さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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手を伸ばす人。



手を伸ばされる者共が、

「僕のこと、好き?」

 

そう問うと、にこりとした笑顔と共に抱き締められた。

変わらない問答。

抱き締める腕、頭を撫でる手は慈愛以外の何ものでもなく、この腕の中こそが世界で一番安心できる場所だった。

 

「好きだよ」

「……うん、僕も」

 

その一言で心が満たされる。

そして──。

 

「大好き」

 

その言葉が、己を縛り付ける呪いとなるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

父の愛と、子である我らの想いは年々反比例していく。

あの母の子だからか、と自嘲することも無駄な時間だと思うぐらいにライバルはたくさんで。

きょうだい誰もが父に自分だけを見てもらいたいと、邁進する姿は健気か、それとも。

誰よりも近くにいて、誰よりも遠い父は今日も今日とて子である我らの気持ちに気づくことはないまま新たなきょうだい(ライバル)を連れ帰ってきて。

 

「よくしてやってね」

 

そう微笑む様も、慈愛に満ちていて。

 

「はい」

 

そう答えるしかない我らの胸の内を、父は知る由もないのだろう。

 

「父様……」

「ん? どうかしたかい?」

「……いえ、なんでもありません」

「そう? ならいいけど」

 

父の愛が己以外のきょうだいに向けられるたびに胸が苦しくなるのは何故だろう。

それが嫉妬だと気づいたのはいつだっただろうか。

もう思い出せないほど昔のことなのは確かであり、それは日を増す毎に根深く心の内を焼き尽くしていく。

 

「父様」

「なぁに?」

 

父の愛が欲しい。

ただ自分だけを見てほしい。

その想いは日に日に増していくのに、それを口にできないのは何故だろう。

……。

 

──好きだからだ。

 

他ならぬ父のことが、誰よりも何よりも好きだからだ。

そんな単純な答えに気づくまで時間を要したのはきっと、父が我らに向ける情が真っ直ぐであり、時に身を食い尽くすようで。

それが己以外のきょうだいに向けられた途端、嫉妬が心を蝕み、独占したいと願うようになるだなんて思いもしなかった。

 

「父様」

「なぁに?」

「愛してます」

「…そう。ありがとう」

 

 

多かれ少なかれ誰かに手を伸ばされる者たちがこぞって手を伸ばすのがシルバーバレットというウマであった。

個々でも恐ろしいほどに求められているというのに、彼らがシルバーバレットに向ける執着はそれ以上で。

 

シルバーバレット(とうさま)

 

誰かがそう呟くだけで、彼らはそのウマが欲しくなる。

それは一種の病気のようなもので、一度罹患すれば完治することは叶わず、一生を共にする病だ。

──だが。

 

「父様」

「どうしたの?」

「お慕いしております」

「…ありがとう?」

 

それに気づいた時、既に手遅れだったのは言うまでもないだろう。

 





僕:
シルバーバレット。
向けられる感情がヤベ〜…。
たぶん見る人が見たら身体中に手がベタベタ張り付いている。
縋るように、求めるように。

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