絶筆となった妖精物語   作:鴉眼

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お久しぶりです。
約九ヶ月ぶりの更新、お待たせいたしました。


破 第一場

「なぜ、奴の接近を許した」

 

 アポロン・ファミリアの主要人物たちが一堂に会する、城内にある大広間。天井から吊るされたシャンデリアに一部金糸すら織り込まれた壁紙。無駄に煌びやかな一室で行われているのは尋問。部屋の豪勢さに負けず劣らず絢爛な長テーブルを間に挟み、問い詰めるアポロン・ファミリアの団長ヒュアキントス・クリオを含んだ幹部一同が、反対側に座る一人の団員を返答を待つ。

 団長からの圧迫を受ける、南側の城壁で哨戒の任にあたっていた一人の脳内は、現状から自分ができることに慌ただしく頭を働かせていた。何ら物証などなく言葉だけでどうにか、自身に掛かっている報告を怠った疑いを、最悪裏切りの嫌疑を晴らさなければならないのだから。

 

「違うんだ!?アンタの思っているようなことは!!」

「慎重に言葉を選べ、次に貴様の口から出るのが意味のない弁明なら私の剣の錆になるだけだ」

 

 語気を強め、ヒュアキントスの手がその腰から下げた波状剣(フランベルジュ)に手掛ける。()()()()()無駄なことは口にするなと言外に伝える。

 更なる弁明を並べようとした容疑者は、酷く表情を歪ませながらも口をつぐむ。

 

「素直に、私の質問に答えろ。いったい、何が起きた」

「……長文詠唱を唱える隙なんて与えていない。決してだ、そんなヘマはしてない。アイツが目撃されて弓兵たちに知らせる前には、彼らも気づいていて既に迎撃に動いていた」

「つまり、短文詠唱であの威力だと?」

「ああ!そうだよ!!信じられないかもしれないが、アイツのあのバカげた威力の魔法は短文詠唱で発動したんだよ!邪魔する隙なんて無かった!!嘘じゃねぇ!!」

 

 自分が言っている言葉の意味を、発言している彼自身が滅茶苦茶だと自覚している。それでも見た、自身の常識と矛盾する信じがたい光景。混乱極まった感情に任せて、彼自身が目にした光景をどうにか言葉にしている。

 

「もういい、下がれ」

 

 これ以上は何も目新しい情報は聞き出せない、感情任せに発言を続ける相手の様にヒュアキントスはそう判断して下がらせる。

 身の潔白が信じられた、問い詰められる尋問から解放される言葉に、そう捉えた彼はそそっかしく部屋から退出する。

 

「それで、どうすんの?相手ははっきり言って、私たち(Lv.2)じゃあ相手どころか、時間稼ぎすら難しいわよ」

 

 哨戒に出ていた者達からの言葉を集めれば集めるほどに、浮き彫りとなる衝撃的な事実。圧倒的有利で始まり、勝利を確信していた今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)。蓋を開けてみればその実、有利な条件など容易くひっくり返せる出鱈目な強者。それが今、自分たちが相手している敵の正体なのだと認めざるを得ない。

 

「城壁の守衛は切り上げるべきだ!!」

 

 そう声高に発議するのは、エルフのリッソス。先ほどの戦闘でモルガナの暴威を肌で感じた一人である。 

 

「地の利を捨てるというの?地力で圧倒的に負けてるのに」

「あの壁は地の利として機能してない!」

 

 有無を言わせない見幕で叫び、大広間全体が静まり返る。圧倒的暴威を肌で味わい根付いた恐れが、切羽詰まった声の節々から滲み出ている。

 

「短文詠唱で易々と破壊できるなら、防壁としての役割を期待できない!寧ろ、崩される時に城壁の上にいたら、巻き込まれて戦闘不能になって終わりだろう!城壁には接近を知らせる見張りだけにして、他の者は奴がどこから攻めて来ようが出撃できるよう待機、攻めてきたあいつを一斉に叩く!そして、弱り切った奴を団長が止めを刺す!それで終わりだ!!」

 

 堰を切ったかのように、リッソスから申出される次の作戦。敵が容易に城壁へとたどり着け防壁を崩壊させられる手段があるのであれば、そこに人員を割くのではなく違う所に割り振るべきだとという主張。そして、その割り振る先とは何時でも出撃できる待機部隊。七十人近くで袋叩きにしてから、本命である団長を投入する。

 地の利が絶対的でないことが示されたのなら違う利点、数の有利を活かして本命(団長)とぶつかる前に弱らせる。鬼気迫る表情から勢いに任せて言い切ったリッソスの作戦に、他の幹部たちは最初こそ難色を示すも、その内容が理にかなっていると分かると、真剣に取れる手段の一つなのではと検討し始めていた。

 

「先の戦闘で、手の内を全て明かしたとは限らないから、奴の底を引き出したいな」

「城壁を崩せる短文詠唱魔法に卓越した戦闘技術、それ以外にも何かあるなんて考えたくないけど、考慮しないといけないからなぁ……」

「あんなふざけた存在の全身全霊なんて、想像するだけでも末恐ろしいぞ」

 

