シルバーバレットの足取りは悠然としていて、立派だった。
焦ることも、気負うこともないという歩き方だった。
「…大丈夫かい」
「ブルっ」
平気さ、とでもいうような嘶き。
シルバーバレットは調教で脚を止めたあの日からとても静かだ。
元から騒がしいタイプの馬ではなかったが、どこかのスイッチがパチンと切り替わってしまったような。
「ブルっ」
「わっ、」
考えごとでぼうっとしているとシルバーバレットがまた嘶く。
驚いた声を出せば「集中しろ」という目を向けられた。
「…ごめんね、バレット」
*
あの夢のことについて考えた結果、僕にとってあの出来事は一生背負っていかなければいけないものなのだと思い至った。
忘れることなんて一生できないだろうし、一生後悔や懺悔に苛まれるだろう。
けれど、
「いつも通りでな」
「ブルっ(おうさ)」
騎手くんが一緒にいる時だけはそれが楽になる気がする。
だから、今は、彼と一緒にいる今だけは、…そのことについて考えるのはよそう。
そう、思考を転換した。
*
ムーラン・ド・ロンシャン賞。
シルバーバレットにとっては凱旋門賞の前哨戦になる。
(相変わらずだなぁ)
ゲートが開けば、こちらの心配も無駄だったかのような走りをし始める彼。
これほど長く共に居て初めて見たトラウマの片鱗に僕たちは気を揉んでいたのに。
彼は変わらなかった。
いつも通りに、誰にも競り合うことを許さないまま走り出して。
最悪の火事の数少ない生き残り。
火事の後も勝ち星を連ねていった彼はいつしか厩舎の希望になっていた。
彼の勝利から新しい馬の管理を任されるようになったと、シルバーバレットさまさまだと感謝されていたのを知っている。
でも、そんな人間の都合はキミにとって関係ないだろう。
ただ、キミはキミの好きなように走り続ければいい。
…その中で、キミの背負う荷物を僕も少しばかりは背負えていればいいのだけど。
*
相変わらず、自分の走りは変わらなかった。
内心はそれなりに悩み、少々不調ぎみだったというのに。
そんな自分に苦笑しながら、勝ててよかったと安堵する。
騎手くんが喜んでいる。
相変わらず、泣きそうになっていてそろそろ慣れてくれないかなと笑ってしまった。
堂々としておけばいいのに。
僕が勝てるのは君のお陰なのだから。
やっぱり君がいてくれるだけで僕は救われているんだろう。
君が僕と出会ってくれてよかった。
そう思いながら、そんな彼との話をいつか、遠い場所にいる彼らに話すことができればいいと憎たらしいほど晴れ渡る空の下で思った。
僕:ムーラン・ド・ロンシャン賞制覇。
多分ここでも5馬身くらいは離して勝ってる。不調とは…?
騎手くんに対してそれなりにクソ重感情を抱いているかもしれない。
いや、元々騎手くん以外は乗せたくない系ウッマだからな…。
取り敢えず現役の間だけは火事の記憶を一時的に封印することにした。
今は走ることだけに集中するつもり。
記憶につられて負けたってなったらちょっと苦言を呈されそうだしね。