無人島サバイバル① きよぽん数学100点問題
その日、2年Cクラスはこれまでにない奇怪な状況を迎えていた。小刻みに右足を貧乏ゆすりさせながら、啓誠は繰り返し教室の入り口をみる。
「ちょっと落ち着いたら?まだきよぽんが出てって5分も経ってないし。先生に呼び出されたんでしょ?もう暫くかかると思うけど」
クラスメイトで親しい友人である波瑠加は、そう啓誠に声をかけた。そんな波瑠加に付き添うように愛里と明人も同席する。
「落ち着いているさ…心配ない」
一度はそう答え貧乏ゆすりを止めた啓誠ではあったが、再び落ち着きをなくすまでそう時間はかからなかった。静かに右足が上下しズボンが擦れる音がする。啓誠は放課後をむかえるなり清隆に話しかけようとしたが、堀北の登場により一度断念した。その後も茶柱先生に呼び出されたとの事で教室でその帰りを待っているところだった。どこか諦めるようにため息をつき、波瑠加は別の話題を提供することにした。
「お〜い!ハチ君」
下校しようとしていた八幡に声をかける。
「なんだ?」
「今回の試験すごすぎない?
ペアで1位だし、国語も学年1位じゃん」
「ペアは一色…この前クラスに突撃してきたやつのおかげだ。理系科目は少し点数はとれるようになってきたが、お前たちに全く及ばん」
「またまたー、謙遜しちゃって〜」
「八幡はもともと文系科目だけみれば、俺と同等か上だからな。ただ、出題された問題は高校生で習う範囲を大きく逸脱してた。つまり本来なら解けるはずもないような問題だ」
「何それ?学校もおかしくない?テスト範囲外なんてレベルじゃないじゃん」
清隆に徹底的にしこまれました…。とは、流石に言えんな。
「理系科目と違い知識量の問題だからな。国語に関しては、今回たまたま知っていた所が出題されたとしか言えん」
「ともかく…取れるなずのない満点を綾小路が取った。俺は…手品を見ているようだ」
あえて苗字で呼んだ事からも、啓誠の怒りが窺える。当たり前だな。清隆は明らかに実力を隠していた。それに問題があるとは言わんが、ペーパーシャフル以降、啓誠は綾小路グループの学力の底上げに尽力してきた。今になって、実は不要でしたとなれば怒るのも頷けるだろう。なお、俺は文系科目は一切教わっていない。質問があれば答える程度だが啓誠とともに教える側だ。
「そ、そんな問題が解けちゃうなんて、清隆くん凄いねっ」
重苦しい場の空気を少しでも変えようと、愛里が賢明な笑みとともに油をそそぐ。仕方ない。フォローしてやるか。
「今回の試験も堀北とコソコソやってたみたいだからな。実際の所は清隆に聞かんとわからんだろう?このグループから退学者はでなかった。まずはそれを喜んだらどうだ?」
「し…しかし…」
「そうだね。なんと言ってもハチ君!10万ポイント振り込まれるんでしょう?何奢ってもらおうかなー」
「いや。奢らないが?」
「愛里。どこがいいかな〜」
「えっ…え!?」
「なんの話をしてるのかなっ?」
そこに桔梗や軽井沢達も加わる。なぜだか俺が奢ること前提で女子達の話が盛り上がる中、清隆が教室に戻ってきた。
「さっきは声をかけてもらったのに悪かったな」
放課後になったばかりのタイミングで啓誠はオレと話をしたがっていた。それを堀北の登場で遮ることになったため、まずはそのことを謝罪する。
「そんなことはいいんだ。それより時間は大丈夫だよな?幾つか聞きたい事がある。おまえ…数学の100点はどういう事なんだ。OAAで2年生を一通り調べたみたが、一之瀬も坂柳も満点は取れていなかった。学年でたった一人おまえだけだ」
「そのことについてだか……」
オレは視線を泳がせ、教室前方の席の主である堀北に助けを求めた。
「ええ、私から説明するわ」
分散している視線を集めるため、堀北は席を立ちわざわざこちらに歩いてくる。
「俺は…清隆に聞いているんだ」
「そうね。けれど幸村くん、あなたの疑問に対する回答を正しく持っているのは私なの」
「……どういうことだ」
