さよならはまだ言えない   作:芦毛スキー

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マトモな方ではあるけれど。



それだけが望み

あの血筋に列なる者は何がどうあれ、『領域(ゾーン)』に到達する。

本来、『領域(ゾーン)』というものは「時代を作るウマが至る、当人も知らない剛脚」、「限界の先の先」とされる、ほんのひと握りの者しか至ることのできない超集中状態なのだが。

その血筋に列なる者は全てが全て、…どちらかというと「時代を作る」とは言えない才覚のウマまでが皆『領域(ゾーン)』に至る、いや()()()のだ。

 

「…そんな、解放するの面倒なモンなのか、コレ?」

 

そうボヤくシルバアウトレイジもそのひとり。

見てくれこそ荒れくれ者ではあるが、その実力は近年の血筋の中でも折り紙付きのものである。

…それはそれとして。

 

「あ?…『珍しい』?そりゃあ、まあ」

 

その血筋に列なる者が、かつていた"ある存在"に執着しているのは有名な話で。

中には"ある存在"に近づくためなら選手生命が絶たれても構わないとまで言い切る狂信者じみた者までいる。

 

───『領域(ゾーン)』に入ったら、あの"ある存在"に近づける。

「へー……。ンなこと言ってんだな」

 

その血筋の者は皆、『領域(ゾーン)』に至ると一様に同じことを言う。

"あの存在"とは何なのか、それを知る者はいないがだいたい察しはつく。

"あの存在"に近づく(ただそれだけの)ために『領域(ゾーン)』に入れるなんて、普通なら羨ましく思うだろうが。

 

「…その反応が普通なんだよ、普通」

 

 

血筋の中でも、俺は異常よりかは正常寄りのウマだった。

基本"アイツ"に狂わされる中で、俺だけがフラットに"アイツ"を見てた。

とはいえそれも、後輩が言うには「ちょっとマシなだけで似たようなもの」らしいが。

 

「解放、してやりたいんだ」

 

ぽつねんと、『願い』を宣誓する。

 

「だって、あの████████(アイツ)だぜ?今の海外レースのことを知ったら走りたくて仕方ないって顔するに決まってる」

 

だから。

 

「門を通ってるのに、どこにも行けないなんて道理、可笑しいだろ?」

 

だって、"アイツ"はどこまでも自由で。

自由、だから。

 

「どこへでも、行ってしまえって」

 

鳥籠を開けるように。

他の皆はあの美しい鳥を閉じ込めるけれど。

シルバアウトレイジだけは、あの鳥が自由になれたらいいなと思ったのだ。

ええ、ええ、執着などではないですとも。

 

「だから、解放してやるんだ」

 

そう言って、銀灰の眼が煌めいた。

 

 

どうして、と叫びたくなった。

あなたはあんなにも"あの存在"を忌避していたでは無いかと。

それが蓋を開けてみれば「救いたかった」?

「解放したかった」?

……ああ、そうか。

あなたは"あの存在"を、その『願い』に至るまで、愛しているのですね。

だからこんなにも、僕はその事実に狂おしい感情を抱いているのでしょう。

 

「……そうまでして、"あの人"に会いたいですか?」

 

"あの存在"はきっとあなたの事など見向きもしないでしょうに。

ああでも、あなたならもしかするかもしれないなんて。

 

「嗚呼…」

 

あなたが、才能のない人ならよかったのに。

 

「…先輩」





結局、狂っているのは狂っているのだ。
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