「ただ物量で押しただけじゃあ、彼女を削るとは思えないから、もう一捻り欲しいわね」

「もう一捻りと簡単に言うが、あいつを追い詰める策なんてあるのか……」

「なんか取っ掛かりが無いかしら」

 

 リッソスの発言を皮切りに、次々と幹部たちは己が考えを口にしていく。そうして話し合いが進むにつれて浮かび上がる問題点。

 何かしらの工夫。数の有利を活かすにしても、他の作戦にするにしても、真正面からぶつかれば返り討ちにされるのは先の戦闘から分かり切っている。何かをする必要性を理解しながら、具体的にどうするかは浮かばず幹部たちは頭を悩ませる。

 

「……あそこまで接近したのは、あの魔法の性質が関係しているのかしら」

「確かに、奴があそこまで至近距離で放ったのは、そうしなければあの威力を維持できないのかもしれない」

「なら、もしかして魔法は接近を許さなければ脅威にならない……?」

「それは、どうなんだ?あの威力だ、当たらずともただ使われただけでも十分脅威だぞ。しかも、我々はあの魔法が引き起こした惨状を知ってしまった。発動されれば無視することなど、もう誰にもできないぞ」

「ただ使われた可能性があるだけで、牽制として十分機能するってわけ……」

 

 何らかの取っ掛かりを得ることもできず、口論が途切れ会議は進まず。重苦しい沈黙が大広間に漂い、無情にもただ時計の針だけが進む続ける。

 

「南側城壁の被害状況はどうなっている?」

 

 大広間を満たす、行き詰った嫌な空気。それを払拭させる団長の一声が会議を割る。

 

「開けられた穴が致命的。一部が跡形もなく消し飛んで修復できないって」

「見張りはできそうか?」

「えぇ、崩壊しているといっても一か所だから、見張りをするだけなら可能らしい」

「ならば、人員の配置はそのままだ」

 

 先ほどまで議論されていた内容を真っ向から無碍にするその命令に、どよめきが起こる。

 

「……いいの?」

「ああ、リッソスの案には一理あるとはいえ、このまま議論することに時間を使う訳にはいかん」

 

 この段階で内容を詰めることができず、早急に形にできないのなら時間の無駄。今現在だって休戦という訳ではないのだ。この土壇場で何も決められない話し合いをするなど、それこそ致命傷に繋がりかねない隙である。

 

「それにしても、前のままにするのも、同じことの繰り返しにならない?」

「そうなるだろう。だから、やり方を変える」

 

 基本的な対応を変えないのなら自然と浮かんでくる、同様の事態を繰り返してしまうのではないかという疑念。当たり前な問いに、ヒュアキントスは力強く言葉を返す。

 

「結局、あの魔法がある限り奴が城内に侵入することは妨げない。ならば、遠慮なく奴には城内へ侵入させる」

 

「待ち受けたその先で、私が()()()()()()()

 

 アポロン・ファミリア内で唯一の同格(Lv.3)はヒュアキントスである。他の団員たちが相手したとしても、無策で挑めば時間稼ぎすら満足に行えない。であれば、彼女の相手は彼がするしかない。他の団員には丸ごと違う役割を専念させるしかない。 

 

「その準備を進めてくれ」

「……えぇ、分かったわ」

 

 目くばせで合図を送られて、受け取った側は早々に一般団員たちをどの役割に分担するかを始める。

 

「そっちの準備が進んだとして、何回挑める」

「運び込んだ回復薬(ポーション)やら武装を全て使い潰す前提なら、十数回はできる。けれど、問題は物資なんかよりも」

「ああ、それは分かっている。覚悟の上だ」

 

 その有無を言わせない宣言で誰もが口を噤む。

 最も過酷な役を自ら課す団長の決定を聞き、誰もがその脳内で次への準備を整理していた。先ほどまでの嫌な静けさはなく、明確な指針が決まったことで静寂な団員たちに微かな活力が蘇る。

 

「哨戒が奴の姿を目撃してから数秒で、城壁との距離を一瞬で詰めた。そして、例の超短文詠唱の魔法を使った」 

 

 これから始る長い長い()()に先駆けて、先の交戦でのモルガナが取った行動を振り返る。起きた出来事を順々に再確認して、できる限りの既知を増やし対策へと繋げるために。

 

「奴は城門の一角を崩壊させ侵入してきたが、そのまま混乱に乗じて中央へ突入はせず引いている」

 

「Lv.3の奴が、あれ程の威力を誇る魔力砲撃を行えるのには何かしらの絡繰りがあるのだろう。それでも、あの威力だ。相当な精神力(マインド)を消費しているのは想像に難くない。それこそが奴が引いた理由かもしれない」

 

 精神疲弊(マインド・ゼロ)。魔法を使う度に消費される精神力、それが底を尽きた時に起こる意識を失う現象。敵に四方八方を囲まれた状況で気絶してしまうのは、出鱈目な戦闘能力を有する彼女にとっても避けたい状況に違いない。

