「ねぇ、どれがおじちゃんの馬ー?」
その日の東京競馬場は酷く人がいた。
人酔いしそうな人混みの中、俺は父に肩車され本馬場の方を眺めていた。
「あぁ、あれだ」
「どれ?」
「あの一番小さい馬だよ。真っ黒の」
「あれ?」
騎手である伯父が乗っていた馬は酷く小さくて。
周りにいる馬と比べるととても強そうに見えなくて。
「おじちゃん、もっと強そうな馬に乗せてもらえばいいのに」
「はは…」
そんな俺の考えがぶち壊されたのはすぐだった。
『たった一頭、第4コーナーを越えてやって来る!
日本のシルバーバレットだ!
後ろは、後ろはもう追うことしか許されない!
ッ!?シルバーバレットが加速した!
まだ脚があるのか!こんな馬がいていいのかァっ!?』
ギュンッという感じだった。
まるでジェット機のような速さ。
まるで弾丸のように走り去っていった小さな体。
その日、俺は速さに魅せられた。
その日、俺の夢が目に焼き付いた。
*
「か、った…?」
最後の最後はもうしがみつくしかできなかった。
ゼェゼェ、と息を吐き、力を込めすぎて痛くなった手や腕の力を緩めながら掲示板を見た。
するとそこに表示されていたのは「大差」と去年のワールドレコードを大きく上回っている訳の分からないタイム。
呆然としつつも徐々に自分と彼の名前がコールされているのを聞いて、ぽつと涙が零れ落ちた。
これで、これなら、もう二度とこの馬を「まぐれ」と呼ぶものはいないだろう。
*
我ながらとんでもねぇ速さで走ってしまったと青ざめた。
脚をやっていた過去を忘れ去っていたほどに、歓声をかけられ高揚してしまった。
最終的には上に乗っていた騎手くんのことを何も考えていない走りだった。
大丈夫?どこか痛めてない?と心配すると泣き出した騎手くん。
えっ、やっべ…!と焦ると痛いわけじゃないらしい。
「やった、やったな、ばれっとぉ…」
首元に騎手くんが抱き着く。
そこから騎手くんの暖かい涙が肌に染み込むのが分かる。
そう、か。
(勝った、のか、僕…)
また声が耳に届く。
僕の名前を呼ぶ声。
その声に僕は大きく、大きく嘶きを返した。
*
『先輩…』
『ん、うおっ!?』
声をかけられ、振り返ると芦毛の後輩が人間を軽く引きずってやって来ていた。
どうしたんだと声をかけると小さく、弱々しい声で『不甲斐ない…』とただ一言。
『先輩と、先輩と走れたのに、…こんな自分が不甲斐ない!』
『後輩…』
ぼた、ぼたりと後輩の目から涙が流れる。
睨みつけている目はきっと、その不甲斐ない自分自身に向けてだろう。
『次、次のレースが僕の引退です!
だから、だから次はこんなんじゃありませんから…、こんな姿見せませんから…!』
『あ、あぁ、それがね、後輩くん…』
『…なんですか』
『僕、もう走らないと思うんだ』
『え…?』
『だからキミとはもう走れないよ』
『どっ、どういうことですか!?』
『それがねぇ、』
多分僕、今日のレースで引退になると思うから。
僕:騎手くんのこと全然考えてない走りしちゃって焦りまくった。
でも自分が勝ったことに嬉し泣きする騎手くんを知って、少しばかり泣きそうになってみたり。
実は今まで走ってきた中、今回のジャパンカップで初めて息が上がってる(でもすぐ治った)。
しかし、後輩が「ワァ……ぁ…」「泣いちゃった!!!」したので慰めた模様。
多分そろそろ引退するだろうなと考えているウッマ。
後輩:どこにでもいる普通のオグリキャップ。
史実と順位は変わらず。
一緒に走りたいなと思っていた先輩の僕と走れて嬉しい反面、追いすがることすらできなかったことに悔し泣き。
自分に幻滅して欲しくないと僕と次一緒に走るだろう有馬記念の話を出したら「出ないよ」って言われて二度見した。
(オグリが有馬記念の話をしたのは強いウッマが集まるレース=なら今回クッソ強かった僕も出なくちゃおかしいという考えになったから)
僕に魅せられた子ども:騎手くんの甥っ子。
僕に脳と目を焼かれ、将来の夢が騎手に決まった。
そう遠くない日に僕の甥っ子であるシルバーチャンプと運命の出会いを果たす模様。