…人の絵を描いても同じ方向しか描けない絵が下手人間なんで絵の上手い人の銀弾とか見てみたいなって思ったり思わなかったりする今日この頃です。
その日、俺の夢が決まった。
1990年ジャパンカップ、誰よりも速く駆け抜けた影の手綱を握っていたのは俺の叔父で。
彼のようになりたくて、彼が手綱を握った"シルバーバレット"のような馬と出会いたくて、俺は騎手になった。
騎手になった俺は叔父が所属していた厩舎に所属した。
もうその頃には叔父である白峰透は世間から見ると消息不明のようなもので、細々と連絡がテキと俺の父に来る程度。
しかしそれでも叔父は『伝説』だった。
そんな叔父の甥である俺は『伝説』の影を這わされた。
「コイツがシルバーチャンプ」
ソイツと出会った時、『運命』だと思った。
オグリキャップ産駒で母があの"シルバーバレット"の全妹。
乗ろうとした騎手を叩き落とそうとしたほどの気性の荒い馬だったが何故か俺だけはすんなりと乗せてくれた。
乗せてくれたはいいもののシルバーチャンプは今思っても中々操縦の取りにくい馬であった。
唯我独尊という言葉が似合うような、自分のやりたいようにやる、無理矢理にでも自分が進むべき道を切り開いていこうとする馬。
時折喧嘩しそうにもなったけれど、チャンプがそうした時は基本その行動が正解だったりしたので反省したり。
チャンプは普段から不機嫌そうなのを隠そうとせず、またひとたびレースとなれば燃え盛るような闘争心を持ち合わせていた。
けれど、脚が弱かった。
そんなチャンプに世間は"シルバーバレット"を重ね合わせて。
…いや最初からそうか。
転機となったのはチャンプがエルコンドルパサーの帯同馬を頼まれた時。
ウチの厩舎がここ最近で一番海外遠征のノウハウがあるからというので騎手として俺も着いて行った。
日本の誰もが俺とチャンプを見ていた。
"白峰透"を重ね合わせて。
"シルバーバレット"を重ね合わせて。
そして走った凱旋門賞。
その時にはもうチャンプの脚はギリギリで。
どうか無事に走らせようとしていた俺とは逆にチャンプは、
「あ、」
見てしまった。
きっとチャンプも見えていたはずだ。
そこには透おじさんが、シルバーバレットがいた。
ゴールに至った時消え失せたその幻影に、チャンプは泣いていた。
チャンプが泣くのはこれまで何度も見てきた。
でもその時見た泣き顔は心底悔しそうで。
泣き続けるチャンプの顔を見て俺は、チャンプを無事に走らせるという俺のエゴで彼に勝負をさせなかったことを悔いた。
凱旋門賞のあとシルバーチャンプは屈腱炎でG1を勝てないまま引退し、種牡馬になった。
────そんな情けない、後悔から始まった"白峰遥"という男の話。
この物語がどう幕を下ろすのか、その行方はまだ杳としてしれない。
白峰遥:シルバーバレットの主戦騎手だった白峰透の甥っ子。騎手。
運命の相手はシルバーバレットの甥っ子であるシルバーチャンプ。
シルバーチャンプの脚を慮って本気で戦わせなかったことに後悔がある。
それに加え、凱旋門賞にてシルバーバレットと白峰透の幻影を見てしまったため凱旋門賞ガンギマリに。
なおその幻影は制覇するまでずっと見続けることになる。
シルバーチャンプの子・孫の主戦騎手をしながら凱旋門賞制覇を目指していく。
後に銀色の一族専用騎手と呼ばれるようになる模様。