さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

87 / 1416
軽率に騎手の脳を焼くな〜

【追記】
誤字修正ありがとうございます。


銀の弾丸の再来

父コントレイル、母父シルバーバレットの競走馬・シロガネガイセイが産まれた時、彼を見た人間は静かに沸き立った。

6月25日に産まれた彼は酷く体が小さかった。

普通ならば顔を顰められるくらいの小柄さであったが、その欠点すらも人々を沸き立たせる要因であった。

何故か。それは…、

 

「バレット…?」

 

伝説の競走馬・シルバーバレットとシロガネガイセイがシルバーバレットの元主戦騎手だった白峰透の目をしても()()()()()()()()()()()()()ほどに瓜二つだったからである。

 

 

競走馬となったシロガネガイセイの手綱を握ったのは白峰遥の息子である若手騎手・白峰(かなう)だった。

白峰叶にとってG1騎乗可能になった際の初めてのお手馬がシロガネガイセイであり、出会うべくして出会った一人と一頭は覇道を歩んでいくことになる。

 

朝日杯フューチュリティステークス。

皐月賞。

日本ダービー。

菊花賞-3分の壁、粉砕。

 

無敗での制覇。

父父ディープインパクト、父コントレイルも含めると親子三代での無敗クラシック三冠の達成。

シロガネガイセイは、もうこの頃には『シルバーバレットの再来』の名を欲しいがままにしていた。

そしてジャパンカップ────2:20.2。

有馬記念制覇。

次の年も、天皇賞・春、宝塚記念を無敗で制し、凱旋門賞へ。

 

その日の凱旋門賞はシルバーバレットが制した時のように稍重の馬場だった。

だが2:25.0のタイムで門をこじ開け、勝利。

シルバーバレットのタイムをコンマ4秒超えたタイムだった。

そうしてシロガネガイセイは日本競馬史上四頭目の凱旋門賞馬となった。

 

 

それから、凱旋門賞を制したシロガネガイセイ陣営が選んだのはやはりジャパンカップ。

凱旋門賞を制したシロガネガイセイは今まで見たこともないほど調子がよく、…これならシルバーバレットを超えられるのではと。

シロガネガイセイがジャパンカップに参戦することは大々的に報じられ、ジャパンカップを舞台にしたシルバーバレットとシロガネガイセイの『夢のvs』CMが放映されるほどの熱狂。

この時期より少し前にウマ娘プリティーダービーにて、母父であるシルバーバレットが実装されていたことも注目により拍車をかけていたのだろう。

だが、

 

2:19.1

 

シロガネガイセイは超えられなかった。

あとコンマ1秒、『伝説』を捕えられなかった。

 

シロガネガイセイは最後に有馬記念を連覇し、引退。

シルバーバレットの、『伝説』の再来と讃えられた競走馬は無敗のままに、11個の冠を奪いさり最も強い者のまま勇退したのであった。

 




シロガネガイセイ:『シルバーバレットの再来』またはシロガネ族の最高傑作とも。
父コントレイル、母父シルバーバレットの牡馬。無敗の11冠馬。
シルバーバレットにクリソツの見た目・体格。走り方もソックリ。
親子三代無敗クラシック三冠制覇を果たした。
日本競馬史上四頭目の凱旋門賞制覇馬になっている。
(初代シルバーバレット、二代目シルバープレアー、三代目シルバープレアーの息子)

白峰叶:白峰遥の長男であり、末っ子。
騎手になったら運命の出会いを果たした。
黒谷薫ほどではないがそれなりの速さでG1騎乗になっている(多分20歳くらい)。
それで一番はじめのお手馬がシロガネガイセイになったので無事脳が焼かれる。
最年少三冠ジョッキーになっちゃった男。
多分二代目白峰透みたいになると思う(相棒に向ける愛的な意味で)。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。