さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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人はひとりで、勝手に助かる。



独りよがりの献身

オレがキミのことを認識したのは凱旋門賞の帯同バとして紹介された時だった。

クラスメイトであると、認識はしていた。

けれどキミはいつもひとりきりだったからどんな人となりなのか、まったく見当がつかなかったんだ。

 

「シルバーチャンプ」

 

告げられた名前は少し高かった。

感じる雰囲気で低く聞こえたような感じがするだけで、本来ならもっと綺麗な声なのかもしれないと思ったことを覚えている。

 

「よろしくお願いしマース!シルバーチャンプ」

 

キミの手を握り返した時の感触もまだ鮮明に思い出せる。

キミの手は小さくて細くて、そしてとても冷たかった。

髪の隙間からちらりと見えた眦には巧妙に隠された隈があって。

その小さな体躯に似つかわしくないほどの苦労を背負っているように思えた。

 

「……よろしく」

 

握手を交わした後も、しばらくキミはじっとこちらを見つめていたね。

あの時、オレを見ていた瞳は今でも忘れることができないよ。

まるで何もかもを諦めた、悲しい目だった。

 

それから。

オレとキミは共に異国へと辿り着き、各々トレーニングを開始した。

けれど、

 

「…」

 

日に日に細くなっていくキミの食事。

皿に乗っているのは美味しいが、そのぶん高い栄養価ゆえに太りやすいと忌避される食べ物ばかりだ。

それなのにキミはそれらをちびちびと平らげる。

美味しいから味わっているのか。

いや、違うだろう。

キミの目を見ていれば嫌でもわかるさ。

キミは決して食を楽しむためにそれらを食べてるわけじゃない。

ただ生きるためだけに食べているんだろう。

そんな生活を続けて、だんだん本命が近づいてきたある日。

 

「…夜更かしはダメだと思いますヨ」

「あぁ、」

 

誰もが寝静まった、暗い食堂でキミはひとり座っていた。

物憂げな目で、黒い隈が刻みつけられた目で、でもギラギラとした光を宿した目で。

何かに取り憑かれたかのように、ただひたすらにノートに向かってペンを走らせる姿があった。

 

「シルバーチャンプ?」

「っ……すまん、わかった。もう寝るから……」

 

そう言って立ち上がろうとした瞬間、ぐらりと傾く身体。

慌てて支えると、キミの体はゾッとするほど軽かった。

青ざめながら肩を貸し、同室である部屋へ戻るとぽつりぽつりと始まる話。

 

「な、エル」

「なんデス」

「俺の母親のさ、全きょーだいってさ…スゴいんだ」

 

知っている、とは言わなかった。

調べなくても好き勝手言われていた話だから。

『血筋だけの無能』だとか、その他の心無い諸々。

なんてひどい言葉だろう。

このウマの走りを見たことがない人たちの言葉は、ナイフ以上に鋭い。

 

「俺は……そのウマみたいになりたくなくて……いや、かさねられたくなくて…がんばってきた…」

「ウン」

「でも、さぁ…」

「ッ」

 

グラグラに、崩れ落ちそうな目が僕を見た。

人差し指でつついただけで壊れてしまいそうな目を。

 

「どうしたら、いいと思う?おれ、もうわからないんだよぉ……」

 

悲痛な叫び声が耳の奥まで響いて反響する。

その時、初めてキミのことを理解できた気がしたんだ。

 

「シルバーチャンプ」

「…うん」

「オレが、います」

「え?」

「オレがいるから大丈夫です。だから安心して眠ってくださいネ!」

「そっか……ありがとう、える」

 

そのままベッドに倒れ込むようにして眠りについたキミを見て、オレは決意を固めた。

 

「必ず勝ちましょうね!シルバーチャンプ!!」

「……うん」

「おやすみなさい」

「…なぁ、エル」

「ハイ?」

「お前だけは───」

 

俺を、見てくれる?

 

そう、言ったのはキミの方だろうという言葉も、もう届かない。

恐ろしいまでの豪脚でやって来たキミは、ゴールを抜けても周りの音が聞こえていないように前を見据えたまま。

周りの誰も、見ないまま。

 

「……、」

 

ポタポタと涙を流して、歪な微笑みをする。

後悔と怒りと…多大な歓喜が混じりあった目のままに。

オレたちじゃない、【ナニカ】を視て。

 

「……ごめん、な……」

「キミが謝ることじゃありまセンよ」

「でも、」

「キミは全力を出し切った。それだけでしょう?」

「……ああ……」

「なら、それで良いんです」

 

声をかけたには、かけた。

だがキミはずっとうわの空。

それにオレは…。

 

(自分を見ろと言ったのはお前のクセに)

 

お前は、オレを、俺を、

 

(見てくれないのか…)

 

この、

 

約束破りめ(ウソつき)が」





【怪鳥】:
エルコンドルパサー。
日に日に弱っていく【銀色の王者】を心配し、やっと心を寄せてもらったと思ったら…となり湿度がグラビティ。
お前が自分を見ろって言ったんだろ!ならオレの方も見ろよ!それが道理だろ!?状態。
そして凱旋門賞の後から夢見心地になりうわの空の返答しか返してくれなくなった【銀色の王者】に感情をグッチャグチャにされる。し、引退したのちは仕事の都合などでなかなか会えなくなったのもあって感情が醸成されていく。じっくりコトコト。

【銀色の王者】:
シルバーチャンプ(幽鬼のすがた)。
勝手に悩んで、勝手に壊れかけて、勝手に救われた。
実は史実からだんだんと凱旋門賞の日が近づいていくごとにグロッキーになり本番当日は絶不調に輪をかけた絶不調だった。
灰方さんたちが必死に"あのウマ"でやっていた高栄養価のご飯を食べさせることでこれ以上体重が減らないように…をしたからガリガリ紙一重のいちおう肉がある状態になっていただけ。
でもその状態で道中ずっと最後尾、最後の直線一本ごぼう抜きでクビ差2着に入ったものだから周りの脳と情緒はぐちゃぐちゃ。
だがコイツが見ているのは今も昔もたった唯一、"あのウマ"だけである。
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