絶筆となった妖精物語   作:鴉眼

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 ――遠い昔、ボクたち『神』は――
 君たちが暮らすこの下界に、刺激を求めて降りてきた。
 そして、ボクたちは決めた。
 この下界で、永遠に君たちと共に暮らそうと。
 
 神の力を封印して――
 不自由さと不便さに囲まれて、楽しく生きようってね。

 ある者は下界に娯楽を求めて。ある者は英雄を求めて。

 そして、ある者は『答え』を求めて。




Once upon a time

 戦争遊戯(ウォーゲーム)

 オラリオにファミリアが散在する故の必然、避けようができぬ対立がファミリア間で生じた時の解決策。双方の神による合意のもと行われる、ルールを決めた上でのファミリア同士の決戦。決戦の方式は代表者同士の一騎打ちからファミリアの団員を総動員した総力戦と、その度々に第三者も交えた神会(デナトゥス)によって決められる。

 

 そして、厳正な抽選で決められた此度の形式は攻城戦。

 攻めるにしても防衛するにしても人数を要求する。数あるポピュラーな決戦形式の中でも、最も数が物を言う形式である。

 

 その抽選結果に、娯楽に飢えていた数柱は目に見えて萎えた。

 何せお楽しみの戦争遊戯(ウォーゲーム)だというのに、結果が目に見えたワンサイドゲームになるのが容易に想像できたからだ。

 

 片や、団員は総数七十名を超える中堅派閥。

 片や、オラリオに来てまだ一ヶ月と少し、団員も一人しかいない零細ファミリア。

 

 君の所の団員数じゃあ守護はできないから攻め手は譲ろうと、既に勝利を確信した中堅派閥の男神はその心中を隠そうとせず、上擦った声で相手ファミリアに攻め手を譲るほどに此度の戦争遊戯(ウォーゲーム)の結果は分かり切ったことだ。

 同情、落胆、憐憫。

 あらゆる負の感情を向けられた、主役の片割れである女神はというと。

 

 

 ——はぁ。

 

 

 嘆息を一つ、漏らすだけだった。

 

 その無気力ともいえる様子に、一柱の神は早々に諦めたんだと決めつけた。その様に余裕を垣間見た一柱の神は、白けると思った此度の戦争遊戯(ウォーゲーム)へ一株の期待が芽生えた。

 真正面からその振る舞いを受け不穏な影を覗いた中堅派閥の男神は、しかして、どうすることもできなかった。状況は誰がどう見てもこちら側が有利で、ここから戦況をより有利に傾ける条件を要求したところで通るはずがない。

 

 戦況の有利さとは裏腹に、拭えぬ不安感に男神の表情は歪み、女神の方は焦りを映さぬ無表情。繰り広げられるあべこべな面様すら、周りの神々を悦に浸らせる。

 そのまま話し合いは進み、恙なく日程が決まり、スムーズに神会(デナトゥス)は解散となった。

 助っ人はなし。正真正銘、一対七十二。圧倒的な人数差で行われる攻城戦。

 

 

 過去に類を見ないほど、片方のファミリアに偏った戦争遊戯(ウォーゲーム)はこうして開戦した。

 猜疑と興奮、無関心と期待、神々の神意が渦巻く戦争遊戯(ウォーゲーム)を端に開かれる、禁忌を侵すに至る【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】、その一頁目。 

 

 

◆◆◆

 

 

 曇りなき晴天に恵まれた、昼下がりのダイダロス通り。

 ダイダロスという奇人の手によって行われた幾度の区画整理によって、現在の入った者を迷わせる入り組んだ構造となり。迷宮都市オラリオにおいて、もう一つの迷宮とまでいわれる都市区画。

 

 そんな人々を混乱させる区画にて、各所で子供たちが走り出していた。

 

 燦燦と輝く太陽に肌を焼かれながら子供たちは、通路と階段が複雑極まるダイダロス通りを一切足を緩めず進む。勢い余って体勢を崩して転んでしまってもなんのその、膝にできた腫れを気に留めることもなく再び走り出す。

 ジンジンと、大したことがない痛みを主張する傷になんて気にしていられず、急がなければ遅れてしまうからと認識しているからだ。

 

