書きたかったから書いた怪文書です。
『楽しんでいこう』。
後にも先にも、僕がレース前にそう告げていたのはキミだけであった。
誰よりも小さなからだで、誰よりも速かったキミ──"シルバーバレット"。
ほかの馬には『頑張ろうね』だとか『気張らないように』だとかいう言葉を告げるばかりであったのにキミに対してはどうしてかそんな言葉しか出てこなかったんだ。
思えば。
今となって思えば、…キミが負けるなどということを、考えたことがなかったのだと思う。
『絶対』ならぬ『必然』。
ガッ、とスタートを飛び出して。
そのまま弾丸のように突き進むキミに跨って。
世界一の疾さを見たあの日。
クルクルと、ゼンマイ仕掛けの玩具のように廻る脚が、地面に突き刺さっては地面を爆ぜさせ。
莫大な推進力を産んでは後ろを突き放していく。
まさしく───追い縋ることすら、許さないとでもいうように。
そうしてゴール板を通り過ぎると同時にゆるやかにこちらを振り返る銀の弾丸。
何度見ても飽きないその景色は、……きっと一生忘れることは、無いだろう。
*
思い返してみれば、シルバーバレットという馬は非常に利口な馬であった。
人のいうことを理解していたのではないだろうかと思うほどに賢く、そして優しかった。
馬房にいる時、僕の姿が見えたならパタパタと尻尾を振りながら近づいてくるような子だったし、ご飯を食べる時はいつだって僕の顔を見ながら食べるような子だった。
抱き締めれば擦り寄ってくれたし、深々とその顔に刻まれた火傷跡も僕だけに撫でさせてくれた。
厩舎の若馬たちを穏やかに諌めていた、かの馬がホッ、と息をつくのが僕の前であったのだ。
それを、僕は傲慢と分かっていながらも『当然』だと思ってしまう。
だって、キミを見つけ出したのは僕なのだから。
ひとりぼっちでぽつんといたキミを。
他の誰でもなく、この僕が見つけたのだ。
キミを見つめ続ける僕の視線を遮るように、他の馬が嘶いてきたこともあったけれど。
それでもキミだけは
僕が、僕だけが。
"シルバーバレット"を見つけたのだ。
だから。
ずっと。
一緒に、居られるものだと思っていた。
だけど、現実というのは実に残酷で。
無情にも過ぎ去っていく時間に取り残されてしまうかのように、僕はここにいる。この世界にいる。
キミの、シルバーバレットの帰りを待って。
そういう、ワケだから。
どうか。
どうか、どうか忘れないでいて。
何度生まれ変わろうとも。
たとえ行く先が地獄だろうとも。
キミの相棒は、『うんめい』は僕だけなのだと。
『白峰透』だけなのだと。
───憶えていて。
誰がどう言おうが。
『愛』だと、わらえ。