いつか
───それが、己ではなくとも。
僕には、『兄』がいた。
僕だけにしか視えない『兄』であったが、その月毛の髪はいつも陽に透かされてはキラキラと輝いていて、僕はとても好きだった。
『兄』はいつだって僕の側にいて、僕のことを守ってくれていた。
だけど、その『兄』が居なくなったのはいつだっただろうか?
ある日突然に『兄』がいなくなってしまってからというもの、僕は一人きりでこの世界を生きていくことになった。
『兄』は、穏やかな目をしたウマであった。
でも顔立ちはあまりウチの家族らしくないものだったので、きっと『兄』の父に似ていたのだろうと思う。
『兄』は、いつも僕に優しかった。
僕が転んだり、泣いたりすると、決まって頭を撫でてくれたものだ。
僕はそんな『兄』のことが大好きだった。
そんな『兄』がいなくなってしまってからというもの、僕の世界はひどくつまらないものになってしまった。
他の友だちはみんな『兄』の話をする僕のことをバカにしだしたし、僕もまた自分がバカなことをしているという自覚があったからだ。
……だけど、それでも僕は『兄』が帰ってくる日を待ち続けたんだ。
*
あの子を産む前、私には許嫁との間に産んだ我が子がいた。
その子は突然変異で生まれた月毛の子で、産んだ私よりも父親の方によく似ていた。
聡い子だった。
母親である私を困らせるようなことは一切なく、今の夫と出会った際にも背中を押してくれた。
『もうすぐ、産まれてくるんだね』
膨らんだお腹を、あの子がいたお腹を、その子が愛おしそうに撫でていたのはもう何年前だろう。
「長期休みだから」と、中央から一時的に帰宅してきたその子を、あの時引き止めていれば、あんなことにはならなかったのだろうか?
「もう少し泊まっていけば」と、あの時引き止めていれば、あんなことにはならなかったのだろうか?
『母さん』
優しい子だった。
才能の、ある子だった。
「どうして、」
なァ、カミサマ。
なんで、どうして。
他にもたくさんいたはずなのに。
どうして、どうして、どうして。
確かに、あの子は綺麗だったさ。
美しい月毛の髪はそりゃあそりゃあ目立っただろうとも。
けど、さぁ…。
天罰がごとく、神鳴りに貫かれた私の子は。
目を疑うほど変わり果てた姿で。
燃え尽きたカスのように。
嗚呼、嗚呼、嗚呼…!
「どうして…」
将来を期待されていた子だった。
デビュー戦だって圧勝で、父子三冠バも夢じゃないと言われるほどの才覚があった。
でも、
「わたしは、あなたがいきてくれればそれでよかったのに」
月毛くん:
いたかもしれない子。
『神に見初められた月』。
【神讚】産駒。
1977年生まれ1979年没の男の子。
突然変異で生まれた月毛の美人さん(父親似)。
性格も穏やかだったので何の問題もなく競走バになり、デビュー戦も圧勝して今後を期待されたが、放牧中に雷に撃たれ早世。
もしかしたら自分の弟がいる母のお腹を撫でたことがあったかもしれない。
そんな話。