自己肯定感⤵︎ ︎⤵︎ ︎な話。
どうしてかと聞かれると、さすがの僕もそこまで無情ではなかったというだけの話だ。
またの名を……かつての自分を思い出して、指先ひとつほど引っかかっただけともいうが。
「……」
笑えるぐらいに皆がみんな。
肉体的か、精神的か、その両方か。
ボロボロになって、自分を見上げる様子に慣れることは一生ないだろう。
自分には、似てない子。
けれど、似なくてよかったと。
なにせ自分には可愛げなんてなくて、美しいとも呼べなくて。
そう考えると一番はじめに引き取った『あの子』は、本当によく出来た子だった。
「……」
僕にはもったいないほどいい子だったとも。
子どもの扱いには慣れていると言っても、他人の子と自分の子では勝手が違って。
それに右往左往する自分に、『あの子』は文句のひとつも言わずについてきてくれた。
『あの子』が、本当の意味で生まれたその日からこの手で育てた…自分の子だったらよかったのにと。
そんな夢みたいなことを考えたことも、あったっけな。
……ああ、本当にバカらしい話だ。
「……」
僕はなにも言わずに、在りし日の『あの子』のような小さな背中を見守る。
「やーっ!」
「くらえー!」
「あっはっは!くすぐったいって!」
庭先で遊ぶ子どもたちの声を聞きながら、縁側でぼんやりとする僕。
ああ、平和だなあなんて思いながら。
「……父さん」
「あ、ハイセイコ」
『あの子』──シロガネハイセイコから声をかけられるのに、ニコリと微笑む。
随分とまぁ、美形に育ってくれたものだ。
親として冥利に尽きる…といえば、この子以外の他の我が子もそうであるが。
「父さん、またぼんやりして」
「いやあ……平和だなあと思ってね」
「……」
僕の返答に、ハイセイコは笑う。
きっと、こんな答えが返ってくるとわかっていたのだろう。
あの日の僕と、同じように。
「……シロガネハイセイコ」
「なんですか?」
「キミは今、幸せかい?」
僕の問いかけに『あの子』は少し考えてから、微笑む。
ああそうだ。
この子は昔からそうだったなと僕は思う。
不平とか不満とか負の感情なのか、正の感情なのか分からないくらいにまでマルっと包み込んで追求を躱す。
そういう子だった。
「幸せですよ」
「……」
「父さんがいますから」
しかしそう言って、ハイセイコは笑う。
ああ……そうか。
この子は僕のようにはならなさそうだと、僕は思う。
こんな親でも、この子にとってはいい思い出のひとつになっているのかもしれないなと思うと少し気が楽になった。
「……そっか」
「はい」
「……よかったよ」
僕がそう言うと、シロガネハイセイコはなんとも言えない顔で微笑むのだった。
僕:
シルバーバレット。
自己肯定感低め。
自分はいい親なんだろうか、ということを考えたり考えなかったり。
なので優秀な我が子達を見ては「自分には勿体ないくらいの子達だなぁ」と考えるとか。
故に子どもたちからの想いには…?
僕の子どもたち:
自分を助けてくれた僕に信奉だったり愛だったり。
とりあえず執着している。
また自分たちには『愛』を向けてくれるくせに、自分たちの『愛』を
…愛してるのにね。