『わぁ…、とっても上手!』
『お父さんに、素敵な絵をありがとうね』
この一族何かしらの才覚があったが最後、対価として何らかの大切な部分が持っていかれてそうだよな。
ほら原初からしてヒトノココロワカラナイしてるとこあるし()。
「絵のモデルになってくれませんか!?」
唐突にそう話しかけてきた存在は細身の歳若いウマだった。
また流暢とは言えないカタコトの喋りから別の土地から招集されたのだろうという予想もつき、こんな若人のお願いを断るのも可哀想だと仏心を出したが最後…。
「描けました!」
出来上がったのは目を見張るほどの絵。
言葉では言い表すことの出来ないチカラ…、言うなれば"魔力"に満ちた一枚がそこにはあった。
「モデルになってくれてありがとうございました!お代といってはなんですが…」
それから。
その歳若きウマに絵のモデルになった相手は成功するというジンクスがいつしか流れるようになり。
しかもその成功が思った以上の奇跡的な、いや、運命を
そして今に至る。
『今日こそ"あの御方"に描いてもらうのだ!』
押しも押されぬ名画家となった件の若きウマの元には今日も今日とてモデル希望の者が訪れ。
だが愛しい我が子がスクスクと成長していっている毎日を何よりも楽しみにするようになった画家からしてみればそんなものは時間の無駄でしかなく。
『まぁ…機会がありましたら』
などと言って、今日ものらりくらりと誤魔化すのであった。
*
その家の子どもたちの遊びは画家である父の影響もあって、もっぱらお絵描きであった。
その中でもモチーフとして特に人気なのは父であるウマを描いた人物画だ。
「お父さんを描いていい?」
「うん、いいよ」
父の了承を得た子どもたちは嬉々として鉛筆なりクレヨンなりを走らせていくのだが。
「出来たー!!」
完成したそれは、どう贔屓目に見ても上手とは呼べないシロモノ。
けれど各々から完成品を差し出された父は笑顔を浮かべながら頭を撫でる。
それがとても誇らしくて嬉しいことで、子どもたちはこの瞬間が何より大好きなのだ。
だからもっと褒めてもらいたくて、もっともっと上達したくて練習に励む日々が続くことになる。
そんなある日のこと。
いつものように描いた絵を見てもらっていると、
「…あのね、みんな」
父が囁くように言葉を出す。
「みんながしたくないっていうのなら、お父さんはそれを尊重するのだけど」
『なぁに〜?』
「みんな、お外で走りたいとか…」
子どもたちは、知っていた。
自分たちの父が競技者としての才能を有していなかったことを。
世界的名バの直系だからという理由でこの土地に招集されたことを。
しかし。
「お父さん、僕らに…走って欲しいの?」
「…キミたちがそうしたいと望むなら」
「なら走るよ」
子どもたちは知っていた。
同年代の子ウマとは違い、絵ばかりを描いて毎日を過ごしている自分たち。
そんな自分たちを育てている父が周りからそれとなく陰口を言われていることを。
故に。
「僕らが父さんの自慢の子どもだって、証明してあげる」
「そう…、そっか。ならお父さん応援するね」
【世界を塗り替えた者】:
シロガネリペインタ。父シルバーバレット。
未勝利バながら引退後に世界的種牡バとなった孝行息子。
名は体を表すと言わんばかりに絵を描くことが得意で、彼の手によって描かれた絵は不思議な魅力に溢れているという。
そして彼の絵のモデルとなった人物は"運命を捻じ曲げた"と言われるほどの成功を収めるとされ、彼が画家として食っていけるようになった今でもモデルになりたい!とのオファーがあるとか。
けれど彼の一番の最優先は我が子たちであり、我が子たちが出来てからの彼はもっぱら自らの子をモデルとした絵を描いている。
また画家としては自身の琴線に触れたモノしか描かないタイプであり、この時点でもただの落書き程度の絵に値段が付けられて取り引きされるくらいの地位にいたりする。
…とはいえきっと彼が一番描くモチーフは自身の父なんだろうなぁ。
それはそれとしてコイツはコイツで被写体もしくは描かれた絵を通しての"作者"としてでしか相手のことを認識できない…みたいなデバフがありそう(父子並感)。
そうやって認識してるから相手がどれほどの画伯であってもバカにしないけど、一対一で顔を合わせると途端に相手が誰か分からなくなって、それでも絵無しで辛うじて分かる