 

「そうだと仮定しても、どうする?あの魔法を連発させて自滅でも誘うのか」

「奴が希代の間抜けだったのなら、そんな無様を拝めただろう。……そもそも、奴は魔法に頼らずにこちらを圧倒した。前提からして無理だろう」

 

 近接戦闘で魔法を併用することが常套手段な相手ならば、魔法を封じ込めれば戦闘能力は半減させられる。しかし、此度の相手は破城槌並みの魔法を扱える一騎当千の戦士。魔法を使えなくしたとしても、素の戦闘技術が異次元の域にいる。

 一般団員相手でも魔法を使わなければならないなら、話が違ったが、城内へ侵入するために魔法は必要なのであり、アポロン・ファミリアの一般団員たちを倒すのには必須という訳ではないのだ。

 幾ら消費が高かろうが、魔法を一発放った後も問題なく戦えることは既に実践済み。つまり、現状ある情報から推察するならば、モルガナを精神疲弊(マインド・ゼロ)に陥らせるには、相手の戦闘行為を阻害する城壁並に堅牢な障害を複数準備しなければならないことになる。

 そんな要求、到底用意できる品物ではない。精神疲弊(マインド・ゼロ)に嵌める作戦など余りにも現実味がない。

 

 ――もし相手があの魔法を乱発できたのなら、私たちの敗北は確定するな。

 

 そんな冗談になっていない考えが頭を過ぎるも、どうにか活気を取り戻したばかりの団員たちの前では口を噤む。湧いて出た最悪な可能性を胸中に仕舞い込み、ヒュアキントスは自分達が敗北する未来を予期したことが表情にでないよう虚勢を張る。

 

 光明は未だ見えず。

 真っ向からぶつかれば勝機は薄く。

 頼みの綱である作戦も出たとこ勝負に等しい。

 

 だからなんだ。逆境(偉業)なんてものはダンジョンで今まで乗り越えてきた。

 

 虚勢の仮面を張り続けている裏で、アポロン・ファミリア団長ヒュアキントス、何時になるのか分からぬ決闘の前に準備が整うのを祈りつつ鼓舞の言葉を反芻していた。

 

 

◆◆◆

 

 

 夕暮れに染まった空の下、岩場に数ある寄り掛かれるほどの大岩の近く。バックパックを大岩の影に置きモルガナは、白布に包まれた大荷物を自分自身に括り付けて背負った状態のまま、焚火の周囲をグルグルと回っていた。

 先の戦闘で無双をやってのけたのに、その表情は勝利への確信に満ちているというよりも、眉間に皺が寄った迷いの様相を帯びていた。一定の歩調で同じ場所を歩きながら、頭を悩ませているのは勿論今現在参戦している戦争遊戯(ウォーゲーム)の行く末である。であるも――

 ため息を漏らしてチラッと、彼女は背中の大荷物に一瞥する。

 

「……()()、どうしよう」

 

 モルガナにとってこの戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝敗は既に、自身の勝利で終わることに何ら疑念を浮かべていない。先の戦闘で敵の大多数がどれほどなのかの把握は完了し、開戦前での最大の懸念事項(未知)であった、連携してくる恩恵持ちの集団が(対応を変えてくる可能性はあるも)、恩恵を授かる前に散々戦った賊の一団とほぼ同じ要用で対処可能と確信。先と同じように城を襲撃、無手のまま敵集団を圧倒、敵の首領を倒してしまっても、彼女にとって何ら問題ない。

 ならば何に思い悩んでいるのか――今彼女の脳内で渦巻いているのは、このままだと主神から授かった物を使わずに終わってしまうことである。

 そうなったら戦争遊戯(ウォーゲーム)後に待っているのは、拗ねた主神からの小言という皮を被った長話。追い打ちに追加訓練。止めに日常家事の担当押し付け。そしてそれらの間に挟まなければならないご機嫌取りの数々。易々と想像できる一連の流れに自然と足が停まり、またため息を漏らす。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の様子が遠いオラリオにも伝わっているのが更に状況を追い詰めている。オラリオ中が見られるように中継されていなかったら、結果だけが伝わるのであればまだどうにかなったかもしれないが、見られていたらどうしょうもない。

 

「ただ使っただけ、というのもいちゃもん付けてきそうなのがなぁ……」

 

 使って活躍する姿。それが主神の見たいものというのを何とはなしに察してはいる。その望みが叶えられるかもしれないというギリギリのラインにあることが、何よりモルガナを堂々巡りに陥らせている。

 

「そもそも、どんな状況なら戦闘時の自分は()()を使うと判断を下すだろう」

 

 思い描く脳内シュミレーションをきっかけに始まるは、終わりのないアウトプット。モルガナがかつて陥り乗り越えてきた戦局の数々を振り返って、それらを基に起こり得る想像を設計する。

 

「手元に武器がないとき?――いいや。例え素手であろうと団員たちの無力化は問題なく行える。武器のあるなしは重要な要素だが、今回に限っていえばそこまで絶対的に必要というわけではない」

