さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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ここもここで湿度が高そう。



思い返しては、考え事

子どもが懸命に口説き落とし、家に引き入れた黒髪の青年を見て当主であった男(現在は体調を崩したためその座を退いている)は『焼き増しみたいだ』とぼんやり思考した。

青年は、青年の父である男と生き写しのようにソックリで、それは男の子どももそうであったから。

 

似ている。

それと同時に、まったくもって似つかないとも。

ゆるやかに確固たる友情を築いては、時には冗談を言い合って笑い合う。

自分たちとは、まったく違う。

顔を合わせるたびにいがみ合い、お前なぞ認められないと反発し合っていた自分たちとは…何もかも。

 

子どもたちが笑い合っているのを見てはあるかもしれなかった"もしも"を思い浮かべる。

もしも。

もしも、あのころ少しでも、キミに歩み寄れていたのなら。

もしも、あのころに何かひとつでも、互いのことを理解出来ていたのならば。

……僕らはもう少しだけ幸せになれたのかなって、ね。

そんな、あるかもしれなかったもしもの話をするぐらいには、男は、青年を通して青年の父に対しての感情を思考している。

 

青年は、青年の父によく似ていた。

ちょっとボサついた髪も-どうやらそれはクセらしい。

多少目つきの悪い目も-でも彼は銀灰色ではなく月のような色の目だった。

背丈だって、きっと青年の方がほんの少し高いぐらいでほぼ変わらないだろう。

性格だって、…レース時の口の悪さがソックリだったし。

 

だが。

どれだけ共通点を探そうにも、結局は違うのだと理解してしまう。

どう足掻いたって青年が向けるような眼差しを、彼は自分に決して向けなかった。

"存在証明"のために走っていた彼は自分自身しか、見ていなかったから。

 

…でも。

僕にはそれが、心地よかった。

僕に何も期待しない目が、僕をどこにでもいるただ一介のウマだとしか、見ない目が。

唯一、僕という存在が呼吸できる時だった。

けれど。

 

「キミにとっては、そうじゃなかった」

 

違う土地へと渡ったキミ。

年を経るたびにその像が歪んでいくのにたまらないナニカを覚える。

キミの声は、キミの姿は、キミの雰囲気は。

忘れたくないのに、ボヤけていく。

クソ、クソ…ッ!

刻み付けるだけ刻みつけて。

振り返らずに、去っていく。

嗚呼…なんて、なんて。

 

「残酷な、ヤツ」

 

 

こんな因果あるんだなぁ、とその話を聞いたとき思った。

突如として子どもから電話がかかってきたと思えば「あちらで骨を埋めることになると思う」だなんて。

しかも子どもが世話になる家の名前が、聞き覚えしかないときたもんだ。

 

思い出すのは目が灼けるような栗毛の髪。

昔も今も、思い返せば心底ムカつくくらいに大っ嫌いだけど。

けど。

 

「綺麗だったよ。どうしようもなく」





【戦う者】と【栄光を往く者】を眺めている誰かの独自。

その姿が焼き付いて、離れないようにされているのはお互い様。

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