さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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"影"と逢っては

きょうだいから、話だけは聞いていた。

『お前の実力なら申し分ないだろう』と。

 

「凱旋門賞には…いる」

 

ひどく、歯切れの悪い言葉であった。

"ナニ"がいるのか、ハッキリと告げられることはなく。

しかしそれでも、その一言で充分だった。

 

 

【名優ステイヤー】の場合

 

メジロアクターはその父の道筋を辿るように菊花賞、天皇賞・春と制し、ゴールドカップ等を制した一級のステイヤーである。

 

そんなメジロアクターがゴールドカップ等の海外戦での圧勝から凱旋門賞に出走となったのは、まぁ当然の摂理だったといえよう。

 

そして。

 

「────ッ、」

 

メジロアクターは、視た。

ただ、好き勝手気ままに遊ぶ時のように。

必死さなぞ欠片もなく楽しげに走る"影"を。

『どうしてそんなに、真剣なの?』とでも言うかのような軽い走りで、しかし誰よりも速く駆けるそれを。

 

(あぁ……)

 

この瞬間、メジロアクターは理解したのだ。

家も、期待も、憧れも。

すべてに囚われている自分では、この"影"を連れ帰ることが出来ないのだと。

 

 

【影を振り払う者】の場合

 

日本の生まれではあるが誘いもあり、アメリカへと渡ったシェイクザシャドーは芝とダート、そのどちらも同じようにこなせる稀有な才覚から『芝の王者も!』というひと声により、凱旋門賞への出走となった。

 

シェイクザシャドーの走りは、距離ロス上等の大外捲り。

それでもギリギリの勝利ではなく、後続に悠々と差をつけて勝ってしまうのだから地力から格が違うというべきか。

 

だからその日も、シェイクザシャドーは。

 

(…よし!)

 

前へ前へと固まる集団の横をスパートをかけ追い抜こうとした。

瞬間、

 

───ゾッ!!

 

黒い"影"と、目が合った。

今まで誰も恐れたことのなかったシェイクザシャドーは"影"に()()()()()

ふらりと、一瞥されただけだった。

だが、それだけで。

 

(怖い、怖い、怖いッ!!)

 

恐れたからには、連れ帰れる道理もなく。

 

 

【演劇的ヒーロー】の場合

 

ヒーロシアトリカルはどんなレースでも気負わないことが売りであり、それはつまり、どんなレースでもいつも通りの結果を出すということだ。

そんなヒーロシアトリカルが選んだのは、周りの期待に従った世界最高峰の舞台である凱旋門賞である。

 

飄々と、飄々と。

周りの期待も心配も露知らず、とでもいう風に海外での日々を過ごしていく姿に『このウマなら』と誰もが思ったことだろう。

そうして迎えた本番のレース当日。

 

「…………」

 

ヒーロシアトリカルは無言のまま、静かにターフを見つめていた。

いつもなら快活に軽口をたたくはずのウマが無言であることを不思議に思いながらも、「集中しているのだろう」と何も言わず。

────ゲートが開かれた。

途端、弾かれたように飛び出したのはヒーロシアトリカルだ。

 

「えっ!?」

「ちょ、おい!」

「待てよ!!」

 

慌てる周囲を他所にヒーロシアトリカルはドンドンと飛ばしていく。

それは、ヒーロシアトリカルがいくら逃げウマと言えども…あまりにも速すぎるスピードであった。

 

「────ッ!!!」

 

ヒーロシアトリカルには、視えていた。

ゲートに入るよりも前からずっと。

自分を待って、ウズウズしている"影"を。

『死力を賭けて、駆けてこい』とハンドサインで煽る"影"を。

ならば、

 

「負けられない」

 

もはや、周りなど気にする余裕はなかった。

ただただ己のために、己だけのために走る。

いつもの平常心など何処か遠くに放り投げた、()()()()()走りを。

血を超えて、脳を超えて、()()()その"影"との勝負を求める自分に従い。

 

「あは、あははははッッ!!」

 

途中で力尽きては何とかギリギリ掲示板を確保したワケだが。

それでもヒーロシアトリカルは心底楽しげに、嬉しげに…。

 

"影"と戦うことを選んだのなら、それ以外の目移りなど許さない。





"影":
波長があう誰かがいれば出てくる。
自分と走ってくれる相手を探しては楽しく走っている。
でも対象が"影"に恐怖したり、"影"の染み憑きよりも強い情念を持つ者に対象が抜かれたりすると呆気なく消えてしまう。
だって実態のない影法師だもの。仕方ないよね。…ね?

それはそれとして年が経つごとにボヤけたり掠れたりもしているらしい。
というか何十年も存在し続けられる時点でフツーに強いんだよね。
けれど。

ハッキリと、キミの姿を覚えてるのは…あと何人かな?
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