私には、少し年の離れた兄がいた。
『フォーチュン』
優しい兄だった。
兄の名前は"シルバーバレット"。
牝馬である私よりもずっとずっと小さな兄は誰よりも速かった。
兄に勝った馬を私は見たことがない。
『可愛いね、フォーチュン』
私には兄以外にも兄弟がいたが、その全てが別のところに引き取られていったものだから私たちは実質二人きりの兄妹で。
『フォーチュン』
『なぁに、お兄ちゃん』
『体は大事にしなさいね』
兄はよく怪我をする馬だった。
誰よりも速かったけど、その代わりに脚が脆い馬だった。
だから兄は私を心配して話しかけてくれた。
そんなこともあったから怪我に気をつけるようになったし、怪我をすることなく無事に引退できたのだと思う。
『お兄ちゃん、どこに行くの?』
『遠いところ。ここからずうっと遠いところだよ』
『…すぐ帰ってくる?』
『たぶん、ね』
とある年、兄は"かいがいえんせい"とやらで私がいた建物から離れた。
年上の馬から兄はたくさんそこで戦うだろうから帰るのは時間がかかるのではないかという話を聞いていたから気長に待っていた。
けれど、
『まだかなぁ』
待てど暮らせど兄は帰ってこなかった。
そう思っていたのは私だけではなく、兄をボスとして慕っていた馬たちもそうだった。
『あれ…?お兄ちゃんに乗ってた人…?』
そんなある日、私に乗る人が変わった。
はじめはそれが誰か分からなかった。
あまりにも目が変わっていたから。
この人はこんな暗い目をする人だったかしら。
この人はこんな沈んだ顔をする人だったかしら。
兄と幸せそうに笑っていたはずの彼はずいぶんと様変わりしていた。
だけど、その人が私の担当になった途端、私は魔法にかかったように勝ち続けた。
それまでは勝ったり負けたり…というか負けることの方が多かったのに。
引退までの半年ほどで私は彼が導くがままに重賞というものを四つほど獲って引退した。
*
引退すると母としての仕事が始まった。
いろいろな牡馬に会っては兄のことを聞いた。
その中で兄を知っていたのはたったの一頭。
私と同い年の芦毛の牡馬だけが、兄のことを知っていた。
芦毛の彼-オグリキャップは兄によくしてもらったという。
一度だけ兄と戦ったが、そのあとはよく知らないと。
『お兄ちゃん…』
兄はまだ帰ってこない。
私も母も帰りを待っているというのに。
『はやく帰ってこないとリリィに怒られるよ。
…私、お兄ちゃんのこと嫌いになっちゃうかも』
兄は私に嫌われることが何よりも嫌いな馬だった。
だから、だから…!
『帰ってきてよぉ、お兄ちゃん…』
僕の妹:シルバフォーチュン。
主な勝ち鞍:
1992 アルゼンチン共和国杯(GⅡ) 阪神牝馬特別(GⅢ)
1993 東京新聞杯(GⅢ) 中京記念(GⅢ)
1985年生まれの牝馬。シルバーバレットの全妹。芦毛。
兄と比べて体が丈夫で、体格も牝馬としては良い方だった。
兄であるシルバーバレットのことをよく慕っていた女の子。
G1戦線に姿を現すことはなかったが、それでも牡馬相手にいい勝負をしていた。
現役時代の最後にシルバーバレットを亡くして『天才』に
白峰透:シルバーバレットを亡くして目が死んでる。
シルバフォーチュンの面倒を見たのはシルバーバレットの妹だから。
多分シルバーバレットの死とともに人間的な部分がお亡くなりになってるんじゃないかな?もしくは生きている死体状態。
その状態から成される感情の介在しない、最善ばかりを選ぶ騎乗は未来予知とも、神がかりとも言えるかもしれない。