 

「奇襲を仕掛けられた咄嗟な状況で攻撃を防ぐとき?――いいや。奇襲を察知したなら防ぐでなく躱す。武器に何かしらの仕掛けが施されているか分からない状態で、矛先との接触は避けるのが鉄則」

 

「なら、素手でだと対処ができない強敵と戦う状況は?そう、あのファミリアの団長。彼が素手状態での対応力を上回る実力者だったら?――あり得る、けどわざわざ使う必要性がない。これに頼らずとも格上を倒す手段は他にもある」

 

 どれだけ状況を想定しようが、自問自答をいくら繰り返そうが納得できる答えを出せない。主神からの餞別に拘る理由がまるで見いだせない。

 

 ――抑えるべきか?手加減する、戦闘が始まっているというのに?やるやらない以前に可能なのだろうか?

 

 そして、最終的には忖度染みた方向へと考えが方向転換するとその足歩取りに苛立ちが目立ち始めた。

 

「ああ、本当に、どうしよう……」

 

 グルグルと、同じ場所を歩いていた足が止まる。その途端に、モルガナの脳裏に浮かぶ主神の貌と、再生される嫌味たっぷりの声。嫌な妄想が避けられぬ未来へと、徐々に現実味を帯びてきた危機感に煽られる。

 

「そういえば、いつだったかなぁ」

 

 一人で考え事をしていて気がつかぬ内に泥沼へ嵌っている予感を心の奥底へと追いやる。脳内をひっくり返す勢いで幼少期にまで掘り返した記憶の山、参考にならないものに紛れて何かかが引っかかる。

 

「素手を使わない、いや、素手で触れずに。そう、素手で触れることができない物に対処するときなら、使おうとするだろうか?」

 

 思い出すだけでもモルガナにしかめっ面をさせる、山賊が仕掛けた罠を除去した苦い記憶。木の影に隠れて目につきにくい形で設置した罠の数々を、根気よく解除してようやく山賊の根城へとたどり着いた時のこと。

 踏んでしまったら即死に繋がる罠から触れたら一瞬で敵の接近を知らせる物まで、多種多様な罠を解除しなければならかなった時にとった対処法の一つ。直接罠に掛かる訳にはいかず、殺した山賊の遺体を身代わりに解除し続けたのだ。

 死体にまだ免疫がなかった当時の感触。物言わぬ人型の肉袋から臭う異臭と身の毛がよだつほどの拒絶感、昔のトラウマまでぶり返ってしかめっ面が余計に曇る。

 

「使う。それなら使うけど、どう見ても使って活躍したとは呼べなさそうなのが……」

 

 僅かに見えた光明。それさえも、主神の望んでいるだろう光景とはかけ離れているものであることを瞬時に察して肩を落とす。

 

「――よし、一旦寝よう」

 

 考えに考え抜いても納得のする答えが見つからず。遂にその心中がフラストレーションで穏やかでない域にまで達してしまった。そういった状態での考え事は碌なことにならないと自覚しているモルガナは結局、明確な指針を決めることなく。太陽が未だ夕暮れに空を染めている時間帯であるも、バックパックを枕代わりにしようと位置を調節し仮眠する体勢へと移行した。

 幸いなことにモルガナは攻城側。場面を能動的に動かす側であり、準備が整っていない状態で迎え撃つなんて状況にはならない。

 寝込みを襲われる心配がないことも相まって、早々に芽生えた眠気に彼女は意識を委ねた。

 

 

◆◆◆

 

 

 深夜。

 空を覆う暗闇が未だ朝日に破られていない時間帯。星と月の明かりだけが姿を見せる静かな夜空。天空の物静けさがそのまま地上にまで及んでいるような、静寂に世界が満たされる暇。

 城砦から見て南西方向。暗澹たる静寂を破らずに進む一つの人影。

 暗闇に揺らめきを起こさず寧ろ溶け込むように。頭までを覆い隠す黒いローブを着込んで、モルガナは第二襲撃、夜襲を仕掛けるべく城へと足を進めていた。

 此度の襲撃の目的は相手方の団長、その実力の把握である。最大の懸念事項であった恩恵を持った集団がどれほどなのかの把握は済み、残った懸念事項は唯一彼女と同じレベルであるヒュアキントスである。

 そして、もう一つの目的がスキルによって施される強化具合への理解を深めることである。こちらに関しては第二襲撃の目的というよりもこの戦争遊戯(ウォーゲーム)通しての目的である。

 モルガナのスキルの一つ『傾国悪法(ドミネーター)』は敵の数という自分の枠の外にある基準で強化の幅が決まる。それ故に今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)のような大人数と相手取る時、スキルによる強化がどれほどになるのかモルガナ本人も把握しきれていない。オラリオに着く前ではスキルの試運転している間に集団を壊滅させてきた結果、この規模の集団に使えばこれくらいの強化が施される、そういった実体験の蓄積が圧倒的に不足している。なので、圧倒的な力を示しても引けず戦わなければならない相手は都合のよい練習相手である。

