さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

158 / 1539

たぶんめちゃくちゃ可愛がってる。


敬虔なる天使と!

『やぁ、サイレンス』

『…おじいさま』

 

その日話しかけたのは僕の孫にあたり、マブであるサンデーサイレンスの子どものサイレンスヘイローだった。

サンデーによく似た姿で、くりくりお目目の可愛らしい女の子である。

ちなみにマブによく似たこの子に僕はめっぽう甘い。

もはや猫可愛がりといってもいい、馬だけど。

 

『最近どうだい?元気かい?仲良い子はできた?』

『えぇ、まぁ、はい…』

『そっか。良かった良かった』

 

この子はここの牧場の生まれではない。

どこかの牧場から幼いころに連れてこられて、ここで暮らしている。

たぶんもうそろそろしたら競走馬になるんだろうなぁ、とは思っているけれど。

 

『あ、世話してくれてる子が呼んでるや。

じゃあまたね、サイレンス』

『…はい』

 

*

 

私は、ひどい場所で生まれたのだ、と思う。

母は産後の肥立ちが悪く、私を産んですぐ亡くなった。

その場所はひどく寒くて、それでいて母を求める私を「うるさい」と叩いてくる人たち。

いつしか抵抗しなければ駄目だと気づいた時には、人間の誰もが私を恐れていた。

そんな私は車に揺られて、"あの方"がいる牧場にきた。

はじめは誰も信じてやるものか、と思っていたのだけど。

 

『はじめまして、キミが今日来た子かな?』

 

一目見て、「カミサマ」というものはこういう存在のことをいうのかと思った。

それほどまでに神々しい何かがあった。

震える声で挨拶する私を"あの方"は『ようこそ』と笑って受け入れて。

 

『僕はシルバーバレット。これからよろしくね』

 

あの日、"あの方"に抱いた感情は何だったのか、未だに分からない。

恋ではない。信頼でもない。愛でもない。

ただ、そう、言うなれば、…「信仰」を抱いたのだと、私は思う。

 

『おはよう、サイレンス』

『今日も元気そうだねぇ』

『可愛いね』

『よく眠れてるかい?』

 

生まれのおかげで不安定な私はよく"あの方"に引き合わされた。

生まれに感謝したのはこの時だけかもしれないとぼんやりと考える。

ずっと"あの方"と一緒にいたいと思っていたが、

 

『頑張っておいでね』

「よろしくね、サイレンス」

 

競走馬、というものになるために引き離されることとなった。

本当は嫌だったが"あの方"が『騎手くんが来るからたぶん大丈夫だよ』と安心する笑顔で言うのでしぶしぶ従った。

確かに私を撫でるこの人間の手は優しい。

"あの方"もこの人間に撫でられて嬉しそうにしている。

 

『元気でね、サイレンスヘイロー』

『……はい』

 

揺られていく、揺られていく。

揺られて行ったその先で、"あの方"の、シルバーバレットの期待に沿うことができればいいと思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。





敬虔なる天使:

【主な勝ち鞍】
JBCクラシック(2007)…etc.

サイレンスヘイロー。父:サンデーサイレンスの牝馬。2003生。
見た目は父:サンデーサイレンス、目つきは父父:ヘイローにそっくり。
産みの母は産後の肥立ちが悪く亡くなり、生産牧場からの扱いも散々だった結果自分を守るために気性難になった。
慣れてるヒトミミじゃないとシームレスに暴力を振るってくる。
母父である銀弾によく懐いており、彼女のデビュー前を写した写真にはもっぱら銀弾が一緒にいる模様。
のちにkrtnのお手馬となり、ダート競走を主に荒らし回ることとなる。krtnのことが大好き。シロガネツーパックがkrtnの実質正夫ならこっちはkrtnの実質正妻。
脚質は正攻法・真っ向勝負の先行。ちなコーナリング◎直線○らしい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。