秋になり、僕の脚は大丈夫になったらしく厩舎へと帰還した。
『あ、お兄ちゃん!』
『ん?…あぁ、フォーチュンか。久しぶり、怪我はしてないか?』
『うん!大丈夫だよ!』
呼び声に顔を向けるとそこには成長した妹がいた。
あのおてんば娘がお淑やかなお嬢さんへと変貌していた。
『おにーたん』とこちらを慕ってきていたあの日が懐かしい。
『お久しぶりです、ボス』
『おかえりなさいッス、大将!』
『あぁ、ただいま』
妹と話していたところ、懐かしい顔ぶれが現れる。
同じ厩舎で面倒を見ていた後輩たちだ。
不本意ながら此処のボスである僕は彼らに慕われている。
本当はボスなどしたくなかったのだが前ボスに『お前が次のボスな!』と言われ、譲ろうにも周りが固辞したので仕方なしに…。
こんな小柄な体格の僕がボスになることを認めない奴もいたが何度か併走すると気づいたら『おはようございます、ボス!』と挨拶してくるようになるのだ。
どんなに世話してくれる人を困らせている馬も僕が前を通りかかると挨拶してくるようにいつしかなっていたのだ。
『また一緒に走ってください!』
『世話してくれる人がいいって言ったらな』
『大将、大将が此処にいない間に新しい奴らが増えましたよ』
『あぁ、また顔合わせとくよ』
行く先々で話しかけられる。
…なんでこんなに慕われてるんだか。
*
1989年10月、シルバーバレットの屈腱炎が良化した。
そのことに喜んだのも束の間、シルバーバレットの復帰戦をどうするかの話になった。
シルバーバレットは今年で10歳(現在表記では9歳)だ。
普通なら引退している歳。
G1を彼に取らしたいと走らせ続けているが、さていつものように天皇賞・春を目指すのか、それとも…。
「来年のジャパンカップを目指そう」
話し合いの結果、そう決まった。
理由としては、シルバーバレットと対等に戦えたであろう、戦いたい相手だったミスターシービー、シンボリルドルフがもう引退してしまっていること。
それに怪我前のシルバーバレットのレースへのモチベーションが下がっていたことから海外から強い馬が来るジャパンカップなら彼を満足させることができるのではないか。
そして、日本馬はカツラギエース・シンボリルドルフしか勝ったことのないジャパンカップを勝つことでシルバーバレットの強さを証明できるのではないか、と。
「それは、面白そうですね」
ワクワクしてきた。
そんな大舞台で大きい歓声を彼が受ける。
ジャパンカップという舞台。
勝ってやる。あぁ、勝ってやるとも。
「もうアイツをフロックなんて言わせやしない」
僕:何とか屈腱炎が良化した馬。
一応厩舎のボスをやっている。
本馬としてはボスをしたくなかったが自分をボスと認めない馬たちを併走でボコボコのボコにした結果、不本意ながらボスとして認められてしまった。
まぁ、頭良くて威張ったりしないウッマだから…。
次走が1990ジャパンカップに決まった。