そんな折の話。
「…ねぇ、キミ。家に来る?」
ずぶ濡れのドブネズミ状態になっていた俺を拾ったソイツは変なやつだった。
普通ならこんなやつ放っておくだろうに何も気にせず連れ帰ってはせかせかと世話を焼く。
どこにも行く宛てがなかったし、何も言われなかったからと居着いていれば俗にいうヒモになっていて。
出ていかない俺も俺だが、コイツ頭イカれてんのかと。
「ねぇ、キミはどうしてここにいるの」
「……さぁな」
「じゃあ、なんで出ていかないの」
「……さぁ、なんでだろうな」
その日から俺はこの変なやつと暮らし始めた。
*
「おけーり、今日は遅かったな」
「あぁ、うん。ただいま」
風呂に入れて、飯も出されて、服も与えられた。
こいつはあまり物を持っていないようで服も同じものをセットで持っていて、それを日毎に着回す。
俺の服買うついでに何か買えばと言えば、汚くないから平気だと返される。
「なぁ、言わねぇのな」
「なにが?」
「お前の名前だよ」
「……知りたいの?」
べつに、という前にこっちに寄ってくる。
話したいときはコイツはこっちへ来るのだ。
「僕ね、自分の名前嫌いなんだ」
「なんで?」
「……有名になりすぎた」
「芸能人かなんか?」
「知り合いよりかは、マシ」
「お前何者?」
「キミは僕のこと知らないんだね。レース関係の仕事してたんじゃないの?」
「海外から来たばっかでね」
「……そう」
海外から来るぐらいなんだからいい成績残してるんだろうねと呟いて、スウェットを脱ぎ始める。
あ、風呂か。と俺はリビングを出ようとするが、腕を掴まれた。
「一緒に入ろう?」
「入らねぇよ、狭いだろ」
「でも僕今ひとりじゃ入れなくてさ」
「は?怪我でもしたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
お湯、勿体ないでしょうと。
言われた通りに、俺は一緒に風呂場までついて行く。
今はあんま暑くない時期だし、タイルの上をぺたぺたと進みながら脱衣所で服を脱ぐ。
「キミは優しいね」
「あ?普通だろ」
「……そう、かな」
「何、なんかあった?」
俺の問いには何も返さず、ただ俺の横を通り過ぎるソイツ。
その背中はどこか寂しげで、俺は思わず腕を掴んだ。
「……どうしたの?」
「いや……なんかあったのかと思って」
「いつものことだよ。…慣れたから」
「……なら、いいけどよ」
話すのもそこそこに俺の手を引いて風呂場へ入る。
代わり映えのない、いつも通りの浴室。
そこでさっさと洗い始め、烏の行水で終わるソイツに「温まっとけ」と浴槽を指し示せば素直にちゃぷんと浸かる音。
その後少し経ってから俺もその浴槽へと体を沈める。
「やっぱ狭いだろ」
「そうだね」
「だから言ったろ、ふたりじゃ入れねぇよって」
「うん。……でも、僕は」
「なんか言ったか?」
「…さぁね」
沈黙。
「……ねぇ」
「あ?なに?」
「キミはどうしてここにいるの」
「お前が拾ってくれたから」
「……そう。じゃあ、出ていかないんだね?」
「……まぁな、行く宛てねぇし」
俺がそう言うとソイツは微かに破顔してみせた。
面倒みるの好きそう。