 敵の根城を適度に突っつきながらスキルを慣らして、勝負所で必要になってくる敵の情報をできる限り収集する。鬱陶しい強引な勧誘を発端とした此度の騒動、最大限利用する腹積もりだ。

 

 前回の襲撃と違うのはその背中に件の大荷物がないことだ。

 結局、寝ても満足する答えなど都合よく思い浮かばず。先の戦闘からして使わざるを得ない事態に陥ることは早々ないだろうと、高を括り置いてきた。

 というのは後々のためな表向きの建前で実際には、もし仮にも、この真っ暗闇の中で主神の宝物を見失ってしまったら、どうやっても探しようがなく紛失してしまうことを恐れたのだ。使う前に失くしてしまう極小の可能性。そんな未来、露ほどもあってはならないと、ビクビクしないよう簡易拠点に置いてきたのだ。

 

 そもそも何故この時間帯に行動を起こしているのか?ただ単純に、寝て起きた段階で既に夜であったから「夜に紛れた奇襲なら団長まで引っ張り出せるかも」という思い付きである。戦争遊戯(ウォーゲーム)の前準備として用意した物資が詰め込まれているバックパックの中から黒いローブなどの必要な物を取り出した後に、上記の喪失する可能性が頭に過ったのだ。

 もう既に攻め込む気になった所で、そんな小さな可能性に慄いて中止にするのもなんだかなぁと、首を傾げて思考を巡らせた末に出した結論が安全な所に置いて行くことだ。

 

 そんなしまらない経緯で、そういった胸中のまま辿り着く。

 南西側城壁。真夜中の真っ暗闇に包まれて各処で松明が燃える夜間仕様、巡回している者たちが持つ魔石灯の明かりでポツポツと灯されている。

 

「さあ、始めましょう」

 

 巡回の者が慌ただしく動いた様子はなく、依然発見されていないと判断したモルガナが前傾姿勢へと移行する。ローブのフードから覗かせる碧眼は寒々しく。その声も猛々しさなど微塵もないまま淡々と呟くと、踏みしめた足が地面を砕き、飛び出した。暗闇に溶けた青が疾駆する、城壁の側まで誰の目に留まることなく辿り着く。

 

「【最果て(オークニー)】」

 

 巨大な針ともとれる形状で投射される光輝の槍。光属性単発砲撃魔法『聖槍(ロンゴミニアド)』。初戦でも驚愕な開幕を告げた埒外の魔法が、一声でまたしても具現する。

 真夜中に顕現した光輝の塊。その碧眼と同じ眩い輝きが、堅牢な城壁を押し退け城内の光源までを塗り潰す。通った後に残すは、ぽっかりと開けられた蹂躙の跡のみ。

 

 第一襲撃と同じ。ガラガラと、城壁が崩れ落ちる騒音に叫び声。軽い足取りで中庭へと侵入する襲撃者の来訪を巡回の者達が即座に城内へと知らせると、次々と姿を現すアポロン・ファミリアの団員たち。

 十、二十とその数は増えていく、しかして、誰もが隙を見せない。

 最初から外で巡回していた者はモルガナが開けた穴から覗くように、城内に居た者達は城内の窓越しに、ある者に至っては望遠鏡が必要となるほど距離を開けてモルガナを視野に収めている。

 

(流石に前のようにはいかないか……というより()()()()()()、これ)

 

 モルガナの消えたと錯覚させるほどの高速移動は直進のみである。

 これは癖や仕草という話ではなく、スキル『傾国悪法(ドミネーター)』の普段とはあまりにもかけ離れたじゃじゃ馬っぽりにモルガナ自身が扱いきれてない結果だ。全速力で移動をするなら直進でなければ御し切れない。

 故に、アポロン・ファミリア側がとった大袈裟なレベルでモルガナと距離を置く、或いは、直線状の立ち位置の間に何かしら障害を置くという対策は効果覿面である。

 

(それにしても、これはおかしい)

 

 攻め気が無さすぎる。

 次々と人が増え。その誰もが身の安全を確保しつつモルガナの周囲を囲むように動いている、だというのに、そこから一切次に繋げない。守りの姿勢を貫いている。

 まるで巣を張り終えた蜘蛛のように。モルガナが攻めて来るのを待っている。

 

(何かがある)

 

 そうモルガナがアポロン・ファミリアの団員たちの動きから判断した。それがモルガナの身動き一つせず、その場で突っ立ってるという、ある種の愚行とも呼べる行為に時間を使わされた。

 

「存外に憶病なのだな、貴様」

 

 出会い頭に放つは無礼極まる挨拶。()()をその腰に帯びたアポロン・ファミリアの団長、ヒュアキントス・クリオ。城内から中庭に姿を現した彼がモルガナの眼前へと姿を現す。

 

「どうやら我々は、貴様を過大評価し過ぎていたようだ。こんなことでビクビクと身動き取れない臆病者なのであれば、初めから勧誘を断らず素直に我等の一員になっていればいいものの」

 

