さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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夢か現実かはお好きに。



蹄の話

泣きながら起きてきたキミの手が蹄になっていた。

グズグズと泣きじゃくって、「何もできない自分に意味は無い」と出ていこうとするのを引き止めた。

 

「ごめんなさい」

 

ひくひくと泣きじゃくる声はやまない。

 

「…こんな手じゃ料理も洗濯も」

 

嫌だ嫌だと癇癪を起こし、まさに手当り次第というように変わってしまった手を辺りに叩きつけてしまうから着けられたミトン型の手袋は淡い黄色。

 

「お掃除だってできません!」

 

涙をぼろぼろ零しながら訴える姿はとても痛々しいけれど、でもね?

 

「大丈夫だよ。…キミに教えてもらいながらだけど僕がやるし、それに……」

「?」

「僕はキミがどんな姿でも好きだよ」

 

そう言って抱きしめると、少しだけ強ばりがゆるんだ気がした。

 

 

手が変わってしまってからのキミは、日がなぼうっとして過ごすようになった。

日当たりのいい場所に座布団を置いてそこに腰掛けて庭先を見つめるその姿からはいつもの元気さは見られないけど、それでもその表情には安堵の色が見える。

何時だったか、キミがぽつりと言ったことがあるよね。

 

『僕は先生を幸せにするために生まれたんです』

 

だから自分の役目をまっとうできないと思って落ち込んでいるんだろう。

確かに今のままでは家事はおろか買い物すらままならないだろう。

けれどそんなことは些細なことだ。

例え手足が無くたってキミが僕の側にいてくれるならそれで構わない。

……なんて言ったらきっと怒られてしまうかな?

僕を見るたびに、ふわりとした笑みを浮かべるようになったキミを見て思う。

 

「おかえりなさい」

「あぁ、ただいま」

「おなか、へりました」

「うん、分かってるよ」

 

手が変わってしまってから走ろうにもバランスが悪くなってしまったようで、立ち上がることすら困難になってしまった体は少し太ったにせよ、まだ軽くて。

悠々と抱っこされながら、時折遠慮がちに擦り寄ってくる様にトントンとやさしく背中を叩きつつ、今日一日あったことを話して聞かせれば嬉しそうな笑顔で相槌を打ってくれる。

 

「せんせい」

「んー?」

「だいすきです」

「……僕も愛してるよ」

 

そう言うと、えへへと照れくさそうに笑う顔はひどく幼い。

蹄になってしまった手の代わりに食べ物の乗った匙を差し出せば雛鳥のように口を開けてくる。

 

「せんせ」

「なぁに?」

「しあわせ、ですか?」

「うん」

「ぼくが、なにもできなくても?」

「うん」

「せんせ、ぼくのごはんすきだったでしょう?」

「うん、好きだったよ。でもね」

「んー…」

「キミが傍にいてくれることが、いちばん幸せだから」

「…そっかぁ。んふふ」

「そうだよ」





僕:
シルバーバレット。ウマ。
人間の手が蹄になっちゃったすがた。
そこから上手いことバランスが取りにくくなって走れなくなったり、料理などができなくなったりしてストレスが溜まり爆発→大暴れになったので現在はミトン型の手袋で封印されている。
いつもあたたかな縁側でぼうっとしては家主である先生の帰りを待っている。
ゆるやかな日々。
だから、…邪魔はいらないの。

先生:
僕のトレーナー。
僕と一緒に暮らしている。
最近少しずつ家事が出来るようになってきた。
たとえ僕が異形になろうが変わらず愛する程度には情がある。
だって僕が傍にいてくれることが、彼にとっての『幸せ』なのだから。
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