堀北はこれまでの戦略を説明する。入学当初、学力において綾小路が非凡なものをもっており、それは堀北以上である事を把握した。綾小路の戦力の温存、切り札とするために他クラスから注目を浴びないよう手を抜くよう依頼していた事。クラスの団結力や実力が向上したことにより、一部の実力を今回開示した事。そして、他クラスを牽制するために綾小路の本当の実力はこれからも秘匿する事だった。
その話に洋介も助け舟を出した事で一定の信憑性を獲得していく。
(あ〜これダメなやつだ。
堀北もきよぽんもまだまだだよっ)
恵や篠原のフォローも入り、話は纏まりつつあるが、私はこの後の事を予測し、口をつむぐ事にした。あっ。録音の準備忘れないようにしないとね。
欺瞞だ。啓誠が聞きたい事はこれじゃない。
「これが綾小路くんの数字満点に対するカラクリよ。驚かせて悪かったわね」
オレは感心していた。やり直しのきかない状況下で、見事に堀北はやり遂げきった。だが、悠長にこの場に生徒たちをダラダラさせていれば、疑念が再び芽吹くとも限らない。
「ひとまず、この話は…」
平田が締めくくろうとした時、思わぬ横槍がはいる。
「なあ堀北。その説明では全く納得ができん」
「比企谷くん、なにか説明が不足していたかしら?」
「俺は納得できんと言ったんだ。理解できんとは言ってない」
「言葉遊びに付き合う程、暇ではないの。
説明してもらえるかしら」
「はあ…」
その場に残っていた生徒達は二人に注目する。
「堀北が清隆の実力を把握していて、これまでクラスの為に温存していたのは分かった。そして、これからも秘匿したいというのもいいだろう。でも、実力の一部はクラスで共有するべきじゃないのか?」
「なぜかしら?このままのほうが得策よ」
「得策かどうかなんぞ関係ない。お前たちの戦略が誰にも迷惑をかけてないなら、俺は何も言わん。この学校は常に退学のリスクを有しているだろ。例えば、今回のテストだ。清隆は単独で400点近く獲得している。これが実力なら、このテストどの1年と組んでも退学にはならん。お前たちが実力を秘密にするのは構わんが、常に清隆の退学を心配してきた生徒や退学を回避するために力を尽くしてきたクラスメイトがいるだろ。まずはその生徒に対して謝罪すべきじゃないのか?あと、今後は学力であれ、運動能力であれ、退学の危険がないレベルかどうかぐらいは開示してくれ。啓誠が憤るのも当たり前だ。気をもむだけアホらしいからな」
「…そうね。私はクラスの勝利に固執するあまり、思慮がかけていたようね。ごめんなさい幸村くん。今思えばペーパーシャッフルの前にあなたには一部でも打ち明けておくべきだったわ」
「今回のことで啓誠が憤慨する気持ちはよく分かる。誰よりも親身になってグループに、そして俺に対して勉強を教えてくれてたからな。すまなかった」
「長い間同じグループでいたから分かることだってある。清隆が悪いヤツじゃないってことだけはな。クラスのためを思って隠してたなら、誰にも話さないのも納得できる。勉強が必要ないと断る事ができたとしても、口下手な清隆が言い出せなかったってのも理解できる。ただ…そう、ただ…心の整理をするのに時間がかかっているだけだ。」
それを見届けた愛里が、勇気をだして1言を発した。
「な、仲直りの握手…とかどうかな?」
「いいじゃん。仲直りの握手」
愛里の提案を受け、波瑠加も同意した。重苦しい空気が霧散していくのを感じ、啓誠が首を左右にふる。
「よせよ。恥ずかしい」
拒否する啓誠の手を波瑠加が素早く手を掴んだ。そして、清隆の手もほぼ同時に掴む。
「はい!仲直り。
握手するまで押さえつけてるからね?」
「わ、分かったて……!」
そして、お互い握手をする事で、正式な和解の合図とした。
……
「あれ?櫛田先輩からメッセージなんて珍しいですね。しかも音声ファイルがついています」
送られてきた音声を再生すると先輩の声が聞こえてきた。
「私のいない所でなにやってんですか先輩。次回は是非私の前でお願いします。それにしても、櫛田先輩ずるいです。これが学年の差なんですね。どうにかポイントで飛び級できないんでしょうか」