 開口一番に挑発、鼻で笑う揶揄。止まらない神経を逆立てしてくる物言いに、モルガナはフードを脱ぐ。露わとなった碧眼が波紋一つ写さず、真っ直ぐに相手を射抜く。

 

「発言と表情が合っていませんよ」

「ッ」

「挑発するなら、笑顔で嗤ったらどうです。覚悟で厳つい顔で嗤っても、引き攣って色々と台無しですよ」

 

 見本を見せましょう、そう言葉を継ぐとモルガナの雰囲気が一変する。

 双眸を細め、口角が上がり。真夜中の暗闇までも利用し、月明かりと影が身を着飾るアクセサリと化したようだと、主神崇拝者のヒュアキントスの心をも撫で揺らがす、妖美な笑み。こうやるんだと、逆に見せつけてきた悪人顔。

 ――魔女。心中の揺らぎが土足に踏み込んできた嫌悪に早変わりし、ヒュアキントスの中でのモルガナという女性へ対する印象が決まった瞬間である。

 

「――臆病者でなく口が悪い魔女だったか」

「恨むなら見る眼の無い自分達の主神を恨むんですよ」

「ふん、ぬかせ。貴様なんぞに我らが主神を理解できまい」

 

 今この時に鏡がないことを惜しむべきか。

 

 そもそもの。

 覚悟を隠しきれていなかった。つい出てしまった、勝負に赴く決死の顔。

 ()()()()()()()()()()()()()

 これから仕掛けようとしている作戦の無茶を正しく理解しながら欠伸にも出さず。それこそ酒場で羽目を外して駄弁る時のような、余裕が窺える笑みすら浮かべてヒュアキントスは口悪く挑発をやり切ったのだ。

 

 それを真っ向から下手くそと罵った。

 ありもしない欠落を指摘して。あり得るかもしれないと疑念を芽吹かせる材料をでっち上げて。その上、意趣返しといわんばかりに実践してみせるという徹底ぶり。

 とんでもなく酷い言い掛かりである。

 

 彼女がここまでの欺瞞へと走るのは、ただ単に一方的に言われぱなっしは気に入らないから。これからおっぱじめる戦いにどんな影響あるのかという細かい所は眼中になく、意地悪く、出鼻を挫くことに精を出している。

 

 追い打ちの手を緩めず。次の一手に移ろうとしたモルガナを遮ったのは、爆発。モルガナの正面に二発、突如の熱気と爆風で後退しようとした進路に更に三発。城壁の上にいた魔術師たちが割り込んできた支援。前方と後方に合計五発、舞い上がる爆煙が威嚇しモルガナの行動を狭めにかかる。

 すぐそばに落ちてきた横槍に開きかけた口を閉ざす。意地の悪い魔女から戦場を蹂躙する戦士へと切り替える。

 瞳は限られた空間しか知覚できず。肌に突き刺さる敵意で探ろうにも熱気で麻痺され、鼻孔が捉えるのは爆発で巻き上がった土の臭いで満たされて。鼓膜を震わせる音の振動は耳鳴りで上書き、舌と口内は急速に乾いていき危機感だけを伝えてくる。

 

 追加の魔法が爆ぜる。

 更なる熱気と濃くなる爆煙。雑念と化す情報をさっさと廃し、まだ真面な働きをする視覚を研ぎ澄ます。

 視野は広く、そして深く。視線を向ける先はヒュアキントス(最優先警戒対象)を最後に見た真正面。

 目に入るは一面に広がる揺らめく爆煙。風で飛ばされず、ただ爆心地から立ち昇り漂う煙幕。

 

 目の端に捉えたのは、僅かな揺らめきの変化。

 

 全力で振り向く。

 間を置かず。転換したモルガナの眼に飛び込んできたのは、煙を突き破り直剣を振り下ろそうとしているヒュアキントス。

 鈍色の切先が弧を描く。半月の軌跡を腕が描き切る前に、割り込み止めた異物。異物たるモルガナの五指は、それ以上の動作を許さないと掴んだ敵の腕に食い込む。

 

「捕まえた」

 

 その一言と共に、逃がすまいと掴む指に更なる力が入る。

 敵が大将を前線に出して、他の団員がそれを援護する形にアポロン側が対応を変えてきた。倒されたら終わりに繋がる大将を前面に出す、綱渡りなリスク上等の作戦。参加者が一人であるモルガナはしょうがないとして、襲撃の目的であった敵大将が城の奥に居座らずに自ら出てきたのはモルガナにとっては僥倖。

 そして、ここまで密接している状態ならば先ほどみたく援護などできるはずが――

 

「今、撃てぇ!」

 

 声高に叫ぶ号令で、放たれる爆炎の波状攻撃。

 

「は?」

 

 自身へと向かう無数の火球を目にしながらモルガナは避けるなどの対処でなく、間抜けな顔から呆けた声を上げることしか出来ず直撃を受ける。

 爆発に続く爆発。なおも攻撃の手は止まらず。火球に紛れて矢が火球の後を追う。

 爆心地から立ち込める爆煙が城壁の上にいる者達、団長ごと攻撃を放った実行犯たちの視野すらも遮ってしまう濃煙に覆われたことでようやく攻撃の手が止まる。

 

