───いるのは、きっと。
「どうぞ」
静かに、そう己に告げた女は清らかな蠱惑であった。
伸びながらもふわふわと靡いた芦毛の髪が陽の光に反射してキラキラと美しく、ツンとした唇の赤がひどく目についた。
なにせ女は肌も服も白であれば、目の色も白に見紛う『銀灰』だったのだ。
「あら、見惚れまして?」
くす、と漏れた笑みにひとつ頷いて返す。
見てくれこそ…雪の妖精のようではあるが、この女の内面は誰も彼もを手に取っては獲物を遊びがてら転がす無邪気な猫だ。
「もう少し、キミは謹んだ方がいい」
「あら、残念」
その女が白を纏う理由なぞひとつしかない。
そんな女の魂の在り様はひどく歪でそれでいて美しく。
それはまるで……そう、
「──いま、貴方の目の前に居るのは私よ」
伸びた指先が、ツゥと頬をやわく引っ掻いた。
「私を見なさい」
その指先を掴み、絡めて引き寄せる。
「っ……」
そのまま己の胸に抱き込めば、女はひとつ息を呑んだ。
「……キミが望むならいくらでも」
……あぁ、そうだとも。
この白を纏うのは己だけでいい。
他の誰にも触れさせてなるものか。
(……なんて、)
そんな執着と独占欲に内心自嘲しつつ、腕の中にある女は「不躾ね」とひと言告げた。
*
あの日の、純粋だった自分は遠に。
"かの方"を慕っていた自分は、"かの方"と共に。
「…」
元より産みの母譲りだった容貌は美貌と行き着き、その身は『傾国』とさえ謳われた。
……そんな女へと変貌した己を、"かの方"が見れば、なんと言うだろう?
"綺麗になった"?
それとも───。
(…いいえ)
既に、顔も声も薄れて久しい"かの方"を、こんな己が思い描くなど。
(……それでも)
あの日の自分が、"かの方"と過ごした日々が、確かに在ったという証を──。
*
「ねぇ、貴方は?」
突然の問いかけに、男は一度瞬いた。
「何がだ」
「貴方の望みよ。……私はね?貴方が望むならなんだって叶えてあげたいと思っているのよ」
そんな女の言葉に男はフンと鼻を鳴らした。
「……そんなものは無いな」
「あら、そう?」
「あぁ」
だが、普段なれば周りから恐れられる男も『傾国』と謳われる女の前では型なしであって。
「だが、そうだな。強いて言うなら……」
そうして男は女の細腰を抱き寄せた。
「キミさえいれば、それでいい」
そう告げた男の顔は、とても穏やかで優しいものであった。…が、
(貴方もなのね)
女は、思う。
男が自分を見つめる眼差しに、──"かの方"を想う光があって。
自分を通して、"かの方"を見る目が、 思い出す目が、
(……バカね)
こんな気持ちを抱くなんてどうかしている。
自分は"かの方"ではないし、男も"かの方"にはなれないのに。
「ねぇ」
だから女は男に身を寄せる。
「私は貴方だけのものよ」と囁く代わりに彼の頬へと唇を寄せたのだった。
女:
『傾国』になった。
ふわふわと、儚げな見た目とは裏腹に悪辣。
きゃらきゃらと笑いながら他人を手のひらの上で転がす姿は正に。
かつて純粋だった己を一緒に連れて逝った"かの方"を想い続けているが故、自分の身を通して"かの方"を見ることができる周りに嫉妬しているらしい。