は聞いた。
あのシンボリルドルフがこんなこと言ってくるなんて有り得るはずがない。
たとえあったとしてもそれは熱にでも浮かされてる時だろう。
けれど、けれども。
「本気だ」
僕の華奢な体を握った獅子は僕の退路を断つように、鼻が触れるほど近くまで顔を寄せてきた。
ルドルフの瞳には、光が見えた。
有マ記念で見たあの瞳だった。
ああ、本気だ。
かの【皇帝】───シンボリルドルフは本気で僕を求めているのだ。
僕なんかを。
こんな何の価値もない僕を。
涙が溢れてきそうだった。
これは歓喜?
いいや違う、これは……怒りだ。
そう、僕は怒っているのだ。
この【皇帝】がこんな何の取り柄もない僕を欲するだなんて!
なんて気が違ったことか。
キミには素晴らしい未来が待っているというのに!
少しばかりの先輩として、友として、これを認めるわけにはいかない。
だから僕はぐっとシンボリルドルフを押し退けた。
これが僕のできる最大限の拒絶だった。
その後のことはあまり覚えていない。
でもきっと酷いことを言ったんだろうなというのは、ルドルフが顔をぐしゃぐしゃに歪めながら僕に「すまない」と告げていたことからも察せられた。
……謝るべきは僕だったのにな。
そんなことがあって以来僕とシンボリルドルフに交流は少なくなった……はず、なのだが……なんで今はこんなことになっているんだ?
いやそれ以前にここは一体何処なんだ……?
「知らないぞ、こんな場所…」
周囲は見るからに豪華で。
昨日のことを思い出せば招待されたパーティーで…もしかすると。
「お目覚めですか」
「…ルドルフ」
嫌な予感がした途端に開いたドアの先には…久しぶりのかつての後輩───シンボリルドルフ。
「大変だったんですよ。眠ってからテコでも起きなくて」
「それはごめんね」
にしても。
きょろきょろと周りを見回しても…どこにも僕の服がない。
「ねぇ、ルドルフ」
「なんでしょう?」
「僕の服、どこ?」
帰りたいから困るんだけど、と聞けば。
「貴方の帰る場所はここですよ」
「は?」
「だってそうでしょう?」
───貴方は私に釣り合うようになった。
「いや、私よりも格があるようになったかもしれませんね」
「え?…い、いや、待ってよ」
「……貴方ならあれだけ酔ってても逃げられたはずだ」
伸びてきた手が僕をころりと…。
「拒絶するなら、完膚なきまでにしなくてはいけなかったんですよ」
ずっと、あなたがそこにいるものだから。