 それほどまでに子供達の関心を集め向かっているその先で待つ、紙芝居の語り手は上演前の最終確認に勤しんでいた。

 

 貧困街という側面があるダイダロス通りではひどく浮く、染み一つない純白なワンピースに身を包み、その上から蒼のケープコートを羽織っている。連日の迷宮探索でも一つも輝きが色褪せない、星々の光で織られたが如く金髪。直前に迫る上演への緊張で震える、湖の水面を想わせる透き通った碧眼。

 種族特有の尖がった長い耳を忙しく揺らしながら、読み上げる台詞や一枚絵を切り換えるタイミングなど、本番前に見返せるようにと気をつけることをまとめた羊皮紙を唸りながら睨めっこしている。

 

 

 語り部の名はファタ・モルガナ。

 

 

 最近になってオラリオに辿り着いた外来ファミリア、一週間後に圧倒的人数差による戦争遊戯(ウォーゲーム)を控えているモーリアン・ファミリア唯一の団員にしてLv.3の第二級冒険者である。そんな彼女によって開かれる紙芝居こそ、ダイダロス通りに住む子供たちにとって最近のブームであった。

 

 ダイダロス通りに数多くある、楕円形に少し開けた場所。中央に設置されている噴水の隣で準備するモルガナ、そして、そんな彼女を囲う様に集った子供たちが地面の黒ずんだ煉瓦に次々と座っていく。

  

「モルガナねぇちゃん、まだなの」

「もう待ちくたびれたよ~」

 

 モルガナの目の前、最前列に陣取る子供たちが噴水の近くとはいえ炎天下でただ待ち続けることに我慢の限界を迎えて急かす声を上げ始めた。その声が波及して、堰が切ったように集まった子供たち全体からまだ始まらないのかと文句が上がる。

 

「そろそろ始めましょうか」

 

 子供たちからの抗議にモルガナはメモを懐に入れ、紙芝居の台へと歩み寄る。待ち焦がれた時が訪れたことを理解した子供たちは、先程までの喧々しさはどこへやら、口を慎み傾聴の姿勢へとなる。

 

 

「それじゃあ『王の話をするとしよう』」

 

 

「魔術師が少年に覚悟を問います『それを手に取る前に、きちんと考えた方がいい』『それを手にしたら最後、君は人間ではなくなるよ?』」

 

 

「投げかけられた魔術師の問いに少年は返します『いいえ、多くの者が笑っていました。それは間違いじゃないと思います』」

 

 

「選定の剣を掲げたその瞬間、少年の物語が始まったのです」

 

 

 語られるのは、とある王の話。

 清らかな心を持つ一人の少年が、石に刺さった剣を抜き王として選ばれ、破滅へと向かう祖国を救わんと戦いに身を投じる。円卓の騎士たちが集い、竜へと変貌した卑王ヴォーティガーンを討ち、平和の象徴として白亜の城キャメロットを築く。

 王と騎士たちが民草に讃えられている締めの一枚絵。祖国にとって何もかもが良い方へと向かっている、希望に満ちたまま物語の幕が落ちる。

 

「めでたし、めでたし」

 

 終わりを告げる締め括りの言葉を皮切りに、惜しみない拍手が観客から送られる。

 興奮冷めやらぬ様子で和気あいあいと各々の感想を交換しながら、既に太陽が傾き始めたこともありせっせと帰路に就く。

 

 ——王と竜の決戦が熱かった。

 ——あの騎士好きになれそうにない。

 ——王たちの国ってあの後どうなったのかな。

 

 そんな言い合いがあちこちから聞こえる子供たちの波に逆らう、一つの人影。

 

 濡羽色の結い上げられた長髪に見た者を委縮させる鋭い眼差し。物騒な気配を忍ばせ、全身を覆う簡素な紅いコートで着飾る妙齢の婦人。

 神の力を封印して天界から降りてきた超越存在(デウスデア)、今現在オラリオ中から注目されているファミリアの主神——戦女神モーリアン。

 

 身丈を超える布に包まれた大荷物を背負う女神は、己が眷属に歩み寄る。

 

