さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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こっち、みないで。



"目の付けどころ"の話

【飛行機雲】の先輩は、時折とても不安定になる。

それはトレセン学園に訪れた際に若ウマたちに『尊敬してます!』と言われた時だったり、または自分の仔たちに『おとうさんみたいになる!』と言われた時だったり。

 

「ちがう、ちがう!俺は……!」

 

無骨な、機能性と効率を追い求めた部屋の床でうずくまる背をするりと抱き寄せる。

そんなところにいたら体を痛めますよなぞと言いつつ、その背中を撫ぜる。

この人はきっと、自分がどんな存在なのか分かっていないのだろう。

こんなにも強くて、優しくて、カッコいい人なのに。

僕は知っている。

僕だけじゃない。

みんなも知っている。

だから安心して欲しいと伝えたくて、先輩の耳元に口を寄せた。

 

「大丈夫ですよ」

 

そう囁くと、先輩は小さく震えながら僕の肩口に顔を埋めてきた。

そしてそのまましばらくすると寝息を立て始めたのだ。

どうやら泣き疲れてしまったらしい。

いつもはあんなにかっこいいのに、今はまるで小さな子どもだ。

 

「……せんぱい」

 

 

その『呪い』を解きたくて。

走った、はずだったのに。

 

『先輩みたいなウマに』

『おとうさんみたいに』

 

かつて、自分が忌避したものに。

自分が、()()()しまっている。

それに気づいた瞬間、目の前が真っ暗になった。

 

「ちがう、ちがう、ちがう!!」

 

あの、恐ろしい眼を、今でも覚えている。

熱に浮かされては狂うように。

"たったひとりの存在"に焦がれるように。

ただただ見つめ続ける瞳を。

……忘れたことなどなかった。

それ故に、自分は忌避したのだから。

『ああはならない』と、誓ったはずなのに。

 

「…なのに、なんで」

 

"焦がれられる方"に、なってんだろな。

 

「それは、先輩がすごいからですよ」

「……」

 

ぼやりと呟いた独り言に返答を返したのは面倒をよく見ている後輩で。

普段からやさしく、聞き上手なソイツは俺の支離滅裂な言葉一つ一つに対して丁寧に返してくれる。

 

「だって先輩は、誰よりも努力家ですもんね」

「……んなことねぇよ」

「…それに、『憧れ』なんて誰もが持ち得る感情じゃないですか」

「……」

「それでも納得できないなら、こう考えましょう?」

 

後輩は少し困ったような顔をしてから微笑む。

 

「あなたは『憧れてもらえるような自分』に成れたことを誇ればいいんですよ」

 

トントン、と子どもをあやす時のような。

そんな心地で、一定に撫で叩かれる背に眠気が誘われる。

 

「……まぁ、あなたが成りたかった"あなた"を思えば、」

 

そっちの方が、僕はよかったですけどね。





先輩:
【銀色の激情】。
『憧れ』を忌避したのに、気づけば自分が『憧れ』になっていた。
近しい周囲のほとんどが『憧れ』によって大なり小なり可笑しくなっていくところを見てきたので実質トラウマなのかも?

…『憧れ』なんかじゃない、()()()()()()に、なりたかった。

後輩:
【飛行機雲】。
先輩が『憧れ』になるのは当然でしょう?
けれど"もし"、先輩が『憧れ』にならない世界が()()()のなら。

───あなたは、()()()()『先輩』、でしたか?

なんて。…ね?

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