『表』。
後悔には、素知らぬフリを。
「僕は、救いになれないよ」
そう言って、小柄な影が笑う。
白っぽい灰色のウマミミがゆぅらりと揺れる。
我らが原初──"シルバーバレット"。
「原初だなんて。…ふふ、大袈裟だなぁ」
うっすらと開いた眼には、しかし生気はない。
あるものをただ映す、鏡のように空っぽな眼。
『走ることは、生きること』
過去にシルバーバレット自身が述べた通りに、ウマという存在の本能に従うなら……こんな姿にならずとも、とうに死んでいるはずなのだから。
しかしそれでもなお、その小さな身体はここに在り続ける。
何故なら、シルバーバレットが一族の長であるが故に。
一族が存続する限り、シルバーバレットは今日も変わらず、この世界に居続ける。
「…………」
そして、シルバーバレットは何も語らない。
ただ静かに佇み、遥か遠い何処かを見つめている。
それはきっと、シルバーバレットが追い求めて止まなかった何か。
それが何なのかを知る者は誰もいないけれど。
いつかまた、その夢を叶えてあげたいと願う者がいる。が
「僕なんていう過去のモノよりも、今を見てね…?」
*
いちばん強いというのは、いちばん孤独なのかもしれない。
そう思いだしたのは、いつのことだったか。
ずっと前に祖父の家から引き取った安楽椅子に座りながら、シルバーバレットは思考する。
眺める外には、家を作る際に特注で誂えた模擬レース場。
遠くで微かに、ウマたちの歓声が聞こえる。
いつも通りの風景だった。
何もかもがいつも通りで、そして二度と変わらないだろう風景だった。
レースがしたい、と思う。
でも、今の自分にはできない。
だって自分は過去のモノなのだから。
脚も、自分の本気にもう耐えきれぬだろう。
「…羨ましい」
己が生涯に対して、後悔はない。
けれど自らの血族が繁栄し、続いていくのが誇らしい…と思うのと同時に、対等なライバルがいる彼らを、満たされている彼らを、どうしても羨んでしまう。
自分などという異物がいてもいなくても、何の影響もなく世界は廻っていくことを知っている。
だからシルバーバレットにできるのは、それを見守り続けることだけ。
たとえその先に、かつて焦がれていたものが無かったとしても。
それがシルバーバレットにとっての、幸福であり救いである。
しかしそれすらも、ただの独り善がりにすぎないのではないか?
……そんな思いが湧いて出てきては消えていく。が、
「……うん、大丈夫」
外を眺めるシルバーバレットの瞳に映るのは、楽しげに走り、笑い合う子どもたちの姿。
自分が走り、そして去った後も彼らは生き続け、そしてさらに次の世代へとバトンを渡していくことだろう。
「僕はここで待つことしかできないけれど。だから僕の代わりに、僕の分まで、……どうか」
楽しんで、いってらっしゃい。
僕:
シルバーバレット。よく遠い目をする。
子孫たちを見守りつつ、「僕も対等なライバルが欲しかったな〜」と思ったりしているすがた。
でも自分の歩んできた道に後悔はない。
僕の血族たち:
子どもだったり孫だったりいろいろ。
よく遠い目をする僕に自分を見てもらいたいし、微笑むしかしない僕に心から笑ってもらいたい子たち。
僕を尊敬しているのは本当。でもそれ以外は…?