「ここらの道は利用者への配慮がなっとらん」

 

 元から鋭さを内包した目付きが苛立ちで更に鋭利さを増し、面倒な道中を歩かせた元凶に苦言を叩き付けた。

 

「慣れですよ、慣れ。それか自分用に目印を作ることをおすすめしますよ」

「ふん、こんな場所そう何度も足を運ぶものか」

 

 凄味を利かせた主神からの言葉を軽くいなして言い返した眷属の言葉に、その心中で積もりに積もった鬱憤は一切払拭されることはなく。一片でも吐き出させようと、女神は深いため息をつく。

 

「内容をかなり歪曲させているのだな」

「それはそうですよ。あの内容はどう考えても子供向けではありませんから、そのまま語ったら子供受けが悪くなるだけです。あそこで終わるのが無難ですよ」

 

 今さっき語られた物語の顛末、王の最期を彼女たちは知っている。

 その最期は決して華々しいものではない。

 騎士の中の騎士として謳われた湖の騎士ランスロットと王妃ギネヴィアとの不貞。円卓の末席にして王の親族であるモードレッドの叛逆。

 モードレッドと激戦を繰り広げる「カムランの戦い」にて致命傷の一撃を受け、その傷が癒されることなく王は騎士の一人に最期を看取られる。

 

 ()()から伝え聞いた、モルガナが知る伝説の一つ。

 

「で、お望みの人物とは出会えそうか」

「う~ん、それはどうでしょう。今の所、知っていそうな方とは巡り合えそうにはありません」

 

 元々、オラリオの外で活動していたモルガナたちがオラリオに来たのは、吟遊詩人紛いなことをするためではない。その真逆、とある物語の続きを求めてやってきた。

 ことの発端は、神であるモーリアンでさえも聞いたことのない妖精國の物語をモルガナが語りだしたことから始まる。

 

 流星に全てを回収されて生命なき海しかない空っぽの星。

 難を逃れた六匹の妖精たちと一柱の神と一匹の動物。

 異聞帯と特異点。

 境界記録帯と呼ばれる過去の英雄を現世に召喚して繋ぎ止める魔術。

 汎人類史とは決して相容れない魔女モルガン。

 

 聞けば聞くほど、出てくる出てくる荒唐無稽な内容。天界で神々が起こした数々の狂騒を知るモーリアンをも滅茶苦茶と言わしめる筋書き、だというのにモルガナはこの物語に続きがあることを確信している。

 

 そこで、数多の種族が目指し、神々ですらかの地に集まる、世界の中心ともいわれるオラリオになら何らかの形としてあると考えやってきた。

 

 反対するモーリアンを押し切って訪れたオラリオだったが、モルガナの求める物語の続きなどどこにもなく。街の中心であるギルドの職員たちに訊いても、街行く神々や冒険者に尋ねても、収穫が何もない日々で失望に打ちひしがれていたのが約一ヶ月前。

 

 失望に打ちひしがれていようが何もしない訳にはいかず。両者が今後の方針を相談し合った結果、オラリオに腰を落ち着かせ集中的に情報収集するべきという結論に落ち着いた。オラリオに着いて数日の自分たちが集められる情報など高が知れる。現段階で見限りをつけるのは時期早々という考えだ。

 

 その際に、今後の活動方針も固まった。

 生活費は迷宮(ダンジョン)探索でモルガナが稼ぐこと。そして、肝心の情報収集に関してはあてもなく尋ねまわるだけでは成果は望めないので、こちらからも何かしらの形で情報を発信し続けること。そうすることで何かを知っている者の方から接触してくる可能性を僅かであろうと生じさせる。例え、その可能性が低かろうが何もしないよりはマシだと。

 

 結果的にモルガナの活動は実を結んでいる。

 たとえその成果と共に、モルガナの外見に元々興味があった男神を紙芝居で語りをする彼女の姿で惚れ直させ、戦争遊戯(ウォーゲーム)を含む様々な嫌がらせを実行して自らのファミリアへと改宗(コンバート)させようと裏工作に励ませることになっても。