「ッぅ」

 

 煙の中から倒れるように出てきたのはヒュアキントス。背中には矢が突き刺さり、煤けた顔を歪ませ痛みに耐える苦悶の声を漏らしている。

 

「……腕、折るつもりで力入れたんですが」

 

 そして、歩み出てくるもう一人。モルガナの頬には矢による裂傷、その金糸の髪が一部焦げ、だらりと垂れる右腕には短剣が深々と突き刺さっている。右腕からとめどなく滴る血が、地面に紅いまだら模様となり落ちている。

 スキルを使おうと変わらぬ貧弱さ。腕に突き刺さっている短剣を忌々しく睨みと、そのまま険しい視線を突き立てた張本人へと向ける。

 

 団長ごとの集中攻撃を受けている最中、モルガナが取ったのは攻勢。

 予想外の攻撃であろうと彼女の身体は敵への攻撃のチャンスを逃さず、万力に等しい握力でヒュアキントスの腕を握り潰そうとした。猛烈な圧迫感と止まる気配のない相手でその意図を察したヒュアキントスは即座に、空いていた左腕で予備武器の短剣を鞘から抜いた。

 そして今。

 折られはしなかったものの右腕からの疼痛が確実に皹は入った重症を理解しつつも、ヒュアキントスのその笑みにはありありとやってやったと書いてある。

 してやったりと言外にモルガナの失態を喜んでいる様とは対照的に、彼女は冷たさすらない能面と化す。

 

「ッ、撃て!」

 

 出し抜いた喜びに浸かれる小休憩の終わり。余韻すらも消し飛ばす、背筋を凍らす悪寒が全身を駆け抜けヒュアキントスは即座に指示を叫ぶ。依然、視界が完全に晴れていない状態の支援部隊に届いた切羽詰まった自分達の団長の声に応え、矢を弦につがえる。

 次の瞬間には訪れる一斉掃射を待たずに、痛みを押し通し直剣を握り直してヒュアキントスもまた仕掛ける。

 

「……」

 

 響く甲高い音、散る火花。

 ヒュアキントスの直剣を弾いた、逆手持ちの短剣。モルガナの手にあるは、先ほどまで自身の右腕に深々と刺さっていた短剣。血止めの役目を果たしていた刃物が抜かれて、傷口から勢いを増し、迸る出血が彼女の右半身を赤く染める。

 与えた傷が深手へと、素手の片腕だけでは対処できない状況だと判断したモルガナが自分の手で自身を追い詰めたことを見逃さず、ヒュアキントスは第二撃目を繰り出し――立て続けに両者に落ちる、矢の雨。

 二人から外れた矢は石畳を砕き。残りはそのまま二人を射抜く。

 矢が突き突き刺さろうと、事前に覚悟していたヒュアキントスは攻勢の手を緩めず。激痛で剣先が揺れるも迫る斬撃を、モルガナはただ身を躱してやり過ごす。同格からの一撃であろうと、鈍り切ったその一撃では今のモルガナを脅かせない。

 身を躱して剣の一撃を対処しようと、そこで待ち受けるは上空からの矢。

 利腕でない左手から放たれる短剣の切りつけも、文字通りに手が足りずに矢の雨を受けて更なる裂傷ができる。

 

(あぁ、うざったい)

 

 それは問答無用に攻撃してくる支援部隊のことか。それとも、食らいついてくるヒュアキントスに対してか。

 見事に敵のペースに嵌められている苛立ち。確実に積もっている悪感情に思考が曇ろうが、戦闘勘は次を予感している。矢の雨が放たれた、ならば近いうちに火球の波状攻撃もくる。ここまでの戦闘からの読みで次への警戒と、モルガナの脳内ではこの状況を打開する算段をする。

 

(戦場を中庭から城内へと移す、いや、駄目だ)

 

 団長ごとだろうと気にせずに攻撃してくるのなら死角が増える城内の方がかえって危険。弓兵と魔導士の方角を把握している今の方が――いや、この男の虚を突いた隙に後衛を狙うべきか、と。

 短剣と直剣が交わる剣戟に興じつつ、忙しなく発想が飛ぶ思考。しかして、思考の海に浸かる暇など与えず、割り込んでくる火球の爆音(ノイズ)。集中を割く何度目かの爆ぜる爆発。算段をしようとする思考が邪魔だてされても、剣戟の音は鳴りやまない。

 

 剣劇の主役の片割れ、ヒュアキントスもまた焦燥に駆られていた。

 間に合わせな自傷覚悟の作戦は、腕に皹という想定より軽い代償で限りなく理想的な状況に敵を追い詰めることに成功した。例の規格外の魔法は報告で手から放たれることは分かっていた。右腕を潰して、左腕は武器を握ることで塞がっている。至近距離からあの出鱈目な威力の砲撃が飛んでくることに、今は気を使う必要はない。

