ステイゴールドさんとシルチャンのウマ娘話。
アイツはいつも遠くを見ていた。
元から気配が薄くて幽霊みたいなやつではあったが、こちらに焦点が結ばない目もあいまって、もっと幽霊じみていた。
「や」
「…」
他人は言う、優秀なウマ娘だと。
けれどけれども、入学の時点からトレーナーが決まりに決まっているようなもので、どのチーム───それがリギルであっても!───手出しできない存在であった。
潜在能力は世代一だとも。
……だがどうにも、アイツはレースに向いていなかった。
いや、走るのが嫌いというわけではなかっただろう。
ただ、勝ちたいという意志が希薄だった。
勝てる能力はあるのに、遠慮しているような。
本当に走る気があるならば、もっとガツガツしていたはずだ。
あの走り方は、走ることを義務付けられた、一抹のやるせなさを感じさせた。
*
こうして思い出してみると、アイツはレースをただの日常として見ていたのだろう。
ぼんやりとした顔で他のウマ娘よりも高い身体能力を生かして周囲を蹂躙し、その後のことなど意に介さない。
そういう意味では確かに才能はあるのかもしれない。
「元気か?」
「…まァ」
アイツは今も友だちがいない。
随分と周りから注目されているようではあるが本人が何も気がついていない。
だから、こうしてレースにかこつけてからかいに行く。
アイツは……、と。
そこでふと気がつく。
(…まさか私がここまで巣食われるとはな)
アイツがここに入学してから、まだ一年と経たない。
しかしながらその短期間で私の精神は大きく変わってしまっていた。
一年間と半年の間。
あの日常を享受しすぎたせいで、私はアイツという存在を本当の意味で意識しすぎていた。
そんなアイツは私にこう言うのだ。
───自分に関わらない方がいい、と。
最初は怒った。
憤慨した。
だがそのうちに諦めに変わった。
(ああ、確かにな)
私ではもうどうしようもなかった。
アイツがいなければ私は何も変わらずいられたのに。
アイツは私から全てを引き出していった。
笑い方、怒り方、喜び方、嘆き方。
実に多くのものを。
「お前に指図されるいわれがあるか?」
「…」
にこりと笑いながらその頬を撫でる。
そうするとぴくりと表情が引き攣ったがすぐに元に戻った。
「お前が私をこんなにしたんだぜ?」
「そんなこと…言われても…」
声が困惑に揺れる。
…やっぱり可愛いな。
でも、こうやってコイツが触れさせるのは私だけっぽいんだよなぁ……。
「…あの、その……あまり、撫でないでくれると…」
「ははは」
情緒ぐちゃぐちゃにされるのって、いいよね。