さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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でも、今日このレース場にいるウマで一番強いの、あのヒトだと思うよ。



ただの老いぼれだよ

ただ一介の老耄なウマである。

 

「…」

 

ぼうっと、日課というか趣味というかのレース観戦に行くものの、大体いつも自分の席の周りが空きになるのは何でだろうか。

新バ戦などならまだしも、G1レースの時も自分の周りはすっかり空いたままなのだから。

 

「…ふぅ、」

 

買っておいた飲み物で口を湿らせながらポケ〜っと見る。

いちおうまだ杖を使わなくてもいいとはいえ、立ち上がるのに少々勢いをつけねばいけないのは、やはり歳か。

 

「……」

 

しかし、こうしてみると、G1レースというのは本当に見応えがある。

この世界から離れて随分になった自分でも未だ年甲斐なく興奮するほど、美しい。

この、ただ単に速いだけでない、洗練された走りというのだろうか。

その"熱狂"に、思わず目を奪われるのだ。

 

「……ん?」

 

そんな時だ。

ふと自分の視界の端に何かが映った気がして…。

 

「やはり此処ですか」

「やほやほ」

「行くんならちゃんと言ってからにしてください」

「ごめんね〜」

 

ストっ、と隣に座ったのは予想通り我が子であるシロガネハイセイコで。

 

「食べる?」

「はぁ、」

 

持っていた飴をホイと渡すとカラコロ転がる音。

 

「で、何です? 急に」

「ん〜? ただの散歩だけど?」

「……そうですか」

 

ふたり飴を転がしながら、品はないが話をする。

…やはり周りに人は来ないまま。

 

 

その老バは知る人ぞ知る、という者で。

『レースがある日はどこかしらの時間帯にいる』と言われる背は誰もが知る往年の名バ。

年老いた今となっても子孫と絡めて語られることの多い『伝説』は、今日もひっそりとレース観戦を楽しんでいる。

 

「…(にっこり)」

 

SNSが発達した今、写真の一枚、いや呟きのひとつでもすれば瞬く間に広がるだろう現状は波紋ひとつなく穏やかに進む。

その老バは、今日も今日とてレースを観戦するのだ。

未だ超えられぬ、『伝説』として。

 

 

「…ちょっと疲れたな」

 

伸びをするとバキバキ鳴った体に嘆息をつけども、変わることはなく。

足腰もしゃっきりしているし、見た目もそう老いては見えないから実年齢を言うと驚かれるけども、本人からしてみれば当に年寄りなのであって。

 

「ま、運動がてらに走って来てるけどさ」

 

視線をおろした先にある運動靴は草臥れてきたため、また新しいのを買わなくちゃなぁとか。

 

「さて、帰るか」

 

先に待ってくれている息子が運転する車に乗りこみ。

穏やかな揺れに揺られながら、気づけばスヤスヤと眠ってしまうまであと…?

 

「…父さん?ぁ、…ふふ」





または『もうアンタが走れ』と思われている。

僕:
シルバーバレット。
お年寄り。
でも実年齢言うと驚かれるぐらいには若々しい。
レース観戦が趣味。
しかし自分が座る席の周りに、人の多いはずのG1レース時でも誰も寄ってこないのには首を傾げているとか。
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