その時まではお別れだ。
その墓はとても静かな場所にあった。
集合墓地の中のひとつ、というワケでもなくただひっそりと木陰の下にある墓。
がしかし、その下には何もない。
本来なら埋まっているべきものがあるはずなのだが。
だが、この墓には。
「……」
しゃがみこんで手を合わせる。
出来るだけ綺麗にこの場所を保つためには線香すらも与えられないから。
花はいちおう誂えてもらったものを持ってきたがこの行為が終われば家に持って帰ることになっている。
だからせめて黙祷を捧げるくらいはしておきたかったのだ。
目を瞑って心の中で語りかける。
(……)
声に出せばきっと、そのまま泣いてしまうだろうから。
今更何をと思うかもしれないけれど、それでも。
(俺、今までずっと、アンタのことが嫌いだった)
この墓の主の顔を、俺は知らない。
俺が産まれる少し前にいなくなった相手だから。
でも、母さんにとっては大切なウマだというのは知っているし、だからこそこうして毎月欠かさず此処に訪れていたんだろうけど。
だけど。
(……ごめんなさい)
ずっと。
母さんを、泣かせるアンタが嫌いだった。
いつも口の悪い婆ちゃんが、アンタの話をするときだけ、口を噤んでしまうのが嫌だった。
俺の大好きな家族に、そんな顔をさせるアンタが…。
……いや、違うな。
本当はわかっているんだ。
ただ単純に、羨ましかっただけだ。
だってそうだろ?
あんなにも愛されているから。
家族だけでなく、それ以外の第三者からにも。
「…トレセン学園に行ってから、何度アンタの名前を聞いたか」
幼かったあの日は。
自分がどれだけ恵まれていたのかなんて気付きもしなくて。
自分の境遇に不満ばかり募らせていて。
それが普通だと思っていた。
そうじゃなかったらおかしいと。
そして、それに気付かないまま大人になった結果がこれだ。
「…………」
ずしりとかかる『後悔』が身のうちに滞っては臓腑を焼く。
ああ畜生、本当に情けない話だよ。
こんなことになって初めて自覚するだなんてさ。
アンタへの"憧れ"に気がついたのが、あんなにっちもさっちも行かなくなったところなんて。
だられば、なんて言ってももうどうにも出来ないところでなんて。
「……それじゃあまた来るよ。母さんとか、きょうだいも連れてさ」
立ち上がると同時に風が吹く。
それはまるで返事のように優しく頬を撫ぜた。
そのやさしい風に背を向けるように歩き出す。
後ろ髪を引かれるような思いはあるけれど、いつまでもここにいるわけにはいかないから。
これから先、何度も訪れることになるだろうそこに。
シルバーチャンプは、背を向けた。
その場所を知るのは、"かのウマ"に近しかった極々一部の者だけである。
お墓:
静かで人通りもほぼない場所に建てられている小さな石碑。
本来なら埋まるはずのものが何もないところ。
しかし、とてもとても大切に大切にされているので少しの汚れも許さないように線香も花もあげられない。
けれど。
あなたの還りを、今も。