 勝負を決めるのに、決めなければならない絶好な機会。だというのに、このまま押し切れる未来予想図(ビジョン)が全く描けていなかった。剣の一撃を易々といなされる度、伝わる感触に彼の臓腑が震えっぱなしだ。

 

 モルガナの能力(ステイタス)は明らかに彼より格上のそれだという確信に。

 

 戦慄が虚飾を破り素の顔を曝け出す。

 驚愕に掴まれ硬直する手足に渇を入れて、再度踏み込むはモルガナの右側。モルガナにとってやりずらい右腕を庇いながらの応じ合いへと、常に右側に回り込み続けることで否が応でも参戦させている。

 息つく間もなく襲う剣の連撃。『鏡』を通して観覧している神々には目視できず、剣の残像すら微かにしか捉えられない猛攻を、モルガナは躱し掠りもさせず、空振りに終わらせる。躱しきったモルガナの動きに、何を意味しているのか、理解を及ぶとヒュアキントスの心が裂けそうになる。ここまでの僅かな剣戟だけで、ヒュアキントスの剣捌きを完全に見切ったのだ。

 今この時、脅威度が完全に逆転している。モルガナにとって線でしかない剣の一閃は問題でなく。寧ろ、矢の雨や魔法といった面攻撃を仕掛ける支援部隊の方が厄介な存在と化している。

 

 殺陣から甲高い音が消え、代わりに鳴り止まない神々からの拍手喝采。荒れ果てた地となった中庭の中心で開かれている剣劇に、刻々と移り変わり目が離せない見世物に、称賛の声は止まず讃える言葉が送られる。

 ――嗚呼、下界の未知はなんて最高なんだ。

 

 ただどんな心響かせる名作であろうと最後の一ページがあるように。

 神々ですら心奪われる、主演二人と多くのバッグダンサーたちによる一場に終わりが訪れる。

 

 ヒュアキントスの連撃に対処するのと並行して、次の面攻撃に意識を割いていたモルガナが目に飛び込んできたのは、魔力光に包み込まれるヒュアキントス。爆炎とは別種の光源、魔力光に包まれて疲労困憊の顔色が幾ばくかマシになっていく。起きた現象から城内で身を隠した者達の正体に勘付く。

 治療師(ヒーラー)

 支援攻撃に回復。ヒュアキントスが傷ついても援護する万全な布陣が整っている。

 

(これ以上は、駄目だ)

 

 騒がしく打開策を模索していたモルガナの思考がその光景を目撃した瞬間、撤退の二文字へ帰結する。

 第一の襲撃で蹂躙し問題ないと判断した第一の懸念事項、恩恵持ちの集団による連携、下した判断が早計だったと自らの失敗を呑み込んだ。

 仕切り直しがいる。置いてきた大荷物は勿論のこと、準備した物資に右腕の負傷を回復するための休息。今の状況から勝ちへと持っていくのには、今現在の彼女では圧倒的に手段が足りていない。

 思案は一瞬。決まったのなら行動あるのみ。

 ヒュアキントスの刃圏から逃げるようにモルガナが後退し始めた。間合いの外へと逃がすまいと、モルガナの動きに合わせて、ヒュアキントスもまた開いた距離を埋め合わせるように踏み込む。相も変わらずモルガナの右側へと、追撃であろうと徹底的に右攻めを貫く。

 踏み出し勢いのつく加速時で、モルガナが短剣を投げつけた。

 驚愕に染まる頭、連動しようとする身体。仕掛けてきたタイミングに加え、斬り合うヒュアキントスにとって最優先に警戒しなければならない武器が飛び込んできた驚きは筆舌に尽くしがたく。勢いは止められず、剣でどうにか防ごうと不格好な構えを晒すも、剣と接触することなくその身で投擲を貰ってしまう。

 

 左肩からの激痛で歪む顔。それでも敵から視線を外すまいと、負傷を押し殺したヒュアキントスが見たのは、自身へと突き付けられたモルガナの左手の平(砲口)

 

 ヒュアキントスの全身の血の気が引く。追撃に向かおうとした身体が条件反射で仰け反る。短文詠唱より早く、身を屈もうとして脚を止め隙が生じる。それを逃すまいと、逆にモルガナの方から距離を詰められて、ヒュアキントスの顔面へ叩き込まれるは、全くの無警戒であった()()のストレート。

 

「ッ!?」

「いったッ」

 

 地面に叩きつけられて、何を貰ったのか理解に数秒を要したヒュアキントス。混乱している彼など知ったことかと、叩きつけるように振るった右腕からの切実な訴えすら無視して、モルガナは駆け出す。

 向かう先は彼女自身が開けた大穴。降り注ぐ支援攻撃による妨害などなんのそのと、攻撃を貰い傷が増えようと城外へと易々と脱して、夜の暗闇に溶けていく。

 

「待てッ」

 

 千載一遇のチャンス。活路が見えらなかったとはいえ、二度と訪れないだろう勝機を逃そうとしているヒュアキントスにできたのは、あらん限りの力を搔き集めて、モルガナが消えた穴に手を伸ばすことだけだった。

 




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