 モルガナの名と共に紙芝居の内容が、徐々にだけど確実にオラリオの住民たちに広まっている。

 

「それで神会(デナトゥス)、どうなりました?」

「退屈極まりなかったぞ」

「いや、戦争遊戯(ウォーゲーム)ですよ。何に決まりました?」

「攻城戦」 

「……え~、いや。えぇ~、本当ですか?」

「嗚呼、大真面目だ」

 

 なんてことは無いといわんばかりに形式をさらっと伝えている女神とは対照的に、戦争遊戯(ウォーゲーム)で戦う張本人は眉をひそめる困り顔である。

 

「なにをそんなに困ることがある?ある意味これは、おぬしにとっても有利な形式だろう?」

「有利なのは否定しませんけど、それにしたって攻城戦って。役割分担できないのに、とんでもなく面倒な形式を……」

 

 団員たちを敵大将から切り離すにしても、団員ごと敵大将を倒すにしても。如何なる作戦であろうと、モルガナ一人で全ての役割を全うしなければならない。

 自身に迫っている激務を予見し、まだまだ言い足りない雰囲気で次の瞬間には濁流のような文句をぶつけてきそうな眷属に、女神は背中の大荷物に手を伸ばす。

 

「ほれ、受け取れ」

 

 布に包まれた大荷物を受け取り、その手触りから中身が何なのかを察した彼女は自らの主神へ信じられないという視線を注ぐ。

 

「え、いいの?長年、私に指一本触れることさえ許さなかったのに」

「……こうして渡しているのが、その問いの答えになると思うが」

「いや、それは、そうですけど」

 

 オラリオに辿り着くまえから主神と眷属の仲であるモルガナとモーリアン。長年共に生活している内に、両者間に定められた教えのような、数ある決まり事。その内の一つが、普段は棺と見違うほどに大きな縦長の箱に保管されている物に関して、如何なる手段であろうと触れてはならないということ。

 過去に一度、好奇心に負けたモルガナが箱を開け中身を目にした時には、烈火のごとく怒りまくった主神を拝むこととなった。その時の姿が鮮烈に脳裏に焼き付いたことで、二度と箱に触れないと心に誓っていたからこそ、その一回で見た箱の中身を主神があっさりと渡してきたことに驚きを禁じ得ない。

 

「我からの激励だ。大事に使えよ?」

「……一つ確認しますが、戦争遊戯(ウォーゲーム)、どう転んでも相当な乱戦、しかも連戦は避けられそうにないのですが」

「雑に扱ってみろ、そうすればどうなるか分かるぞ?」

「わーい!ただでさえ不利な状況に、割物を常に気を付けないといけないという条件まで加わったぞ!!」

 

 やってられるか、そんな言葉が後に付きそうな悪態を吐き捨てた彼女の顔はどう見ても呆れ顔。長年の付き合いで慣れた、自らの主神のどこか素直ではない愛情に呆れ返っていた。

 渡した側も、いくらぶつぶつと文句を言おうが、自分の眷属(子供)はその脳裏では既に勝つ為の算段を立て始めていることに哄笑するのを堪えていた。

 

「必要な物はあるか?」

「それは勿論、山ほど」

「いつもの日課は?」

「問題なし。今日の分はこなしてますよ」

 

 先ほどまでのふてくされた言動はどこにやら、まるで日常会話のような気軽さへと取って代わられて会話が進む。

 

「そろそろ、ホームに帰るか」

「えぇ、だから、今日ぐらい料理当番は変わってください」

「……何がだからだ、バカもん」

 

 他愛ない雑談に花を咲かせ、両者は夕暮れの街並みへと消えていった。

 





モーリアン
モーリアン・ファミリアの主神。愛多き女神であったが、ある一人の男との出会いによって、今生は一つの愛に生きることを決心した女神様。

とある男
不変なる神を歪めた英傑。神時代の黎明期に名を轟かせた旧時代の大英雄。

ファタ・モルガナ
モーリアン・ファミリア、唯一の団員。生活費の為の迷宮(ダンジョン)探索や情報収集目的で始めた紙芝居など、求めたものはなかったがオラリオでの生活に順応している。
 
 
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