実馬時代の話。
キミの目に映りたかった。
「……」
キミはいつも、ひどく凪いだ目をしていた。
その目が揺れるのはあの馬の前だけで、それ以外ではとんと、揺れたところを見たことがなかった。
「……」
キミは、とても綺麗な馬だった。
見目が、というわけではない。
ただただ、そこにあるだけで惹き付けずにはいられない生まれながらの素養。
誰もがキミの気を引こうとしたし、足の引っ張り合いなんてしょっちゅうだった。
けれど、
「────、」
キミは、あの馬の前にいる時だけは感情を表に出していた。
どれだけ僕たちが望んでも見せてくれない素を、あの馬にだけは。
憎くなかったと言われれば、嘘になる。
なにせあの馬は何もせずともキミの視線を奪って、キミからの言葉を送られて。
僕らはキミからの視線のひとつももらえないというのに、キミときたら、あの馬と来たら。
キミの気を引こうと、僕らは躍起になった。
キミにこっちを見てほしくて、自分を見てほしくて。
「 ────」
でも、それは叶わなかったんだ。
……だって、そうじゃないか。
あの馬は、キミの幼い頃も、キミが走っていた時のことも、大体のことを知っていた。
……ああしてキミの気を引けたのも当然だ。
だってあの馬は最初から全部知っていて、だからあんなにも気安くキミに声をかけられたのだ。
声をかけるのすら取り合っていた僕らとは違う。
あの馬は、僕らの欲しいものを最初から持っていて、キミはあの馬の前でだけは。
「────、────」
ああ。
ああ。
なんて、ことだ!
それはなんて不公平で!
「────、────!」
キミは、そんな馬には勿体ない。
そんな馬より、僕の方がずっと優れているのに。
だってそうだろう?
たくさん勝った。
人間たちもそれを祝福した。
最近は子どもたちの成績だって良いという。
ほら。
ほら、ほら!
僕の方が優れている。
僕の方が優れてるんだ。
僕の方がずっと高い場所にいる!
でも。
ああ、なのに!
キミは、キミだけは、そんな馬のことばかり見て!
キミの目にはあいつが焼き付いてる。
あの目が揺れるのはあの馬の前でだけだ。
ああ……気に入らないな。
面白くない。
そんな馬よりさぁ────………………俺の方が優れた馬だろ?
*
『どうかしましたか?』
『…いや、』
思った以上に、だ。
こうなるだろうとは前々から思っていたが。
可愛い可愛い俺の後輩はひどくひどく人気者になっていた。
とはいえ、後輩自身にその自覚はなく、相も変わらずの俺しか目に映っていない。
だからこうして、迂闊にも近寄らせてしまった愚かな阿呆をのさばらせてしまっているわけだが。
『どうにも、騒がしいと思ってな』
『それは先輩が人気者だからですよ。慣れているでしょう?』
『……お前はそれを嫌がるだろう?』
ああまったく。
本当に厄介な感情を植え付けてくれたものだ。
どれだけ時間を経ても少しも薄れることのない執着に、己でも苦笑が漏れる。
『……ふふ』
『先輩?』
ああだが、その執着すら今は心地好いのだから始末におけない…か。
ただそこにあるだけで湿度が…。