さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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忘れることなんてできやしない。


トラウマ

「…」

 

夢を見た。

心底寝起きが悪くて不機嫌になる。

…しかも何でこんな時間に起きなきゃならないのか。

空は未だ朝の様相を見せていなくて。

どうせ、寝れもしないのでただ馬房に横たわった。

 

朝までどれほどかかるだろう。

じくりと痛む火傷跡に顔をしかめる。

どうして、時期が違うのにあの夢を見たのか。

あの夢を見ていたのは怪我の時だけだったじゃないかとかそんなことを考える。

 

 

調教を施されていると、遠くの方で煙が上がっているのを見た。

それを見て思わず止まってしまった僕を見て、騎手くんが何か言っているのが聞こえる。

取り敢えず動かなくちゃ。

そう思って、ゆっくりと動き出した。

バクバクと嫌な方向で心臓が鳴っている。

落ち着け、落ち着け。

違う、違う。

大丈夫だ。

煙が上がっているのはここじゃない。

大丈夫、大丈夫。

 

そう言い聞かせても、火傷跡は痛むばかりだった。

 

 

シルバーバレットが調教中に止まった。

珍しいこともあるものだと彼が見ている方向を同じように見ていると野焼きでもしているのか煙が上がっていて、

 

「っバレット」

「……、」

「大丈夫か…?」

 

放心状態である彼を撫でているとゆっくりながら現実へと意識を戻してくれた。

ちらりと僕の方を流し見た彼は緩慢に調教の続きをしようとする。

止めようとしたが、彼は全く止まらず、彼の脚の状態を省みながら彼が止まるまで調教は続いた。

 

 

走っておけば嫌なことは忘れられる。

あの日から僕はそう考えて生きている。

 

あの場所は、僕が来た頃そこまで強い馬はいなかった。

それでも温かな、僕の居場所だった。

体の小さな僕のことを彼らは「チビ」とリリィと同じ愛称で呼びながら、「いっぱい食えよ」とご飯をくれた。

もう食べられないと言っても「食わなきゃ強くなれないぜ」とご飯を譲ってくれるのが僕にとっては嬉しかった。

 

僕はあそこにいた彼らのことが大好きだ。

それは今も変わらない。

 

でも、あの日、あの地獄の夜。

僕だけが死神の鎌から逃げ切ってしまった夜。

僕を慈しんでくれた彼らが大勢亡くなった。

逃げ出せた者も多くがすぐに亡くなった。

数少ない生き残った者も、後遺症でそう時間が経たない内にあの場所から去っていった。

僕だけが、生きて、残った。

 

それがどうにも重くて、忘れたくて。

そのために走り続けた。

一生消えやしないだろう、僕のトラウマ。

 

(…勝たなくちゃ)

 

トラウマを反芻して、考えついたのはそのことだけ。

死神から逃げ切ってしまった僕にできる償いはきっとそれだけだろう。

だから、あれほどの怪我をしても走り続けていた。

 

…そんな無理をする僕を、優しい彼らは叱るだろうけれど。

 

(僕にはそれぐらいしかできないよ)

 




僕:あの火事に関して、サバイバーズギルトというかPTSDがあったりする。
今まで表面化してなかったのはコイツ自身が『走ってる間はそのことを忘れる』という自己暗示をしていたから。
怪我で休養している時にその時の夢をよく見ていた模様。

厩舎で共に居た彼らを僕はとても慕っていた。
ボスを譲られたのも、ボスになった僕よりも年上のウッマが火事の後遺症により競走馬を引退したから。
今現在の厩舎に火事の後も残っている競走馬は僕だけである。
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