とある"跳ね馬"の話。
いちおう菊花賞や天皇賞・春、ゴールドカップを獲ったがそれ以降は低迷気味な自分。
まぁそれでもそこそこ走っているのだがどうにも噛み合わない。
ただ走るってのが面白くない。
3000m走っても、4000m走っても走り足りないのだ。
これからどうしようかと悩んだ僕は父に相談した。
すると父は、
「なら障害レースに出ればいいんじゃないかい?」
「え?」
「お前は多少困難な方が燃えるんだろ。
それに器用だから障害レースでも何とかなるだろうし?」
ウチの家で障害レース獲ったヤツまだいないしな…とボヤく声を聞くに多分そっちの方が本音なのだろうが。
ウチの家はそれなりに競走の世界では有名な家だ。
兄弟姉妹、それに甥や姪も華々しいヤツらばかり。
だが全員が全員、普通の競走で適性を示してばっかりだったのだ。
意外と欲深い我が父は僕が悩んでいるのを聞いてこれ幸いとこの案を出してきたのだろう。
「まぁ、お前が決めたのなら父さんは応援するぞ?
先生に聞いていい人探してやろうか?」
「まぁ、うん。…少し考えてみるよ」
そうは言ったが、本当はもう決まっていた。
「障害レースかぁ…」
面白そうかも。
ワクワクでぺろりと唇を舐める。
そんな僕の名はグラスホッパーズという。
*
息子のひとりであるグラスホッパーズは真面目で、努力を惜しまない子どもだった。が、それとともに面白いことが好きな子でもあった。
期待されている時より期待されていない時の方が勝った時面白いと言うような子どもであった。
相手が強ければ強いほど、局面が面倒くさければ面倒くさいほど、困難であれば困難であるほど燃える子どもであった。
それで競走者としてそれなりの歳を重ね、普通の競走に飽き出したその子に僕が勧めたのは障害レース。
ウチの子で障害レースを獲った子がいないからあわよくば…という気持ちもあったにはあったが一番はグラスホッパーズが楽しめれば、と。
そんなことを思って勧めた道であったのだけど、
「すごいなぁ…、ホントに」
僕が今いるのはイギリスのエイントリーレース場。
そう、グランドナショナルを見に来たのだ。
ほぼ毎年出走可能人数限界の40人の出走バを集めるが、完走するのは10人を切ることも珍しくないため『世界一過酷な障害レース』と言われているレースなのだが、
「は〜、連覇か〜…」
グラスホッパーズは笑いながら先頭で走りきった。
日本の障害G1をすぐさま連覇したと思ったらイギリスに飛んで、軽々とグランドナショナルを獲るって…。
話を聞くに引退したらイギリスで暮らすらしい、コーチの要請が来ているとかなんだとかで。
「まぁ、あの子が楽しそうなら、いいか…」
でもなぁ、またなぁ…、
「何か贈られてくるんだろうなぁ…」
保管部屋、これでもう何個目だっけ…?
とほほ…。
跳ね馬:
グラスホッパーズ。父シルバーバレット、母父グリーングラス。
2003年生まれ。黒鹿毛。器用な性格。
ガチガチのステイヤーだったところから障害馬となりふたつの世界で大成功した銀弾産駒でもなかなか例を見ない稀代の"カイブツ"。
主な勝ち鞍:
菊花賞(2006)
天皇賞・春(2007)
ゴールドカップ(2007)
中山大障害(2010)
中山グランドジャンプ(2010)
グランドナショナル(2011・2012)
適性はステイヤー(3000m以上)。だがしかし2007年からは少し低迷気味だったところ(それでも掲示板には入ってる)唐突に障害入りした。
そのあまりの唐突さに周りからは「どうせ無理に決まってる」とかいう失笑があったりしたが、そんな懸念はなんのその、という破竹の勢いで連勝を続け渡英し、フツーにグランドナショナルを連覇した。
そしてその連覇を最後に現役を引退し、現地で種牡馬入り。
んで種牡馬入りした数年後に産駒であるフライウィズアウトリミッツ(欧字名: Fly without Limits)がグランドナショナルを制覇。
結果、史上初のグランドナショナル親子制覇馬(父)となる。
またフライウィズアウトリミッツ以外にも、平地G1を獲っている産駒が複数いる。産駒傾向的にはステイヤー寄りの子が多い。
当時は「え…?なんか数年前にゴールドカップ勝ったやつがグランドナショナルに来たんだけど…?しかも勝ってるし…」って困惑されていたらしい。
ホントに何なんだよ
で、やっぱり資料館には展示品が増える。
ちな障害に行くと公表した際は上も下もてんやわんやの大騒ぎになった模様。
僕:
冷や汗ダラダラのパッパ。
跳ね馬を障害に誘ったのは善意半分『そろそろ障害G1勝った子どもも欲しいよな…』と思ったのが半分。
もうこの頃になると子ども&孫がG1勝つたびにレース場で魂飛ばしてる姿が恒常的になっている。